第三章
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その笠井さんとやらは生物部らしい。
活動場所は生物準備室とのこと。
「じゃ、準備室?」
「……そうだな。あと、席の方も少し」
資料をとん、と机の上で揃えて片付ける。
例の「呪いの席」の資料と学校の簡略図、そしてカサイ・パニックのメモを走り書きしたメモ帳とペン…
ジャケットのポケットが膨らんでカッコワルイ…今度ウエストポーチでも買おう。
貴重品まで持つと流石にかさ張る。ケータイはズボンのポケットでいいとして…
「そーゆーことで、お留守番ヨロシクぼーさん」
「どーゆーことだコラ」
「えー。だって、貴重品管理と相談対応に誰か一人は残らなきゃでしょ?で、私は見に行きたいし」
「お前は時々ビックリするほど自分本位だよな」
ナルが行かないわけがないし。むしろナルをお留守番にしても…いや、彼がお留守番できないと思っているわけじゃない。
むしろ、私とぼーさんが検分してナルの満足のいく報告をできるかどうかの方が怪しい。
だから別に、この仏頂面が一人で思春期のお嬢さん方やら教職の人たちから穏便に話を聞くことができるかどうか疑ったとか、そういうことじゃない。ち、違うんだからねっ!疑ってなんかないんだからねっ!
……………。
実際のところ、まあ七三くらいの割合でそんな考えも…ある。
ナルはしっかりしているし、別に人当たりが悪いわけでもない。
愛想はよくないが、観察力もあるし客観的だ。相談相手に破滅的に向かないわけではない。
けれど、十七歳…まだまだ子供だ。
人の感情の機微に疎い、とは思わない。けれど、それをうまくあしらえるほど人生経験は多くない。
その辺は、年上として余裕を持って女子高生を相手取れるぼーさんに任せたほうが無難なはず。
ついでに言えば、教師陣にも相談者がいることだ。
さすがに教え子と同年代よりは二十代半ばといえど、成人した人間相手の方が話しやすいだろう。
…今度から年齢誤魔化すためにスーツでも着てこようかな。ダメだ、肉体労働(主に運搬作業)に向かない。
*******
近くにある方から、というわけで例のバズビーチェアーから行くことになった。
イギリスだかなんだかの呪いの椅子の名称である。うろ覚えなり。
二年五組、窓際の最後尾。
普通だったら大人気の席のはず。ちなみに、私も現在この位置に座っている。旧校舎崩壊はよく見えましたとも、ハイ。
「…いまは、ここには?」
「いないよ、誰も。こないだまで座ってた子は、いま、病院」
ナルの質問に、案内してくれた高橋さんが応える。
わりとなんでもなさげな口調なので、その子の怪我もせいぜいが骨折やヒビなのだろう。いや、大怪我は大怪我だが。
「移動教室とかだとどーなの?」
「あー…このクラス使うこともあるけど、…席数の関係でってことで、そこは使わないらしいよ」
「…ふーん」
つまりは、このクラスの、この席に割り当てられた子だけが被害に遭うようだ。
いやほんと、偶然や噂だとしても、教師がこの席を取り除いてやれよ……うん?
「机の位置は変わってない?」
「うん、ずっとそこ」
「え、そーなの?」
机に手を置いたナルの二つ目の質問。
あっさりとした高橋さんの答えが意外で、思わず声を上げた。
「じゃ、席替えって、座ってる人だけが荷物持って移動すんの?」
「そうそう。小中の時は、机持って移動したんだよね~」
「ね。じゃあなんか、自分の机っていう感覚も薄くなるね」
でも絶対その方がいい。合理的だ。
あの席替えの時の、全員が指定された自分の席に自分の机と椅子を持って移動する時の大渋滞と言ったら…
……あ、それだ。
さっきも何かひっかかったと思ったら。
…まあでも…ものすごーくどうでもいいような細かいようなことのようなー…ようなー…
とりあえず、メモ帳にメモっておくに留めるか……
「麻衣」
「……へい」
メモ帳を開いたところで短い指令が飛んできた。
黙れっつったり言えっつったり………しまった、どっちも言ってはいない。
どーも一本取られたね、こりゃ。
「え、なに?何?麻衣ちゃんも除霊とか霊視とかできんの?」
「麻衣ちゃんはそんなハイスペックじゃありません。ちょっとした疑問でさ、…」
なんと聞いていいものやら…。
というか、引っ張っといてなんだが本当に大した内容じゃない。
えーと…なにが言いたいかというとつまり…
「"呪われてる席"ってさ、どっからどこまで?」
「へ?」
ほら見ろ。ものすごくきょとん顔されたぞ。
ちくしょう十代可愛い。
例えばの話である。
かの名言「お前の席ねぇから」では、確か机と椅子が投棄されていたように思う。
では、机と椅子がなくなれば"席"の存在は消えるのか、といえばそうでもない。
大掃除で机と椅子をそっくりすべて廊下に出してモップかけした後、"自分の席"に机と椅子を戻す作業がある。
椅子を使えば呪われるのか。
机を使えば呪われるのか。
その席のスペース自体に問題があるのか。
「いままで、席替えって机椅子ごと移動するもんだと思ってたからさ、私は位置が問題なんだと思ってた。でもさ、机と椅子も移動してない」
カタ、と椅子を引く。
後ろに席はない。この椅子は、現在"この席"なのか否か。
「じゃあ、問題なのは机なのか、椅子なのか、位置なのか、全部揃ってなのか。その辺がちょっと気になって、ね?」
「…う~ん…ごめん、わかんないわー」
「ですよねー…」
ま、人の怪我…下手したら命がかかってんだから、下手に実験もできないわな。
言いながら、どかっと椅子に腰掛けてみた。
うん、おしとやかさがないとか、所作が荒いとか、もうすっかり言われ慣れたよね。
「!」
「うわ、麻衣ちゃん…!?」
「私はこの席の人じゃないし、椅子を借りただけ。うーん…、これでも呪われると思う?結構机からは離してるんだけど…あれ?」
机の中には教科書とノート。それからペンケース。
所有者が入院中の間も置き勉はそのままらしい。誰か届けてあげて。
む?奥の方にガムテープ…?
……やだなぁ、『きたない』。
触らないでおこーっと。
*****************************
次は「笠井さん」である。
高橋さん…タカちゃんと呼ぶことになった彼女には、準備室の場所だけ聞いて帰ってもらった。
野次馬の存在に、敏感になってそうな「笠井さん」を刺激しないためだ。
生物準備室はベースに借りてる教室を挟んで反対方向なので、通りがけにこっそり覗いてみる。
ぼーさんが死んでいた。
こっそり扉を閉めて教室を後にしておいた。
「…麻衣?」
訝しげなナルを促して足を進める。
さ、生物準備室はあっちですぞ~。
「いやあ、残らなくて正解だった」
「……リンを呼ぶか」
「あと最低限暇人綾子くらいには声かけよーよぅ」
乾いた笑いをこぼせば、ナルもベース内の様子が推測できたらしい。
人員増加には大いに賛成だ。お札くらいしか能がない綾子だって人手くらいにはなるハズ。どーせ暇だろうから呼ぼうよう。
「どちらかというとこんな状態じゃあ、霊視ができる人材が欲しいんだが…」
「一番忙しそうな真砂子じゃんか。…まあ、夏も終わったしオフシーズンかな…」
「超常現象にオンもオフもあるか」
「メディア的な意味でね。やっぱり怪談話と言ったら夏じゃない。もとは夕涼みの為の談話だった…なんて説も聞いたことあるし」
「…日本ではそうかもな。だが、彼女は世界的にも信頼と知名度がある」
「じゃ、尚更忙しいんじゃない?」
「………まあ」
言葉を濁すナル。
わかってるんだろーけれども、ナルが声かければ大体来ると思うよ。
他に仕事が入ってなければ。乙女心だねぇ。
「あの子も大変だよねぇ。学生のうちからいろいろままならなくて」
「麻衣も学生だろう」
「ありゃ、私は学生生活フルにエンジョイしてますよー。バイトとか授業とか定期考査とかバイトとかバイトとかっ」
「授業はサボってるんじゃなかったのか」
「失礼なっ。バイト以外で欠席してないよ」
「寝てるんだろう?」
「寝てますけど」
それが何か。キリッ。
「…………」
「あ、ここだね。生物準備室」
コココン、とノックをする。
…ノックについて、日本人にはなじみがあんまりない「回数のマナー」というものがある。
ノックをする度にそれを思い出さずにはいられない。
2回ノック。
コンコン。
トイレ。入ってますかー。
3回ノック。
コンコンコン。
親しい友人、家族。入ーれーてー。
4回ノック。
コンコンコンコン。
国際的ノックマナー。入室してもよろしいでしょうか。
セリフ部分はまったくのイメージなれども…4回とか長いっちゅーねん。
日本のビジネスマナー上では、一応3回で通ってるらしい。みんな思うんだね…何回ノックする気だ!って。
まあ、生まれも育ちも前世も日本人な私からすれば、そのマナーが他国の人間にどれくらい浸透しているのか知る由もないわけだが…あいにく、他国に縁深い友人もいない。
少し…長めに間を空けて、小さく返事が聞こえた。
「――――…はい?」
「失礼します」
断って、扉を開ける。
教室の中には、教員であろう女性と、女生徒が…いやダジャレでなく。
ゴホン。えーと、とにかく、二人しかいなかった。
たしか、タカちゃんは「生物部だから生物準備室にいる」って言ってなかったかな。
他の生物部の部員さんはいないんだろうか。
てか、生物部って何の活動するんだろう。
私の記憶にある生物部といえば、文化祭で展示された迷路inハムスターで、ハムスターが迷路の壁と上のガラス板の間をにゅるりと通ってたなぁってことくらい。
鼠「私の前に道はない。私の後ろに道はできる」ドヤァ。
ともかく、何を活動にしているんだかは知らないが、女生徒と教員はお話していたらしい体勢だ。
女生徒の方は、扉を開けた瞬間に思いっきり顔をそらされてしまったので長い髪くらいしか見えない。
「こんにちは。渋谷サイキックリサーチの谷山と申します」
柔和そうな教員に腰を折って挨拶をする。
順番として間違えたがまあ、いいだろう。本当はナルに先に名乗ってもらった方が据わりがよかった。
チラ、と見上げると、ナルは特に気にしてないようで「渋谷です」と会釈している。
「笠井さんに話を聞きたいんですが、おられますか」
「ああ…、はい。どうぞ入ってください」
後ろの女生徒を少し気にして、教員が頷く。うん、やっぱりあの子が「笠井さん」ね。
ナルが教室の中…笠井さんの方に進んだので、静かに扉を閉めてその後ろに立つ。
教員の女性は産砂恵と名乗った。生物の教員だそうで。
ナルが言うとおり、珍しい…苗字だと思う。多分。
ありふれた苗字でないことは確かだ。
「笠井さんに…、ということは、九月の事件についてですのね?」
「何も話すことなんてない!ほっといって!」
事件、というと、朝礼だか全校集会だかのアレかな。
吊るし上げられた事件については大して聴くこともない。吊るし上げられた。それだけだ。
むしろ、聞きたいのは現状に関与しているか、ついでに本当に超能力をもっているのかということだ。
が、笠井さんは頑なにこちらを見ようともしない。全拒否だ。
大分叩かれたらしいし、恐怖症気味なのかな。見ざる言わざる聞か猿。ウキー。な状態である。
「変な誤解をされないためにも、きちんとお話した方がいいわ」
「いや!どうせウソつき呼ばわりされるだけだもん」
「もん!じゃねぇよ」
「「…え」」
「おっと失礼」
ニコッと笑って誤魔化す。あらごめんなさい、つい本音が。
彼女にとっては高校三年の秋である。そんなガキくさいこと、言ってる場合ではないだろう。
高校生は、子供であって子供ではない。もう社会に出れる年…責任の一端を、自覚してもいいころだ。
「笠井さん。うちのチームには、霊能力者がいます。除霊も行います」
硬くもなく、優しくもない声で語りかけた。
「霊視ができる、高校一年生の女の子もいます」
「……それが、なに」
彼女は、インチキだペテンだと言われても堂々としている。
その能力に誇りを持っていることを、ついこの間知ったばかりだ。
「私の高校で起こったポルターガイスト現象は、渋谷によって同級生の無意識下の超能力によるものだと証明されました」
「!」
笠井さんが、初めて振り向く。
驚いたような表情に、疑いと、不信と、怯えをまぜたような目と視線を合わせる。
あのお騒がせな同級生も、スプーン曲げに走っていたらこうなっていたのだろうか。
「嘘つきでなけりゃ、嘘つきと糾弾する理由はありません」
「嘘つきじゃないわ!」
「そう。じゃ、本当の事を教えてもらおーじゃないの」
叫んだ笠井さんに、言質はとったとばかりに笑ってみせる。
ここで何にも言いたくないなんて言ったら、自分が嘘つきだと言っているようなもんだ。
「……いいわ」
弁明させてください。とおっしゃい、がきんちょ。
…さて、ここまでタンカを切ったはいいが、話を聞きたいのはナルである。
してやったり!と満足の息をついてさあ好きなだけ質問するがいい!とばかりにナルを見上げた。
「・・・・・・」
「え、なにその目」
「………なんでもない。じゃあ、笠井さん、お話を伺います」
「え…、そっちの人じゃないの…?」
「え?うん。だって私ただのバイトだもん。ちゃんとした知識もあるうちの所長さんに聞いてもらった方がいいでしょ」
私は正論を述べたはずだ。
だから、二人揃ってその目で見るのはやめようよ。
私はちょーのーりょくとかれーのーりょくに関する知識はド素人なんだ。
ド素人さんが喜ばれるのなんてAVくらい…あ、すみません失礼しました。だからその冷ややかな視線はやめてください所長。く、口に出さないくらいには自重してるのに…
「…九月ごろから、あなたがスプーンやカギを超能力で曲げることができるようになった、というウワサを聞きました」
「ウワサじゃなくてホントだけど……なんだかんだ言ってたけど、どうせ信じてないんでしょ」
「何故です。スプーンを曲げるくらい、僕にだってできます」
卑屈に笑った笠井さんに対して、ナルが事も無げに言い放つ。
え、そうなの?いやいや、ナル、今までそんなこと言った事がなかったじゃないか。
どうリアクションしたものかと考えて、ふと思いついた。
「あ、私もできるよ」
ナルの発言に固まっていた笠井さんと産砂先生が更に目を見開く。
「…できるの?」
「できます。PKを信じない心霊研究者なんかいません」
信じる信じないとできるできないは違う気がします、ナル。
笠井さんはナルと私を交互に見つめて、机の上からスプーンを二本取った。
その二本は、私とナル、それぞれの手に渡る。
「やってみせて」
ま、当然こうなる。
ナルは少し考えて「しかたないか」と息をついた。
なにやらやりたくない理由があったらしい。
軽く左手でスプーンを持つと、右手の人差し指でスプーンの先を軽く押した、ように見えた。
スプーンはぐんにゃりと押された方向に曲がって遂にはポッキリと首が落ちた。
あれま。ホントに超能力…もしくはマジックのスプーン曲げができたわけね。
完全に折れたスプーンの柄を眺めてた笠井さんの視線がコチラに向く。
お前もやってみせろってか。
にっこり笑ってスプーンの両端を握る。力を入れた。
めきょっ。
「はい、曲がったよ」
への字に曲がったスプーンをカラン、と机に転がした。
「お前は本当に女か」
「やだなぁ、指先で曲げたわけじゃないんだからそこまで怪力じゃないよー」
「だ、誰が力任せに曲げろって言ったのよ!」
「あれ、誰か超能力で曲げろなんて言った?」
屁理屈は大得意である。
スプーン曲げらんないやつは信じられないってなら、曲げてやろうじゃないか。
この子はちょっと、特別に浸りすぎている。
「スプーン曲げるくらい、超能力なくたってできるんだからなんてことないんだよ」
ふふんと笑ってやる。
ぽかんとした笠井さんは、毒気を抜かれたような表情をしていた。
ざまあ!
**********
多分、冷ややかな視線の一部は麻衣さんの被害妄想。…多分。