第一章
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余談ではあるが、私の足首の捻挫(というと大袈裟だが)はごく軽症である。
むしろ怪我をしてから4日目の今、擦り傷のカサブタの方が気になって仕方がない。…剥きたくなりません?
腫れもひいたし、普段はほとんど気にならない程度にまで回復はした。
しかし、さすがに走ったりとか階段とかはちょっと痛いね。ズキーンってきそうでちょっと怖いのね。
というわけでちょっと恐る恐るながらも急いでやってきましたおはよーございまーす!!
がらーん
…?え?あれ?誰も居ない…っていうか何もない・・・?
棚といくつかの機材は残っているものの起動はしていない。ナルもいない
・・・・・。
えーと…また天井が落ちてきたら潰れるから機材は引き上げたってこと?
一人で?…見かけによらず肉体派?…じゃなくて。じゃあこれからの調査はどーすんだYO。また運ぶのイヤだぞ。
そして本人様はいずこよ。てっきり早くからカタカタパソコンいじってて、来たら「遅い」とでも文句言われんのかと。
しっかしここに機材がないならここに居ても無駄か。じゃあ外かな。
と、車に向かうのは当然である。
向かった先、車の荷台は全開だった。そこに黒い物体…失礼、座って上着を被っているナルが。って寝てるんかい!!
寝てるんならドア閉めろよ、とかせめてタオルケットくらいないのかよ、とかいろいろツッコミたいが寝てるのを起こすのもなんとなく忍びない。
仕方ないから起きるまで待つか、と起こさないように隣に座る。
この人低血圧かし。寝起き悪いのは意外だが低血圧と言われるとなんとなく納得。
いつ起きるかなー。体痛くならないのかなこの体勢。と持参したホット麦茶をすすりながらナルが起きるのを待つ。
あー…いい天気…春だなぁ…
「おいっ、どーしたんだよ実験室!」
ぶはっ!!
内心である。リアルに噴くのはなんとか留まれた。
またーりとしていたところにぼーさんの大声。不覚にもビクッとしてしまった。
もちろん目の前でナルもビクッとしていた。…『落ちる夢』的なアレだよな。うん。という目で見ていると睨まれた。
「………」
「…麦茶飲む?ホット」
「……ああ」
寝起きで機嫌が悪いのか…いや、普段からこんなもんか。
ナルに麦茶を手渡してから自分の分をすする。カップ?うちには入り子式のフタの水筒があるんですよ。
「なによボウヤ、もう帰る準備?」
と近づいて来る巫女さんたち。
「…そうですが」
答えるナル。
「ええぇぇ!?避難させたんじゃなくて帰り支度かよ!!」
「冗談でしょ!?」
驚く私と巫女さん。…巫女さんたら初対面で帰れとか言ってきた癖に引き止めるような反応でちょっと面白いな。
何気に連帯感というか仲間意識というかそんなものができた感じなのかしら。
で、そこからはずっとナルのターン!!説明をしてくれるのだがさっぱりである。
水準測定器ってなんだよ。何測るんだよ。インチで深さを表すなよ!!センチに直せないんだから!!
ナルが「地盤沈下だ」と結論を口にするまではみんなポカーン(゚Д゚)としていた。
グラフが書き込まれた資料なんかを渡されても見方わからねー。ぼーさんもさっぱりだったらしい。
「このあたり一帯は湿地を埋め立ててできた土地なんだ。
チェックした井戸の数からするとこの学校の真下をかなり大きな水脈が通っているらしい。
二つの井戸が今も残っていたが、水量を確認したら両方ともほとんど枯れかけてた…そういうことだ」
「どういうことよ…あ、ゴメンナサイ。冗談です。ちょっと語呂が良かったからつい口が滑っただけですハイ」
つい口が滑った。女はお喋りを楽しむ生き物なのだ。…え、違うよ。私だけじゃないって。
もともとそう強くない地盤の底に枯れた水脈っつー空洞が出来たもんだからぺしゃっと行ったわけですねハイ。
……もったいぶらずに結論まで言ってくれればいいのに…
ナルはこちらを睨んだあと諦めたようにため息を一つ吐き、説明に戻った。…オイ、今何を諦めた何を!!
曰く、旧校舎の片側だけ急速に沈下している為にあちこち歪んでしまっているということ。
例のいろいろあった教室なんかは室内の床で7cm半も高低差があったらしい。cmに直してくれてありがとうぼーさん。
そしてラップ音と思われていたものはやっぱり家鳴りだった。まぁ、一応日本では「家鳴り」も立派な妖怪ですが。
というか…ずっと思ってたんだけど…
「すっごくタイミングのいい地盤沈下だよね…」
「はは…松崎さんやボクの祈祷のときに丁度アクションがありましたもんなぁ」
「そうそう。空気読めてるよね」
「アンタはもうちょっと空気読みなさい!!」
怒られました。
「そんな!じゃあわたしが襲われたのは!?」
普通に来てる黒田さんにはもう慣れました。
ナルに食って掛かって打ち返され、あえなく撃沈。頑張れ高校1年生。早く君の中二病が終わることを祈ってる。
「で、ナル、帰るんでしょ?残ってるモノ運び出しに来たんだよね」
訳:中ニに構ってる暇あったらさっさと終わらせてよこちとらボランティアなんだから
「……ああ」
私だって暇じゃない。本来なら今頃は生活レベルを改善するためにバイトを探していたはずなのだ。
…本当は高校へ進学なんかしないで就職すればよかったんだよね…。あの熱血教師がびゃーびゃー言わなければそうしてるはずだったし…。
泣きながら「先生が養っちゃるから進学しなさい!!」とか言われたものだから暑苦しくてつい進学してしまったのだ。
あの手の輩は面倒くさい。金○先生とかが好きなタイプだ。因みに援助はモチロン断った。あのタイプと縁が続くのはごめんである。
……閑話休題
職探しに思いをはせている間に黒田さんとナルが霊の有無について言い争っていた。
私としては霊が居ても居なくてもどーでもいい。校長もそうだろう。つまり工事が出来ればそれでいいのだ。
仕事が終わったから帰る、というナルのセリフにも頷ける。
…まぁ、本当に仕事が終わるのは校長に結果報告をして納得してもらって、だと思うけど。
というか本当にこのボランティアが終われば私はそれでいいや。
言い返せなくてそっぽを向いたガキっぽい黒田さん(はよ帰れ)を眺めながらそんなことを考えていると小さな軋みが聞こえた。
あ、そうだ。ここはいつ倒壊するかわかんない建物なんだっけ。
直後、窓の全面に大きくヒビが入った。
時が止まる錯覚。みんなが窓を注視する。巫女さんのときのことがフラッシュバック。
、黒田さん、窓に近い…!!
「麻衣、外へ…!!」
「バカ!!窓から離れ…!!」
咄嗟に黒田さんを引っ張った私の声とナルの声、窓が割れる音はほとんど同時。
黒田さんの悲鳴も重なって大騒ぎになった。
更にはドンドンと上の階で床を叩いているような音がし始めた。
しょ、正面で窓ガラスが割れるのに直面してしまった…!!目に入らなくてよかった!!
そして春先でよかった長袖バンザイ!!つかうるせぇ!!退去願い出すぞコラ!!
パニックによって色んな思考が頭を駆け抜ける。
ショックだったのか床にへたりこもうとする黒田さんを掴んだままの腕を引いて立ち上がらせる。
「ガラスの破片が刺さる。立って」
ロングとはいえスカートに短いソックスという格好なのだ、彼女は。
ガラスの破片で切るくらいならいいけれどもしも小さな破片が皮膚にもぐりこんだり血管に入ったりしたら大事である。
小さな針が血管に入ってしまってそのまま心臓まで流れて死んだ人の話を思い出す。…嘘かほんとか知らないけど。
これなら窓を開けて出る方が早いだろう。もう全部割れた窓は近づいても何の危険も無い。
窓枠に手を掛けて開けようとしたところで素晴らしい勢いでドアが開いた。直後閉まった。
ぼーさんたちが来たのかと思ったけれどこれは……・・・・ポ、ポルターガイストってやつですね…!!
あまりの驚きに今度こそ固まっていると腕を引かれた。ナルだ。がしゃん、窓の割れる音。ナルだ。……ナルが素手でガラス割った馬鹿ァァアアアア!!!!!
当然の顔してやるものだから止める暇もなかった。地震とかじゃないんだから普通に窓開けなさいよ!!と思ったけれどよく見たら窓枠歪んでて開きそうに無い。
「早く外に出ろ!!」
さーせん!!
結果、建物は別に倒壊したりはしなかった。よ、良かった…。二回目の終わりが圧死とか嫌だ…。
どっどっ、と早鐘を打つ心臓を深呼吸しておさめる。
「大丈夫…?血が出てるわ、手だして」
巫女さんが黒田さんの右手を持ち上げてハンカチで止血している。
と、言ってもガラスの破片でかすっただけで大した怪我じゃないんだけどね。
ふむ、大惨事にならなくてよかった。黒田さんが眼鏡でよかった。破片が目に入ったりは避けられただろうし。
「あんたは?…やっぱり怪我してるじゃない」
「あ、別に平気。洗って乾かしとけば勝手にふさがるよ」
これくらいでぴーぴー言ってられっかっての。
黒田さんはショックからか完全に静かになっている。打たれ弱いなぁ。
「…今のはなんだ?」
ぼーさんが咎めるようにナルに言う。
…いやいやいやいや!!なんでやねん!!
「あれも地盤沈下のせいだってのか!?りっぱなポルターガイストじゃねぇか!!」
だんだん声を荒げるぼーさん。
その"立派なポルターガイスト"が起こったのは初めてなんだからしょうがないんじゃね。
いくら優秀なナルだってそんなの予知できないんじゃね。
「建物が歪んだ音どころか、ぜったい誰かが壁を叩く音だったわよ!」
シラネーヨ。
今まではあんな音してなかったんだって。
そう、今まではしなかった。ナルが「霊はシャイだ」といっていた事を思い出す。
でも、なんの前触れもなくいきなりあんなハッキリとした現象を起こすものなのだろうか。
シャイな子が一瞬で打ち解けるものか。
いや、その子がオタクでオタ仲間を発見したとかなら…何かきっかけがあったとか?
関係しそうなこと…ナルが引き上げると決めたこと?
いや、何かが違う。何かがひっかかっている。何だろう…あのとき、何か…
「バッカバカし!もう少しで子供の冗談にひっかかるトコだったわ」
「せめておれたちだけでもしっかりしようぜ」
「はぁ?」
少し考え込んでいたら大人組みはよくわからない結論を出して去っていってしまった。
ところでなんであの人たちキレ気味なの?
ナルなんかしたの?まぁお世辞にも人に与える印象がいいとは言えない人だけども。
偉そうに出した結論を信じたのにそれがひっくり返ったからとか?大人げなさすぎるだろー…
別にナルが嘘をついたわけでもなけりゃ二人に結論を押し付けたわけでもないんだから。
二人の言い分は筋違いというかお門違いというか…。
はぁ…
「わけわかんないわー…」
呟きながらくるりと踵を返してナルの方を向く。
何を考えているのか知らないけれど、ナルは二人の子供じみた嫌味にも反応せずに旧校舎を見つめている。
その左手から血がしたたり落ちた。素手でガラスを割った方の手だ。
あちゃー…痛そう…。何か他人の怪我って痛そうに見えるよね。
「ナル、手当てするよー」
「いらない」
「は?」
即答された。思わず顔を見上げる。
彼はこちらを見ていなかったから目はあわなかった。
…………えーと。
「…傷、見せて」
「……大したことはない。すぐに乾く」
「そう言う問題じゃないでしょーが」
乾いてどうする。一度洗浄するのが処置の基本だろ!!
そもそも破片が入っていたら早く取り除かなきゃいけない。
もう一度、強引に左手を掴む。
と、今度は振り払われなかったものの血の筋でどこが傷かわからない。
これは直接水道で流した方がいいんかな…
悩む私に静かな声でナルが呟く。
「黒田さんを見てやれ」
「巫女さんが見てたよ。あっちは大した怪我でも」
「今は、ほうっておいてくれたほうがありがたい」
自己嫌悪で吐き気がしそうだ。
私の言葉を遮るように、ナルはそう言った。
心なしか、声に力がない。
ナル……
「そんなの知るかっつの」
アンニュイな後姿にイラッとして無理やり腕を取って歩き出してやる。
怪我がないだろう右腕を引っ張る心遣いは忘れてないよ!私、大人!
大体ナルの心情を慮ってやる気はあんまりない。
言われるままに放置したら気になって仕方なくなるだろう。
気になって気になって不快な気分を味わうのはゴメンですからー。
自己満足?大いに結構!私は決して優しい人ではないからね!!
お節介にならない程度のことはさせてもらう。あくまでも判断基準は私で。
ナルがおい、と不機嫌に声をかけてくるが足は止めない。
「ナルがどうして自己嫌悪してるんだか知らないけどさぁ」
歩きながら話を振る。
特に何の意味もない。思いついたから言うだけだ。
「さっきのやつ、ナルに責任があるとしたら私に対してだけだからね」
労災は出してよね。
冗談半分にそう続けるがナルからの返事はなかった。…スルーすんなよ!
その後、水道で血を流してみるとさほど大きな傷はなかった。一安心。
ぱっと見た限り破片が入っている様子もないのでハンカチでぬぐってそのまま傷を覆っておく。
行くところがある、と言うナルに一度病院に行って診てもらうように釘を刺してから別れた。
旧校舎に戻りながらふと疑問がうかんだ。
あのナルが素直に医者に行くだろうか。……行きそうにないなぁ…。
まぁ、そこまで面倒見てやる義理もない。と思う。が、しかし、どっちにしたって気になる。
足を止めて振り向いてみるけれどナルの姿はもうすっかり見えない。
……まぁいっか。
私は一つため息をついて、再び旧校舎に足を向けた。