第二章
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結果からいうと、典子さんは無事だった。
思ったより本棚は軽かったらしい。うん、そういえばぎっしり本が詰まってるわけじゃないもんね。
せいぜい「ぶつかって痛かった」程度ですんだらしい。よかった。目の前で怪我人が出るのは心臓に悪い…今回は違うけど、自分に原因の一端があったりすると尚更ダメージは大がはッ…
礼美ちゃんを諌めて寝かしつけ、消火の後片付けをしてベースに戻った面々。
私が椅子に座って思い出し落ち込みしている目の前で、ぼーさんが綾子をつっついていたりする。
「おまえ、まーたしくじったな」
「わーるかったわね!どーっせアタシは無能ですよ!」
ぷいっと顔を背けて拗ねる綾子に、立ち上がって肩を叩く。
「…大丈夫だよ、綾子」
「麻衣…」
「嬢ちゃん…」
ちょっと驚いたような顔の二人に、にっこりと笑って続けた。
「最初っから、アテにしてなかったから」
がくー!とズッコケリアクションの二人。もちろん比喩である。さすがに本当にコケてはくれない。
上げて落とす。もしくは上げてるようで落としてる。これが奥義・肩ぽんの真髄である。
「ああああんたねぇ!だいたい役に立ってないのはアンタも同じでしょ!?」
「ええー、だって私は霊能力求められてないしィー。他の仕事してるしィー」
機材運んだり、データ採ったり、機材運んだり、依頼人との緩衝材になったり、機材運んだり、事務仕事したり、機材以下略
「まぁ、確かになァ。子守したりな」
「それって仕事?麻衣が子ども好きだから構ってるだけでしょ」
いや、多分ぼーさんの言う子守は上司の子守的な意味かと…視線がちらりとそっちを向いたし。
そして、綾子。それだけはきっぱりと否定させてもらうよ?
「や、私、子ども嫌いよ?」
「「「は?」」」
あれ?一人分リアクション多くないですか?
ぱ、と見てみるとプイ、と逸らされた。…一応聞いてたんですね。ていうか、耳に入ったのか。うん。誰とは言わないでおこう。多分みんなわかってる。
「アンタ、子ども嫌いな人間の対応じゃなかったじゃない。人のこと睨みつけてくるし」
「手ェ繋いでやったり頭撫でてあやしてたり、なぁ」
「綾子はあまりに考えなしな発言するからでしょ。小さい頃って大人から否定されると怖いじゃん。可哀想でしょ、本人悪くなかったら尚更」
ほら…やっぱり…って顔すんなそこ二人。
嫌いとか言っときながら、ねぇ…みたいなアイコンタクトをすんな。
「…わかった。オーケー、嫌いは語弊あったわ。うん。子どもは、苦手です」
「「はいダウト」」
「マジですよ!?」
挙手して宣誓。直後にダウトを喰らった。わ、私は嘘ついてないもん!二人の負けだい!
「に、しても」
思い出したように話題を変えるぼーさん。
あ、スルーですか。結局私は子ども好き(はぁと)認識のままなんですかね。いや、別にいいんですけどね。ハイ。
「さっきのあれ、あの子の叫びに応えるみたいだったな。麻衣も、台所で子どもの影見たっつーし」
「…礼美ちゃんが犯人だと?」
そして介入してくるナル。…事件とは全く関係ないお喋りには参加したくなかったんですね。うん、わかってる。
「口挟むよーだけど、台所で見た子…見間違いじゃなかったとしても、礼美ちゃんじゃないと思うよ?」
「お?して、その根拠は?」
む。やり返された。
「勘!…ではなくてだね。その一、礼美ちゃんのスリッパは汚れてなかった。靴はしっかり靴箱の中。外から玄関回ってそこまでしっかり隠蔽する時間はないし、よほど手馴れてなければボロが出る」
綾子を踏襲してみたところ、冷えびえとした視線をいただいたので訂正する。
一つにするには長い理由だったかな。
「そのニ、もう寝ているはずの礼美ちゃんがベッドに入っていなかった」
「逆にソレ、怪しいだろ」
「でしょ?誰が考えても…子どもが考えたって、怪しい。悪戯してしらばっくれるなら、布団に飛び込んで寝たフリをするでしょ。もう寝てるハズなんだから」
子どもは意外と嘘つきだ。
自分の不利なことを隠蔽するためには努力を惜しまない。
意外と強かなもんだよね、子どもって。
かといって演技やポーカーフェイスはあまり上手くない。
堂々とベッドから出たまま全く何のことかわかりません、という礼美ちゃんの反応が
演技だったとしたら…末恐ろしい。
「そして今思いついてしまったその三…」
「思いついたんか」
「ハイ。あの窓、外から覗き込むのに子どもじゃ身長が足りない。足場だとかはナシ…ガス栓閉めたときに見たから、間違いない」
窓の桟につかまってよじ登れば、もしかしたら目から上くらいは中から見えるかもしれない。
が、私が見たとき、窓の人影は出窓と錯覚してしまいそうな位置にいた。
「…以上のことから、私が見た人影は見間違いか…」
「人ならざるものか、ってことか」
納得してくださいましたかね、ぼーさん。
できれば見間違いであって欲しいです。チキンハートがビートを刻むぜ!
「…暗示実験でも、犯人は人間じゃないんだっけな。自信の程は?」
「百パーセント」
動じないナルが自信満々どころか当然といった顔で答える。
「暗示に失敗した可能性は?」
「ありえない」
さすが所長ブレない。
どちらも即答。考える余地もなく実験は正確だということ。
謙虚ではないが慎重なナルの言うことだ。信じるに値する。
「ナル、温度が下がり始めました」
「リン、スピーカー!」
空気と化していたリンさんの一言で、空気がガラリと変わった。…別に掛けたわけじゃない。
一瞬で意識をモニタに向けたナルの指示でスピーカーがオンになる。
場所は…
「…礼美ちゃんの、部屋」
無人の部屋とは思えない音がする。
…小学1年生くらいの男の子が三人くらい、本気で遠慮なく遊んだらこれくらい煩いかもしれない。
どったんばったんガタガタごとごとドンドンぎしぎし
「――すごい」
「え?」
モニタとは別の場所を見ていたナルが、珍しい表情をして呟いた。
…驚き、のような喜んでる?ような…冷静沈着な態度の彼に失礼かもしれないが…興奮、してるようなそんな響きが声にあるような…あ、興味深そうって言えば差し支えないかな?
「すごい勢いで温度が下がっていく……ほとんど氷点下だ」
「……それは」
寒そうですね。クーラー要らず。アイスも溶けない。
……礼美ちゃんが、部屋にいなくて本当に良かった。
「…礼美ちゃんでは、ありえない。絶対に、人間のしわざじゃない…!」
ナルが、「絶対」と言い切った。
この家に起こっている現象が「ホンモノ」だと、この時をもって決定付けられた。
翌日。礼美ちゃんに何かあったら嫌なので典子さんと一緒に彼女を見てることにした。どうにも礼美ちゃんに関係する現象が多かったものだからねぇ。
に、しても本当に「見てる」だけである。私だけでなく、典子さんも。
礼美ちゃんは、大人しい。構って欲しいというアピールがない。
むしろ、典子さんが話しかけても放っておいてほしそうに薄い反応を返す。
だから現在は一人でミニーとお人形遊びしている礼美ちゃんを、ただ「見ている」状態。うわー、何て楽なお子様だ。
私の知ってるお子様は人の部屋まで押しかけてきてあーそーぼー!とのたまいやがったぞ。お子様が自由な時間は自分の時間など取ることはできないのだ。
そんな歩く災害どもだって、一人でいるときは一人遊びの上手なお子様だった。ただ、遊び相手が現れると嬉々として襲撃するだけだ。相手の都合?お子様可愛いでしょ?光栄に思え!くらいのノリで。
と、そんなわけで遊び相手を無視して延々と一人遊びをしている礼美ちゃんは…ちょーっとばかし異様。
…スベるといやだから、あんまりやりたくないんだけどなぁ。しかたない。
よっこらせ、と立ち上がって礼美ちゃんに近付いて、膝をついた。
「あーやみちゃーん、何してるのカナ?」
ぱっと顔を上げた礼美ちゃんの視界に入る…組んだ両手の指で作られた………顔。
「……なに?これ」
「…蛙?」
一応、蛙と称したものだったはず。
ぱ、と指をほどいて、今度は自分に向けて組みなおす。こっちのほうが口にあたる部分を動かしやすい…親指と人差し指だから。
外側に向けて組むと薬指と小指が口になるから開きにくい。
手首を捻って礼美ちゃんの方を向かせた蛙(仮)の口をパクパクさせながらセリフを被せる。
「お嬢さん、僕が金のマリを拾ってきたら結婚してくれるかい?」
「へ?」
ぽかーんとしてるのは典子さんだ。礼美ちゃんはすぐにピンときたらしい。
まあ、こないだ読んでた絵本の内容だしね。
読んでるのを見かけただけだけど、内容は知ってるし。
蛙の王様。
ブチギレたお姫様にベッドに叩きつけられて魔法が解ける、図々しいカエルの話である。
「すごい、麻衣ちゃん!ほかには?」
「え、他?えーっと…」
しまった。思いつきでやったものの、あんまりバリエーションはない。
左手を右手で握って…
「ドンドンドン!ここを開けておくれ!お母さんが帰ってきましたよ」
「わんちゃん!」
「…いちおう、母ヤギのふりしたオオカミなんで」
確かに犬の影絵の手なんだけども。
七匹の子ヤギ。
歯がないのか実は蛇なのか、母ヤギから子ヤギ6匹に至るまでを丸呑みにするオオカミの話だ。
驚いたことに、チョークを食べると高く澄んだ声になるらしい。いやあ、すごいね。
さあて、次をねだられたら後はカニくらいしかないぞ。
猿カニ合戦の話でもするか?あれ、私はカニより猿の方が可哀想に思えちゃうんだよね…
と、そこでノックと共に香奈さんが入ってきた。
笑顔にも、手にもとりあえず火傷の形跡はなさそうだ。
「礼美ちゃん、おやつよ」
「わぁーい、やったね礼美ちゃん」
「!……」
無反応は傷つきますよ、礼美ちゃんや。
幼児化した私が馬鹿みたいじゃないですか。
「遊んでもらってよかったわね。何してたの?」
笑顔で語りかける香奈さん。
突然俯いてしまった礼美ちゃんは視線も向けない。
「ちゃんとお返事してほしいな…ほら、クッキーよ」
ちょっとピキッときたらしい香奈さんがエサで釣る作戦に出た。
礼美ちゃん、顔を背けて回避。何か気に入らないらしい。
これで遊びが中断したからとかだったら…いたたまれなすぎる。
「なに?ほしくないの?」
こっくりと礼美ちゃんが頷いた。
善意、全否定である。
いやー、自分勝手なお子様ですもの。そーゆー気分もありますよね。
「――そう。勝手になさい!!」
バタン!と大きな音を立てて香奈さんは部屋を出て行った。なんつー大人げのない。
子ども相手に、ムカついたからキレてものにあたるとか…大人のすることではない。ましてや、義理とはいえ母親なのだから。キレるなら旦那にあたれ。
「もう、礼美ったら。お姉ちゃんが食べちゃうんだから…」
「!だめっ!!」
機嫌が悪い礼美ちゃんに、典子さんがフォローを入れるように声をかける。それに、礼美ちゃんが過剰に反応した。
おやつを取られる、というレベルの必死さではない。泣きそうに叫ぶ。
「どくが入ってるの!!」
香奈さんが悪い魔女で、おやつに毒を入れ礼美ちゃんを殺そうとしている。
お父さんは香奈さんの家来だ。
礼美ちゃんはそう言った。ミニーが、そう教えてくれたと。
…よくある、子供の虚言って感じでもなかったんだよね。
これは子供視点じゃないと判断は難しいかもしれないけれど…物心が始めからついていてずーーっと"同世代"を見てきたわけだから、多少は見る目があるつもりだ。
…普通の子供は「平気なフリ」をしたって、「怯えるフリ」なんて、しない。虚栄心が嘘の根源だからだ。
少なくとも、礼美ちゃんは「おやつは食べてはいけない」と認識している。それは「危険」なものだと。
ミニー…か。まったく、本当は怖いグリム童話ver.白雪姫を幼女に聞かせるとはけしからん。
多分、この嘘は礼美ちゃんの嘘ではない。礼美ちゃんは、本気だ。
でも、他の誰かから聞いたら「○○ちゃんがそう言った」と言うだろう。信じているなら尚更。
その礼美ちゃんが出した名前が「ミニー」…。どうも参ったねこりゃ…ホラーの本領発揮かなー…
「ごめんね、麻衣ちゃん…。本当はあんなこと言う子じゃないんだけど…」
「いいえ、気にしないで下さい!…礼美ちゃんも、知らない人がたくさん来てナーバスになっているのかも」
礼美ちゃんの部屋から出て、おやつのお盆を戻しに行く途中。私は一旦ベースに戻る途中である。
困ったように、申し訳なさそうにそう言う典子さんに、少し慌てる。
フォローになるかどうか、とにかく言葉をかけると、典子さんは力なく首を振った。
「どうも、この家に来てから様子がおかしいの。以前は義姉さんを避けてなんかいなかったし、もっと明るかったのよ」
「それは…心配ですね」
「ええ…それに、悪戯も増えたみたい。でも、絶対に認めないのよ」
「悪戯?礼美ちゃんが?」
それはちょっと意外。
悪戯も子供の自己顕示欲の現れだけれど、礼美ちゃんは一人っ子で典子さんの存在もある。
典子さんも、子供をないがしろにする性格ではないし…
「物を隠したり、壊したり…子供じゃなきゃ入れないようなところに置いたりするの。困るわ」
「そうですか…礼美ちゃん、もしかしたら何か悩んでるのかもですね。大人からしたら大したことなくても、子供からしたら重大なことってありますし…もしかしたらある日ピタッとなくなるかも」
「…ふふ、そうよね。ダメね、暗くなっちゃって…こんな話して、ごめんなさいね」
「いいんです、話してください。気持ちが軽くなることだって、ありますから」
実はちょっと本気で典子さんに同情している。
とりあえず言いたいことは典子さんの兄、ふざけんな!である。
幼い娘と血の繋がらない後妻をハタチの妹に託して海外出張、その上新居はこのザマである。
まだ礼美ちゃんと二人だけだったら、典子さんのストレスも軽減されただろうに…
別に、香奈さんが悪いわけではない。いや、ガキだけれども。
コブ付きと結婚するには覚悟が足りなかったんだろうな。うん、やっぱり悪いのは旦那だと思う。
と、他人様のお家事情はともかく、典子さんはちょっとでも楽になってもらいたい。
役不足だけれども、力になれたら、と思って典子さんに声をかけた。彼女の目に涙が滲む。
「ありがとうね、麻衣ちゃん。…そうだ、みなさんにも何か用意するわね」
「はい、ありがとうございます」
パタパタと足音を立ててキッチンに向かう典子さんの背中を眺めながら、はぁ、とため息をついた。
「ガラにもないことしちゃったなーー…」
こういうのはジョンがやるべきだと思う。癒し系だから。