第一章
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その日は入学してから仲良くなった3人と怪談話をしていた。
恵子の提案でペンライトを持って話し終わったら消していく……ってこれ百物語の簡易版じゃない?
とにかく、最後に数をかぞえると一人増えるという。……なんか雪山で遭難する怪談みたいだな……
あの死んだ一人を真ん中において4人で四隅をグルグル回るやつ。
そんなことを考えていたら私の番が来た。私は3人目だけど前の2人の怪談は知ってるヤツだった……ちょっと残念。
うーん、じゃあちょうど考えていたしその雪山の話でもしようかな。
「えっとね、ある雪山で5人の登山グループが遭難したの。でね、運良く小さな山小屋を見つけたんだけど、途中で怪我をした一人が亡くなっちゃったんだって」
私が話し出すと3人は唇を引き結んでぐっと身構えた。祐梨なんか怖いのが苦手らしくてさっきから情けない顔をしている。
「で、仲間だし、死体を外にほっぽり出すのも気が咎めて、とりあえず部屋の中央に安置したんだって」
「げぇ……」
「なんで中央……?」
ミチルがうめき声をもらして恵子が疑問をこぼす。つまりこの話を知らないわけね。怪談は当然知らない話の方が面白いから、このチョイスは当たりだ。
「うん、なんで中央かっていうと邪魔になるからなんだよね」
「邪魔?」
「そう。その人たちはその小屋であるゲームをしたんだって」
「ゲーム?悠長な……」
恵子のツッコミに苦笑する。彼女は多分怖いのを押し隠すのにツッコミをいれているのだろう。
「雪山で遭難したとき『寝たら死ぬぞ!』っていうでしょ? でもずっと歩いてきて疲れもピークなその人たちは寝たいわけよ」
うんうん、と3人が頷いてくれる。いい聞き手だなぁ。
「それで4人はそれぞれ部屋の四隅に座って仮眠を取ることにしたの。でも深く寝入ってし+まわないように、起こされたら隣の人の座っている場所まで歩いて起こし、その場所に座る……要するにリレーみたいなゲームをしたんだって。一度移動したら一巡するまでは眠れるの」
どうも理解しにくそうな顔をしていた恵子たちに、人に見立てた指を使って補足説明を入れ、納得の顔を確認してからその結末を語る。
「で、それを朝まで続けてなんとか捜索隊がくるまで4人は生き残れたんだって」
「……なんだぁ、その話のどこが怖いのよぉ!」
拍子抜けした様子のミチルが文句を言った。他の二人も怖いポイントがわからなかったらしい。
私はニヤリ、とほくそ笑む。この話は最初はわからない方が怖いのだ。
「そう? よく考えてみてよ」
声を潜めて囁くと3人の顔が引きつった。
「例えばね、私が恵子を起こすでしょ。恵子は祐梨を、祐梨はミチルを」
暗い教室の中、懐中電灯の明かりでぼんやりと白い顔を、ひとつひとつ確かめるように名前を挙げる。私たちは4人だ。4人だけ。
「じゃあ、ミチルは誰を起こすの?」
ミチルの顔を見る。怪訝な顔をした彼女は、さほど考えるでもなく口を開いた。
「そりゃ当然麻衣を……」
「ミチル。私は最初ミチルの隣にいたんだよ。そこから移動して、恵子を起こしたの」
私たちは4人だ。だから。
「ねえ、ミチル。誰の肩を叩いたの?」
最後の一人が進んだ先には、誰もいない。
3人が黙り込む。誰かがゴクリ、とつばを飲み込んだ。
「一巡で止まるはずだよね。でも、そのゲームは滞りなく進んだ。誰かが二つ分進むこともなく……」
ミチルが隣の恵子にしがみつく。ふふふ、この後からじわってくる怖さがわかったか!
「救出されてからそれに気付いた隊長さんは言ったんだって」
───きっと、死んだあいつが霊になって俺たちを助けてくれたんだ、と。
そう、このゲームは本来5人居なければ続くはずがないものだった。続かなければこのグループは全員凍死していたかもしれない。
それが続いたのは5人目の誰かのおかげだった。……ゾッとするけど怖いだけじゃないこの話が、私は結構好きだ。
ちょっといい話で気を緩めたみんなが小さく息を吐く。だがここは怖く締めなきゃいけないだろうからちょっとアレンジ!
「でも、私たちの場合……5人目は誰なんだろうね?」
意識した低い声でおどろおどろしく囁いて、そっとペンライトのスイッチを切る。3人はゾゾゾッと縮こまってひっ、と息を詰めた。
「ヤダもー!」
「麻衣ってば! 怖い声出さないでよ! てか怖いこと言わないでよ!」
どうやら効果は絶大だったらしい。いや怪談で怖いこと言ってなんで責められにゃいかんのか。
そう思わなくもないが、怖い話を怖がって貰えたなら大勝利である。勝者は寛容でなくてはならない。顎を反らせてフフンと笑う。右からも左からもべしべしと叩かれる。
「ごめんごめん。最後、ミチルだよ」
べちべちを受け止め苦笑しつつ促すと、ミチルは少し渋る様子を見せた。怖くなってしまっただろうか。ちょっとやりすぎたかな……。
ほんのちょっぴり反省しつつ残り一つとなったミチルのライトを眺めていると、決心がついたらしいミチルが口を開いた。
「……じゃあ、旧校舎の話をするね……」
旧校舎っつーとあの工事途中で止まってるヤツか。ミチル曰くどうやらあの建物はいわくつきらしい。
頻繁に起こる火事や事故。生徒の死、自殺した先生。子供の死体。
相次ぐ作業員の病気、事故、機械の故障……
それで作業ができなくて壊しかけたまま工事を中断したという。……なるほど、危ないと思ってはいたがまさかそんな理由が。
「それと先輩が夜ね、旧校舎側の道を通ったら……」
───窓からこちらを見下ろす人影が……。
怖ーーー!
それは想像するだに怖い。実際に身近にある建物というのがポイント高い。
ミチルはそこでペンライトを消した。陽が差し込まない教室は真っ暗になる。外で木が風に揺れる音がやけに大きく聞こえる。
最初に恵子が声をあげた。
「いち」
「……に」
祐梨がそれに続く。
「……さん」
私も続いて最後、ミチルが「し」と言った。みんなちょっとびくびくしている。
怪談を語り、明かりを消していき、最後に数えると人数が増える。そういう怪談だ。
まあ、そうそう「もうひとり」なんて出るはずが……
「ご」
直後、祐梨が悲鳴を上げて私の首にしがみついた。後の二人もキャーキャー叫んでいる。
私はむしろとっさに言葉が出ない状況に陥って……首が! 祐梨さん絞まってます絞まってます!!
パチ、と照明スイッチを入れる音に一拍おいて、ぱちぱちと瞬きながら蛍光灯が点灯した。……電気を消す幽霊は聞いたことあるけどつける幽霊は聞いたことないなぁ。
目をやれば、そこに居たのは多分生きた人間だった。黒ずくめの。これで黒いサングラスしてたら怪しいことこの上ないな。
黒ずくめ氏は何を言うわけでもなく黙っている。友人たちもぽかんと呆けている。
……黙って見てても埒があかないか。
「今「ご」って言ったの、あなたですか?」
「そう。……悪かった?」
びっくりしました。てかこの悲鳴に全く動じず謝りもしないとは。
いや別に彼が悪いわけじゃないけど、こんな驚かれたらなんか謝っちゃわない?
「なーんだぁ! 腰が抜けるかと思ったあ」
「それは失礼」
恵子の言葉に謝る黒ずくめ氏。……謝ってるんだよね?
彼は淡々とした口調で声がしたからつい、と語る。
つい明かりをつけるとか、つい呼びかけるとかじゃなくってつい混ざってみた、と。意外とお茶目さんなのか……?
あまり悪びれてないように見える黒ずくめさん。ビックリしてて気付かなかったけどすっごくお顔が整っていらっしゃる。なんか気難しそうだけど。
そんな黒ずくめさんの顔が気に入ったらしい恵子が黄色い声をあげた。
「そんなぁ! いいんですぅ。転校生ですか?」
語尾にハートがついている。ちょ、いきなり現れた見るからに怪しい美人に何を……!
あれ、美人って女の人しか指さないんだっけ。……美人って言葉がぴったりな美人さんだし、まぁいいか。
とにかく転校生じゃないだろー……制服じゃないし、転校生だったらこんな時間に一人で歩いてるわけないし……
「そんなものかな」
あ、さいですか。ふぅん今年で17歳。わー、一つ年上だー。
つーかお兄さんめっちゃ曖昧な表現ですね。普通そんな言い方しませんて。
しっかし恵子とミチルのはしゃぎようはすごい。可愛いなぁと思わなくはないけれどいつか顔だけの男に騙されないか心配だよ私は……
「あたしたち怪談してたんです」
「ふぅん……仲間に入れてもらえるかな」
わ、意外。そーゆーのに興味あるようには見えないのに……というか男子ってあんまりそういうの好まないようなイメージがあったかな。
というか今一周したのにまたやるんかな。うん、やる気だねミチル……。
彼女は美人なお兄さんに椅子を勧めて更には名前を訊いていた。ふむ、渋谷さんね。東京都渋谷区の…ん?今なんかデジャヴを感じたような……
「渋谷先輩も怪談好きなんですか?」
「……まぁ」
黒ずくめのお兄さん改め渋谷さんの微笑みに歓声があがる。楽しそうだなぁ……。つか「まぁ」って。ホント曖昧なお人だな。
というかなんかこの人近寄りがたいってか……冷たい印象を受けるなぁ。笑ってるのに。
あんまり作り笑いがうまくなくて愛想もそんなに良くないし、逆に危険ではないかもしれん。
しっかし、なんでそんなに人付き合いが好きそーじゃないこの人がわざわざ…?なんか目的でもあんのかし。
考えてみてもわからないので直接訊いてみる。
「えーと、渋谷さん? 何しにココに来たんですか?」
「ちょっと用事があって」
「……はぁ、なら私たちは帰りますんで。用事すんだら渋谷さんも早く帰った方がいいですよ。日、暮れますし」
その用事の内容訊いてるんデスよ! 人に聞かれたらやましいことでもする気ですかぁ?
そう思いつつも巻き込まれるのはゴメンなので逃げることに。ミチルたちが文句言ってるけど気にしな…………
「麻衣ったら! 気にしないでくださいねセンパイ。あっ、用事ってなんですか? あたしたちも手伝いますー!」
あっ、コラ……! そんな安易に手伝うとか言って! なんかやばい事だったらどーすんの!
「いや」
そんな私の心配をよそに渋谷さんはきっぱり断ってくれました。ほっ……
「テープのダビングだから」
……誰も居ない教室で何をダビングする気ですか……!?
てかこの教室にそんな機械ありませんよ!? まさか持ってきたの!? ……ますます怪しいです美人のお兄さん。
そしていつの間にか怪談を一緒にする約束をしてるミチルたち……もーちょっと警戒心を持とうよ!!
関わり合いになりたくないよう……とか嘆きながらも結局は流されてしまう自分が情けない。
自分だけ避けることはできても、友人3人をコントロールするのは難しい。知らないところでこの子たちが巻き込まれるより、自分も一緒の方がまだ幾分かマシだ。いや巻き込まれるって何にだよ。
……何にもありませんよーに!!
◆
とまぁ、そんなことがあった翌日。
たまたま早めに家を出てきたから人もほとんどいない時間帯に学校に着いた。
桜が満開で天気もよく、まさにお花見日和。あー、なんか幸せ……。いいことが起こりそうな気分。なんちて。
一人の世界を満喫していた私はふとグラウンドの向こうに見える旧校舎に目をやった。うーん、よく燃えそう……。
夜見るとおどろおどろしい廃墟も昼間なら怖くない、ような気がする。よし、時間もあるしちょっと見に行こう。
とは思ったものの、いざ近づいてみるとやっぱりなんとなく陰気だ。
生徒が居ない校舎ってのはやっぱりどっか不気味だなぁ。
のんきに旧校舎を眺めてまわる。木造校舎は趣深いけど、さすがに侵入する気にはならない。オバケも怖いが、それ以前に倒壊とか転落とかが怖い。何気なく昇降口を覗き込むと、なにか黒い影が見えた。あれは……
「…………カメラ……?」
それもTVカメラとかそーゆーの。決してハンディカムなんかではない。
当然ながら……気になる。ちょっとだけなら……!
好奇心に負けて扉を開く。古い金具がきしんでえらく雰囲気のある音が出た。中は暗いから少し怖いなぁ……。鳥肌のたった腕をそっとさする。
中にあったカメラらしきものに近づいてまじまじと観察してみる。三脚に固定された黒のボディ、配線、でかいレンズ。
「やっぱりカメラだ……」
それも、古いものではない。型が古いとか新しいとかは知らんが、少なくともホコリが積もっていない。レンズカバーもついていないし、おそらく放置というよりは設置。
うーん、もしかして渋谷さん関係かな……。昨日もテープのダビングがなんちゃらって言ってたし。
そこまで考えて違和感を感じる。渋谷さんと会ったときにも感じたデジャヴ。なんだろ……、この状況どこかで見た……いや、読んだ……?
「―――誰だ!?」
思考に沈み込んでいた私はいきなりの怒声に大げさに反応してしまった。
「――っ!! あっ……」
バランスを崩して下駄箱にぶつかる。下駄箱が大きく揺れた……まずい!
そう思ったときにはもう遅く、下駄箱は私の方に……カメラがあるこちら側に倒れてきた。
やば、絶対これ高い!!!
あとから思えば、そんなことよりも避けることを優先すべきだったのだと思う。
切羽詰ったときってどーでもいいこと考えちゃうよね……(どーでもよくはないが)
バカーンガシャンパリーン。そんな感じの音だったと思う。実際はもっといろんな音がしたけれど。
ドミノのように他の下駄箱も倒れ、カメラはもちろん、カメラに気を取られた私もその下敷きになった。頭を打たなかったのが不幸中の幸いかな。
ばくばくとうるさい心臓に手をあてて深呼吸……はしない。ほこりだらけで絶対にむせる。
と、やばいカメラ!! とカメラに目を向ける。床に倒れて心なしか歪んでいるような……完全に壊れてるよねコレ……。
冷や汗が頬を伝う。さっき声をかけてきた人が持ち主かもしれない。……ん? そういえばさっきの人は……
声の主を探して視線を巡らせると入り口方面に倒れている人が。その上に重なる下駄箱。……下駄箱。
……私 の せ い か !!!
「だ、大丈夫ですか!?」
ぎゃーーーー!! どうしよう、どうしよう……! 過失傷害!? つか病院……119番!!
救急車を呼ぼうとわたわた携帯を取り出した私の耳が足音を拾う。
「どうした?」
掛けられた声に思わず振り返ると、そこに立っていたのは昨日の美人なお兄さん――渋谷さんだった。
「……リン?」
渋谷さんは倒れている人に呼び掛けている。やっぱこの人関連だったのか……!!
納得三割、困惑二割、混乱七割で十割をはみ出して、どうしていいかわからず携帯を握りしめたまま座り込んだ私に渋谷さんが目を向ける。
「なにがあったんだ?」
「す、すみません! ええと……」
取りあえず謝ってしまうのは日本人の性だと思う。……じゃなくて!
起こったことを伝えようと出来事を脳内でまとめていたら、体を起こしたリン、と呼ばれたお兄さんの頭から血が滴り落ちた。
あまりのできごとに混乱が加速する。
生まれてこの方……いや生まれる"前"からも滴る程の他人の血なんて鼻血くらいでしか見たことないよ!! ナマでは!交通事故で死んだ今生の母さんだって対面したときにはキレイになっていたし。
それが目の前で! それも、私のせいで!
「少し切ったな……立てるか?」
「はい」
少しか!? や、頭は少し切っただけでも血が結構出るって聞いたことあるな……
どうしていいかわからずに、取りあえず立ち上がるなら、と思って手を差し出したところ……バシッと払いのけられました。
まさかいい年こいた大人からそんな扱いを受けるとは思いもよらず、そのまま固まってしまった処理速度低スペな私を、お兄さんは鋭い眼光で睨みつけた。うっそ、ものっっっそい嫌そうな顔するじゃん。
「けっこうです。あなたの手は必要ではありません」
日本人らしからぬドストレート嫌悪じゃん……!! スイマセン私何かしましたかしましたねゴメンナサイ!!
私のせいで怪我をしてしまったのだ。おそらく何かの邪魔をしたのだろうことも想像に難くない。その部分は悪かったと思う。
でもできたらもうちょいソフトに接して欲しいです! なんて加害者の分際では言えるわけもなく。あー、この場から抜け出したい……
「この辺に医者は?」
「あ、校門を出てすぐのとこに……」
長身の怪我人に肩を貸した渋谷さんに尋ねられて方向を指さす。
ナントカクリニックの看板があったはずだ。何科の医者かはわからないけど。……何科かわからないのだから、もしかしたら学校の保健室の方がいいかもしれない。
そう提案しようとしてはた、と気付く。この人絶対学生じゃない。学校関係者じゃないなら保健室はちょっと問題があるかもしれないし……。
……待てよ? 学校関係者じゃないならこの人、なんでココに……。
「……昨日会った子だな。名前は?」
渋谷さんからの質問に躊躇する。これは名乗っていいものだろうか。怪我させといてなんだけど、怪しいしなぁこの人たち……。
「……谷山」
迷った末に一応苗字だけ答えてみました。
すると渋谷さんはスッと目を細めて口を開いた。
「では谷山さん。親切で教えてさしあげますが、さっきチャイムが鳴りましたよ」
……なんと。遅刻! 入学早々遅刻!
がばっと立ち上がって走り出……そうとして、そこで止まった。お兄さん方は怪訝そうな顔をする。
「あ、の……病院まで付き添わなくて平気ですか……?」
いくら怪しいとはいえ私のせいで怪我をした人だ。いくらなんでもこれでハイ、サヨナラってわけには……
「けっこうです」
キッパリ断られました。渋谷さんは人の神経逆なでするのがお上手です。
ムカッと来たので言われた通りにほっとくことにする。大人気ないな自分!
「……わかりました! お医者さんは正門出て右の方ですから! チャイムのこと、ご親切にどーも!」
そう吐き捨てて早歩きで校舎に向かう。たとえそこが産婦人科でももう知らん!
グラウンド突っ切るのは恥ずかしいから遅刻覚悟で遠回りだ。
走った方がいいのはわかってるけどどうやら足を捻ったらしい。更に脛も強打してて痛い。あー、膝もすりむいてる。
保健室に寄ってから教室に行こう。もう遅刻は確実だし。そう心に決めて、私は祐梨にメールした。
保健室の扉をくぐり、養護の先生を探したが見当たらない。職員会議とかだろうか。ま、いいや。
勝手に棚をあさって手当てすることにした。これくらいなら自分でできるし。
「あらら……」
脛は紫に鬱血して、少し傷もできていた。足首は今のところあまり腫れてはいないもののズキズキと痛む。
「捻挫はだんだん痛くなるからな~」
経験済みである。患部に湿布を貼って包帯でぎゅぎゅっと固定する。大げさに見えるけどこうしておいた方が楽だから。
脛にも湿布を張って、靴下を履いたときにめくれないようにテーピングする。擦り傷は一応消毒して絆創膏を貼った。
これでよし。靴下を履きなおせば、ぱっと見は擦り傷しかないように見える。
使い終わった備品を棚に戻して保健室を出ると丁度ショートホームルームが終わったらしい祐梨たちが迎えに来た。
「ちょっと麻衣、コケたって?」
「ドジだ~! 大丈夫なの?」
「ん。だいじょーぶ。てか先生いなかったから勝手に道具使っちゃった」
「いーんじゃない?」
「一応後で報告すれば?」
「だね。じゃ、後でまたこよーっと」
祐梨に送ったメールには諸々の経緯を省き、ただコケたとだけ書いておいた。
単に説明がめんどくさかったのもあるけど、これ以上あの黒い人たちとは関わり合いにならない方がいいと踏んだからだ。
こうしてなんでもない一日が始まった。
朝っぱらからとんでもない事件があったことが嘘のように。
カメラを見たとき頭に浮かんだ感覚なんて、キレイさっぱり忘れて。
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