第三章
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とある冬の、ありふれた日曜日。
「ちょりーーーーーっす」
もう使ってる若者はいない、古い若者言葉が、ドアベルの音とともにオフィスに響いた。
***
少し時間を遡る。
日曜日。学校は休日であるものの、私にとっては休日ではない。
むしろ学校は単位さえゲットしていればいくらでもサボれるが、こっちはサボれない。
そう、お仕事でSPRに出勤である。
気分転換か、所長室から出てきていたナルにお茶をいれ、お茶請けと一緒に目の前に置く。
カップの取っ手を持とうと指を伸ばしたナルが、ほんの少し眉をよせた。
「適度なカロリーの摂取は、思考を助けるものだよ。摂取した方が効率的でしょ」
「………」
反論はない。異論は無いようだ。食べるかどうかは別だが。
所長様は本日お昼を召し上がってないので、コレくらいは腹に入れておいてほしい。
文句を口にしたなら和膳定食一人前ご用意いたします。とでも言ってやるところだ。
大人しくクッキーを口に運んだナルに、おかわりがほしかったら呼んでね、と声をかけて元の作業に戻る。
すなわち、書類整理だ。
普通の法人というわけでもないから、決められた保管期間があるのかわからないがとりあえず書類の発生日だけで管理している。
そういえば、機材はいっぱいあるはずなのに、シュレッダーの一つも無いのにはちょっと呆れた。
まあ、さほど処分する機密情報や個人情報があるわけではないが、郵便物の封筒くらいはある。
他にも、依頼メモとか依頼人の電話番号メモとか、とにかく個人情報に相当するものは出るので、とりあえず小型のシュレッダーを買った。手動でくるくるするヤツで充分間に合う。
書類整理と言っても、大した量はない。
何故なら、ナルが受ける事案自体が少ないから。
彼らに出会って、半年以上絶ったけど、いまだ関わった事案は片手の指に足りるほど。
趣味か!と言いたい。まあ、ナルはなんだか忙しそうだし、職務内容にも郵便物は受け取らないとか電話に出ないとか、変な規定が多いので、別になんかやってはいるんだろうけども。
まあ、大した量がないにしてもフォーマットがあるわけじゃない。
私が関わったものについてはレポート…報告書に近いようなものを作って纏めているから、まあそれなりに時間は潰せrゲフンゲフン。
と、いってもコレは私が勝手にやってることだ。ナルからお仕事を言い渡されれば、当然そちらを優先する。
お茶淹れたりだとか、渡された英語ばかりの書類をトピックスの頭文字でアルファベット順に並べたりだとか、
お茶淹れたりだとか、同じく英語ばかりの、案件とか事例っぽい書き方をされた文章を、こちらは日付順に並べたりだとか、お茶を淹れたりだとか。
あと荷物を受け取ったり、依頼人に対応したり、セールスを追い返したり、「カフェの二階席ですよねー?」違います帰れ。
…こんなに楽でいいんだろうか。
ナルも、リンさんも、好んで話すタイプでもなければ付き合いを求めるタイプでもない。
世間話に付き合う必要もなくって…なんか、なんか…もっとお仕事下さい!働きますからぁ!ってなる。
うう…こんな緩い職場に慣れたら堕落しそうで怖い…
そんな事を考えながら、書類を整理する手は勿論止めない。
手元には、未処理の依頼メモ。ナルがすげなく「精神病院行け」と追い返した、女子高生の依頼である。
一応、念のため、断った依頼でもメモは残している。
フォーマットもエクセルさんでぽちぽち作って、用紙を印刷してある。…暇だったわけじゃないんだからねっ!
メモに、ナルが断った理由を書き添えて保存しているのだ。
理由があるわけではないけれど、強いて言うなれば「今後のため」ってところ。
…それに、ちょいちょい遊びにくる祓い屋さん方にお願いしてもいいしね。
特に、こういう……ちょっと気になるところとかは…
依頼場所の欄に、湯浅高校と書かれた依頼メモ。
日付は昨日から、今日の午前中に掛けて。
三枚、全く別件の依頼である。
さすがに、これは気になる。
早めにぼーさんとかジョンが来てくれるといいのだけれど…
と、少し指が止まったところで、冒頭に戻るわけである。
***
「ナルちゃんやっほーー!いやあ日曜の渋谷なんて来るもんじゃないね~」
静かで穏やかな空気をクラッシャーしてくれたのは、ド派手なおにーさんだった。
え?ああ、ナルの知り合いかなあはは。いやいや、私は知りませんよ。こんな人、道を歩いてたらこっそり二度見します。
絶対に隣は歩きたくない。コートを脱いで帽子とサングラスを外すというなら考えないでもないが。
…外はもう、結構肌寒いが。
「あっ、麻衣ちゃん、アイスコーヒーちょうだい」
「喫茶店は下の階ですお帰りください不審者さん」
「不審者!?」
「じゃあコスプレ?」
「コスプレ!?」
やたら懐っこくアイスコーヒーを注文してきた知らない人に、丁寧に喫茶店ではないことを教えてあげる。
下の階がカフェだし、入り口も小洒落てるものだから…たまに勘違いした人が入ってくるのだ。
英語だからちゃんと読まないんだろうな…。看板も掲げてないし。
穴場発掘気分で来られて気まずいったらない。
ひでー…と言いながら、不審者がコートを脱ぎ、帽子とサングラスを外した。
中から知ってる人が出てきた。
「あっ、ぼーさんだったんだぁ!なぁんだびっくりした~!」
「ざーとらしいなお前わっ!」
えー、心底びっくりしましたよう。
「ぼーさん、おしゃれにしては気合入りすぎじゃない?異次元の人かと思った」
「あー、今日バイトだったのよ。バックバンドの」
「ばっくばんど」
「イベントでさー。急にかり出されたんだけど、これがもーヘッタクソなアイドルちゃんで」
「アイドルって、だってライブじゃ口パクでしょ?」
「録音ですらちょっと聞くに堪えねーっつか」
「ふーん」
まあ、リアルアイドルの歌などどうでもいい。
問題は、ばっくばんどのバイトだ。
「それって、ハロワの求人に出るもんなの?」
「でねーーーよ!?あれ?俺バンドやってるって言ったよね!?」
確かに、前にそんな話題が出た気がする。「こないだうちのバンドメンバーがさぁ」くらいのノリで。
「趣味とかサークルの延長じゃないの?」
「ちがわい!!俺の本・業はスタジオ・ミュージシャンってヤツなの!っていうか、ぼーずが本業だとでも思ってたのかよ?」
「ううん、フリーターだと思ってた」
「おいコラ」
カラン、と少なめの氷が音を立てる。
アイスコーヒーのグラスをぼーさんの前に置いた。
「それで?今日はどんなご用件でいらしたんですか」
やれやれ、騒がしいな。と態度で表しながらナルが言った。
訳:どうせくだらない用事だろうから、さっさと終わらせてお引き取りください。
だいたいこんな感じだ。
「あっ、そーそー。実はお仕事の話でいらしたのよ」
「珍しいね」
「麻衣、口を挟むな。長くなる」
はーい。お口ミッフィーにしてます。
とりあえず、ナルのお茶のおかわりを淹れるために給湯室へ向かった。
**************************
お仕事…つまり事件のお話と言うことで、ばっちりメモを用意した。
本腰入れて語りだしたぼーさん曰く、自分のバンドには追っかけがいると。
…いや、そこはどうでもいい。問題は女子高生の追っかけがいるところ…いやいやそこもどうでもいい。
曰く、その女子高生のクラスに、祟られた席があるという。
その席になった人が、三ヶ月間で4人。全員が事故にあったそうだ。
それも、電車のドアに腕を挟まれて引きずられるという、全く同じシチュエーションで。
「………」
言われたからにはお口ミッフィーのままでいるぞ、今は。
ただ、メモだけしておいた。
『それ、電車通学じゃない子が座ったら…?』
あと、電車遅れて大変だったろうな。とか。
ナルは事故数の多さを挙げて、偶然じゃないかとほのめかしたけれど…
さすがに交通事故だろうと、一つのクラスで3件立て続けに、それもその席になった人の身に起こったら、そりゃ呪われた席扱いにもなるよ。
他にも、クラス担任が吐血して倒れたらしい。
まあ、それくらいならよくあることだが、問題はその前の行動。
自室に使ってた美術準備室に、幽霊が出ると騒いでるうちにバッタリ。
現在も入院中で、原因不明の吐血を繰り返してる、と。
頭おかしくなっただけじゃないの?豆腐メンタルの教師が。
教師のことは、基本的に悪い方向から見るという習慣がついている。大体間違ってないし。
大体にして自分が正しいと信じて生徒を見下す厄介な人種だし。ケッ。
「んで、そこの学校じゃ、他にも怪談やら原因不明の病気だ事故だが山もりでさ。気味が悪いんで何とかならないかってその子が言うんだ」
「ぼーさん…副業ボーズなの有名なの…?」
「追っかけの間じゃ割とな」
おっと。つい口を挟んじゃった。
でももうぼーさんの話は終わったからいいだろう。
「ね、その高校ってこの辺?」
「おー。私立湯浅高等学校って女子高。知ってるか?」
席を一度立って、さっきしまったばかりのファイルを取り出す。
「あら、偶然。昨日2件、今日の午前中に1件。同じトコの生徒さんから依頼があったんだよね」
「……こりゃあ、」
ファイルから抜き取った三枚を、ぼーさんの前に広げて見せた。
それぞれ、今ぼーさんが話した内容とはかすりもしない別件だ。
つまり、それだけの件数が起こっている…かもしれないということ。
「ただごとじゃないぜ。こんな短期間に、一つの学校に集中して――…」
「あのう……」
ぼーさんの言葉を、控えめな声とドアベルが遮った。
ドアを開けたのは、スーツ姿の中年男性。手にはメモが握られている、ということは…間違ったお客さんではなさそうだ。
「こんにちは。ご依頼ですか?」
「あの、わたくし、こういうものですが」
目の前に立って会釈をすると、少し戸惑った様子で名刺を差し出される。
ありがとうございます。と受け取って名前を見る。『校長 三上 昇』…校長?
まさか、と学校名に視線を滑らす。その、まさかのようだ。
「私立湯浅高等学校校長、三上と申します」
タイミングいいにも程があるだろ。
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