第二章
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
日が落ちて、暗くなった室内で例の暗示を森下家のお三方に実施するナル。
今回はお家にあった花瓶がターゲット…これ、成功したときに割れたりしないだろうか…
実験の後、三人が花瓶に注目したことで暗示は成功したと確認。花瓶の下にチョークでマーキングを施した。
…実験の間、礼美ちゃんは典子さんの膝の上で大人しくしていた。怯える様子もない。
そりゃ、香奈さんと違って(失礼)おっとりとやさしそうな典子さんに怯える要素はないだろうけれど…なら、どうして昼間は……
香奈さんから借りた鍵で花瓶を置いた部屋に鍵をかけ、モニターを設置したベースに引き上げる。
モニタリングしているリンさんが、ナルの確認に異常なしの旨を簡潔に伝えている。その傍らであくびをしているぼーさん。
「何しにきてんの…?」
「除霊。だから霊がどこにいるかわかったら教えてな~」
「な、なんという他力本願…!!」
ま、まぁ、見る力はないっつってたからしょうがない…のかな?
そんな一部緩い空気の中、二階から大きな足音をたてて焦った様子の香奈さんが飛び込んできた。
「ちょっと来て!」
「どうしました?」
「いいから早く!」
余裕がない様子に促されるまま、二階にある礼美ちゃんの部屋へ向かった。
ドアを開ける。昼間一度訪れたときとは、明らかに内装が変化していた。
「礼美ちゃんを寝かしつけようと思って来てみたらこうよ!」
ナナメのカーペット。ナナメのベッド。ナナメの机。ナナメの…
とにかく全部ナナメである。そしてその中できょとんとしている礼美ちゃん…
明らかに異常な部屋に子供残していくなよ、義母親。
…礼美ちゃんは、どうして怯えないんだろう。香奈さんの剣幕に驚いてるように見えるけれど…彼女の中でこれはさほど異常ではないってことなんだろうか。
子供だからわかってない、だなんて思わない。子供は敏感だ。
好意、嫌悪、悪意、善意…自分に向けられる感情やその場の空気が嫌なものであれば、すぐに気付く。
礼美ちゃんのこの表情は、「どうしてこんなに騒いでいるのかわからない」表情のように見える。
「どうなってるの?こういうことが治まるように来てくれたんでしょ!?」
えらい剣幕でまくしたてる香奈さん。不安はわかるけれど、子供の前なんだ。多少は取り繕えないものなんかしら。…やはり、「母親」ではないな、この人。
案の定、礼美ちゃんは香奈さんの様子に不安になってきたらしい。表情がだんだん不安そうになっていく。
「…礼美ちゃん、大丈夫大丈夫」
部屋に入って礼美ちゃんの頭を撫でる。にこにこにっこり。スマイル0円でなんとか誤魔化されてほしい。
強張った様子の彼女の背をそっと押して、ドアの方へ。
大人が大勢で、自分の方を見てケンケンやってるのはさぞ怖かっただろう。
よしよしと撫でていると手を握られた。ちっさい。
「その子がやったんじゃないでしょうね」
「馬鹿、綾子」
礼美ちゃんの肩が震えた。手を握る力が強くなる。
ええい、本当に…前から思っていたけどもうちょっと年下に対する思いやりってものをですね!なんでこうすぐに口に出すかな!
子供が怯えるから大声は出せない。代わりに睨みつけておく。
「無理だろ。上に家具乗ったままだし、俺でもムリだな。それともお前できんのか?」
カーペットと家具の様子を見聞しながらぼーさんが綾子をやり込めた。ナイス。
「とりあえず、部屋を調べてみたいのですが」
「どうぞ!私たちは下にいますから。さ、礼美ちゃん!」
ナルの進言にカリカリと言い放つ香奈さん。に、呼ばれておずおずと私を見上げる礼美ちゃん。
にっこり笑って手を離し、頭を撫でる。子供を安心させる方法なんて知らんわ!
「……礼美じゃないよ」
「うん、礼美ちゃんじゃないよね。あのお姉ちゃんが間違えたんだよ、ダメだねぇ」
ムッとしてる綾子。言い返すなよ?黙ってろよ?
子供をあやす能力なんてものは持ってないんだから、ここで泣かれても困る。
ヘルプミー典子さん。
香奈さんに手を引かれて、一階の居間に向かう礼美ちゃんの背を見送った。
「どう思う、ナルちゃん」
「こんなことができる人間がいたら、お目にかかりたいな」
ナルにまで完膚なきまでに否定される綾子である。ざまぁ。
「…ちょっと言ってみただけじゃない」
「あんたね、それで子供を不安がらせてどーすんの。ちょっとはTPO考えて口を滑らしなさいよ。大人でしょ?」
「言うじゃないのガキんちょ」
「私はガキに気を遣える大人なガキだからね!」
ガキな大人よりマシである。
部屋を見て回って、明らかにこれは人為的なものではないよね~…という流れになった。そのときに、一階で大きく香奈さんの悲鳴が上がった。
すわゴキブリでも出たか!!タヌキでも入ったか!!とリビングに駆けつける。
……なんということでしょう。これは斬新な模様替えですね。
しかし、残念なことに斬新過ぎて使い勝手が悪そうだなぁ…
脚を天井に向けたテーブル。底面を晒して座りにくくなったソファ。TVは映像を見せてなるものかとばかりに上下逆転の上で画面が壁にピッタリと付いている。
うん…全部さかさまとか…
「…カーペットまで裏返しとか、恐れ入ったわ~」
枕返しどころの騒ぎじゃない。
さかさまの部屋、とか七不思議にあったりするけども、この部屋の電気はちゃんと天井に付いてた。うん、よかったよかった。
にしても、香奈さんはキャーキャーとよく悲鳴が上がったな。
私だったらドア開けてポカーンとして、とりあえずそっとドアを閉めてナルたち呼びに逃げるけどな。
ドア開けたら目の前に顔、とかそーゆー突発的なことじゃないと悲鳴って出ない。
「やれやれ、ポルターガイスト決定だな」
「そんなのわかりきってるわよ。問題は犯人でしょ?ぜったい地霊よ!」
「ほうほう。して、その心は」
「…あたしの勘よ!」
「で、人間が原因かどうかは明日判明するわけですが」
「ちょっと!」
わざとらしく綾子を無視してみた。だって根拠はないらしいしスルーでいいかなって。むしろその振りだと思う、勘とか。
気を取り直した綾子が胸を張って言った。
「明日にでもアタシが祓ってやるわよ!見てなさい!」
高笑いでもしそうなくらい自信満々に。
いやぁ…あなた、それ、旧校舎で……うん、まぁいいや。あの時は原因が霊でなかったから結果が出なかったのであって…今回は居るかもしれないし…
しょっぱい顔で綾子を見送っていると、ぼーさんとナルがリアクションについて話し合っていた。心霊現象的な意味で。
曰く、反応が早すぎると。
心霊現象は無関係な人間が入ってくると、一時的にナリを潜めるはずなのだそうで。
あー、そうですね。確かに旧校舎のときも霊はシャイだって言ってましたね。
ぼーさんにも覚えはあるらしい。
「それが逆に強くなるということは……反発」
シャイな子、キレた。
いじられて、突然クラスの大人しい子が文房具とか椅子とか机投げ始めるような感じですね。
クーピー24色入りの箱は当たると痛いし、中身片付けるの大変だし、クーピーはすぐ折れるから投げないで欲しかった。うん、ハサミもやめてほしい。
苦い思い出である。
「ぼーさんもそう思うか?」
「ああ。この家、俺たちが来たのにカン付いてハラ立ててるな」
ぼーさんが皮肉げに鼻で息をついた。家を擬人化しないで下さい。怖いです。
そしてそういえばぼーさん呼びなナル。私の呼び方がうつったんだろーか。
客観的に見るとあだ名で呼び合う二人。ものすごく仲よさそうでいーなー。
「しかもいきなりあんな大ワザ見せてくれるってこたァ、ハンパなポルターガイストじゃねぇ」
「…てこずるかもしれないな」
今回のぼーさんの意見には、ナルも同意らしい。
初対面のときあんなに仲が悪かったのが嘘のようだ。ぼーさんがオトナだからか、ナルがオトナだからか…両方だな。
私はといえば、ド素人さんなので口をつぐんでいる。いるかいないかなんて、考えませんよ?
考えてないよ?
…ナルが、「いる」方に肯定的だなー…なんて、考えてないですよー…
そして翌朝。
暗示で夜に動くことになっていた花瓶は、ぴくりとも動いていなかった。
これで香奈さんたちお三方のいずれかが、無意識にPKを使った線は消えたわけだ。
つまり…いる可能性が高くなった、と…
昨日の宣言どおり、綾子は祝詞を上げて除霊を行った。うん、何も起こらない。
高笑いを上げて成功だと、本人はそう言っていたけれども…ごめん、悪いけどぜんっぜん安心できないや。
午後にナルの指示で各部屋の温度を測って記録する。霊の出る場所は温度が下がる、らしい。なぜか。
確かに、怪談では幽霊が出る前兆で寒くなったりとか、よくしてる。江戸時代の怪談とかだと「寒い」より「生温かい風が」の描写の方がよく見られるような気もするけれど。
「…礼美ちゃんの部屋が、少し低いな」
「…なかなか日当たりはいい部屋なんだけど、ね」
「――家自体には、ゆがみもひずみもない」
ナルが今のところデータとして出ている情報を教えてくれる。
床もほぼ水平。地下水脈も現役で、地盤沈下の説もなし、とな。
…まっさきにソコを調べたわけですね。
住人への暗示といい、そんなに旧校舎でのことが気にかかっているんだろうか…いや、多分可能性を全部先に潰して無駄な時間を省きたいんだな、きっと…
「…まあ、地盤沈下でカーペット含め家具がナナメに配置されたり、さかさま配置になったりはしないよね」
「そうだな」
「で、生きた人間によるものだって可能性も低い、と」
「ああ」
「……心霊現象?」
「の、可能性が増えてきたな」
まだ言い切らないナル。かっこいいです。輝いて見えます。あ、元から輝くご容貌でしたねスミマセン。
ふっふっふ、何を隠そう、私は対岸の火事しか楽しめないチキンなのだ。
この現象の原因が幽霊だったりしない方がいいに決まっている。ガクブル。
夜。一階で悲鳴が上がった。また香奈さんである。
そして慌てて駆けつける面々。
「ッ!」
こりゃ、悲鳴も出るわ。
燃え盛る炎がガス台から吹き出ている。
どうしていいのかわからないようで、香奈さんはおろおろとうろたえている。
「火事っ!消火器持ってきて!香奈さん、ケガは…」
「きゅうに、急に火が…」
後ろから来たぼーさんたちに消火を頼んで、香奈さんを下がらせる。
動転してる様子なので、キッチンの外に居た典子さんに香奈さんを託した。
消火真っ最中のキッチンを見る。火元はガス台。ツマミ、恐らく絶賛「強火」状態。
かといって切りに行けば大火傷である。火傷は治りにくいからしたくない。
「元栓閉めてくる」
ナルに一声かけてから、勝手口から外に出る。ガスタンクの方から元栓を閉めるつもりである。
キッチンにも元栓あるだろうけど…。ちなみに、私が知ってる一軒家のガスの元栓の位置となると…ガス台の下の収納のあたりである。取り外せるコンロなら、コンロの裏側。どちらにしたって今触れる状態じゃない。
携帯電話のライトで照らしながらガスタンクからガスの供給を切って、急いで戻る。
途中で見つけた消火器は、キッチンまで運んでナルに押し付けておいた。
こんな重いものを支えながら消火活動できる筋力は持ってない。いや、やればできるけど男の筋力の方が確実に、もつ。
消火は他の人に任せて、香奈さんの様子を見に向かった。
まだショックから立ち直っていない様子の香奈さんと、それを諌めている様子の典子さん。
「典子さん、香奈さんに怪我は…?」
「ええ…大丈夫そうだけど…」
「手と…顔も一応、冷やしましょう。お風呂場で」
お風呂場に香奈さんを連れて行って、冷やしてもらう。特に顔とか、水ぶくれができて痕が残ったら困るだろうし。
氷は今や戦場のキッチンにあるわけで、取りには行けないから流水で。
冷たい水に触れて少し冷静さを取り戻した香奈さんに事情を聞いて、戻る頃にはみんなが鎮火したキッチンでぐったりとしていた。
延焼は防げたらしい。よかったよかった。
もう一度洗面所に戻って、雑巾を借りる。
疲れきっているぼーさんたちに苦笑して、消火剤を拭きながら換気をしようと窓に手をのばした。
窓の外は明かりがなく、暗い。そこに、
「ッ!!」
思わず手を引っ込めて、後ずさった。そこに、小さな人影があったことにびっくりして。
外から、覗き込んでいる誰か。子供のようだ。
しっかりと認識しようと目を凝らした時には、もう人影も、人影に見えるようなものも窓には映っていなかった。
「どうした」
「あ…」
振り返ると、挙動不審な私に怪訝な視線が向けられる。
声をかけてきたナルが、近付いてきて窓を見て、何もない事を確認してから私を見た。
「…人影があったように見えて、びっくりした」
「……」
素直に報告すると、ナルは窓を開けて外を確認する。
「…誰もいない」
「そう…見間違い、かな」
「…どんなものだった?」
かたん、と窓を閉めたナルがこちらを見る。
換気をしたいけれど…正直、今あの窓は開けたくない。だって怖いし。
「窓に手をついて、中を見てるみたいな…小さい、子供みたいなサイズの」
周りの視線が典子さんに向かった。
典子さんも思い当たったらしく、目を見開いている。
「でも……礼美はもう、寝てるはずよ。わたしの部屋で…」
典子さんの部屋に、礼美ちゃんはいた。
ミニーにハンカチをかけてあげている。ミニーを可愛がっているのだろう。
この年頃の女の子なら、人形に人格があるかのごとく可愛がるのはよくあることだ。
典子さんが部屋の明かりを点けて、礼美ちゃんに声をかける。
「礼美、さっき台所をのぞいてた?」
「ううん」
問いかけに、礼美ちゃんはどうしてそんなことを聞くのかわからないような顔をして首を振った。
「でも、麻衣ちゃんが子どもがいたって…ほんとは、お庭からのぞいてたんでしょ!?」
「ちがうもん」
「礼美!」
「の、典子さん…」
典子さんの語気が、焦ったように荒くなる。
…これで見間違いだったら礼美ちゃんが可哀想だよなぁ…
叱りつけるような口調になっている典子さんを止めようと声をかける。が、礼美ちゃんの沸点突破の方が早かった。
「ちがうもん!礼美じゃないもん!」
「礼美…」
あちゃー…怒らせちゃった…。これは泣いてしまうんじゃないだろうか。
子どもの泣き声は苦手だ。煩いっていうとすんごく非難されるから。子どもからも大人からも。
ドン!
と、天井が鳴った。ここは二階だ。三階はない。
一度ではなく、何度もドン、ドン、と音がする。そしてその度に天井が揺れ、電気がカタカタと震える。
「な、なに…!?」
典子さんにも原因はわからないらしく、礼美ちゃんに問いかけるのをやめて天井を見る。
礼美ちゃんは俯いて、口をわなわなと震わせている。
…怒り心頭のあまり、気づいてないのか、現象に対する恐怖は見えない。
「礼美じゃ、ないもん…!」
大きくなる、音。そして揺れ。
「ちがうもんっ!!」
もう天井どころか、部屋が揺れていた。地震…のような感じ。縦揺れの。
ハッ、と思いついて目を向ける。遅い。グラリと本棚が傾いだ所だった。
「っ、典子さん!!」
思わず、礼美ちゃんを引き寄せた。
典子さんも本棚に気付くけれど、避けられる体勢じゃない…!
「っ、おねえちゃーーーんっ!!」
礼美ちゃんが叫ぶ。
バガンッ、と大きな音がして、典子さんの真上に本棚が倒れた。