第二章
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池の水でぐっちょりと濡れている自分の状況に、軽くため息をつく。
早く着替えたい。もちろん、荷物の中に着替えはある。お風呂も借りられる。
が、足を痛めた典子さんと、一番危うい礼美ちゃんを二人だけにするわけにはいかないわけで。
当然、二人にあわせた歩調になる。更に礼美ちゃんは典子さんに引っついて泣いていて、なかなか進まない。
「麻衣ちゃん、先に行ってシャワーを浴びてちょうだい。礼美は私が見てるから…」
「そんなわけにはいきませんよ。誰かに代わってもらってから、シャワーお借りします」
申し訳なさそうな典子さんに、苦笑して答える。
だいぶバタバタと騒いだから、恐らく誰かしらが…あ、
「ぼーさん!」
「おー、麻衣……って、なんでずぶ濡れなんじゃいお前さんは!?」
いいタイミングでぼーさんが出てきてくれた。
ラッキーである。
私の姿を認識するなり、驚いた…というか呆れたに近い表情でエアツッコミを入れていた。
え、私がおおはしゃぎのあまり池にダイブしたみたいな反応しないでください。
「……まあ、その話は置いといて、」
小さく前倣え。両手をそのまま少し持ち上げ、視線と一緒に横によいしょっと移動。
置いといて、のジェスチャーはもはや癖である。
ぼーさんに近付いて、声のボリュームをおとす。
「ミニーとラクガキは?」
「ん、…ラクガキの方は消えたみたいだがな……ミニーは、コゲ一つなく健在だよ」
「健在?燃やさなかったの?」
「いんや…箱に入れて火をつけた。ら、箱はキレイに燃え尽きたな」
「……耐火性にすぐれた素材だね」
「そんな素材があったらもっと火事が減っとるわ」
ですよねー。
どうやら不思議なことに、ミニーは燃えなかったらしい。
あれ?炎による浄化って話、結構多いよね?お焚き上げとか。よほど中の人が根性あるんだろうか。
ちょっと焼却場の焼却炉に入れてみたい気がする。燃え残るんだろうか…いや、半分融けて帰ってきたら怖いので実践はしないでおこう。うん。
「ま、じゃ、そーゆーことで。ぼーさん、典子さんと礼美ちゃんをヨロシク~」
「そーゆー…っておま、…はぁ」
微妙になにかを諦めた表情でひらひらと手を振るぼーさんに二人を託して、典子さんにシャワーを借りる旨を断った上でてってけとその場を後にしたのだった。
着替えを取りに、荷物を置いてある客間へ入ると綾子がいた。
「お、なにしてんの?綾子」
「なにって…」
私に気づいて振り向いた綾子が、目を見開いてポカーンと口を開けた。
「ア、アンタ、なによそのカッコは!!水遊びでもしたわけ!?」
うーん、当たらずとも遠からず…。
ビシッと指をつきつけ、わなわなと声をあげる綾子。
ついでに「馬鹿ッ!このお馬鹿!!能天気!!」との罵声もオプションでついてきている。
まったく、人様を指さしちゃいけませんって習わなかったのか。
しかし…人さし指があるのに人を指さしちゃいけないってこれいかに。…閑話休題。
「…ま、詳しいことはあとで。とりあえずお風呂入ってくるー」
「そうね。いくらアンタでも風邪ひくもの」
荷物から適当な着替えを持って、ひらりと手を振る。
よーし。じゃ、シャワーついでにどう話すか頭の中まとめておこう。うん。
………あれ!?「いくらアンタでも」ってどゆこと!?
ふぃー、さっぱりしたー!
池って川とか海と違って水の流れがないから…なんとなく水がキモチワルイんだよね。
にしても夏の日中にシャワーとか、いやぁ贅沢だわー
と、意気揚々とベースの扉を開けたら集まっていたみんなの視線が一気にこっちを向いた。
「え?…えっ?」
おもわず、キョロキョロと視線を彷徨わせる。
後方も確認。…特になにもない。が、変わらずみんなの視線、on、私。
「え?な、なに?」
もしや、昼間からシャワーあびてんじゃねーよ仕事しろ的な視線か?
だとしたら「びしゃびしゃで家の中徘徊できるか!」と言い返させてもらおう。…外にいろといわれればそれまでだけど。
心構えバッチリな私に、まず仕掛けたはぼーさんだ。
「何、じゃねーよ。お前はぁー…」
…あれ?
「アンタねっ!無茶しすぎなのよ!ちょっと、大丈夫なの?」
続いて綾子である。
…ん?あ。ああ!
「あ、大丈夫。礼美ちゃんに怪我はないはず。擦り傷とかくらいはあるかもだけど…」
「「違うわ!!」」
盛大に二人からツッコミをいただく。
が、ボケたつもりはないよ!?礼美ちゃんが池に落ちそうになった顛末の報告だよね?
なにか期待に添えなかったらしいということはわかって、おろおろしている私に、ため息をついたナルから珍しい助け舟が出された。
「…麻衣、なにがあった?」
「え。えーっと…」
こ、これはやっぱりコトの顛末を聞いてるんだよね?
報告でいいんだよね?
シャワー浴びながらざっとまとめた、コトの顛末を報告する。
たまーにナルをチラリと確認しても、目で促されるってことはやっぱり間違ってない、よ、ねぇ?
「ってわけでして…」
「危ないとは思わないのか、馬鹿」
大体のコトを報告し終わった従業員に対しての、所長のお褒めの言葉である。
心底呆れた視線付き。
「失礼な!…子供が危なかったんだから、ためらってらんないでしょ」
「つまり、危ないとは思った上で飛び込んだわけだ。ますます馬鹿だな」
「う…ぐ、」
馬鹿呼ばわりに、言い訳じみた答えを返せば言質をとられた。
あーヤダヤダこれだから頭の回転の早いヤツは!
…つまり、ナルは危機管理能力が低いと言いたいんだろう。
確かに、私自身が溺れる危険性はないとは言えなかった。
その場に居たのが、私のほかには礼美ちゃんと怪我人の典子さん。
溺れていたら、まあ多分死んでいただろう。人は洗面器の水量で充分溺死できる。
でも、落ちて溺れかけ、パニックになってる礼美ちゃんを助けるよりは断然危なくない選択肢のはずだ。
ニュースでもよくやってるように、溺れた人を助けに入った人だけが亡くなることは多い。
溺れてる人はパニックでめちゃくちゃに暴れるし、とにかく浮上しようともがく。素人に容易く救助できるものではないだろう。
まぁ、実際には流れもなく、足も付く池だったわけだから、冷静に行けば礼美ちゃんサイズならなんとかなっただろう。
が、それは結果論というヤツだ。あの瞬間は、池の中の様子がまるでわからなかった。
「…ま、結果どっちも無事なんだからよかったけどよ。そーゆー意味ではよくやったな、麻衣」
何言っても言い訳にしかならなそうでギリギリしていた私の頭に、ぽんと手が置かれた。ぼーさんである。
お?今ちょっとピンときたぞ。あの、さっきのぼーさんたちの発言は…
「…もしかして、心配した?」
「あったりまえだろー」
「事後でケロッとしてる私見たのに?プークスクス」
「おーおーコイツ全然反省しちゃいねーぞ!そーだよ!典子さんから顛末聞いて肝が冷えたわ!!」
まだ少し湿ってる髪をグシャグシャっとかき混ぜられる。やめい!傷むだろ!
「アンタは旧校舎のときといい、今回といい、無茶しすぎなのよ!女の子なのに躊躇いなく体張らないのっ!」
「ちょ、掘り起こさないでよそれ…」
旧校舎のときのアレは軽く押入れの中に封印したい記憶だ。庇うんじゃなかったと猛省している。
けど、なんか半分無意識なんですよ。
突き詰めて考えてみると、どうやら「学生以下の未成熟な子供を庇護する義務が、大人である自分にはある」という意識が働いているらしい。
そんな教えを受けた覚えも、心に刻んだ覚えもないけど…。更に言えば現在じょしこうせいLv.1ですけども。
"前"に培った感覚だろうなぁ。うん。でも"前"はこんなデンジャラスではなかったよ。当たり前だけども。
だいぶシリアスな空気がゆるんだとこで…
「ナル、ごめんね?」
「……」
嫌味だったけど。馬鹿としか言ってないけれども。
でもっていまだにムッスーーとしてるけど。心配してくれたんであろう上司に、一言謝っておく。
だけど、決して自分の判断を謝ったわけじゃない。心配かけてごめんの方だ。
ナルもそれがわかったらしく、諦めたように小さく息を吐いた。
「…よりにもよって麻衣を、一人で、礼美ちゃんにつけた僕の判断ミスでもある」
「よりにもよっててアンタ…」
言葉を区切って強調するない!
それじゃあまるで私が無鉄砲なトラブルメーカーみたいじゃないか。
「もう少し警戒を強めよう。どうやら、簡単な相手ではなさそうだ」
どことなくみんなの空気が引き締まる。
…団体行動苦手~な感じなのに、なんかリーダー性のある人だよなぁ…
なんて、のほほんと考えていたら睨まれた。はいはい、シャキッとしますよ~。シャキッ!
「とくに、麻衣は緊張感を持って行動するように」
だから、何故、強調する。
敬礼までして了解の意を示したのになぁ。
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side 滝沢
目の前でのほほんと敬礼のポーズをしている少女に、思わずため息をついてぼりぼりと頭をかいた。
まったく、なんだってこのお嬢ちゃんは危機感ってものがないんだろうか。
彼女はまだ十五歳。こないだまで中学生だった少女…の、はずだ。
高校なんて入りたてで、まだまだ子供………の、ハズだ。
学校の成績だとかに一喜一憂して、恋愛に夢中になったり、趣味に没頭したり……そういう年齢、の、ハズ…が!
俺が言うのもなんだが、どーしてこうもアヤシゲなバイトをして、躊躇いなく危険に突っ込んでいけるのか!
庭で、典子さんと礼美ちゃんを見ていた麻衣が一人だけびしょ濡れになっていた。
まあそりゃ、それ見ただけでも驚いたが、なんかドジでも踏んだのかと思ったよ。本人があまりにもケロッとしてるもんだから。
その麻衣が、二人の事を俺に頼んで風呂に走った後。
…俺に遭遇する前に行かなかったのは、上司に「礼美ちゃんから目を離すな」と言いつけられていたからだろう。彼女は責任や役割を重視するところがある。
そう、その後の典子さんの言葉で判明した事実に、俺は心底…呆れた。
「麻衣ちゃん…怪我をしていなければいいけれど…」
「どう見ても怪我はなさそうっすよ、大丈夫でしょう。というか、なんであいつは一人びしょ濡れに?」
「……ごめんなさい、私がいたらないばっかりに」
「へ?」
暗い表情の典子さんに、ぽかんとした。
そりゃそうだ。別に怪我してるようでもないのに、麻衣に対して「至らない」とはどういう意味だ、と。
が、違った。
「礼美が、突然怯えて走り出したんです…。泣いて、…「ごめんなさい、ミニー」って…」
…当然、その時ミニーはいないはずだ。
なぜなら、俺が燃やそうとしていたから。ミニーはコゲ一つつかずに生還しやがったが。
「それで、池の方に…私、あわてて…麻衣ちゃんに「とめて」って…」
「で、麻衣が追いかけたわけか」
つまり、至らないってのは「礼美ちゃんの叔母として」。
駆けつけられなかった典子さんの代わりに麻衣が、ってことだろう。
「ええ。礼美は池に落ちそうに…。麻衣ちゃんは、落ちそうになったこの子を庇って、背中から池に落ちちゃって」
「んなっ…」
背中から!?馬鹿かアイツは!!いや、馬鹿だ!!
庇われた礼美ちゃんが濡れてないってことは、ひっぱるか突き飛ばすかして水から離したんだろう。
で、その反動で落ちたと。背中から!
普通に水に落ちたっつーだけでも、パニックになれば溺れる。
ましてや勢いがあれば、息をとめる時間も少ないし、衝撃も大きいだろう。
気管に水が少しでも入れば激しくむせるんだ。水の中でそうなったらどうなるかなんて、簡単にわかる。
ましてや、背中から。
普通人間は、背後の状況は読めない。少なくとも俺の常識ではそうだ。
音で察することくらいはできるかもしれないが、それだって振り向いてその目で確かめるだろう。
階段で一段踏み外すのだって、怖いのは降りより登りだろう。
だというのに、落ちた先には地に足が着かない浮遊感と口やら鼻やらから容赦なく侵入する水。
普段うっかり気管に水が入ってむせるだけでもだいぶ目を白黒させるのに、それが水中だったらと思うとゾッとしない。
「うっかり落ちた」なら、ほぼ間違いなく溺れてるだろう。下手すれば、死ぬ。
そして、状況から…礼美ちゃんの様子から言って、「ミニー」…もしくは、それに類する何かが居たと思われる。
平たく言えば、害意を持った霊だろ。典子さんの怪我の原因だってコイツらだ。
そんなのが居るかもしれないのに、ただでさえ危険な行為を……
そう、おそらくあの十五歳の少女は、覚悟の上で…いや、もう、9割くらい「わざと」池に落ちやがったのだ。
そりゃ、落ちたくて落ちたわけじゃないだろうが、礼美ちゃんを庇った結果自分が背中から池に落ちるとわかってやりやがった。
じゃなきゃあんなにケロッとしてないだろうし、何より典子さんがもっと気に病んでるだろう。
おおき~~くため息をついて、その後の麻衣の様子について典子さんに確認してみるも、やっぱり予想通り。
落ちた後、すぐに池から顔を出して礼美ちゃんの心配してから上がってきたらしい。そしてつった自分の足の処置を…ってオイィィィイイイイ!!!
そんな状況で足がつったのか!!もう霊の関与があってもなくても危ないわ!むしろなんで無事だお前!!
内心、心配だとか安堵だとか、霊の脅威まで突き抜けて呆れが勝った。
そこでふと思い出した。
そう言えば、会ったときの旧校舎の件でも同級生を庇って怪我をしていた。
ちょうど、近くに居た俺に向かって突き飛ばし、一人で倒れてくる下駄箱の下敷きになったのだったか。
俺が同級生をキャッチした瞬間の、「良し!」って顔。いや良くねーだろ!!と突っ込んだのを思い出す。
その時にもこんな呆れを味わった気がする。
…ああ、そうそう。
現在の上司たるナルちゃんにも言われてたな。「お前の大丈夫は信用できない」って。
…ああ、まったくその通りだったようだぜ、ナルちゃんよ。
呆れと納得、そして危機感に、すっかり全部ナルに告げ口するっつー流れは当然のものだろう。
自分を大事にしない嬢ちゃんに、言うこと聞かせられんのは『上司』だけだぞー、ナル。
ナルだけじゃなく、メンバー全員に件の話をすれば、思いのほか害意の強い霊とその危険度に緊張感が増す。
麻衣ももちろんだが、その麻衣がいなければ間違いなく礼美ちゃんは溺れて…死んでいたかもしれない。
各々がそれに思い至った沈黙を…破ったのは麻衣だった。
ものすんごくのんきな顔で、肩にタオルをかけてドアを開けた麻衣。
水難事故に遭った本人に全員の視線が向かう、と本人はきょとんとして、何かおかしいだろうかとばかりに左右前方後方に、自分の格好まで確認してから首を傾げた。
そこからはもう、麻衣のペースでグッダグダ。
一応何があったのか本人の口から聞いたが、見事に池に落ちたところは省略されていた。
「礼美ちゃんが落ちそうになって、さすがにそれは全力で阻止した」
で済ますな!しかも隠そうとする意図は別にないらしく、これが素のようだ。
「で、自分は池に落ちて溺れかけたってか」
「ん?知ってたの?」
「典子さんに聞いたんだよ」
「あそっか。いや全然溺れてはないけど。足ついたし」
ってな具合で、つっついてもケロリとしていやがる。
それでも、ナルに馬鹿だ馬鹿だとつっこまれた時には悔しそうにしていたから、無謀なんじゃなくてどういう危険があったのか認識はしてるんだろうからタチが悪い。
そして、心配されてると認識すれば受け入れる。というか、普通心配するだろ。
旧校舎のときも思ったが、心配して何故に意外そうな顔をされなきゃならん。そんなにおいさんは冷血漢に見えますかね。
茶化してくる麻衣は、一番わかりにくーーいナルにはわかりやすーーーーく謝っていた。
でも、別にお前反省とかしてねーだろ。そしてそれを取り繕う気もねーよな?
上司命令にのほほんとした表情と敬礼のポーズで応えている少女に、呆れをこめて深ぁーいため息をつくのだった。