第一章
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「そしたら、彼女のストレスが高まったのは地盤沈下説が出てからってことよね」
一気に冷えた空気を払拭してくれたのは綾子だった。本題に戻したともいう。
「じゃあアタシが教室に閉じ込められたり彼女が襲われたり…あ、あとビデオが消えてたのは?」
……それ、特に二つ目以降、解説が必要だろうか。
彼女が霊感があるって嘘を通したかったことを踏まえればおのずとわかることだと思う。
ナルが黒田さんに確認をとる。とゆーことは今あげたのは全部彼女の仕業だと。
「巫女さんの件についてはこれが敷居にささっていた。それでドアがひっかかったんだろう」
そう言って持ち上げた右手には
「……クギぃ!?」
驚いたように巫女さんがそれの名称を叫んだ。はい、まごうことなくでっかい釘です。
…え、どっから出したの?というかずっと持ってたの?
「このことには早くから気付いていたんだが、あえて言う必要はないと思っていた」
早くから・・・・クギ…。
思い出した。確か綾子を救出してベースに戻ったときにナルはクギを弄んでいた。
ってほんとに早いな!言わなかったと言うことはすぐに黒田さんの仕業だと気付いたってことだろうか。
「だれかがワザとやったってワケ!?だれが……!アンタね!?」
エラい剣幕の綾子。やっと気付いたらしく、黒田さんを睨みつける。
こーゆーところが巫女っぽくないどころか大人らしくない。…いや、でも大人でもメンツを傷付けられたらキレるか。
「ちょっとしたイタズラのつもりだったんだろう。あの直前、巫女さんに嫌味を言われてたようだし」
あったあった。あの大人げないというか思いやりがないというか自分を棚上げした自己顕示欲発言。
あのときの「霊を呼んであなたに憑けてあげる」は今こそ黒田さんに聞かせてあげたいね。
「じ、じゃあビデオの故障は?」
「あれは霊障じゃなく故意に消されたものだ」
綾子が話題を変えようと振った話をナルがきっぱりと切って捨てた。
「それも彼女?」
「麻衣が実験室に着いた時、黒田さんはすでにいたそうだから。多分そうだろう」
ですよねー。と内心で同意していたらナルがこちらに視線を向けた。
「…もっとも、麻衣ですら気付いていたようだが」
ですらって何だ。というか意外そうな顔をするなそこ!大人二人組み!…真砂子まで!?
「……まぁ、最初から疑ってかかってたし?」
ことの真実を知って綾子が苛立たしげに黒田さんを睨みつける。
今にも文句をぶちまけそうな大人げない態度に思わずため息。
小さな声で黒田さんがごめんなさい、と呟いたのが聞こえた。
……はあ、やれやれ…
さすがにこんな風に中二病を暴かれることになった彼女に同情する。
多分思い出すたびに軽く死にたくなると思うよ。ガンバ。
つーわけで激励の意味でちょっとフォローしてやろうと思うのですよ。
「なんつーかね、黒田さんが特別間違ったわけでも悪かったわけでもないのよ」
「!」
黒田さんが私を凝視する。けど私は目はあわせない。
助けてあげるわけじゃないし。是非とも存分に反省していただきたい。
「ちょーーっとばかし考えなしで視野が狭くって聞く耳持たなかっただけで。思春期にありがちなまぁいうなれば病気みたいなもんだって」
そりゃあコイツがしゃしゃり出てこなければ…と思わなくは無いけどね。
その時その時はうざくってムカツクけれど改めてネチネチ言うのも大人げない。
というか、瞬間瞬間はほんと勘弁してほしかった。自分の過去を思い出sぐはぁ!
ちょっと自分の思考で自爆しつつ、言葉を続けて理解を得ようと努めてみる。
「綾子だってあるでしょ?思い出したくない思春期のころの自分カッコイイ妄想」
「・・・」
「ま、そーゆーことで大目にみてよね。誰もが通る道っしょ」
沈黙は、肯定だよね?綾子。
ないと言い切ったらそれはそれで継続中と認定するだけなのだけど。
ところで大人組とジョンは結局"本物"なんだろうか。ちょっと疑問だ。
「嬢ちゃん、何度も言うよーだが枯れてんな」
「そーゆーあんたはどーだったのよ」
「え、それここで訊いちゃうの?まじで恥ずかしいんですけど」
恥死しろと?なんつー羞恥プレイ?
「ええと、ところで、校長さんにはなんて報告しはります?」
「…そう、それよね。依頼は『工事ができるようにしてくれ』でしょ?」
私が困ってるのを見て止めに入ってくれたらしい。
本当に癒しだジョン。もしかしたら話が逸れまくって困ってただけかもしれないけれど。
ジョンのセリフに反応して、綾子の意識が私から逸れただけで感謝感激です。
そしてナルは
『旧校舎には戦争中に死んだ人々の霊が憑いていた。除霊をしたので工事してもかまわない』
と報告をするつもりだという。
「それでいいかな、黒田さん?」
首肯する黒田さん。当然だ。
ナルはけっこう律儀で誠実なところがある。
いい人ではあるよね。お気遣いの紳士?いやいや。
「それで大丈夫だと思うか?」
「たぶん」
「…それでも不安は残りますわ」
真砂子が初めて口を開いた。処遇に不満があるらしい。
「校長先生に本当の話をしてはどうですの?」
黒田さんが悲痛な顔をした。まるで万引きがバレてそれを学校に通達すると言われた学生みたいだ。
「彼女はじゅうぶん抑圧されている。これ以上追いつめる必要はないと思うが?」
「それに、校長にポルターガイスト云々って言っても理解を得られるとは思えないな。
でも地盤沈下の話はしておくべきだと思う。危ないし」
ナルのセリフに同意しつつちょっと自分の意見を付け足した。
どっちだよ。という視線を受ける。
ええー…。どうしてこの人たちは極端に『どっちか』と考えるんだろう…
「…霊はいて、除霊はしたけれど、調査の途中で地盤沈下が判明しましたよ。って言うのはダメ?これ黙秘してうっかり人が中にいるときにペシャっといったら洒落にならんし、『除霊できてない』って言いがかりつけられるかもでしょ?」
「…わかった。ならそのことも加えて報告しよう」
「ん」
ナルの同意が得られれば無問題である。
みんなが沈黙するからなんか間違ってるかとちょっと不安になったじゃないか…まったく。
「で、誰が除霊したことになるの?」
沈黙が降りた。
みんなやってない除霊をやったとは言えない謙虚な人間なのか、
それとも私はいいですよアナタがどうぞと譲れない人間なのか。
・・・ま、しいて言うなれば解決したのはナルだから彼でいいと思うんだけどね。
「『全員が協力してやった』 それでかまわないでしょう?」
当の本人がこう言ってるからいいんだろう。
ナルってリーダータイプだよね。思えば最初から中心で、リーダー視されてたよ。
「麻衣、この件は他言無用だぞ」
「おーけー、リーダー」
見ざる言わざる聞かざるスキルを発動しておくよ。
私は何にも聞かなかったです。つーことで。
「……ふぅん、ナルって結構フェミニストなのね。彼女はいるの?」
ふぇみにすと。女性を大切に扱う男性?なんかそれとはちょっと違う気もするが。
例えば黒田さんが黒田君でも対応は同じだろう。そんな男子はイヤだが。
「…質問の趣旨をはかりかねますが」
「アタシ、ガマンしてあげてもいいわよ。年下でも」
「…お言葉はありがたいのですが」
なんかいつの間にか綾子がナルにコナかけていた。正気だろうか。
いったいこの…ひぃふぅみぃ…六日間で何回ナルに暴言を吐いてやり返されたと思っているんだろう。
あの毒舌と付き合おうだなんてチャレンジャーだな、綾子。
「残念です。僕は鏡を見なれてるもので」
ほぉら瞬殺ですよ。
薄く笑んだ彼はやっぱり美人さんでした。
…ねぇ、それ冗談だよね?ギャグだよね?
すごい決め台詞だけどそれつまり自分の顔が好み…自重自重。
とりあえず今は見事玉砕したチャレンジャーを指差して笑っておこう。
あっはっはっはっは
「リン、撤収を始める」
なんだか場の空気が弛緩したところで、ナルが助手さんに呼びかけた。
…、あ、そっか。仕事が終わったからもう帰るのか。
あまりに馴染みすぎて忘れていた。他の面々も同じらしい。
「引き上げないんですか?」
ナルが声をかけるまで不思議そうにしていたのがちょっと面白かった。
「あ、そっか。なーんかたいした事件じゃなかったわねえ」
「…のワリにゃビビってなかったか?」
「冗談!やめてよね」
軽口を言い合うこの二人も見納めか、と思うとちょっと、こう、
なんだか寂しい気もする。情がわいたというかなんというか。
でもこの気持ちも、また来週くらいにはきっと薄れてそのうち消える。
こんな短いサイクルでこんなに仲良くなれたってのも珍しい。
黒田さんが頭を下げて戻って行くのをぼんやりと眺めた。
「…麻衣は授業に出なくていいのか」
「、あ。んー…」
言われてやっと気がついた。
そうだよ、うっかりこっちに紛れちゃったけど、私むしろ黒田さんと行動してるべきだよね。
頭で理解しても感情が迷う。もう少し一緒にいたいと惜しむ気持ち。
なんかもったいないというか…。いや、ここに居ても役には立たないしなぁ…。
そもそももったいないはゴミのたまる原因…ってこれはなんか違う。
よし!
「や、いくよ。役に立たない臨時助手のかわりにぼーさんでもこき使ってやって。どーせ暇だろうから」
「こら麻衣!暇とはなんだ暇とは!」
「あれ、暇じゃなかった?」
「…暇だ」
ジョンと綾子がウケている。
私もちょっとウケた。
「…そうだな。ぼーさんには手を借りるとして、お前は早く戻れ」
「はぁい」
ちょっと拗ねたような返事を返してちらり、と教室を振り返る。
ぼーさんはぶちぶちと文句を言いながらも手伝い始めたようで、それにジョンも協力している。
何か意見が合わなかったのか、綾子と真砂子は何か言い合っていた。
混ざりたくなるような光景から目を逸らしてナルに向き直る。
改めて挨拶くらいはしておこうと思うのです。
「じゃあ、ね。カメラと助手さんのこと、本当にごめん。お疲れ様でした…渋谷さん」
「…ああ」
呼び方を戻したのに深い思惑があるわけじゃない。
ただ、他人に戻るのにいつまでもなれなれしいのもな、という思いがふと浮かんだから実行したまでで。
教室に戻っても、授業に身が入らずに窓から旧校舎を眺める。
もう撤収は終わっただろうか。みんなはそれぞれ帰っていったんだろうか。
ぼーっと眺めていると旧校舎の窓がチカッと光ったのを目の端にとらえた。
直後、木造建築の旧校舎は崩壊した。まさにぺしゃっと行った。
その瞬間をバッチリ見れてちょっと満足だ。
もうみんなは中にはいないだろう。きっととっくに撤収を終えて帰ってる。
見つめるものがなくなった私は、仕方なく授業に集中することにしたのだった。
その日私は友人たちに文句を言われていた。
「麻衣ったら、どうして渋谷さんの連絡先聞いとかなかったのよ~」
「なんで聞く必要があるのさ」
「あんた恋する乙女として失格よ!?」
「だから違うって!」
困ったことにあれから何度否定してもこの三人の中で私はナルに片思い中なのだ。
どうやら普段異性に興味を示さない私の恋バナがよっぽどお気に召したらしい。
「校長に聞いてみよう!というか聞いてこい!」と肩を掴む恵子から私を救ったのは天の声ならぬ放送の呼び出しだった。
『1-Fの谷山麻衣さん。1-Fの谷山麻衣さん。至急事務室まで来てください』
助かった、とほっとしながら教室を出る。
事務室にむかいつつ、はて、何の用事だろうかと考えてみるけど一向に思いつかない。
まぁいいや。行けばわかるだろう。と楽観的な結論に落ち着いて事務室の窓口を覗いた。
「谷山ですー」
すると中年の女性が「お電話が入っていますよ」と受話器を渡してくれた。
電話?なおさら心当たりがない。お礼を言って受け取りながら訝しむ。
一体誰だろうか。とない候補の記憶を探り探り受話器を耳にあてた。
「お電話かわりました。谷山ですー」
ちょっと癖で外面用の声が出る。
電話の相手は沈黙。なんだよ。つーか誰。
『――…麻衣、か?』
「…え、?」
勘違いでなければ聞き覚えのある落ち着いた美声。
そもそも私を名前で呼ぶ男の人なんて先日知りあった彼らくらいで。
こんな淡々とした話し方をするのは
『…麻衣?』
「ナ……渋谷さん?」
『…聞こえているならさっさと返事をしろ』
「はぁ…名乗りもしないそっちも悪いと思う。で、どうしたの?」
当たりだったらしい。これ外れてたらめっちゃ恥ずかしいよね。
言い返して、更に返ってこないうちに本題に入る。相手がわかったら今度は用事だ。
『連絡先を聞き忘れた』
「は?なんか必要だったっけ?」
『治療費を負担してやる約束だっただろう』
そういえばそんな話もあった。正直病院に行くのも忘れてた。
『いくらくらいかかった?』
「まだ行ってない。忘れてた」
『馬鹿。…なら、電話番号を言え』
「んー。…ちょっとまって」
ポケットから携帯を引っ張り出して自分の番号を出す。
11桁の番号をゆっくり電話口で伝えると直後に着信が入ってすぐに切れた。
『今のが僕の番号』
「…了解です」
今かけているのは携帯ではないらしい。
そりゃそうか。事務所があるなら電話も置いてあるんだろう。
『もう一つ。前回のギャラの話だ』
「ギャラ?」
『ああ、いらないならいい』
「…うーん、もともとお詫びだったしなぁ」
『…そうか』
「ん。まぁ確かに仕事探す時間とられたっつーことで損害っちゃ損害だけど」
『仕事を探しているのか?』
「まーね。生活環境向上のために」
『だったらうちの事務所でバイトをしないか』
「え」
『こないだ事務が辞めて手が足りない』
「えー…うーん…ちなみにお給料どんくらい?」
『働きと調査の有無で変動はあるが大体月に』
ずどーんな金額を提示された。その辺のアルバイトなんて目じゃない。
『これくらいでどうだ?』
「やらせていただきます所長」
『じゃあ一度こっちに来てくれ。所在地は渋谷区…』
「ちょっと待ったー。すいません書くものあります?あ、どうも。はい、いーよ」
思わず即答した私は悪くない。…別に金額だけ見たわけじゃ、ナイヨ?
そして携帯にメモらなかったのは片手で打つのが非常に遅いからである。
『麻衣の都合のいい日でかまわない』
「放課後でよければ今日でも平気」
『…麻衣、道玄坂はその名の通り坂道だと知っているか?』
それは確かにちょっとつらい。
返す返すどうしてあの時庇ったか自分。それがなければもう治っていたはずなのに…!
「…また、様子を見て連絡させてもらっていい?」
『そうしろ。ああ、それから…』
「?」
『この間は助かった。ありがとう』
「・・・・・・」
『それじゃ、また』
「っ、あ、うん、…またね」
ツー、ツー、と終話音を響かせる受話器を数秒かけて耳から離した。
あまりの驚愕に動きも思考もフリーズしかけている。
「つ、ツンデレ…!?」
そして回復第一声がこれな自分はいろいろ終わってると思う。