第二章
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「わたし、お兄さんに連絡するわ。家を引っ越すことにします」
礼美ちゃんを寝かしつけた典子さんが、疲れた声で言った。
引っ越そうと思ってスグ引っ越せるなんてセレブめ。ギリィ。
だが、それができるならそうした方がいいかもしれない。
「ポルターガイストの中には、家をかわってもついてくるものがあります」
「そんな…っ」
ナルの冷静な言葉に、典子さんは顔色を失った。気持ちはわかる。幽霊のストーカーとかタチが悪い。
この家に来て憑いたのに、家を出ても憑いてくるとか。なんというストーカー魂。
「じゃあ、どうしろっていうんですか!?」
典子さんが声を荒げる。
怒っている、のとは違うだろう。
力んだ肩に手を添えると、ハッとした典子さんが申し訳なさそうに眉尻を下げた。
少しでも安心できればいい。余裕そうに笑いかけておく。この人には頼れる相手が必要だ。
「…おちついてください。僕は、この家の所有者を遡ってみました」
ナルも、真剣ではあるものの慌てた様子はみせない。
まだ16だか17だかなのに、彼はしっかりしてる。まったく頼りになる所長サマだ。
彼の話によると、この家は典子さんたちを含めて9つの家族が住んだ経歴があるらしい。
個人所有の建物の歴代所有者なんてどうやって調べたんだか気になるが…それは置いておこう。
この9家族の内、5家族で子供が死んでいるという。
十代の子供は無事。反して、七つの子供は越した後でも死亡…原因がそれかどうかわからないが、憑いてきたせいだといえるものなのだろうね。ナルがココで言うってことは。
「対象は十歳以下。…で、原因は『この家』。でも住人に限らないわけね。で、礼美ちゃんはもう、目をつけられてる」
典子さんの肩がわなわなと震えた。
「どうしたら…!」
顔を覆う、彼女の肩を抱く。
私は子供が嫌いだ。
煩いし、邪魔だし、うっとおしい。
愚かで、自分勝手で、弱くて、壊れやすい。
そして、たくさんの可能性を持っている。
子供が死ぬのは、たったの数年で命を落とすのは、
悲しいとは思わない。所詮他人事だ。
苦しいとも思わない。それは当人と、当人を愛した人にしかわからない。
私はただ、痛ましいと思う。
漠然と、喪われた可能性を思う。
「大丈夫です。必ず、守りますよ」
にっこりと笑ってやった。
まだ二十歳のお嬢さんなのだ。
子供一人を、たった一人で護っていくのはまだ荷が重い。
かくいう私も15歳であるが二度目だから別。
おい誰だ15×2で三十路とか言ったヤツ出て来い。
根拠なく、自信満々に言った私に典子さんがポカンとした。
まあ、緊迫感の欠片もなかったろうからな。
ナルもじとっと私を見て、やれやれといった風にため息をついた。やーい幸せ逃げたー。
「…こういうことの専門家を呼びます。家を出るのでしたら、せめて彼が来るのを待ってください」
………こういうこと(心霊現象)の専門家ってあんたらじゃなかったのか?
それともポルターガイスト専門?…金縛り専門とかいるのかな。
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『専門家』として呼ばれたのはジョン。そして真砂子だった。
エクソシストと霊媒。
というか、これで旧校舎のときのメンバーが揃ったわけだ。…ちょっとだけ嬉しい。
私となんら共通項の無い人ばかり…おっと、真砂子は同い年だったかな?…まあ、関わりのない人ばかりだったから、またこうして会えるのはひとえに雇ってくれた所長サマのおかげである。なむなむ。
その真砂子だが、とんでもなく顔色が悪い。
実際に悪いというのもあるが、口元を覆い、視線をせわしなく彷徨わせている。
「…真砂子?」
「…なんですの、これは…」
呼びかけに答えるより先に、真砂子は言葉を漏らした。
「こんなにひどい幽霊屋敷を見るのは初めてですわ…」
どんなに酷いんだか知らないが、できれば典子さんたちの前で言ってくれるなよ?それ。
見えるってのは辛いことなんだろうか。家の中に進むごとに顔色を失っていく彼女を見ていられなくて、歩きながら背中をさする。
せめて横になれば違うだろうか。玄関からそう遠くないベースまでの道のりも、長く感じる。
「真砂子。ベースについたから、少し横になって休んだら?」
「ヤダ、真砂子?どうしたのよアンタ顔色が――」
心配する綾子の言葉が終わる前に、真砂子がふらりと私の手を離れ、ナルにもたれかかった。
「なんか、酷い幽霊屋敷だから気分が悪いみたいだよ?」
「随分ヨユーそーじゃない!?」
「そお?」
余裕がないから好意を持った人に寄りかかりたいとか、そんな感じじゃないんだろうか。
私には乙女心はよくわからんのだけれども。
「なんですの、この家……墓場より酷い。まるで、霊の巣ですわ」
真砂子が呟く。
好きな人にくっついて気分も持ち直したんだろうか。
恋する乙女はスゲーな。というか、旧校舎のときの逆ナンは本気で逆ナンだったのか。
あと、語調から『これが…竜の巣…!』とか思ったけどさすがに言わなかった私。エライ空気読んだ。
その真砂子曰く、
苦しんでいる子供の霊がいたるところにいると。
みんな母親のところに帰りたがっていると。
この家が、子供の霊を集めていると。
霊感がある、ということは見えるということだけではなく、『感じる』ということなんだろうか。
なんだか私が思っていたのとは違うようだ。
にしても、この言いようだと随分多くない?ナルの話で出た死人は十人いないくらいだったはず。
間違っても巣と表現されるほどの人数ではない。
ん?集めているってそういうこと?ここで死んだ子供でもないのに、この家に………
「って、真砂子ッ!しっかりー!」
うっかり考え込んでいる間に真砂子がふらふらと立ちくらんでいた。顔色は真っ白。
ごめんよー。そして目の前でか弱い女の子がふらついているのにノーリアクションなナル。
間違いなく、思考がすっかり真砂子の情報に向かっている。
ドンマイ真砂子。気を引きたいなら情報渡すタイミングを間違えたね…。
意識があるのでそこまで重くない真砂子をなんとかベッドに運んで寝かせる。
悪いけど帯は解かせてもらった。帯枕が痛くて全然休めそうにないし。
伊達締めなんかもあるから帯解いたくらいじゃ着物も脱げないしね。
「…手馴れてますのね」
「そう?…はい、お水。帯は自分で締められる?」
「ええ、ありがとう。……私が自分で帯を締められなかったら、どうするつもりでしたの?」
冷えた水を少し飲んでから、考えなしを見る目でちょっと睥睨された。
私がぎゅぎゅっと締めて差し上げるつもりでしたがね。
「自分で着れない服を普段着にするなって叱ってやるつもりだったよ」
喧嘩腰の真砂子の頭をポンポンと叩いて笑ってやった。
いやあ、人様の着付けなんてやったことないから、どうなるかわからんよ?
しかも何年越しかもわからない記憶だからねー。
*************
そのまましばらく真砂子の様子を見ていた。
礼美ちゃんの方は、ジョンがお祓いをしているらしい。ナルがついて行った。
ミニーにはまたぼーさんがついているらしい。
……そういえば、正式に助手さんであるリンさんとは全然顔をあわせないな。
ベースにいるはずだけど……あ、PCに向かってる背中がぼんやり記憶の片隅にある…。
と、ベースからバタバタと焦った足音が聞こえた。
「………」
「…なにかしら」
「…何か、動きがあったみたいだね。真砂子、具合は大丈夫?」
「ええ。身支度を整えます。麻衣は先に行ってちょうだい」
「はいよ」
横になって多少着崩れた着物を直す手間もあるだろうから、と真砂子を置いて部屋を出た。
礼美ちゃんの部屋には礼美ちゃんと典子さん。それからジョンとナル、足音の主だろうぼーさんがいた。
話を聞くと、ミニーが消えたらしい。何ソレ怖い。
「探してみる?」
「……いや、無駄だろう。モニターで監視しつつ相手の出方を待つ。松崎さん、礼美ちゃんについててください」
「わかったわ」
そういうことになった。
そのまま動きがなく時間が過ぎる。
交代で休憩を取ったり、主に礼美ちゃんを見てる綾子にお茶を運んだり。
モニターの前でまんじりともしないまま、時計を見上げた。
「もうすぐ…」
「…どうした、麻衣」
「いや、なんでもないよ」
時刻は午前一時五十八分。
もうすぐ、丑三つ時と呼ばれる時間。
奇妙な予感があった。確信に近いような、そう、『物語の筋書きを知っているような』感覚。
午前二時、
大きく床が揺れた。
来た。
「ナル、マイク」
「切り替えろ」
短い指示に答えて、リンさんが機械を操作する。
どうやらこの人はエンジニアさん方面の助手らしかった。
即座に音声がスピーカーから流れ出す。
小さいザ―――…という雑音を交えて、家具の動く音…ポルターガイストだろう。
音量が上がる。
ぞく、と悪寒が走った。
聞き間違いではない。
「子供の声…どすな。えらいたくさん……何人いてるんや…」
十人やそこらではない。
小学生の学年集会のようだ。
一人一人が何を言っているのかなんてわからない。
意味のないうめき声のようなものも混じっている。むしろそれがほとんどだ。
それでも間に聞こえてくる、言葉。
どこ?
どこ?
いないよ。
はやく
みつけないと
「…………?」
気のせいか?今、怒られるって言ってなかった?
礼美ちゃんを見つけないと怒られる?………誰に?
「ジョンのしたことが効果あったか…とすると、結界が役にたつかもな」
「ん?…あー、」
結界。漫画で馴染みすぎたその言葉にちょっと首を傾げる。が、すぐに思い至った。
もともと仏教とか、神道の概念か。注連縄とか、鳥居とか。
特に日本ではもともと土着の信仰で、『境界』の概念が根強いからなぁ。
そりゃぼーさんなら結界も張れるわ。むしろ綾子もできるんじゃないのかな。
つっても、漫画みたいに不可侵の結界なんて作れないんだろうけど。
「きけばちょっと安心だけど……ぼーさんのスキルが効果を発揮したとこ、見たことないしなぁ…」
「あ、てめ、…!」
「!」
みぃつけた
声が、止んだ。
礼美ちゃんが、危険。
夢と現実のナルの声が耳の奥でリフレインする。
「待て、麻衣っ!」
反射的に走り出そうとした私をぼーさんが止めた。
「ナル!」
ほぼ同時に、綾子がベースに飛び込んでくる。
「ミニーが礼美ちゃんのところに来たわよ!」
「なに?」
腕にシーツの塊を抱えている。
あの中身がそうだろう。
…直に触りたくない気持ちはちょっとわかる。
「礼美ちゃんは?無事?」
「無事よ。問題なく寝てる」
答える綾子にとりあえず一安心。
でも、ミニーだけじゃない。
あんなにたくさんの子供が礼美ちゃんを狙ってたのだから、ミニーが見つかっても安心じゃない。
「私、礼美ちゃんについてるから。ぼーさん、結界張れるならお願い」
「あいよ」
道具を取りに一旦ぼーさんが引っ込んだ。
ナルは手に持ったミニーを指してジョンに話しかける。
「ジョン、人形に憑いた霊を落とせるか」
「へえ、できます。今からどすか?」
「ああ」
ちら、とナルがこっちを見たので頷いておく。
ナルも小さく頷いた。
「リン、機材を頼む。松崎さん、少し休憩していてくれて構いません。ジョン、二階の部屋を使おう。空いている部屋がある」
テキパキと指示を出し、ナルがジョンと一緒にベースを出た。
そこにぼーさんが戻ってくる。手にはバッグ。
「おや、ナルたちは?」
「ナルとジョンがミニー。リンさん機材。綾子休憩。んで私らが礼美ちゃん」
「なるほど。じゃ、行くぞー」
「あいあい」
部屋を出て礼美ちゃんの部屋へ。
…なんだかリンさんにチラッと見られた気がする。肩越しに。
気のせいだったんだろうかし。
礼美ちゃんの部屋に入ると、彼女はぐっすりと眠っていた。
昼間は鬼ごっこ、夜はかくれんぼ。子供たちは忙しい限りだ。
「じゃ、始めんぞ」
そう言ってぼーさんはバッグから金属製のとんがった…どう見ても武器を取り出した。
「…法具って、どう見ても武器だよね…。いや、武器なんだけどさ…」
「んー…」
「独鈷杵なんて刺す気だとしか思えないよね…」
「まあ、刺す気だからなー」
ぼーさんが三鈷杵を床に置いてキリッとした。
マントラを朗々と唱える。
なるほど、こう聞くと音楽と坊主に繋がりがないわけでもないような気がしてくる。
どちらも人に聴かせ、心を惹くという職業だ。
心なしか、安心するような、落ち着くような気がする。
結界を張ることが出来たのか、ぼーさんが緊張した空気を解いた。
「常々思ってたんだけどさぁ…お前さん、微妙にマイナーな知識持ってるよな。法具なんて知らんぞフツー」
「そう?」
そうだろうか。
考えてみた。私が法具をそれと知ったきっかけ。
………あー、『前』に読んだ妖怪と戦う少年漫画だ。
あれに出てくる武闘派坊さんたちがおもくそ武器にしてたわ。刺すわ殴るわ貫くわ。
で、その後祖母の葬式だとか、祖父の法事だとかでお経をあげてもらうときにお坊さんの手元にあって…
いつ使うのかワクワクしてたら特に使わずにお経が終わって、ガッカリしたんだっけ…
ちょっと遠い目になった。
私の知識の半分は漫画(がきっかけ)で構成されてます。
「……仏像とかがよく持ってるし、まあ、うん」
「見たことあるくらいならあるだろーけどな。名称まで知ってるとなると…寺関係出身とかじゃねぇ?」
「え?…いやいやいや、本当にそんなんじゃないから!」
漫画で…とは、ちょっと本職さんには言いにくくって言葉を濁してみた。
ら、なんだか大層な誤解をされたようだった。
「えーと、ほら、興味を持ったら調べたりして、余計なところまで知識ついたりすんじゃん。雑学雑学」
「法具に興味が出るきっかけって…」
「えーと…四天王像の広目天さんマジドSとか?」
「広目天がドS!?ちょ、オイ、どーしてそうなった!?」
「まるで絨毯か何かの如くナチュラルに悪鬼を踏みつけてるところが…。表情もフラットだし…。武器は縄だし…」
「やめろ!四天王の中で武闘派じゃない物静かな広目天のイメージが!広目天ファンにボコられるぞ!」
「いんの!?」
とりあえず、なんだかうやむやになりました。
いや、だって…一応前世とか妄想の産物みたいなもんの記憶だし…
実際その漫画が出版されてるかどうかも怪しいわけで…あ、いかん。そう思うとちょっと読みたくなってきた。
ベースに帰るとナルとジョンがすでに帰ってきていて、ミニーは今度こそ真っ白に燃え尽きたと報告を受けたのだった。
…いや、うん、こっちも真面目に結界張ってたよ?ぼーさんが。
それが上手く行ったかどうかは知らないけど。
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独鈷杵(とっこしょ)
三鈷杵(さんこしょ)
読み方とか漢字とか使い方間違ってたらごめんなさい。
コミックス2巻FILE3で麻衣ちゃんが持ってるのが三鈷杵です。