第二章
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「―――礼美ちゃん、なにがあったんだい?」
典子さんの件でバタバタしている気配と、救急車の騒音で起きたらしい礼美ちゃんにナルが尋ねる。
いや、雰囲気的に尋ねるなんて優しいものではない。尋問である。
その手の方にとってはご褒美タイムであろうが、残念ながら礼美ちゃんはその道の人ではないわけで。
「ミニーがやったのかな?」
「!ミニーはどこ!?」
ミニーの名に過剰に反応する礼美ちゃん。
ナルを睨みつけるその反骨精神には感服だ。きみ、将来大成するよ…。
「ミニーはぼくが預かっている」
「かえして!」
「ミニーはいつからしゃべるようになった?」
礼美ちゃんの隣に座って様子を伺いながら、二人のかみ合わないやり取りを眺める。
相変わらず、ナルは怖い。子供だから優しくしてあげよう、という意識はないあたりがとてもナルらしい。
おとなげないとも言えるけれど、ある意味で対等に接しているようにも見える。つまり…小学生レベルでげふんげふん…。
いやね、情報を引き出したいならそんな真っ向から向かわずに、もう少し搦め手を使えばいいのに。子供に対しても真摯なナルが好きだよ、うん。超ステキ。
「かえして!礼美のおともだちなんだから……」
ナルの冷視線をもろに浴びた礼美ちゃんの勢いがなくなる。
淡々と言っているようで、実はナルが怒っているということに気付いたらしい。
「礼美ちゃん、典子さんはケガをした。ミニーがやったんだ。そうだろう?」
畳み掛けるように語調が荒くなりつつあるナルに、礼美ちゃんは言葉を返せなくなっているようだ。
そっと、礼美ちゃんの背中に手を添えると、小さく震えているのがわかった。
「みんな困っているんだ。それでも――」
「はい、ストップ。そんな言い方ないでしょ!」
礼美ちゃんが泣き出す寸前、ナルの言葉を止めた。
まったく、子守りは得意じゃないんだって。
「礼美ちゃん、大丈夫だよ?礼美ちゃんは悪くないからね」
しがみついてきて、涙をこらえる礼美ちゃんに優しく話しかける。
「麻衣、今はそんなことを言ってる場合じゃ…」
「酷いことばっか言って、嫌なお兄ちゃんだねぇ」
「麻衣!」
イラァと効果音が出そうなくらいナルがおかんむりである。
そうそう、怒るなら礼美ちゃんでなく私にしてほしい。…いやいや、別にその道の人じゃないけどね?
「…めんなさ…」
「ん?」
礼美ちゃんから小さな声が聞こえたので、何か言いかけたナルを「しーっ」のジェスチャーで止めて、緩く抱きしめた礼美ちゃんに続きを促した。
「ごめんなさい…!ミニーが…」
私の服を握る礼美ちゃんの手に、ぎゅっと力が入る。
「きっと、ミニーがおねえちゃんをいじめたの…!礼美が、ほかの人となかよくしたから…」
ほほう。どうやら"不思議なことに"礼美ちゃんは喋る気になってくれたらしい。
ナルにドヤ顔を向けると冷視線をいただきましたー。だからソレ、私にはご褒美にならないんだって。
「そうなんだ。ミニーが礼美ちゃんに、他の人と仲良くしないでって言ったんだ?」
「うん…ほかの人となかよくしたらいじめるって…話しちゃダメって…」
「そっかそっか」
ぽんぽん、と礼美ちゃんの頭を撫でてやる。
ミニーは束縛系彼女か。そーかそーか。
「ミニーとお話するようになったのはいつごろか、覚えてる?」
「うん。このおうちに、来てから」
継母は悪い魔女で、実の父はその手先。
二人は礼美ちゃんを殺そうとしていて、優しい叔母も魔女の味方。
心を持った人形のミニーだけが礼美ちゃんの味方で、彼女を守ってくれるという。
しかし、その代償に誰とも仲良くしてはいけない。
最初にミニーはそう言ったらしい。
うーん、すごく童話にありそうな話だ。
ワリと童話においての生きている母親はあんまり子供を庇護しないし、父親は母親よりは子供に優しかったりするけれど、結局母親の言いなりだったりすることが多い。
そんな中で人間じゃないものだけがヒロインの味方、というのもよくある設定だ。「がちょう番の娘」とか(マイナー)…あ、シンデレラとか。
そんで最後にヒロインの代わりに復讐してくれるのもその味方たち。シンデレラでは小鳥が義姉たちの目を突き潰しちゃうんだっけ。
つまり、残酷に刑を執行する役目を担うことが多いポジションなのだと思う。ヒロインの味方の人外。
まぁ、大体心清らかなハズのヒロイン本人が復讐したらイメージダウンだよね。シンデレラが恨みを込めて目潰し!とか。
あ、でも白雪姫は確か結婚した先で何食わぬ顔で復讐相手をだまし討ちしてたな。けっこー残酷に。
しかも確かアレ、初版では実の母親だったような。
とかどうでもいい事を考えている内に、話はしっかり進んでいた。
ナルも聞きたいことは聞いたらしく、部屋を出て行ったから私も…礼美ちゃんをしっかりベッドに寝かせてから後に続いた。
ベースに戻ってから他のみんなとも礼美ちゃんから引き出した情報を共有する。
説明係、いっつみー。…所長は、聞かれなければ答えませんってスタイルなんで。情報の共有、大事よ?
とりあえず、
・礼美ちゃんはミニーに童話風に脅されてたらしいこと。
・礼美ちゃんがそれに反すると、ポルターガイストがおこるらしいこと。
・ミニーがほかのお友達をつれてきたらしいこと。
・お友達は子供。礼美ちゃんくらいらしい。
・お友達っつーかぶっちゃけミニーの家来らしい。ちなみに礼美ちゃん談。
・家来ってどーなのよ?むしろ悪役じゃね?ミニーったら女王様?
・女王様っていうとアリスのハートの女王あたりが…
「もういい。話をすげかえるな」
「状況はつかめたハズなんだが、イマイチ深刻さが伝わらねぇ…」
「間違いなく緊張感のない麻衣の説明のせいでしょ」
に、要点をまとめて話していたのだが止められてしまった。
酷いと思う。
「だって真面目に淡々と事実を認識すると怖いじゃん。必死で子供の死霊っていう現実から目を逸らしてるのに」
いや、お仕事なんで自重しますけどね!ちょっとくらい、ね!
腕を組んで胸を張り、そう言うとソッコーつっこみが入った。
「「嘘つけ」」
「怖がっているヤツは心理誘導で子供から情報を引き出したりしない」
「いやいや引き出した情報が怖かったワケであって、それまではまだ…」
「ちょっと待てい」
さすがにナルの言葉には、私にも言い分と言うものが…と反論しかけたところをぼーさんに止められた。
なんじゃいなとそちらに目を向ける。と、なんともいえない顔の年長者組。
心なしかリンさんも手が止まってるような気がする。手以外は普段から動かないから、後ろから見てるといつも通りである。
「心理、誘導…?」
「あんた礼美ちゃんに何したワケ!?」
頭が痛そうなリアクションのぼーさん。頭痛薬いる?常備してますよ?
焦る綾子。そんな。私がイタイケな子供を締め上げて吐かせたような言い方は心外である。むっ。
「何もしてないよ!ちょっと……北風と太陽作戦しただけですー」
まったく。心理誘導なんて大袈裟な言葉を使うから誤解を生むのである。
ナルには存分に反省してもらいたい。
「正しくは飴と鞭だろう」
「…鞭とロウソクの人にはちょっと言われたくないっていうか」
「は?」
「なんでもないです!えーとホラ、ナルが威圧的でとっても怖いじゃん?北風じゃん?」
さすがにナル本人にそういう冗談を言うのは辛いものがあった。言っちゃったけど。
なので誤魔化しも含めてぼーさんたちに経緯をかいつまんで説明しようと思う。
「だから見た目的にも甘そうな私が、太陽の如く優しくすればお口も緩みやすいよねって話で」
「真っ黒すぎる発言だなオイ!?」
「アンタ小さい子に可哀想とか言った口で何ほざいてんの!?」
「ほ、ほざくと来たか…」
ちょっと二人の剣幕に引きました。
そ、そんなに怒られるようなことをしただろうか…。
でも、自分の秘密は自分に厳しい態度の人より甘やかしてくれる人の方が話しやすいじゃん?
厳しくあたられた後ならなおさら甘やかされたいじゃん?人間、当然の心理じゃないかと思うんですよ。
「ある程度の信頼を得るのは必要だし、その程度の信頼を得るのには手っ取り早い方法だと思うんだけど…」
「……俺、麻衣が子供好きじゃないっての理解したわ」
「……アタシも。むしろ礼美ちゃんが可哀想になってきたわ…」
「あれ!?私そんなヒドイことしてないよ!?ちゃんと責任もって調査中は優しいお姉さんするよ!?」
もちろん、怖いお兄さんの印象もフォローを入れるつもりだ。
本人は気にしないだろうけど、さすがに良心が痛む。
一人っ子ゆえか、正直言って少し自己中心的な礼美ちゃんに対して、ナルは「正しいこと」を真っ直ぐに言っているのだから。
子供だから、と目をつぶらない。それが彼の誠実なところだと思う。
まぁ、それが礼美ちゃんのためを思ってだったとは思わないし、「正しい」からといってそれをそのままぶつけることが正しいこととは限らないのだけれど。
「…で、話を戻すと原因はミニー…ってことなのか?」
ぼーさんが話題を戻した。
そうそう、ちゃんと情報について話し合っておいた方がいいと思う。うん。
「以前の持ち主が病死して、その霊が憑いてるとかかな」
「だからアタシ人形ダメなのよ~~!」
ありえそーなアタリをつけるぼーさん。
そして気味悪そうに腕をさする綾子。…オイ自称巫女。
そしてぼーさん。情報の揃わないうちからアタリをつけると先入観で失敗するぞー。
という気持ちを込めて意見を述べてみる。
「うーん…少なくとも、"前の持ち主"ではないと思うよ?アンティーク調だけど新品っぽいし」
一応いろいろ見たけど、外国産のごくフツーなお人形さんだった。年季が入った感じもない。
典子さんの話でも、お兄さんの出張土産で別にアンティーク・ドールというわけでもないらしいし。
「…そうだな。」
一度ちらり、とこちらに視線をよこしたナルが同意をくれる。
その視線の意味は問いたいところだけど、まあ置いておこうじゃないか。
「人形は器に使われているだけだろう。この家に囚われている霊がいるんだ。それが誰なのか…」
ナルは原因は"家"だと断定した。
確かに異常はすべてこの家に越してきてから始まったらしい。
依頼人方の話を聞いていると、自然とそういう考えになる。そもそも、最初の依頼が「家がおかしい」だったし。
「なんとかして正体をつかまないと…礼美ちゃんが危ない」
―――「礼美ちゃんが、危ない」…?
そりゃそうだ。明らかに礼美ちゃんの周りで異変が起きている。
いまのところ、目だっているミニーも礼美ちゃんの所有物だし。
それにしても、そのフレーズはなんだか既視感が…ああ、そうだ。夢と一緒なんだ。
"ナル"が礼美ちゃんの危険を告げるのが。…正夢か?やだなぁ…縁起の悪い…
「――麻衣ちゃん、麻衣ちゃん来て!!」
「典子さん?」
病院から戻ったらしい典子さんの緊迫した声に、振り向く。
典子さんと付き添いの香奈さんが、リビングの入り口の上を見上げていた。
わるいこには ばつをあたえる
…なるほどね。童話好きなミニーらしい警告だわ。
約束を破ってしまったら罰がある。大体童話ってそういうものだ。
礼美ちゃんが私たちに話したのがよっぽどお気に召さなかったらしい。
わざわざ警告するほどだ…今までのオシオキとは度合いが違うんだろう。
―――下手したら、命にも関わるような。
「…こりゃ、しばらくは目を離せないね」
「…ああ、礼美ちゃんの側から離れるな」
「わかった」
子供の字で書かれた警告文に視線を向けたまま、ナルの言葉にしっかりと頷いた。
*******************
ってなことがあった次の日の朝である。
礼美ちゃんと典子さんと三人でお庭に出ている私。寝不足である。
典子さんは足を痛めているので縁側…失礼、ウッドデッキに腰掛けている。
私は礼美ちゃんの遊び相手兼お目付役だ。
礼美ちゃんにはバッチリ約束をとりつけてある。
私から離れないこと。呼んだらすぐに来ること。
…まぁ、子供の言うことなんであんまり信用はできないが、とりあえず指きりげんまんはした。
なので、礼美ちゃんはすぐ近くでうろちょろしている。
彼女がしゃがみこんで何かを観察しているのを視界におさめながら、典子さんに囁いた。
「あのラクガキ、今のうちに消しちゃいますから」
たぶん主にナル以外のみんなが。
ぼーさんがいればぼーさんがやるんだろうけど、彼はミニーを燃やしているらしい。
…まさか、両方ぼーさんに押し付けるなんてことはないだろう。うん。いくらなんでも。
…とにかく、わざわざ警告文が礼美ちゃんの目に触れないように庭に連れ出したのだ。
戻るまでに消しておいてくれないと意味がない。
それを言い出したのがナルなあたり、気が利くなぁと思わなくもないが…
よくよく考えてみるとアレだ。たぶん子供が怯えてパニクったらめんどくさいとかそんな感じの理由。
「怖がらせたら可哀想」とかナルが考えてたら…怖いよ。夢バージョンのナルならともかく。
にこにこしながらそんなことに思考をめぐらせていたら、典子さんが申し訳なさそうに微笑んだ。
「ありがとう……ごめんね、麻衣ちゃん。みなさんにも、悪いわ…」
「いいえー、謝られることじゃないです。…こちらこそ、典子さんに怪我までさせてしまって」
一応解決しに来てるのに、みすみす依頼人に怪我を負わせてしまうとは…。
目的としては調査なので依頼人の護衛は実は仕事に入ってないが、やっぱり申し訳ない。
更に昨晩のラクガキで、ついに香奈さんは我慢の限界に達したらしく出て行ってしまった。
おいおい、足を怪我した義妹と幼い義娘残してよく出て行けるな。これ、二人だけだと普通に生活すんのも大変だぞ。
と、私は非常に他人事な感想を抱くだけだが、実際その重荷を背負うのは典子さんである。
いくらしっかりしているとはいえ、まだ二十歳の娘さんだ。参ってしまわないか少し心配である。
「おねえちゃん…足、いたい?」
怪我の話に反応して、礼美ちゃんがこっちに来た。
典子さんの様子を伺うように問いかける。…恐らく、昨日のナルの話が後を引いてるんだと思う。
典子さんが怪我をしたのは、ミニーの事を話さない礼美ちゃんのせいだととれるような言い方だったし。
「ヘイキ。礼美が仲良くしてくれたら、痛いのどっか行っちゃった」
にこ、と笑顔で答える典子さん。大人である。ナルと三歳しか違わないとは思えないね!あれ、四歳差だっけ。
その典子さんの言葉と笑顔に、礼美ちゃんは表情を明るくした。
さすがに本当に痛いのがどっか行っちゃったとは思ってないだろうが、典子さんが礼美ちゃんに怒ってないとわかったのだろう。
「お花つんできてあげるね!」と元気良く…そして約束どおり私を待つのも忘れずに、くるりと踵を返した。
その場から何歩も動かないところにある、垣根になっている低木の花を摘むつもりらしい礼美ちゃん。
ちなみに、しっかり整えられていることから自生している類のものでないことが見て取れる。
これ、花とってダイジョブなんですかね。
ちらりと典子さんを見ると、苦笑しながらGOサインが出た。
…マジですか。
「…礼美ちゃん、1本だけにしようね。お花大きいから、1本で充分キレイだよー」
「わかった!いっちばんキレイなの選ぶ!」
「ようし、どれがキレイかなー」
礼美ちゃんがなんだか頑張って花を選んだ。
その様子を典子さんが微笑ましく見守っている。
ちなみに私はどの花も変わんないのでどれでもいいんじゃないかなぁと思っている。
選んだ花のついた枝を手折ろうと、礼美ちゃんが茂みに手を差し込んでいた。
生木だからうまく折れないだろうなぁ、とのんびり眺めていると案の定、礼美ちゃんは悪戦苦闘しているようだ。
…様子がおかしい。焦ったように茂みから手を引っ張る礼美ちゃん。
「やだっ…」
「どうしたの?」
「手がとれないのっ!」
小さく悲鳴をあげた礼美ちゃんに、すかさず寄り添う。
手がとれない?何かに引っ掛かっているんだろうか。
しかし、ノースリーブの礼美ちゃんは枝に引っ掛かるようなものをつけていない。
ないとは思うが、手首自体が引っ掛かってるとしたら無理に引っ張らないほうがいい。
少しパニックになってる礼美ちゃんの手首を掴んで動かないようにする。
「だいじょーぶだいじょーぶ。いまとったげるから、動かないでねー」
「うん…」
大丈夫は魔法の言葉だ。言われると、根拠なく大丈夫な気がする。
礼美ちゃんも少し落ち着いたようで、大人しくなった。
掴んだ腕を辿って、自分も手を突っ込んでみる。
んー?確かに何か絡んでるような?
茂った葉を掻き分けて、礼美ちゃんの手首がある辺りを見てみる。
……特に、何もない。確かに触ったときは何か絡んでるように感じたと思ったんだけども…
礼美ちゃんが、バッと手を引き抜いた。
抜けたのか、とほっとしたのもつかの間、礼美ちゃんは怯えたように垣根から身を引き、走り出した。
「!止めて、麻衣ちゃん!そっちには池があるの!」
典子さんの声を後ろに聞きながらダッシュする。
子供と違って、そう小回りのきかない身体だ。そもそもそんなに俊敏じゃない。
「礼美ちゃんっ!戻って!こっち来なさい!」
礼美ちゃんの背を追うが、追いつく前に池が目に入る。
舌打ちしたい気分だ。…なんで池に近付くかなぁ!
「ごめんなさいミニー!ごめんなさい!」
ミニー?!
ミニーなら今頃灰になってるハズだ。
でもそうじゃない。多分、ミニーの"中の人"だ。
…あやみちゃんには、見えてるのかもしれない。
「おこらないで!いじわるしないでっ!」
「礼美ちゃんっ!ダメっ」
池のほとりで、礼美ちゃんが足を滑らせる。
そこに…ギリギリ、間に合った。
礼美ちゃんの腕を掴んで陸側に引っ張った。そして、離す。
そして走った勢いそのまま、自分は池に落ちた。
「礼美!、っ麻衣ちゃん!?」
「っ、だいじょぶです!それより、礼美ちゃんを」
捕まえといてください。という余裕がなかった。
池は意外に深い。その上、足がつった。つっている。
いや、足はつく。だから大丈夫だ。ここでうろたえたら負けだ。
気合と我慢で池から上がる。
靴を脱いでつった右足ふくらはぎを伸ばす。
「麻衣ちゃん、大丈夫なの?!」
明らかにつった足に処置をしているポーズの私に、礼美ちゃんを抱きしめていた典子さんが慌てて声をかけてくれる。
「はい、足がちょっとつっただけですよ」
「水中で!?溺れなくてよかった…本当にごめんね」
申し訳なさそうな典子さん。
彼女は足を負傷しているので一人だったら間に合わなかっただろう。
礼美ちゃんでは足がつかない深さの池だ。…礼美ちゃんについていて本当に良かった。
「いいえ。礼美ちゃん、怪我はありませんでしたか?」
「ええ…せいぜい、擦り傷くらいよ。…ありがとう」
微笑んだ典子さんから確かな信頼を感じる。コミュレベルが…いかん、ゲームのやりすぎだ。
とにかく……いまはまず、することがある。
「…、麻衣ちゃん」
「礼美ちゃん?」
「!」
怯える礼美ちゃんに、手招きした。
いつも笑顔の私が笑ってないのはさぞかし不安だろう。
怒ってますよ~!という顔を心掛けたし。
恐る恐る近付いてきた礼美ちゃんの目をしっかりと捉え、声をかける。
「朝、約束したよね?私から離れないのと、呼んだらもどってくること」
「…うん」
「危ないから、約束を破らないでねってお願いしたね?」
「…した」
「約束やぶったから、池に落ちそうになったよね」
「…うん」
「ちゃんとおねーちゃんに謝っておきなさい。おねーちゃん、礼美ちゃんが心配で、足が痛いのに追いかけてきたんだからね」
うめぼしの刑(こめかみグリグリ)にしてやろうかとも思ったけど、本人が反省してるようなので言葉だけにしておく。
頭にぽんぽん、と手を置いて立ち上がる。
びしょびしょ…それも池の水である。シャワー浴びて着替えたい。
礼美ちゃんを典子さん一人に任せておくわけにいかないから、誰かに代わってもらおう。と考えているとシャツの裾をくい、と引かれた。礼美ちゃんである。
「?」
「あのね、麻衣ちゃん…。ごめんなさい…それと、ありがとう」
「あーー…どういたしまして?」
こんなに真摯にお礼を言われると、逆にどうしていいかわかんないわー…