第二章
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紆余屈折…あったかなかったかは別として、再び彼のお手伝いをすることになった私。
今度は代理でなくきちんと雇用契約の上で。
というか、契約は事務員だったよね?そうだよね?
1.
「古風洋館チック…テラ素敵すぐる…!」
そんなわけで、ただいま雰囲気のあるお屋敷の前にきております。
ツタが絡んでるのがまたなんとも…!金持ちそうな家である。
…家の外観はともかく、私はどーしてここにきているのデショウカ…
目の前の建物は依頼主の家…つまり調査対象なわけで…
「ねぇ、これって事務?事務職?」
「うるさい。無駄口を叩くな」
そして所長は取り付く島も無い。
別にいいんですけどね。調査中は給料も増えるらしいし…あれ、もしかして危険手当…?
そう、私は今、依頼人…三日前に依頼に来た森下典子さんのお宅にやってきているのである。
…どこかで選択肢を間違えた気がしなくもない。何が悲しくて肝試しを仕事にしなくてはならないのだ。
まぁ専門家がついてるだけ肝試しよりは安全かもしれない。祟られたりはしない。多分。
ごめんよ旧校舎でぴーぴー言ってた私…。決して金額につられたわけではなぃ、ょ…?
…まぁ、それはさて置き、典子さんの話はこうである。
・家がおかしいこと
・誰も居ない部屋で壁を叩く音がする
・開けたはずのないドアが勝手に開いてる
・急に家具がガタガタ揺れる
……甦る旧校舎の記憶…
屋内大運動会…挟む気かというくらいの勢いで開閉する自動ドア(木造)…
そして迫り来る下駄箱…
ああ、ポルターガイストってヤツですね。
いらん記憶のおかげで客の前だというのに思わず遠い目になってしまった。不覚。
話を聞いた限りではどうも超常現象らしい、というので我らが所長サマが調査に乗り出した、というしだいである。
事前に打ち合わせていた日に訪れた私たちを迎えてくれたのは幼女を含めて三人の女性。
幼女とか言うな?分かりやすい適切な表現だと思いますがなにか。
依頼者である典子さん。
その義姉…お兄さんの奥さんである香奈さん。
八歳の礼美ちゃんは姪なのだという。
つまり香奈さんの娘さんか?しかしどうも香奈さんは母親には見えない…。
年齢的に、とかスタイルが、ではなく…子供を生んだ落ち着きとかそーゆーものがないというか…
まぁ若気の至りでデキちゃって☆なDQNな方はそんなものかもしれない。
けど"礼美"なんて素敵な名前をちゃんとつけてあげられる親がそうだとは思いたくないな。
まぁ、よくも悪くも若く見える香奈さんが私たちを見て視線を彷徨わせた。
「責任者はどなた?」
ちなみに、今この場に居るのは私とナルだけだったりする。
リンさんはまだ車だし、協力者として手伝ってくれるらしいぼーさんと綾子はまだ着いていない。
…そりゃ視線迷子だよね。
自分が所長であると告げて怪訝そうな顔をされるナルをちらりと見る。
本人はどこ吹く風。彼はまだ十六歳である。多分。…誕生日は知らない。
そして私はまだ十五。盗んだバイクで走り出すお年頃である。
そんな子供二人が出てきたらそりゃ依頼人は困るよね。詐欺だとか言う人もいるほどだ。例えばウチの駄校長とか。
「まあいいわ…。ほんとうに、その……幽霊とかのしわざなの?」
「それを調査するのがわれわれの仕事です」
そう、私は旧校舎の件では勘違いをしていたのだが、彼の…SPRの仕事は"除霊すること"ではないらしい。
あくまで除霊はオマケ。調査、解明、データ採取が目的なのだとか。
だから依頼料は取らない。お布施みたいに"気持ちで"というやつだ。まぁ調査にかかる費用(主に電気代)は依頼人持ちなのだけど。
ベースに借りた部屋に向かうと一足早くリンさんが機材をチェックしていた。
…そういえばこの人はいつもパソコンに向かってる気がする…そんなにずっとすることがあるのか。
「モニターの接続に異常はありません」
とりあえず私の中で彼の位置づけは機械に強い頼れるお父さんである。
でもお父さん視線が厳しい気がします。表面だけでいいからもう少し優しくしてほしい今日この頃。
「なぁ~に遠い目してんだよっ」
「ちょ、セクハラで通報するよ?」
わしゃわしゃ、と髪をかき混ぜられたので真面目な口調で冗談を言ってみた。
「っか~!可愛くねぇー!」とオヤジくさいことを言っているのはぼーさんこと滝川法生(25)だ。…まだ若いのに。
「頭撫でたくらいでセクハラかよ!」
「女子高生の髪に触れた容疑で逮捕された人がいるらしいし」
「…世知辛い世の中になったもんだな」
権利を主張しすぎて逆に規則に雁字搦めになっている気がしなくもない。
ってそうじゃない。ここには雑談をしに来ているわけじゃないのだ。
…といっても今は雑談くらいしかすることもないのだけれど。
「ゴーストハンターだっけ?あいかわらずおおげさねぇ、この機材のヤマ!」
気の強そう、というか傲慢そうな口調でそう評したのは自称巫女の綾子だ。
いっつも思うんだがこのえらそーな口調で損しないのだろうか。根は情に脆くて素直ないい人であったりするのに。
…まぁ、偉そうという一点についてもウチの所長を越すことはないだろうが。
彼はいっそ「偉そうじゃなくて、偉いの」の域である。
「どーせ地霊かなんかのしわざよ」
「まぁーたそれ?」
磨いた爪に息を吹きかけながら投げやりに言う綾子につっこむ。
旧校舎でも同じ事を言っていたけれど全く事実に掠りもしていなかったじゃんかー。
「どーおいう意味よっ!」
「いやぁーなんかデジャヴを感じるなーっと思っただけでぇーっす」
「じゃあオレは『地縛霊の方だと思うね』っと」
ぴゅーっとわざとらしく口で言って茶化した私にぼーさんがノってきた。
「あははは、は、はは…」
笑いながら思い至った予想に自分の頬が引きつったのがわかった。
「…とかいってまた原因が人だったらなんか凹む…」
いや、ホンモノに当たりたいわけではないのだけれどね。
厨二に振り回されるのもお家事情に首突っ込むのもちょっと遠慮したい。
予想の段階でやんややんやと盛り上がっている私たちに鋭い一言が飛ぶ。
「うるさいぞ、遊ぶな」
さーせん、所長。
こちらをちらりとも見ないナルはファイルに目を落としながらそもそも、と続ける。
「そもそもポルターガイストの犯人であることが多いのは思春期の子供だ」
聞いていないようでちゃんと聞いているらしい。さすがと言うかなんと言うか…
そしてナルからこの話を聞くのも二回目だ。
一回目は言うまでもなく、黒田さん厨二大爆発事件(私命名)の謎解き編である。
その条件で行くと確かに、礼美ちゃんは幼すぎるし典子さんは二十歳で思春期とは言えない。香奈さんは尚更。だけど、
「あと確か霊感が強い女の人もって言ってなかった?」
「ああ。それについては今夜にでも実験をしてみる」
前回の反省を含んでる気がします、所長。
同じ失敗は繰り返さないために早めに手を打っとくんですね。
ナルのそーゆー素直なトコ結構好きよ。ぷくく。
含み笑いをしながら真っ黒な背中を見送っていたら何やらクソ重たい機材を運ばされた。陰険である。
ちなみに機材の接続に関してはリンさんチェックが入り済み。らしい。
私がクソ重たい機材を運ばされている間にそんな会話が漏れ聞こえた。
…当然ながら、手伝ってはくれないんですねおにーさん。いえ、いいんです。これが仕事なんです…。
ただ、仕事場の人間にあからさまに嫌悪感を向けられるのもやりにくい。どーにか隠してくれないもんかね。
腹ではどう思おうが個人の勝手だけどさぁ…
「あら、麻衣ちゃん」
「あ、典子さん…」
とりとめもなく愚痴めいた思考を巡らせながら階段を降りようとしたところで、依頼主の典子さんと出くわした。
典子さんはトレーにケーキとカバーをかけたティーポットを載せていた。そして二階には子供部屋。
「礼美ちゃんのおやつですか?」
「ええ、おやつの時間なのよ」
「へぇ、美味しそう…いいですね、礼美ちゃん」
遊んでいるところにおやつがやってきてくれるのだ。しかも若くて優しい叔母さん付き。
…お母さんは、忙しいのかな?と思わないでもないが、叔母さんが構ってくれて、あの年頃の子は嬉しいだろう。
「よかったら、一緒にどう?」
「えっ!?えっと…」
ふふ、とお上品に笑った典子さんの提案に乗っていいものかどうか…いや、あの、食い意地張ってるとかじゃないんですマジで!
ただ、まぁ、依頼人の方とお話して多少なりとも仲良くなっておいた方がいいだろうとは思う。
「遠慮しないで。きっと礼美も喜ぶから」
「えー…と、じゃ、お邪魔させてもらいますね」
社交辞令かもしれないお誘いの言葉にちょっと尻込みしながらも、お邪魔することにした。
典子さんは年の割りに落ち着いていてお姉さんのようで、妹のように接してくれるからちょっと照れる。
"私"が彼女の年齢のときにこんな落ち着きはなかったなぁ…きっと、典子さんには礼美ちゃんの存在があるからだろう。
年の離れた妹や、親戚を持ち、その面倒を見ている子はしっかりしている。典子さんは…正直、香奈さんよりお母さんらしい。こんなことを考えては失礼かもしれないが。
「幽霊退治ってたくさん機材を使うのね。イメージしてたのと全然違ったわ」
「ですよね。私も最初はマスコミ方面かと思うくらいでしたもん」
肩を竦める私に、典子さんは目を丸くして、それから笑った。
よかった、ちゃんと冗談が通じる人だ。たまーに天然でボケ殺しする人いるからな。
ちょっと安心して、もう少しSPRについてお話することにした。何もわからないと不安だろうしね…特に、こんな霊能者関係は。
「まぁでも、まずは幽霊かどうかから調べるんですよ」
「…それは、勘違いだとかってこと?」
「あははっ…『幽霊の正体見たり枯れ尾花』ってことですよ。ちなみに、祟り騒ぎがあったうちの旧校舎は地盤沈下が原因でした」
「え、麻衣ちゃんの学校?」
「はい、事故が良く起きるっていう不吉な旧校舎が…」
いくらなんでも、人間が犯人のことが…なんて話は出来ない。
だから、その人間がポルターガイストの原因となりうる話を除いて旧校舎のエピソードを典子さんに語った。
ここでナルが幽霊の仕業と安易に判定しなかった実績を伝えられれば、ただの霊能者というよりは信頼度も上がる…といーなー。
別に、胡散臭そうにされたわけではないけれど…ちょっと疲れたような雰囲気があるから、少しでも安心してほしい。
…ここも幽霊が原因じゃなくて、あっさり解決できるような原因だといいんだけどなぁ。
「あらまぁ…麻衣ちゃんも大変だったのね」
「まぁ、怪我の巧妙かいいバイト先に出会えましたし」
「でも…怖くない?」
「怖いです!でも、頼れる人…たち?が一緒なので」
依頼人さんの前で不安になるようなことを言えるわけがないので茶化しておく。
…まぁ、おそらく、たぶん、頼れる、ハズ。霊能者としてはどうか知らないけど、人としてはいい人たちだ。
「ところで、礼美ちゃん、素敵なお名前ですね。お母さんがつけたんですか?」
「ええ…礼美の実母が。礼儀正しく、美しい生き方をって」
「素敵な由来ですね…失礼ですが、香奈さんは」
「兄の再婚相手なの。…やだ、気にしないでね?私ったら余計なこと言っちゃったかしら」
「いえ、こちらこそ…」
なるほど。これで香奈さんへの違和感の理由がわかった。
そりゃ、赤ちゃんのときから礼美ちゃんを知っている典子さんの方がお母さんらしくて然るべきか。
納得の気持ちとは別に、プライベートな内容に頭を突っ込んだことに少し後悔を覚える。
所在無く視線を逸らすと、典子さんは苦笑しながら「本当に気にしないで」と言ってある扉の前で足を止めた。
「礼美、おやつよ。麻衣ちゃんも一緒」
手がふさがっている典子さんの代わりに扉を開けた。
と、目の前には洋人形を抱えた、人形のように可愛らしい幼女がいた。
「こんにちは、私も一緒にお話ししていいかな?」
きょとん、とした顔でこちらを見る幼女に、できるだけの笑顔で尋ねる。
ふふ、何を隠そう…私は、子供が、苦手だ!!!
嫌いじゃない。でも、ジャンル:子供に対して「かんわいい~~」とメロメロになることはできないのだ。
動物になら心の底からメロメロになれるのだが、子供に対しては無理。
礼美ちゃんは可愛い。そんじょそこらの子役より可愛い。
それはわかっているけれど、意思疎通の図りにくい子供というジャンルが私を迷わせる。
……一体どう接すればいいんだろう。子供同士として子供たちに接するのは、不本意ながら慣れていたけれども…
残念ながら私は今立場:大人だ。典子さんも居る。そして子供たち、ではなく子供単体だ。
どうしよう。どうすんの私。どうしよう。だれかライフカード…!!
と、内心小パニックを起こす私の元に、ててて、っと礼美ちゃんが寄って来た。
なんだなんだ。典子さんか?典子さんに用か?と思いきや、私に抱きしめていた人形を差し出す。
え、何?パスってこと?
とりあえず目線をあわせるように屈んでみたところ、
「こんにちは」
「ん…、こんにちはー。」
礼美ちゃんが人形の右手をあげて挨拶をしてくれた。ので、その小さな手をそっと掴んで握手する。
「……」
「えっと…私は麻衣。あなたは?」
「…ミニー」
礼美ちゃんがとても嬉しそうに笑った。
この子も年の割りに落ち着いた子だと思う。…これは、年下の親戚云々よりお育ちの問題かなー。
やっぱり教育が上品なんだろうか…
「礼美、ご本読んでたの?」
上機嫌だった礼美ちゃんが、突然表情を無くした。
まるで、なにか悪い事をしてしまったときの子供の顔。
縋るようにミニーを抱きしめる礼美ちゃんが気に掛かる。…典子さんに、怯えてる?
「ほら、おやつ食べましょう」
典子さんが少し困ったように、なだめるように礼美ちゃんを呼ぶ。
が、礼美ちゃんはますます体を強張らせ、そっぽを向いてしまう。
「礼美、いらない」
ついにはこの言葉。
疳の虫かな?まぁ、なぜか機嫌が悪いなんてこともあるだろうけれど…どうにもこの思いつめたような礼美ちゃんの表情が気になった。