第一章
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暗い、暗い、まっくらだ。
ふわふわとした頭でそう、考える。
何も見えない。光源がない。ずっと目を瞑っていたんだからもう慣れているはずなのに。
そこまで考えて、現実の線を消す。
横になっている自分自身ははっきりと見える。それ以外が真っ暗で見えない。
夢だな、とどこかで確信した。でもどこかでここはどこだろう、なんて考えてもいる。
ふわふわとした気分だ。冬の朝に似ている。
あたたかいものに包まれて心地いい…眠ってしまおうか。
寝返りをうってそのまま目を閉じる。
眠って、目が覚めたらもう現実なのだろうか。
髪をそっと撫でられた感触に、落ちかけた意識が浮上する。
風だろうか。薄く目を開ける。いや、手だ。誰かが髪を撫でてる…?
まぁ頭とか髪触られるの好きだからいいけど。
再び目を瞑る。と、クス、と笑いを零して手は離れていった。
あれ、という心境で今度はちゃんと目を開く。目の前には見間違えようのない美貌があった。
「ナル……?」
あれ、戻ってきたんだ。今日は戻ってこないつもりかと思っていたのに。
あ、そうだ。ナルにはいろいろ言いたいことが…
私は停止した。本当に珍しく、思考まで完全にフリーズした。
それはそうだ。なんたってあのナルが。まさかあの、ナルが。
優しく、ふんわりと笑っていたのだから。
目元を和ませて微笑むナルはすごく綺麗だった。というか、可愛い。
が、しかし
「ないないないないない!!」
もうすでにこれはナルではないだろ!!
勢いよく上半身を起こした私に、ナル(偽)は驚いたように身を引く。あ、のぞきこんでたのね。
と、急に起き上がったせいか貧血がおきる。がまん。
眉をしかめた私に気付いて心配げな顔をするのは…
「ナル……じゃ、ない?誰……?」
柔和な顔が驚きの表情に染まる。やっぱり、違う。
ナルではありえない。てかあんなつんつんつんつんしたヤツが数時間でデレに変身したら怖い。裏がありそうで。
いや、裏があったとしたらナルは目が笑わないからな。目が正直なんだよな。うん、だからないわ。
じゃあなんだよ。双子?こんな美貌がこの世に二つもあったらやってらんねーよ!!
ナルにそっくりな彼はまた笑った。さっきのとはまた違う、嬉しそうな笑み。
何がそんなに嬉しいんだろう、と思っていたら起こした上半身を軽く押される。
「もう少し休んだ方がいいよ」
貧血はバレバレのようだ。大人しく従って横になった私の髪を、彼がそっと撫でた。
さすがに他人の目の前で横になったり髪に触れられたりするのはちょっと…とは思うけれど心地いい。
「ありがと…」
気遣ってくれたことにお礼を言うと彼は笑みを深めた。
ほんと、この人誰なんだろう…
意識がまたふわふわとし始める。目を瞑るとそこはやっぱり暗闇だった。
「……いっ!おいっ!嬢ちゃん!!」
目を開けるとぼーさんと綾子とジョンにのぞきこまれてました。
どの顔も一安心した、という表情だ。
………あれ?
「えーと…」
いまどういう状況なんだっけ。
寝起き特有の混乱に陥る。夢と現の境が曖昧なかんじ。
「だいじょうぶか?」
「う、ん…」
ぼーさんの声に返事をしながら考える。
えーと、待って。どっから夢?いまは現実?
身体を起こす。ん?ここ、車か。あら、何か掛かってた。
「なによもぉっ」
綾子の泣きそうな声。
え、何って言われても…。
ってこの掛かってたのぼーさんのジャケットじゃん。貸してくれたのか。
「何回呼んでも起きないから死んじゃったかと思ったわよ!」
ハンカチを握り締めて涙目でそう言った綾子にぽかんとしてしまった。
やっと正常稼動し始めた思考で今の状況は理解できた。
ポルターガイストが大ハッスル☆な校舎でドジ踏んでうっかりまたもや下駄箱に潰されたあとだ。
それも今度は足だけでなく全身。おかげで脳震盪でも起こして気絶してた、ってとこか。
今にも泣き出しそうな綾子をぼーさんがなだめて、それにかみつく綾子。
は、心配、されたんだ。
利害とかじゃなくて。付き合いも浅いどころかむしろ険悪気味なのに。
どうやら彼女は良くも悪くも感情的で子供っぽいらしい。
その真っ直ぐな感情に胸があたたかくなる。……ちょっと嬉しいかもしんない。
「麻衣さん、どこか痛いとかはおましまへんか?」
「あー…うーん…」
正直いろんなところが痛い。そりゃこんな固いところで寝てたらそうなると思う。
でもジョンが聞いてるのはそういうことじゃないだろう。
「えーと…肩、と頭かな…あ、コブになってるから大丈夫っぽい」
潰れたときに打ったであろうそこは触るとずきっとする。
めまいとか、きもちわるいとかないし、多分脳は大丈夫…だといいな。
あと強いて言うなれば左足、だ。うん。捻挫したとこ庇ってなんかいらんなかったしなぁ。
「ほんとかぁ?ナルちゃんもお前さんの大丈夫は信用ならないって」
「そぉい!!!!」
「ぶはっ」
にやにやといつぞやの話を持ち出すぼーさんに借りていた上着を返す。…投げつけて。
あの羞恥プレイを思い出させるぼーさんが悪い!私は悪くない!!
「ところで今何時?」
「ずいぶん眠ってはりましたし、もう四時でんがな」
「……よじ?」
「AM、な」
AM:4:00
気絶したのは多分7時くらいだろう。
えーと…いち、にぃ…9時間くらい寝てたっつーことか…
ちなみに今日は月曜日である。祝日でもなんでもない登校日である。
始業まであと4時間半…じゃなくて!
「え、みんなずっと起きてたの!?あ、てか黒田さんは?」
徹夜させちまった!?とここで存在を思い出したけど中ニ病どーなった!?
まさか朝帰りさせるわけにいかないし、うっかりとはいえ庇ったのに怪我してたら何か悔しい。
「帰ったわよ」
「あ、そう。怪我とかは?」
「怪我したのはあんただ・け・よ!!」
だけ、を強調されてしまった。
そりゃ良かった…んだか悪かったんだか。よほど心配をかけてしまったらしい。
とりあえずへらりと笑って誤魔化しておく。日本人の特技の一つである。
「…そんなことより、ちょっとヤバい感じと思わない?」
そ、そんなこと呼ばわりですよ…。まぁ…些事ですね…ハイ…。
ちょっと凹んだ私をよそに、綾子は鼻をすすって続けた。
「除霊も全然効き目ないし、アタシたち身の安全を考えるべきじゃない?」
「んー、まぁ、好きにしたら?」
「って、お前なぁ…」
呆れたようなぼーさんの反応に苦笑で返す。
微妙な協力体制でここまできたわけだけど、別に一緒に依頼されたわけじゃない。
「手に負えないから一抜けた…っつっても誰も責めないって。まぁ依頼料入らないだろーけど」
「まーそーだわな。よっし、逃げ帰っていーんだぞ綾子」
「なによ!麻衣んトコのボスだって戻ってきてないじゃない!」
からかうように続けたぼーさんに綾子が噛み付いた。
そして何故かこっちに飛び火した。…な~ぜ~…?…古いな。
「ガラス割れたの見て逃げたのかもよ?今頃家で震えてたりしてね!」
「うっわありえなーい!」
「わっかんねーぞー?布団被って泣いてたりしてな。昼間おれたちが苛めたから」
ぼーさんがニヤニヤと冗談めかして言った言葉と綾子のセリフが混ざってイメージに浮かぶ。
布団かぶって震えながら泣くナ……あ、ダメだ。想像力の限界。
まず布団かぶるあたりからすでに想像できない。
「渋谷さんの場合、怒ってワラ人形でも作ってるゆうのんのほうが似合ってますね」
相変わらずニコニコ笑顔のジョンの言葉は瞬間で脳内に映像化された。
…あの人真っ黒だからなぁ(見た目が)…呪殺とかできそうな感じだよね…。
「いえてるー!」
「まじハマり役すぎだろ!」
「ヤバいって!二人とも笑い事じゃないって!」
こうしてしばらく4人で腹を抱えたのでした。
時間がないという現実に気付くのはもうしばらく後。
「ぎゃーー!!遅刻するー!学校にいるのに遅刻するー!!」
「はよーーう」
結果的に、かなり余裕で間に合いました。よかったよかった。
何故かというとぼーさんが免許を持っていたから。家まで送ってもらいました。
車はナルの――ではないだろうが――ものを拝借した。
キーが中にあってラッキーだった。無用心な、と思うところだけれど今回だけは感謝。
走れば間に合ったんだろうけれど、いかんせん左足首があんまり無事じゃあなかった。
歩けないほどじゃなかったけども、やっぱり悪化していた。…うーん、ちゃんと医者に行くべきか…
そんなわけでいつもより早い登校と相成りましたわけで…
目の合ったクラスメートに挨拶をしていると黒田さんがこちらに来るのが見えた。
「谷山さん」
「はよ、黒田さん」
うん、たしかに怪我はしてないらしい。あんだけ庇って怪我してたら損した気分になる。
まぁ怪我といえばガラスが掠った手の甲くらい。大事に至らなくてよかった。
「だいじょうぶ?ケガは…」
心配してくれるのはありがたいがまず挨拶スルーすんなよ!
とかちょっと思いつつも大したことない旨を告げる。
そりゃ黒田さんよりかは随分ケガが多くとも、ここで「ダメぽ」とは言えないでしょ。相手が親しい人ならともかく。
なんだか気遣わしげな黒田さんの横を抜けてえっちらおっちら席に向かうと今度は恵子たちのお出迎えを受けた。
昨日大変だったんだってー?と口々に尋ねてくる。
いや、明らか怪我してる私を気遣え!座らせろ!…ん?あれ、
「なんで知ってんの?」
昨日は休日だったから人はいなかったはず。
誰か目撃者でもいたのだろうか…だったらちょっと厄介かもなぁ…
が、次のミチルの一言でこれは杞憂だったとわかった。
「黒田さん、さっきから自慢げにしゃべりまくってるよ」
あちゃー(^ω^)尚更タチ悪かったなこりゃー。
視線の先にはクラスメイトの興味を買えて生き生きと話す黒田さん。
なんつーかね、もうね、いや、いいんだけどね?
罪悪感とか、迷惑かけたな、くらいには思ってるかなーとか考えてた私が馬鹿だった。
もうまじでやんなっちゃうわー。
でもここで私が昨日の事を話すと彼女の悪口になるので自重。彼女の誇張にもツッコミはいれませぬ。私は貝になるー。
「ちょっと麻衣ィー、アレほんとなの?」
「知らね」
「なに拗ねてんの?けどさ、ビックリしたよねー。いきなり渋谷さんから電話かかってくるんだもん」
「そいつはビックリだー、ってハイィ!?何で!?」
イラっとしてるのを不快に思われないように棒読みで流そうと試みたところ、本気でビックリした。
何でナルが恵子に電話!?しかも同意しているところを見るとミチルと亜里沙もらしい。
「えー?なにアンタ知らなかったの?ゆうべ。なんか旧校舎とかあんたのこととかイロイロ訊かれたよ?」
「そうそう、あと黒田さんのこととか。ねー」
「はぁ…?何でだろ。つーかそれで何て答えたわけ?」
「そりゃもう正直にィー…」
意地悪げににやりと笑ったミチルの言葉に、ドアの開く音が重なった。
「黒田、谷山、校長室に来なさい」
思わず黒田さんと顔を見合わせてしまった。
教師に…というか校長に呼び出しくらう覚えはないんですけど…。
うーん悪いコトはしてないはずなんだけどこーゆーシチュエーションはなんか不安でドキドキするよね…。
ドアの前で軽く息をはいて気持ちを整える。よし、行くぞ!と意気込んでノックをする。
「失礼します」
返事はないけれどドアを開けて会釈する。と、目の前にはここ数日で見慣れた黒い人が立っていた。
手前に並べられたパイプ椅子には同じくちょっと見慣れた霊能関係者がずらり。
一番付き合いの短い原真砂子もいた。…退院したんだ。
生え際の不安げな校長に偉そうに指示されてジョンの隣に座った。黒田さんはさらにその隣。
校長のデスクを正面に扇形に座る。なんか面接みたいだな。何をするんだろ。
そしてデスクの上には見慣れない形の…ルームライト?
ナルが関係者が全員そろった事を確認してカーテンをひいた。あ、左手、ちゃんと手当てしてある。
「では、少しお時間をいただきます」
途端に薄暗くなった部屋に、ナルがスイッチを入れたライトの光がぼんやりと浮かぶ。
薄ぼんやりと明滅を繰り返す、が切れかけの蛍光灯みたいに苛立たしい明滅ではない。
「光に注目してください」
指示された通りに意識を傾ける。
「…光にあわせて息をしてください」
促すような、心地のいい低音にひきこまれるような気分になる。
「ゆっくりと、肩の力をぬいて…」
淡々と話すナルの声が遠い。目の前のものが目に入ってはいるけれど見えていないような視界。世界から遠のく感覚。
――――今夜、なにかがおこります
旧校舎の二階にあったイスです
イスが動きます・・・
今夜は旧校舎の実験室の中にあります――――
イス…?
実験室の、イス…
「けっこうです」
終わりの合図にはっと意識を引き戻す。
勢いよくカーテンが開かれて、急に明るくなった室内に目がくらんだ。
「ありがとうございまいた」
な、なんだったんだ。
目をしぱしぱさせながらぼんやりした頭を動かす。
あいやー。あんなに寝たのに寝不足かしら。
ふと、ナルの手元にある木造の古いイスが目についた。
イス…か。
用事は終わったとばかりにライトを片付けてスタスタと校長室を出て行ったナルを追いかける。もちろん追いつけない。
決して私の足が短いからじゃない。走れないからである。…コンパスに差がないとは言えないが。
「ナルー!」
ちょっと待ってー!という気持ちを込めた呼びかけに、彼は思いがけず振り返ってくれた。
あまつさえその場で私を待つ姿勢が伺える。…し、紳士?歩みよれとは言わない。
「ありがと。手、ちゃんと病院行った?」
「……手当てはした」
「…まぁいいか。はい、これ車の鍵。流石に放置はまずいかと思って預かってたけど」
「ああ…」
シンプルなキーを差し出された手に落とす。
うん、早めに返せてよかった。ここで会わなきゃ放課後だったし。
ちょっと満足しながらそういえば、と浮かんだ疑問を口に出した。
「あのさ、昨日、あのあとどうしたの?」
友達が電話もらったっつってたから、と訊ねてみる。別に細かい返答は期待してない。
「ああ…まぁ、イロイロと」
だからこんな返答でも意に介しませんとも。ええ。…ちぇー。
追いつくとまた歩き出すナルに並んで歩く。歩調はいつもと変わらない。つまりちょっとキツイ。
それでもなんとか追いつきながら話す。
「…それより、怪我をしたそうだな。 ま た 」
「またを強調しないでよ・・・。大したことないよ」
「どうだか。病院に行ったほうがいいのは僕より麻衣の方なんじゃないのか」
「うーん、頭は怖いからねー。考えとく」
「…ところで授業に戻らなくていいのか」
「実はサボりたくてここにいたり」
「馬鹿か。戻れ」
振り向きもしない、にべもない。なんというか、彼らしい返答にちょっと笑う。
そこはかとなく呆れたような雰囲気を纏っているのは多分気のせいじゃない。
別にいくつか授業をサボったところで痛くも痒くもないのだけれど。こういうところ、彼は随分真面目に見える。
そこでふと思い出した話を何も考えずに振った。
「ね、きのうあの後戻ってきてないよね?」
「旧校舎に?いや、さっき戻ったばかりだが」
「だよね」
どっから戻ったのか気にならないこともないがそれはまぁいいとしよう。
「じゃあやっぱり夢か。私の想像力めっちゃすげぇ」
よくこの仏頂面からあんな素直そうな笑みを想像して映像化できたな。
否、あれはもう別人だった。中の人が違うんだ。
思わずまじまじとナルの秀麗な尊顔を拝見していたらうっとおしそうな顔をされた。
「なんだ」
「や、ごめん。なんかナルがニコニコとジョン並に微笑んでる夢見ちゃってさ」
さすがにガン見は失礼だったか、と笑って誤魔化す。
「いやー、あれはないね。もう別人の域っていうかさ。ナルがあんな風に笑ったらむしろ怖いってくらい…ナル?」
昇降口に降りたナルが足を止めた。
「どうかした?忘れ物?」
「まるで別人のような僕…?」
人のセリフをスルーして考え込むナル。
いったいどこが彼の興味に引っ掛かったのかはよくわからない。
「いや、そんな考え込むようなことじゃないよ?夢ってわけわかんないもんだって。確かにあんなエンジェルスマイルなナルはありえないけどさ」
反応がない。何か思うところでもあったのだろう。
しかたないので教室に戻る旨だけ伝えてその場を離れた。やっぱり返事がなかったから聞こえてないかもしれないけど。
あ、そう言えばさっき校長室でやったことはなんだったんだろ。訊きそびれたわ。