第三章
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「どうも、ご足労さまです」
初めて聞く労い方である。
「ご苦労さま」でもなく「ご足労いただき、ありがとうございます」でもなく。
だけど、外部の人間とはいえ、こんな年若い集団に向かって敬語を使うとは。
その態度で少し目の前の校長の印象を上方修正した。
なんか頼れなそうなおっさんだとか思っててゴメン。
―――――in 湯浅高校、である。
校長に案内役の「生活指導の吉野先生」を紹介され、早めの事態の収束をよろしくお願いされて、用意してもらった調査基地…ベースに案内してもらう。
ベースは小会議室とのこと。
机と椅子とホワイトボードがあり、広さもまあ充分。
学校の方から相談者はこの小会議室に向かうように言ってくれてるようだから、誰か一人がここで店番しつつ~…って感じかな。
ほぼ確定でその一人は私なわけだが。雑務接客担当のバイトなもんで。
とりあえず、撤退するときの状態復旧の為に元からある備品とその位置をメモしていると、吉野先生がなにやら言い出しにくそうに口を開いた。
「…あの、あなたがリーダーですか?」
「いやいや、あっちっス」
「どうも」
ぼーさんに尋ねる吉野先生。ナルを指すぼーさん。そして軽く会釈するナル。
ハイ、おなじみのやり取りです。
校長先生には名前と簡単なメンバー紹介くらいはしたが、さすがに教員全員に話したわけでもない。
リーダーが誰かは相談者からしてみれば、さして問題でもないと思うけれども。
しばらく口ごもって、何を悩んだんだか知らないが、また言いにくそうに彼は自分も相談があるのだと打ち明けた。
まあ、そんなこったろうと思いましたが。
好奇でも嫌悪でもない感じで様子を伺ってるし、「学校内で起こっている」というヒトゴトの雰囲気では無かったから。
でもそこにリーダーが誰か関係あるの?大人か子供かなんて。
伺います。とナルに席を促された吉野先生が話し出すのを、どことなく冷めた気持ちで眺めた。
吉野先生の相談は「夜のノック音」。
夜に窓をノックする音がコツコツと煩くて眠れないと。
耐えかねてカーテンを開けるとノックしてる手があり、スッと引っ込んで音が止む。
それを毎晩繰り返しているそうだ。耳栓すれば?
話し終えた吉野先生が教室を後にする。
「…いきなりかよ」
「んーー」
ぼーさんがげっそりと呟く。
事件メモ中だったので適当に返しておいた。
---------------------------
その次に来たのが、事務所に依頼に来た子の一人。
相談事は「友達がキツネに取り憑かれた」。
ナルが病院へ行け、と断じた事例だけど、正直私もそう思った。
というか、病院に行って、回復が見られなくて初めて心霊的なところに頼るものだと思う。
これが幸福のツボとか買わせてくるインチキ霊能事務所や、アブナイ新興宗教だったらどうするんだ。
昔で言うところのキツネ憑きってのは、精神を病んだ人のことも含んでようだからそういう意味では間違ってないかも?
やったことはといえば、砂を食う、机の上に乗る、寒い日に制服のままプールへダイブ。
それから自称「稲荷の使いの白キツネ」。キッカケはコックリさん。
「取り憑かれた気がする。肩が重い」のセリフ。コレがむしろ怪しすぎる。
人間の身体や、精神、脳はとても騙されやすい。
仮病を使うときに、本気で思い込めば軽く38℃くらいは出せるぞ、私。
…まあ多分、そのお狐様とやらに憑かれた子は、大袈裟に除霊してもらえば治るんじゃないかな、と思う。それも日本古来の治療法と言えるんじゃなかろうか。近代風に言えばプラシーボ効果ってやつ?
とりあえず、稲荷の使いだって言うなら最寄の稲荷神社に行って「あなたのところの者と名乗るお狐さんが悪さするんですけど」とお伺い立ててみればいいんじゃないかな。
あ、神使が悪さしてるなら、請願しても神様まで届かないのかー。ふーやれやれ。
話を聞いて、とりあえずナルは場所を聞いておくことにしたようだ。
どうせ校内だし、ついでに確認しておこう、くらいではありそうだが。私はもちろん場所もメモ。
…わざわざ校外の事務所に依頼に来るのが数件。学校の中で学校公認で相談できるとすれば…ま、件数多めに予想を立てておいて損はないだろう。複数学校の怪談を一気に聞かされて、場所を覚えていられる自信はない。
に、しても、ナルも随分クラシックな方法を口にしたな。さかずきを使うコックリさん。
十円玉が最もポピュラーだと思ったけれども。杯を使うときのやり方は、確か十円玉のときとそう変わらなかったと思う。
依頼に来た子たちの中では鉛筆を使うらしい。
まあほんと、国内だけでもバリエーションの多いこと。
出身中学が違うとやり方も違う、なんてこともあったよなぁ。
懐かしい過去に思いを馳せながらノートの罫線をなぞってページを区切る。さーて、次の相談だ。
--------------------
「ロッカーが倒れていたり、備品が散乱していたり。あまりにしょっちゅう起こるんでイタズラかと思って、犯人を捕まえてやろう、って部室にみんなで泊り込んで見張ったりしたんです」
陸上部だそうで。
う、運動部は大変だなぁ…。悪戯の犯人捕まえるのに、強制部室徹夜かぁ…
なんとも居心地は良くなさそうだ。今の時期、夜は寒そう。
というか、生徒がそんなことしたら危ないだろう。防犯カメラでも仕掛けろよ教師。外部の変質者だったらどうするんだ。
「なのに、ちょっと目を離したスキに箱に閉まってあった砲丸が、床に一列に並べられてたり…」
あ、それは心霊現象…っぽ、い?なんか慇懃無礼というか、丁寧な幽霊だ。何がしたい。
とにかく、人の手では衆人環視の中、誰にも気付かれずにそんな事をするのは余程の職人芸だろう。そしてかなりの愉快犯だ。
これは勿論、場所は陸上部部室…現象は…ポルターガイスト?騒がしいっつかハタ迷惑っつか。
あえて、備品に命が宿って夜になると大ハッスル。砲丸はオレたちを投げてくださいハァハァと整列。ってとこでどうだろうか。ダメか。わかったから睨むなようナル。なんでわかったんだよう。
----------------
「体育館に開かずの倉庫があって、先月、そこで肝試しをやったんです」
「まってゴメン。どこでやったって?」
「開かずの倉庫です」
「開くの?開かないの?それどっち?!」
「え……と…?」
「麻衣」
「ハイ、すみませんでした。なんでもありません話を続けてクダサイ」
開かないならどこでやったんだ!開くならなんで開かずの倉庫なんだ!
悶々としつつも手を走らせる。『場所:開かずのはずの倉庫』っと。
百物語をしたらしい。つまり百本のロウソクを灯し、ひとつ怪談を話して火を吹き消していく、と。
…多分、私もいつぞや恵子達とやった簡易版だろう。人数分の明かりを灯して、話し終わると消していく。暗くなっていくから、ムードが出るってもんだ。
彼女たちは肝試し以来、首吊りロープのような形の影が見えるようになったとのこと。
ふむ。人がくっついてなくてよかったね。映画「シックスセンス」を思い出したよ。死体状態だったらなおのこと怖い。
「それから…一緒に肝試しをやった子が一人、入院しました」
「入院?それは…怪我か何かで?」
「いえ。………胃潰瘍、だそうです。あの、その子、肝試しの後から自分の机に幽霊が出るって…」
呪われた席パート2疑惑浮上である。
授業中に金縛りにあい、お腹を触られてる感覚に見てみると、机の中から人間の手首が出てお腹を撫で回しているんだとか。
それ多分愛子ちゃんだよ。青春が大好きな机の付喪神だよ。セーラー服の黒髪ロングだよ。
…いや、お腹を撫でるあたりから言って出所は引き出しの中だろう。
愛子ちゃん(本体)は確か、引き出し部分は口だった気がする。撫で回されるじゃなくて舐め回される、になるな。うん。
当然、愛子ちゃんはそんな変態じみたことはしない。
ところで、何回もお腹撫でられて胃に穴が開いたって、それストレス性?
それとも胃に穴を開ける霊障?
状況を想像してみた。
もしもその手が子供の手だったら、泣いて授業放棄する自信があるわ。子供の手が腹をなでるとかいろんな意味で怖い。というか子供怖い不気味。
きれいなおねえさんの手だったら、男子高生なら元気になれたかもしれない。
とりあえず、私だったら教科室の使ってない机と交換するだろうな。
だって授業中に金縛りとか…板書もできない、かといって寝れもしない。時間返せ!と。あと、指されたとき困る。
二回目に手を出された後に、憤りのまま机を交換して「破損」とでっかく書いた紙を貼り付けてやるところだ。
真面目に我慢して登校するあたり、現役学生だなぁって気がする。いや、私もなんだけどね。
------------------------------
さて、ちょっとしか経っていないのになかなかの数の相談が寄せられた。
「おれ、そろそろヤんなってきた~」
「ぼーさん意外と繊細ね」
「そーゆーお前はヨユーそうね」
「私、昔から怪談話聞くのとか読むの好きだったし。怖がりだけど」
「お前が怖がりだったら、日本人の7割は重度の恐怖症だわ」
「私どんだけ図太いの、それ」
心外である。本当にビビリなのに。
最近ビビった話を頑張ってひねり出そうとしていると、軽いノックの後にドアが開いた。
あ、そうだよ。旧校舎でナルが戻ってきた瞬間にビビったよ。約半年くらい前だけど!
今回は、ナルも室内にいるので当然違う人。
相談の子かな?と思ったものの、それも少し違うようだ。
しつれーしまーす。と間延びした挨拶でドアを開けたのは、ショートヘアの快活そうな女の子。
部屋の中を見渡してぼーさんを見つけると、歓声をあげて駆け寄った。
「ほんとにきてくれたんだー!」
「おう」
うむ。なるほど。
「ぼーさんのカノジョか。さ、通報通報」
「なんでそうなる!!?通報すんな違わい!!」
「わかったわかった。例えロリコンだとしても、ロリコンという名の紳士なんだよね」
「違ぇーっつの!!携帯から手を離せ!!」
ほんの冗談だ。そこまで引っ張る気はないので、すぐに携帯をパタリと閉じた。
ぼーさんがながーーくため息を吐く。
「この子はな、オレの」
「カノジョ。……痛い痛いイタタタタ」
「バンドの追っかけの子でな。オレにこの学校の話持ってきた子だ」
「痛い痛いイタイ。暴力はんたイタタタタタ」
うめぼしの刑に処された。
何が凄いって、コッチを見向きもしないナルだよね。
事件メモを眺めたり見比べたりしていた。ちなみに、高橋優子と名乗った彼女(ただの三人称である)はケラケラと笑っていた。
明るいイイコっぽい。
「はぁ。紹介するわ、このアホは助手の谷山。こいつの雇い主で、渋谷サイキック・リサーチの所長が、そっちのイケメンな。渋谷」
「うん。ヨロシクお願いします」
ぺこっと会釈する高橋さんに、こちらも会釈を返す。ナルも、一応小さく頭を動かしていた。
「早速ですが、問題の席に座って事故に遭った人はいますか?」
「あ、ハーイ。あたしです」
手を上げたのは、高橋さんとはちょっとタイプが違うけど、やっぱり明るそうな子。
簡単に言えばギャルっぽいような、サバサバしてる印象を受ける。
結構危険な目に遭ったはずなのに淡々と状況を説明するアタリ、とっても好印象。
話を膨らませている様子もないし。
彼女は二番目に被害にあったらしい。
電車から降りて歩き出したところ、急に腕を引かれて、閉まりかけていたドアに見事に腕を挟まれたと。
で、そのまま電車が動き出したのでとりあえず併走したが転倒。引きずられた。
5mほど進んだところで電車は停止。大きな事故にはならなかったらしい、が…
「肩脱臼してー、足折っちゃってー、先週ギプスとれたトコ」
…なんでもないように語るが、普通に生きててなかなかしないくらいの大怪我である。
こんなとき思うんだ…。女の子って、強いなって…。
持論だが、男性の方が痛みには弱いと思う。まあもちろん、性別関係ナシに個人差も大きいだろうけども。
「そのとき、ドアの側に誰かいませんでしたか?」
「ううん、誰も」
ナルの問いにもあっさりと答える。
「ちょうど電車がすいてて、人が少なかったからちゃんと見たもん」
よく見てたな、と思いつつ、ちょっとわかるかも、という気もした。
ピンチのときって、やたら冷静になったり、どうでもいいところ見てたりする。
スローモーションに見える、って程のことは経験したことないし、走馬灯なんて尚更だけど。
危険を回避する方法を、脳がフル回転で探してる、なんて話を聞いたことがあるけれど、本当だろうか。
…ま、後ろからこられてドンとやられた後じゃ、どうしたって回避しようはないのだけれど。
「例の席で、ヘンな事がおこる原因について心当たりは?」
「ないよ。ねぇ?」
「うん」
「あ、そだ。私もちょっと聞きたいな。いい?」
彼女たちの返答に、考えている様子のナル。
そのスキに、小さく手を挙げて進言した。ナルはチラリと視線をよこしただけで何も言わない。つまりOK。
彼女たちも快く承諾してくれた。さて、どっから切り出すか…
「この学校さ、心霊現象…かもしれない事件、やたら多いよね?」
「?うん、だから来てくれたんでしょ?」
ちょっと回りくどかったか…。ま、でも、確認を兼ねてってことで。
小さく首を傾げる女子生徒に、こくりと頷いてピ、と人差し指を立てた。
「そ。じゃ、多いって思うってことは、コレは『この学校の普通の状態』じゃないわけだ。……いつからとか、わかる?」
立てた人差し指を、ゆらりと動かした。
聞きたかったことの一つ目。怪異が始まった時期。
不思議なことがよく起こる場所、というのは存在する。
それが学校だとしても、不思議ではない。
気になったのは、学校の外でまで何かが起こっているというところ。
学校の怪談、というのは、基本的に学校で起こること。『学校』に憑く怪異と言えるだろう。
けれど、ここは違う。『学校関係者』に何らかの怪異が起こる。
「うーん…。あたしの席のヤツは、結構はしりだったからなぁ。やっぱ、9月くらい?」
「そだね…。夏休み前は、全然。せいぜい、ありふれた怪談くらいで」
「そっか。…ほら、怖い話って聞いてると大概原因があるじゃん。例えば、たくさん人が亡くなったとか、神聖なものに失礼なことをしたとか」
『学校の怪談』じゃハニワが壊れたところからストーリーが始まったし。
いや、さすがにソレはファンタジーすぎるけれど。
「だからさ、この学校がこうなったきっかけ…あるんじゃないかな~、って」
あるはずだ。全校生徒が知っていて、『超常的なことが起こるかもしれない』と思うようになるきっかけが。
変なことがたくさん起こる。それを心霊現象だと大多数が認知する…あるいは、思い込む、その理由が。
単純に、誰かの元で心霊現象が起こっていると聞いたとして、それだけで自分にもソレが起こると思いこめる人間が、どれだけいるか。
湯浅高校関係者全員が知っている、『原因と思しき事』があるはずだ。
原因があるから、結果が起こりうる。そう、認識させる出来事が。
学校に都合の悪い内容ならば、教師はなかなか口を割らない。
それに…教師より、数が多いのが生徒。女子の情報ネットワークはナメられない。
学校に秘密があろうと、それは噂と言う形で広まっているはずだ。
「…ねぇ、アレじゃない?」
「いや、でもさぁ…」
「参考までに、ってことでさ。教えてよ」
にこにこと、あえて軽いノリで頼み込む。
顔を見合わせて、彼女たちはぽつりぽつりと語ってくれた。
「カサイ・パニックって、うちでは言ってるんだけど…」
…火事の話ではなさそうである。
『カサイ・パニック』
渦中の人物、三年の笠井千秋の名前から取ったらしい。
夏休み明けにスプーン曲げを習得し一躍有名人となった彼女。
超能力の有無を巡って、学校が割れるほどの大騒ぎになったことを「カサイ・パニック」と呼ぶそうだ。
彼女を全校生徒の眼前で吊るし上げたクソ…ゲフン失礼…教師に根拠も正論もなくディスられて、プッチンした彼女が口にした言葉が一連の事件の幕開けではないか。
生徒たちの…学校の中ではそういう噂が流れている、と、まあ、そういう話だった。
その言葉というのが、
「呪い殺してやる、ねぇ…」
思ったより単純な理由だった。
私としては、学校の身勝手で社を潰したとか神木を切り倒したとか、自殺した生徒ないし教師がいたとか、そういうゴシップを想像していたのだけれども。
人智を超えた能力を持っていると思われる人間が身近にいて、超越的な能力を用いて行うと害意を明らかにした。
そりゃ、肯定派はもちろん否定派も、何か考えずにはいられなかっただろう。
古来、呪殺というものはしばしば用いられる手段だった…らしい。日本にも多くの呪法があったとされている。
効力が強ければ強いほど、対価として術者が差し出すものも大きい。つまり念能力である。某少年誌連載作品のアレ。
アレほどパワーバランスと漫画能力を上手いことまとめた能力設定は類を見ないゲフンゲフン。
ゴホン…一つ確かなことは、「人を呪わば穴二つ」。術者と相手の二つ分、墓穴が必要になるということ。この諺が、一般的に残っているという事実だろう。
ま、この子たちを目の前にする話でもないわな。
あんまりまことしやかに「呪い」説を広めたところでいいことはない。
軽く手元でメモ書きしながらへらっと笑っておく。
「超能力で、スプーンじゃなくてテメーの首をへし折るぞっ!キラッ!って言えばドッカンドッカンだったのにね~」
「いやあ、実際先生の車のカギ曲げちゃった直後だから笑うに笑えないよ、ソレ」
キラッ!はもちろん星を飛ばしながらあのポーズである。苦笑する高橋さん。
いやあ、私が笠井さんだったらあえてやってるね。そして目の前の教師の顔を後でネタにする。
カンカンにキレてても蒼白になってても、どっちでも鼻で笑って自尊心ズタボロにしてやりたい。
…そういえば、最初に話を聞いた教師、生徒指導っつってたな。
****
先生の車のカギ
→何のカギかわからなかったので捏造。差し込んで回す車のキーだって、まだちゃんと生き残ってるんだからね!!