第一章
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その日は入学してから仲良くなった3人と怪談話をしていた。
恵子の提案でペンライトを持って話し終わったら消していく…ってこれ百物語の簡易版じゃない?
とにかく、最後に数をかぞえると一人増えるという。…なんか雪山で遭難する怪談みたいだな…
あの死んだ一人を真ん中において4人で4隅をグルグル回るやつ。
そんなことを考えていたら私の番が来た。私は3人目だけど前の2人の怪談は知ってるヤツだった…ちょっと残念。
うーん、じゃあちょうど考えていたしその雪山の話でもしようかな。
「えっとね、ある雪山で5人の登山グループが遭難したの。でね、運良く小さな山小屋を見つけたんだけど、途中で怪我をした一人が亡くなっちゃったんだって。」
私が話し出すと3人がつばを飲んでじっと聞き入る。亜里沙なんか怖いのが苦手らしくてさっきから情けない顔をしている。
「で、仲間だし、死体を外にほっぽり出すのも気が咎めて、とりあえず部屋の中央に安置したんだって」
「げぇ…」
「なんで中央…?」
ミチルがうめき声をもらして恵子が疑問をこぼす。つまりこの話を知らないわけね。
「うん、なんで中央かっていうと邪魔になるからなんだよね。」
「邪魔?」
「そう。その人たちはその小屋であるゲームをしたんだって」
「ゲーム?悠長な…」
恵子のツッコミに苦笑する。彼女は多分怖いのを押し隠すのにツッコミをいれているのだろう。
「雪山で遭難したとき『寝たら死ぬぞ!』っていうでしょ?でもずっと歩いてきて疲れもピークなその人たちは寝たいわけよ」
うんうん、と3人が頷いてくれる。いい聞き手だなぁ。
「それで4人で部屋の四隅に座って、壁伝いに歩いて隣の人を起こして場所を交換する…ってゲームをしたんだって。一度起こしたらその場に座って一巡するまでは眠れるの」
どうも理解しにくそうな顔をしていたので身振り手振りを交えて説明する。
「で、それを朝まで続けてなんとか捜索隊がくるまで4人は生き残れたの」
「…なんだぁ、その話のどこが怖いのよぅ!」
とミチルが文句を言った。他の二人も怖いポイントがわからなかったらしい。
私はニヤリ、とした。この話は最初はわからない方が怖いのだ。
「そう?よく考えてみてよ」
私が声を潜めて言うと3人の顔が引きつった。
「そのゲーム、4人でやったら一巡で終わっちゃわない?」
ゲームの様子を思い浮かべたらしい3人が黙る。そう、一巡すると最後の人が行った先には誰もいないはずなのだ。
誰かがゴクリ、とつばを飲み込んだ。
「でもね、そのゲームは滞りなく進んだんだよ。誰かが二つ分進むこともなく…」
恵子が隣のミチルにしがみつく。ふふふ、この後からじわってくる怖さがわかったか!
「救出されてからそれに気付いた隊長さんは言ったんだって」
「きっと、死んだあいつが霊になって俺たちを助けてくれたんだ」と。
そう、このゲームは本来5人居なければ続くはずがないものだった。続かなければこのグループは凍死していたかもしれない。
それが続いたのは5人目の誰かのおかげだった。…ゾッとするけど怖いだけじゃないこの話が私は結構好きだ。
ちょっといい話にみんなが息を吐く。だがここは怖く締めなきゃいけないだろうからちょっとアレンジ!
「でも…私たちの場合…5人目は誰なんだろうね…」
意識して低い声で言ってそっとペンライトのスイッチを切る。
これにはゾゾッときたらしい3人がひっ、と息を詰める。
「やだ!」
「麻衣ってば!怖い声出さないでよ!てか怖いこと言わないでよ!」
効果は絶大だったらしい。いや怪談で怖いこと言ってなんで責められにゃあかんのだ!
とは思いつつ一応謝ってミチルを促す。
「ごめんごめん。最後、ミチルだよ」
そう促すとミチルは少し渋った。怖くなったらしい。ちょっとやりすぎたかな…
反省しつつ残り一つとなったミチルのライトを見ていると決心がついたらしいミチルが口を開いた。
「…じゃあ、旧校舎の話をするね…」
旧校舎っつーとあの工事途中で止まってるヤツか。ミチル曰くどうやらあの建物はいわくつきらしい。
頻繁に起こる火事や事故。生徒の死、自殺した先生。子供の死体。
相次ぐ作業員の病気、事故、機械の故障…
それで作業ができなくて壊しかけたまま工事を中断したという。…なるほど、危ないと思ってはいたがまさかそんな理由が。
「それと先輩が夜ね、旧校舎側の道を通ったら…」
窓からこちらを見下ろす人影が…。怖ーーーー!!
ミチルはそこでペンライトを消した。陽が差し込まない教室は真っ暗になる。外で木が風に揺れる音がやけに大きく聞こえる。
最初に恵子が「いち」と言った。「・・・に」祐梨がそれに続く。
「…さん」
私も続いて最後、ミチルが「し」と言った。みんなちょっとびくびくしている。
まあ、そうそう5人目なんて出るはずが…
「ご」
直後、祐梨が悲鳴を上げて私の首にしがみついた。後の二人もキャーキャー言っている。
私はむしろとっさに言葉が出ない状況に陥って…祐梨さん絞まってます絞まってます!!
パチ、とスイッチを入れる音の後に瞬きながら蛍光灯が点く。…電気を消す幽霊は聞いたことあるけどつける幽霊は聞いたことないなぁ。
案の定そこに居たのは黒ずくめの多分生きた人間だった。これで黒いサングラスしてたら怪しいことこの上ないな。
…黙って見てても埒があかないので質問。
「今「ご」って言ったのあなたですか?」
「そう。…悪かった?」
びっくりしました。てかこの悲鳴に全く動じず謝りもしないとは。いや別に悪いわけじゃないけどなんか謝っちゃわない?
「なーんだぁ!腰が抜けるかと思ったあ」
「それは失礼」
恵子の言葉に謝る…謝ってるんだよね?…黒ずくめさん。
声がしたからつい、とな。つい明かりをつけるとか、つい呼びかけるとかじゃなくってつい混ざってみた、と。意外とお茶目さんなのか…?
あまり悪びれてないように見える黒ずくめさん。ビックリしてて気付かなかったけどすっごくお顔が整っていらっしゃる。なんか気難しそうだけど。
そんな黒ずくめさんの顔が気に入ったらしく恵子が黄色い声をあげた。
「そんなぁ!いいんですぅ。転校生ですか?」
語尾にハートがついている。ちょ、いきなり現れた見るからに怪しい美人に何を…!
あれ、美人って女の人しか指さないんだっけ。…美人って言葉がぴったりな美人さんだし、まぁいいか。
とにかく転校生じゃないだろー…制服じゃないし、転校生だったらこんな時間に一人で歩いてるわけないし…
「そんなものかな」
あ、さいですか。ふぅん今年で17歳。わー、一つ年上だー。
つーかお兄さんめっちゃ曖昧な表現ですね。普通そんな言い方しませんて。
しっかし恵子とミチルのはしゃぎようはすごい。可愛いなぁと思わなくはないけれどいつか顔だけの男に騙されないか心配だよ私は…
「あたしたち怪談してたんです」
「ふぅん…仲間に入れてもらえるかな」
わ、意外。そーゆーのに興味あるようには見えないのに…というか男子ってあんまりそういうの好まないようなイメージがあったかな。
というか今一周したのにまたやるんかな。うん、やる気だねミチル…。
彼女は美人なお兄さんに椅子を勧めて更には名前を訊いていた。ふむ、渋谷さんね。東京都渋谷区の…ん?今なんかデジャヴを感じたような…
「渋谷先輩も怪談好きなんですか?」
「……まぁ」
黒ずくめのお兄さん改め渋谷さんの微笑みに歓声があがる。楽しそうだなぁ…。つか「まぁ」って。ホント曖昧なお人だなー。
というかなんかこの人近寄りがたいってか…冷たい印象を受けるなぁ。笑ってるのに。
あんまり作り笑いがうまくなくて愛想もそんなに良くないし、逆に危険ではないかも。
しっかしなんでそんなに人付き合いが好きそーじゃないこの人がわざわざ…?なんか目的でもあんのかし。
考えてみてもわからないので直接訊いてみる。
「えーと、渋谷さん?何しにココに来たんですか?」
「ちょっと用事があって」
「…はぁ、なら私たちは帰りますんで。用事すんだら渋谷さんも早く帰った方がいいですよ。日、暮れますし」
その用事の内容訊いてるんデスよ!人に聞かれたらやましいことでもする気ですかコノヤロー。
そう思いつつも巻き込まれるのはゴメンなので逃げることに。ミチルたちが文句言ってるけど気にしな…
「麻衣ったら!気にしないでくださいねセンパイ。あっ、用事ってなんですか?あたしたちも手伝いますー!」
あっ、コラ…!なんかやばい事だったらどーすんの!
そんな私の心配をよそに渋谷さんはきっぱり断ってくれました。ほっ…
「いや、テープのダビングだから」
……誰も居ない教室で何をダビングする気ですか…!?
てかこの教室にそんな機械ありませんよ!?まさか持ってきたの!?…ますます怪しいです美人のお兄さん。
そしていつの間にか怪談を一緒にする約束をしてるミチルたち…もーちょっと警戒心を持とうよ!!
関わり合いになりたくないよう…とか思いながらも結局は流されてしまう私だった。
何にもありませんよーに!!
*******
とまぁそんなことがあった翌日―
たまたま早めに家を出てきたから人もほとんどいない時間帯に学校に着いた。
桜が満開で天気もよくまさにお花見日和。あー…なんか幸せ…。いいことが起こりそうな気分。なんちて。
一人の世界を満喫していた私はふとグラウンドの向こうに見える旧校舎に目をやった。
はー…なんて良く燃えそうな建物…。夜見るとおどろおどろしいけど昼間なら怖くないよなー…よし、時間もあるしちょっと見に行こう。
…とは思ったけどやっぱり近くで見るとなんとなく陰気だ…。生徒が居ない校舎ってのはやっぱりどっか不気味だなぁ。
そんなことを思いながら旧校舎を見上げる。昇降口を覗き込んだとき、なにか黒い影が見えた。あれは…
「……カメラ…?」
それもTVカメラとかそーゆーの。けしてハンディカムではない。うーん…気になる。ちょっとだけなら…!
好奇心に負けて扉を開く。えらく雰囲気のある音が出た。中は暗いから少し怖いなぁ…ミチルの怪談を思い出す。
中にあったカメラらしきものに近づいてよく見る。
「やっぱりカメラだ…」
うーん、もしかして渋谷さん関係かな…。昨日もテープのダビングがなんちゃらって言ってたし。
そこまで考えて違和感を感じる。渋谷さんと会ったときにも感じたデジャヴ…。なんだろ…この状況どこかで見た…いや、読んだ…?
「―――誰だ!?」
思考に沈み込んでいた私はいきなりの怒声に大げさに反応してしまった。
「――っ!!あっ…」
バランスを崩して下駄箱にぶつかる。下駄箱が大きく揺れた…まずい!
そう思ったときにはもう遅くて下駄箱は私の方に…カメラがあるこちら側に倒れてきた。
やば、絶対これ高い!!!
あとから思うとそんなことよりも避けることを優先すべきだったのだと思う。
切羽詰ったときってどーでもいいこと考えちゃうよね…(どーでもよくはないが)
バカーンガシャンパリーン。そんな感じの音だったと思う。実際はもっといろんな音がしたけれど。
ドミノのように他の下駄箱も倒れてカメラはもちろんカメラに気を取られた私もその下敷きになった。頭を打たなかったのが不幸中の幸いかな。
ばくばくとうるさい心臓に手をあてて深呼吸…はしない。ほこりだらけで絶対にむせる。
と、やばいカメラ!!とカメラに目を向ける。…完全に壊れてるよねコレ…。
冷や汗がたれる。さっき声をかけてきた人が持ち主かもしれない…ん?さっきの人は…
視線を巡らすと入り口方面で倒れている人が。上には下駄箱。…下駄箱……私 の せ い か !!!
「だ、大丈夫ですか!?」
ぎゃーーーー!!どうしよう、どうしよう…!過失傷害!?つか病院…119番!!
救急車を呼ぼうと携帯を取り出した私の耳に低めの麗しいお声が…
「どうした?」
そこに立っていたのは昨日の美人なお兄さん――渋谷さんだった。
「…リン?」
と倒れてる人に近づいていく。やっぱこの人関連か…!!
どうしていいかわからずに座り込んだままの私に渋谷さんが目を向ける。
「なにがあったんだ?」
「す、すみません!ええと…」
取りあえず謝ってしまうのは日本人の性だと思う…じゃなくて!
起こったことを伝えようとして出来事を脳内でまとめていたら起き上がった多分リンと呼ばれたお兄さんから血が滴った。
生まれてこの方…いや生まれる"前"からも滴る程の他人の血なんて鼻血くらいでしか見たことないよ!!ナマでは!
交通事故で死んだ今生の母さんだって対面したときにはキレイになっていたし。
「少し切ったな…立てるか?」
「はい」
少しか!?…や、頭は少し切っただけでも血が結構出るって聞いたことあるな…
どうしていいかわからずに取りあえず立ち上がるなら、と思って手を差し出したところ…バシッとはたかれました。
更にお兄さんはものっそい嫌そうな顔で
「けっこうです。あなたの手は必要ではありません」
…日本人にあるまじき直接的な嫌悪…!!スイマセン私何かしましたかしましたねゴメンナサイ!!
でもできたらもうちょいソフトに接して欲しいです!なんて加害者の分際では言えません。あー、この場から抜け出したい…
「…この辺に医者は?」
「あ、校門を出てすぐのとこに…」
何科の医者かはわからないけどあることはある。…何科かわからないのだから学校の保健室の方がいいかもしれない。
そう提案しようとしてはた、と気付く。この人絶対学生じゃない。学校関係者じゃないなら保健室はちょっとな。
……待てよ?じゃあこの人、なんでココに…
「……昨日会った子だな。名前は?」
いきなり渋谷さんに尋ねられる。…名乗っていいものか…。怪我させといてなんだけど怪しいしなぁこの人たち…。
迷った末に
「…谷山」
一応苗字だけ答えてみました。すると渋谷さんが
「では谷山さん。親切で教えてさしあげますが、さっきチャイムが鳴りましたよ」
…なんと。遅刻!入学早々遅刻!がばっと立ち上がって…そこで止まった。お兄さん方は怪訝そうな顔をする。
「あ、の…病院まで付き添わなくて平気ですか…?」
いくら怪しいとはいえ私のせいで怪我をした人だ。いくらなんでもこれでハイ、サヨナラってわけには…
「けっこうです」
キッパリ断られました。渋谷さんは人の神経逆なでするのがお上手です。
ムカッと来たので言われた通りにほっとくことにする。大人気ないな自分!
「…わかりました!お医者さんは正門出て右の方ですから!チャイムのこと、ご親切にどーも!」
そう吐き捨てて早歩きで校舎に向かう。たとえそこが産婦人科でももう知らん!
グラウンド突っ切るのは恥ずかしいから遅刻覚悟で遠回りだ。
走った方がいいのはわかってるけどどうやら足を捻ったらしい。更に脛も強打してて痛い。あー、膝もすりむいてる。
保健室に寄ってから教室に行こう。もう遅刻は確実だし。そう決めて祐梨にメールをした。
保健室にいって養護の先生を探したが見当たらない。ま、いいや。
勝手に棚をあさって手当てすることにした。これくらいなら自分でできるし。
「あらら…」
脛は紫に鬱血して少し傷もできていた。足首は今のところあまり腫れてはいないもののズキズキと痛い。
「捻挫はだんだん痛くなるからな~」
経験済みである。患部に湿布をはって包帯でぎゅっと固定する。大げさに見えるけどこうしといた方が楽なのだ。
脛にも湿布を張って靴下を履いたときにめくれないようにテーピングする。擦り傷は一応消毒して絆創膏を張った。
靴下を履きなおせばぱっと見は擦り傷しかないように見える。
使い終わった備品を棚に戻して保健室を出ると丁度SHRが終わったらしい祐梨たちが迎えに来た。
「ちょっと麻衣、コケたって?」
「ドジだ~!大丈夫なの?」
「ん。だいじょーぶ。てか先生いなかったから勝手に道具使っちゃった」
「いーんじゃない?」
「一応後で報告すれば?」
「だね。じゃ、後でこよーっと」
祐梨に送ったメールにはただコケたって書いておいた。
単に説明がめんどくさかったのもあるけどこれ以上関わり合いにならない方がいいと踏んだからだ。
こうして朝にとんでもない事件があったことが嘘のようになんでもない一日が始まった。
カメラを見たときに考えていたことはキレイさっぱり忘れて。