第一章
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一時間目は始まってる。けれどまだ終わるにはだいぶ早い。
うーん、微妙な時間だ。けれど途中参加も気まずいし、何より一限は移動授業だ。
えっちらおっちら移動してる間に終わったら無駄足もいいとこなので教室で大人しくサボろうと思う。
そう判断して教室の自分の席に座った。教室には案の定誰も居ない。
ぼーっと窓の外を眺める。眼下には旧校舎。
昨日あんな大騒動があったとは思えない、ただの古い木造建築だ。
やれやれ、エライ目に遭った…。
昨日のできごとを回想する。
割れたガラス。小学校並の屋内大運動会。ラップ音。倒れた下駄箱…
そういえばあれはあたたかく感じたんだったか。
いつだかナルがポルターガイストが動かしたものは温かく感じられるとか言っていた。
つーことはあれはやっぱりポルターガイストだったのか。
そうだ、そのことも伝えようと思っていたのに言い忘れた。
夢の話なんかよりそっちを話すべきだったな。
夢…。なんであんな夢見たんだろう…。
あと夢のワリには自分の判断が常識的だった気がする。そんな気がする(だけかもしれない)。
あれはナルじゃない。そんな確信があった。
夢で、彼と同じ容貌の人がいて、でも彼ではないと認識した…?
………どーなっとるんだ私の脳ミソ。
まぁ、ナルだと思わなければ彼は…あの笑顔は…
「可愛かった、なぁ…」
「何が?」
「どぅわ!?って、恵子!」
随分長く考え込んでいたらしい。おなじみの三人がすぐ近くに居た。
他のクラスメイトもチラホラ戻り始めていた。
直後チャイムが鳴る。いくらなんでもチャイムがなったら気付く。コレは終業のチャイム。
この授業の先生は移動授業の折に早く帰してくれるのだ。
「まったく、どこいってたの?黒田さん戻ってきたのに」
「どーしたんだろーとか思ってたら堂々と教室でサボってるし!」
「しかもなんだか目を開けたまま寝言言ってるし…何が可愛かったって?」
センセー…友人が辛辣です…。
目を開けたまま寝言とか…。いやまぁ確かに似たようなもんだけどさあ…。
「で?校長なんの用だったの?昨日のこと?」
「あ、そうだ。学校で怪我したんだから保険降りるよね。あとで掛け合おう」
「質問に答える!」
「ほっへをひっはらないれくらはい」
訳:ほっぺをひっぱらないでください。
ミチルに引き伸ばされた頬をさすりさすり一時間ほど前の話をした。
校長室に行ったらナルがいたこと。何かやってたけどなにしてるんだかわからなかったこと。
よくわからないうちに解放されたこと。用事があって追っかけたこと。
で、戻ってきてぼーっとしていました。と。
「アンタがサボってたってことしかわからなかったんだけど・・・」
「まぁ…麻衣がわかんないのはいつものことだし」
「ナチュラルに酷い!」
「で、さっきの『可愛かった』ってのは?」
「スルースキル上がったね恵子さん!」
「で?」
センセー…最近友人が冷たいです…。
心の中で涙ちょちょぎれつつ恵子に返す。
「別になんでも」
「で?」
「…や、ちょっと夢を見ましてね?」
「ふーん、何の?」
「うーん…優しい笑顔の渋谷さん…もどき?」
瞬間、三人が色めき立った。
非常に楽しそうであります。置いてけぼりであります。
きゃあきゃあ言ってる三人のテンションが理解できずに傍観しているとミチルにがっしと肩を掴まれた。
「それは恋よ!」
「いやいやいや、何でそんな飛躍するの」
夢に見た=恋なら私は先週化学の授業を受ける夢を見たっつの。
笑顔で指名してきた化学教師にも恋してるってゆーのか。
いつのまにか三人の中では私のナルに対する片思いが確立してるらしい。
…女の子は恋バナ好きだよねー。と当事者の私はのほほんとそれを眺めているのでした、マル
放課後であります。予定は三つ。
保健室に行って負傷の保障手続きをすること。
ナルにポルターガイストの報告をすること。
ついでに校長室のアレはなんだったのかきくこと。
一つ目はもう終わった。
保健室に行って「旧校舎で怪我したら保障受けられますかー」と聞くだけだし。
病院にかかったらその領収書や診断書を持ってきて申請するとかなんとか。
一応ことのあらましを話すのはナルに許可取ってからにしようと思う。
そんなわけで今は車を目指して歩いている。と、車の後部にナルが座ってるのが見えた。
ヘッドホンをつけている、ということはきのうのレコーダーを確認しているんだろーか。
報告し忘れたけど設置したのがわかったらしい。
そのまま近付いていくと声をかけるまえにナルがこちらに気付いた。
「…ゆうべ レコーダーをセットしてくれたの、麻衣か?」
「ん、まぁ。ジョンに手伝ってもらって。勝手に弄ったらまずいかとも思ったんだけど、だいじょぶだった?」
「ああ。なかなかおもしろい音が入っている。上出来だ」
「さいですか。そりゃよかった」
褒められた…と素直に解釈しておこう。うん。
あの騒動で壊れたり潰れたりしなくて良かったと思う。本当に。
…ところで何の音が入っていたんだろう。
「昨日、あのあとは潰れるとまずいと思って機材は全部片付けちゃったよ。
レコーダーだけならカメラより軽いし安いかなーと思ってセットしといたの」
「…値段はそう安くもないぞ」
「う…マジで?壊れなくてよかった…!あ、それと昨日の騒動で倒れた下駄箱だけど」
「ああ、麻衣が下敷きになった」
「蒸し返すな!…ゲフン。それがあったかかったよ。
ポルターガイストが動かしたものは温かいとかなんとか言ってたよね?」
「よく覚えてたな」
「へぇそうなんだー。って思ったからねー」
続くお褒めの言葉に笑って返す。
何かちょっとペットを褒めるようだと思わなくもないけれど、彼が、珍しく、嫌味でもなく素直に褒めてんだから素直に受け取っておこう。
すっ、とケーブルを携えたナルが立ち上がった。
「機材を置く」
ですよねー。うん、覚悟はしてた。
「・・・・・・らじゃ」
運び始める前にジョンが来てくれて非常に助かった。巻き添え食らわせてほんと申し訳ない…。
だけど流石に足と肩を負傷した状態で数十kgの高価な機材は運べない。本格的に役立たずである。
「自分の使えなさに凹むわー…」
「何を今更なことを言っている」
「麻衣さんは怪我人ですし、そもそも女性ですさかい、しかたありまへんやろ」
バッサリと切り捨てられて更に落ち込む私に苦笑してジョンがフォローを入れてくれる。さすが聖職者は違う。
二人を手伝いながら機材を設置したのは実験室。例のイスが床に描かれたチョークの円の中に置かれていた。
………ほんと、何する気・・・?
「これもなにしてんだか気になるけどさー、校長室のアレも気になるよう」
「さいですなぁ。なんや、ようわかりまへんですし」
「ね。ナルー、あれはなんだったの?」
何か機材を弄っているナルに声をかける。これで予定の三つは全部消化したぞー。
しかしナルは沈黙している。話しかけるなオーラがにじみ出ている。
「秘密?」
沈黙。沈黙は肯定、ということにしておく。
「いま何やってるのかも?」
「…ああ」
今度はちゃんと肯定が返ってきた。
最初から秘密だって言ってくれればこんなにしつこくしないのに。…多分。
「いつなら教えてくれる?」
それでも気になって続ける。今はダメでずっとダメってことはないだろう。いや、それならそれでいい。
ナルは考えるように少し沈黙して、こっちを見ないまま返した。
「あしたになったら」
「そっか。じゃあ今日はあと何をするの?」
あっさりと話題を終える。と、ナルはやっと振り返った。
そしてその手には、ハンマー。…ハンマー!?
「実験室を密室にする」
視線の先にはベニヤ板。本気で何がしたいんだ。
とりあえず言われるがままに窓とドア、出入り口を全部封鎖した。
更にそのすべてにマッキーでサイン。ジョンが筆記体で流暢なサインをしていてカッコイイ。
更に更に、さっき弄っていた機材(レーダーらしい)にも紙を貼った。
「ここにもサインを。終わったら帰っていい」
「…?んー、らじゃ」
よくわからんが終わっていいっていうからには上がらせてもらおう。うん。
サインなんてそんなに時間のかかるものでもなくすぐに終わった。
じゃあまた明日、と出て行くジョンに続こうとしてもう一つ用事を思い出した。
「あ、そうだ。ナル、相談があるんだけど…」
「なんだ」
無駄な話なら聞かない。態度すべてでそう物語っているナル。
だがしかし怯みませんよ。何故なら無駄じゃない話だから!…きっと多分。
かいつまんで学校の保険の話をした。
確か通学、下校中と学校にいる間に適応されたはずだ。
その間に事故に遭ったりした場合、治療費が出るとか出ないとか…。
「で、別に詳しく話す必要はないんだけども突っ込まれたときに話しちゃっていいのかな、と」
「別にかまわない。信じられるかどうかは別だがな」
確かに。ポルターガイストで窓が割れたり下駄箱が倒れてきたりで負傷しました☆と言ってすんなり信じられるかどうかかなり怪しい。
「ところでそれは休日まで保障されるものなのか?」
「あ」
学校にいたから忘れてました。昨日休日だったんじゃん…!
あーあー…じゃあ自己負担かよやっぱり病院行くのやめとこうかなーあ…。
期待があっただけにちょっとしょんぼりだ。orzorz。
そこで、呆れたように息を吐いたナルから思いがけないセリフが出た。
「出ないなら僕が出そう」
「は!?な、なんで!?」
「…労災を出せと言ったのはお前だろう」
そ、ういえばそんなこと言ったよーな…?
冗談のつもりだったんだけど、覚えていてくれたらしい。
「えーと、じゃあ、うん。お言葉に甘えて」
「ああ。で、どのくらい怪我をしたって?」
「え」
どのくらいって何だ。
というかこんな風に突っ込んで訊かれるとは思いもよらなかった。
意外だ、と顔に出ていたのかナルが眉を顰めたのには気付かないフリ。
何か言われる前に質問に答えることにしよう。そうしよう。
「えーと、病院にかかる程のは足捻ったのと…あと一応頭打ったの、か。そんくらい?」
「頭か。確かにそれ以上悪くなっても困るからな」
「そんなに頭悪いのか、私…!」
「自覚がなかったのか」
え、あれ、冗談じゃなくて本心ですか。
かなり酷いことを言われてると思う…。まぁ、この人はデフォルトでこんなもんか。
「それで、他には?」
「へ?だから他のは大したことないって」
「何度も同じことを言わせるな。麻衣の自己申告は信用しない」
「それさ、結構失礼だよね?」
こんな根掘り葉掘り聞かれるほど危なっかしい覚えはない。
ただちょっとここのところ運が悪いんだかよく下駄箱に潰されるだけで…いや、これはかなり危なっかしく思えるかもしれない…。
だけどここまで聞きたがることもないと思う。
ちらりとナルの目を見るとさっさと話せ、と促された気がした。むしろ威圧されたっつーか。
「…本当だって。あとは擦り傷とか打ち身とか…そんくらいでさ」
「気を失って目を覚ましたのは朝だったそうだな。…手当ては?」
「・・・・・・あー…」
してないです。スイマセン。
偉そうに手当てしとけと口うるさく言った本人が何やってんだって話。
いやでもしょうがない。風呂入ってご飯食べて往復したらもう時間なかったんだよ。復路は歩きだったし。
確かに学校には早めについたけどちまちま手当てしてられるほどじゃなかったし。
それになんと言っても肩は自分で湿布が貼れなかったり。
だから「ま、いっか」と…そんな感じで…
「洗って消毒するくらいは…したよ?」
「・・・・・・・」
美人に睨まれるととっても怖い。
それを実体験で教えてくださったナルはスタスタと歩き出す。
えーと…終わり?もう帰っていいですかね…
「ちょっとそこにいろ。すぐ戻る」
「え…?ちょっと…!」
なんでやねん!という呼びかけは虚しく廊下にぽつんと取り残された。
さ、寂しい……。
すぐ、とは言ったものの待つと時間は長く感じるもので。
確かに数分で戻っただろうナルに「やっときたー」と感想を零した私は断じて悪くない。
そして戻ってきた彼は見覚えのある箱を持っていた。
「そこの教室に入ってどこかに座れ」
救急箱である。
手当てをしてくれるらしいのはたいへんありがたい。
うん、今回は足じゃないしね!肩だしね!
言われたとおりに適当な机に腰掛ける。
…そんな目で見ないでほしい。この方が立つときに足に力かけなくてすむじゃんか…。
お行儀が悪いのは自覚済みである。
「打ち身だったな。どこだ?」
「ん、肩。待って、今脱ぐから」
制服のボタンを外す。まさかこの時期にインナーを着ていないわけもなく、なんら支障はない。
そう思っていた私がアホでした。
「…どうした?」
手を止めた私に怪訝そうな声がかかる。
確かに私は馬鹿にされるくらいに頭悪いかも…。朝自分が着たものくらい覚えとこうよ…。
「…インナー、Tシャツだった」
タンクトップならいざしらず、脱がなきゃ肩に湿布なんて貼れるわけないじゃーん。
これだったらまだ何も着てない方がマシだった。制服はボタンだから肩だけ出せないこともない。
その上Tシャツは肩を痛めている今、脱ぎずらい。
がばっと脱ぐのは良識的にまずいだろう。
恥じらいがないわけじゃないけど、まぁ、水着の露出と大して変わらないし。
どうなんだろうコレは。ナルが気にしないなら別にいいんだけどな…
「両腕をあげろ」
「え?はい…ってぎゃーー!?」
反射的にバンザイをした。ら、ズボっとTシャツを抜かれた。
ナル的に問題なかったらしい。首だけシャツに通して背中を露出している形になる。
ビックリしてどっくんどっくんいってますがな。せめて一言ほしかった。
「アザになってるな」
「いったーー!?押すなし!」
相変わらず容赦がありませんでした。
他の怪我もだいたいそんな流れで手当てされ…していただいて、やっと解放された。
湿布やら絆創膏やらで一見満身創痍状態な私。包帯をまいていないのが唯一の救いであります。
「冬服でよかった…。こんないかにも傷だらけです状態さらして歩くはめになるとこだった…」
「せいぜい夏に怪我をしないようにするんだな」
「普段こんなに生傷つくらないよ!」
なんだかドジっ子的な誤解を受けている気がする…。
是非ともその認識は改めていただきたいデス。