第二章
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「ミニーの正体はこの家に憑いてる地縛霊やと思います」
ミニーのお祓いを終えたジョンの意見である。
どうでもいいが、ミニーっていうと赤地に白水玉がトレードマークな某ネズミ嬢を連想するのは私だけではないはずだ。
地縛霊(強い因縁)⇒この家で死んだ子?
・ぼっち寂しい
・友だちほしい(この家に来た子ども道連れ)
ジョンとぼーさんの会話をガリガリとノートにまとめる。
走り書きにも程があるので後で時系列順に整理するわけだが…今度ポストイット買ってこよ…
出来事やジョブごとに書いて時系列順に並べなおせばわかりやすいまとめやすい。
うん、コレだけ人数いると意見もポコポコ出てくるしね。
何故子供だけ?
・寂しい⇒子供以外――親兄弟になれそうな――でもいいはず
・子供以外⇒現(邪魔・排除)
ジョンとぼーさんの説にナルが入れた否定要素を書き上げ、乱雑に囲んで矢印を引く。
「麻衣」
「はい?」
「…原さんは?」
「必要なときに呼ぶって言って寝かせといた。呼ぶ?」
一度出てきて気丈に振舞ってはくれたものの、顔色が悪いから引っ込ませた。
いざと言うときの為に温存して欲しいものだ。気合的なものを。
「…いや、とりあえず、まだいい」
少し考える仕草をして、ナルは開いたファイルに目を落とした。
ご用は終わったようなので、こちらもノートに意識を戻した。
とりあえず起こったことの概要をメモってだな…
「そーいやお前、さっきから静かだな。何ガリガリ書いてんだ?宿題?」
「ちょっとナル、この人私をなんだと思ってるんだと思う?」
「馬鹿」
ファイルから顔も上げずに即答するナルであった。
…ねぇ、それぼーさんが馬鹿って意味?それともぼーさんが私を馬鹿だと思ってるって意味?それとも相槌?
小さくため息をついて、ぼーさんに向き直る。ぴ、と人差し指を立てた。
「…くえすちょん。現在の私は何でしょう」
「何って…ぴっちぴちの女子高生」
「調査員(バイト)ですー!しかもぴっちぴちとか何かオッサンのセクハラくさいし…」
確かに生物として一番ぴっちぴちな時期だけどね!
ツッコミ(物理)がてら、調査用に作ったノートをぼーさんに渡す。
「あいてっ。…ん?なんだコレ……超字が汚い」
「うっさい!走り書き用なんだからしょうがないでしょ!ちゃんと清書してるっつの!」
「日付、と依頼概要…仮説①地霊(あやこ)、…」
赤線でバツを付けられたポルターガイスト(人為)の文字。同じく赤で矢印を引いて実験済とメモ。
たまに読みにくそうにしながら、ぼーさんがノートをめくる。
「これ、調査記録か!」
「ん。まあ、そんなちゃんとしたもんじゃないけどね。まとめとかないと覚えておけないし」
「依頼人の名前とかか」
「そう、そこ、重要」
ノートの最初のページにはバッチリ典子さんの名前。
わかった情報はなんでも書き込んでいるので、年齢や家族相関もメモってある。
何よりね。うん、人の顔と名前ってそう簡単に覚えらんないからさ…、ね!
「馬鹿」
…"前"に高校在籍時、クラスメートの顔と名前をほとんど覚えなかった私が、ナルの一言に返す言葉などあるはずもない。
「さて、無駄話は終わったか?終わったならぼーさん、浄霊を試してみよう」
「ん、ご指名か?」
「ああ。最初に死んだ子は立花ゆき。宗派は浄土宗で、生没年と戒名はここにある通りだ」
ナルが資料をぼーさんに手渡す。なるほど、さっき見てたファイルにはそのデータがあったわけですね。
「でもぼーさん、真言宗でしょ?浄土宗のお経って上げられるの?」
「あー、まあ、一応な。っていうか、俺宗派言ったっけか」
「高野山って言ってなかった?」
「山で宗派がわかるとか、お前はホントにじょしこーせーか」
「……こんなところではまともに記憶力を発揮するんだな、お前は」
「いやあ」
「麻衣さんや、馬鹿にされてるんだと思うぞ」
もちろんわかった上でのリアクションである。
ちなみに、ざっと有名どころはわかっても細かいところはさっぱりわからない。
真言宗○○派とか。仲悪い宗派とか。
「で、できるの?できないの?」
「できるできる。もとは同じ御仏の教えだ。気合でなんとかなるなる」
「…ナル、私いま、すっごく不安になった」
「奇遇だな、僕もだ。…まあ、ものは試しとしてやってみてくれ」
「まーかせとけって!」
軽く請け負うぼーさん。
とりあえず、そういうことになった。
***********
夜が明けて、まずは典子さんと礼美ちゃんにホテルに移って貰うことにした。
霊たちのターゲットは明らかに礼美ちゃんで、浄霊がうまくいかなかった際に危険だからだ。
それに、この家ではろくに休めもしないだろう。ホテルの方が、まだ気が休まるはず。
「ほんとに、ホテルに移ったくらいで大丈夫でしょうか…」
「この家にいるよりはマシでしょう」
疲れた顔で、不安そうにしている典子さんをナルが諌める。
というか、事実を伝える。安心させるために嘘をついたりしない所長クオリティ。
「護符と…念のため、松崎さんとブラウンさん、原さんを一緒に行かせます」
「巫女さんと悪魔祓いと霊媒さんっていう豪華なラインナップですよー。安心してくださいね、典子さん」
こっちは安心させるための嘘75%の笑顔でにっこりと笑いかける。
すると典子さんにじっと見つめられた。
「…麻衣ちゃんは、霊能者ではないんでしょう?危ないから、一緒に行かない?」
「え?」
「麻衣ちゃん、いっしょいこ?」
「…え?」
…どうしてこうなった。
心配げな典子さんと期待を含んだ礼美ちゃんの視線を受けてたじろぐ。
そりゃ、最初は「簡単な事務のお仕事です」って話だったけれども。
調査員って事務?とか思ったけれども。
一応…私…仕事でここにきてる……ハズ…
あれ?気のせいだった…?
「すみませんが、彼女には仕事を頼みますので」
「ですよね所長!」
よかった。ぼーさんといい、この二人といい、あまりに調査員として扱われないからちょっと自分の役割に疑問を持ってしまった。
し、仕事してるよね、うん!ちゃんとしてる…はず……!
「でも、女の子なのに…危ないわ」
「大丈夫ですよ。これでもタフだし、いざとなったら所長を盾にしますから!」
「麻衣ちゃん…」
「はーいはいはい、麻衣ちゃんは礼美ちゃんたちのために頑張るからねー。礼美ちゃんもいい子にして、典子さんの言うことちゃんと聞くこと!麻衣ちゃんとのお約束、ね?」
渋る様子の二人にもメゲない!上司が仕事があるって言ってるから大丈夫!
礼美ちゃんには歌うようにまくし立て、そのまま小指を絡めて指切った!で締めた。
「原さん、どうですか」
「……護符が役にたっているようですわ。霊たちは気付いていません」
「じゃ、今のうちだね。さ、早く行って。気付かれたらまた厄介だから」
「麻衣ちゃん…気を付けてね?」
タクシーに乗り込む二人に、笑顔で手を振っておいた。
「随分懐かれたなー、嬢ちゃん」
「うへー…」
「なぁに疲れてんだよ。こっからが本番だろ。ほれ、シャキッとせい」
「へいへーーい。シャキッ!!」
「効果音だけじゃねぇかよ!」
懐かれるとか、典子さんはともかくようじょとか、心底めんどくさ以下略。
くでっとしたまま口で効果音を発してみたら、べしっとツッコミが入った。
ナルに至ってはスルーの上、すでに家の中に戻っている。
こちとら寝不足なんだい。ちょっとくらいダレたっていいじゃない、人間だもの。
******************
「ぼーさん、準備は?」
『いつでもおっけー!ばっちこい!』
スピーカー越しにぼーさんが応える。
カメラに映った坊さんスタイルなぼーさんがぐっと親指を立てている。
こういう感じだ。まさに。d(`・ω・´)
「麻衣、注意して見ておけ。気付いたことがあればすぐに言え…簡潔にな」
「あいよ」
余計な注意もついた気がします。
が、それこそ簡潔に返した。今は『異常ナシ』状態を確認するのに忙しいです。
ぼーさんがいる、礼美ちゃんの部屋を中心に他の部屋の様子もざっと確認する。
ぼーさんがマントラを唱え始めた。
浪々と流れるそれに、意識をとられないようにモニタを見つめる。
「…ナル」
「なんだ」
「やっぱり浄土宗のお経じゃなかったね…」
「………いっそすがすがしいほど変わらなかったな」
マントラ=真言=真言宗ですよねわかります。
ぶっちゃけ浄土宗なら南無阿弥陀仏と唱え続ければ許される気がする。
真面目な浄土宗信徒の方すみませんつい本音が。
聞いた話、真言宗のお経は早口だから他の宗派の檀家さんが聞くと笑えるとかなんとか。
お経と言うと漢字のイメージだが、真言の部分なんて漢字に変換できそうもない音の羅列なものだから、初見さんは驚くそうな。
静かに、ぼーさんのマントラだけが流れる画像。
リンさんがラップ音が始まった事を告げる。
ふと、視界の隅で何かが動いた。
目を向けると、モニタ。窓が映っているから、カーテンかもしれない。
じ、と注視してみる。
カーテンとは別に、白いもやが立ちのぼって見えた。
「ナル」
ちら、とこちらに意識を向けたナルが、すぐに私の視線を追う。
「5カメ。居間…」
「リン」
「温度が急激に下がっています。現在マイナス二度です」
「「マイナス…!?」」
わかりやすいように口頭でも異変を映すモニタを示せば、リンさんから淡々ととんでもない答えが返る。
居間は、窓が大きく日当たりのいい部屋だ。今の季節は夏。冷房入れたって昼間にマイナス値なんて出るわけがない。
……一瞬、涼しそうだなとか思ったのは内緒である。
「ぼーさん、その部屋じゃない!どうやら、事の中心は居間だ!」
『居間ぁ!?』
スピーカーからすっとんきょうな声が聞こえてくる。
お経を上げている部屋でもなく、小さい子供のいる場所でもない、居間である。
そこに立ちのぼるもやはくゆりながら量を増して、大きく、濃くなっていた。
もやに、陰影がある気がした。
気付いてしまえばそれは濃さを増し、もうはっきりと、幼い子供の表情を映し出した。いくつも、いくつも、
これが霊というものなのだろうか。
雁字搦めにされた、苦しむ幾人もの子供たち。
唸っている。実際の音ではないかもしれない。声とは呼べないような叫びがこだまする。
子供を捕らえて苦しめるものとして、最初に思い浮かぶものがあった。
印象であり、概念であった。
それが言葉になる…寸前でぼーさんの悲鳴に意識を引き戻された。
『うわっ、なんだこりゃあ!』
見れば、居間のモニタにぼーさんが映っている。
到着したらしい。
何でこんなにさみーんだよ!とぼやいているのをマイクが拾った。
そりゃ氷点下だからね。水分も凝固する気温だからね。…普通の気温に戻ったら結露しそう。
『まとわりつくな、このっ…!』
まとわりつくらしい。
あのもやは子供たち自身なんだろうか。
ぼーさんが真言を唱える。
反応して、唸りが大きくなった。
苦しいものなのだろうか。
真言の意味はわからないが、なんとなく、大岡裁きを思い出す。
二人の母親に子供を引っ張らせるアレだ。
子供が裂けてしまわぬように手を離したのが本当の母親だという裁き。
もし、手を離したことで子供が死ぬのだとしたら、母親は手を離したのだろうか。
ゆらり、と黒い影が立ちのぼった。
もやとは比べ物にならない存在感。受ける印象は、最悪だった。
子供たちが苦しむ。母親を呼び、助けを求める。
その声に、混じるしゃがれた女の声。
子供たちよりはっきりと、負の感情に染まった声。
そんな声で、こどもを呼ぶな。ああ、きもちわるい。
「後ろだ、ぼーさん!」
『なに!?……ってオイ、何もいねーぞ!』
「志村後ろ!!!」
「しむ…?」
唐突にネタを振られたかと思ったら違った。
そりゃナルがお笑いネタとか知ってるとは思えない。うん。
引きずられそうになっていた思考を引き戻してくれた二人に感謝して、マイクに顔を寄せた。
「ぼーさん、窓際に黒い影が見える。モニタ越しだと。危なそうだから、一回退いて」
「その方がよさそうだな。ぼーさん」
『わかんねーけどわかった』
ぼーさんがマントラを唱えつつ出口へ向かう。
みしり、
マイクが、子供の呻きでも、女の声でもない音を拾った。
木材の軋む音だ。ぼーさんが振り返る。
ということは、ぼーさんの後ろ…女の居る位置から出てる音。
ぎし、バキッ
モニタ越しに見えていた女がすうっと消えたそこには、フローリングの中にぽっかりと丸く穴が開いていた。
………ちょっと待て、この家基礎どうなってんの?まさかの地面の上に直接床?
一体どんな手抜き工事だよ…
******************
「こいつは井戸を埋めたあとだな。かなり古いやつだ」
おい、ここ建てた土建屋呼んでこい。
手抜き工事にも程があんだろ!!!
部屋の温度が平常どおりに戻った頃、実際に部屋の様子を確認に来てみた。
真砂子にジョン、綾子の三人も呼び戻し、全員揃って居間で穴を覗き込んでいる。唯一リンさんがモニタ番だが。
で、見てみての感想である。土建屋出て来い!!!
井戸である。
見てわかるとおりの枯れ井戸である。
真砂子に睨まれつつ懐中電灯で照らしてみたところなかなか浅い底が見えた。
一応…あくまでごくごく一応埋まってはいる。
が、
「何でこんな中途半端に埋めたよ?しかも、竹筒もパイプもないし…杜撰すぎると思うんだけど」
「だよなぁ…こりゃ、タタリだっつってもオレ驚かねーぞ。どうよ、綾子」
「アタシの専門とは違うんだけど。これじゃお祓いもしてないでしょうね。祠も見当たらないところからすると、きっと撤去しちゃったのね」
「お祓いもせずにだからもちろん…」
「水神にお伺いなんて立ててないでしょうねぇ。あーあ、ヤダヤダこれ神の祟りだったら私トンズラするわよ」
井戸というものは、上水道のない時代とってもありがたいものであった。
理由は言うまでもなく、便利だから。
八百万の神の国日本では、当然の如く井戸の神様も居るわけで。井戸があるところには大体小さな祠があったりする。
川や海が霊的に特別視されていた関係か知らないけれど、井戸自体黄泉に通じるとかなんとかで結構怪談が多い。
まあ、それはこの井戸を懐中電灯で照らさず見たらなんとなくわかる。
真砂子も言っているが…まるで地の底に続く道のようだ。
それはともかく、神聖視されていた井戸である。埋めるにあたってはそれなりの手順があった。
身近で井戸を埋めた経験がないから詳しくはないが、聞いた話では清めて気抜きの筒――私が知っているのは節を抜いた竹だが――を差して埋める。といったような感じだったと思う。
何のための筒かというと、井戸が呼吸をするためだとか、神様が出れるようにだとか…まあ、迷信以上の意味はないかもしれないのだが。
で、井戸を埋めた後は地面から筒がぴょっこり飛び出している。懐中電灯で照らしても、それらしき痕跡はない。
というか、ぴょっこり飛び出す程底が近くない。……埋めるならせめて地面と同じ高さまで埋めろよ!!
まあ、丸い井戸の土管や石を積んだ基礎が残っているのはいいとして…せめて、何故蓋をしなかったし。
これ、普通に踏み抜いたら事故死コースだと思う。ほんと土建屋出て来い。
ちなみに、祟り云々はわりと大袈裟な話ではない。
神には二面性がある。荒魂(あらみたま)と和魂(にぎみたま)。まあ書いて字の如くである。
多分、基本は荒魂なんじゃないかな、とド素人な私は考察する。
それを鎮めて、なだめてご機嫌とって祀り上げて、機嫌をよくした神がやっと和魂の一面を見せるのかな、と。
神様のご機嫌損ねて祟られるって話はちょいちょい聞く。不運が続くだとか程度の話ではあるが。
供物を捧げて怒りをといてもらえるようにお祈りしたりして改善していくもののハズ。
だから神職の綾子。逃げちゃダメだ。