第一章

夢小説設定

この小説の夢小説設定
一応主人公


 甲高いブレーキの音。直後に衝撃。
 視界がぐしゃぐしゃになって暗転。周りから悲鳴。
 ああ、こりゃ死んだな。

 スイッチを切るように意識が落ちた。




 まどろみの中に居る。
 あたたかくてやわらかいそこは無条件の安心をくれる。
 生憎とってもせまいので壁に手足が当たることもある。やわらかいからダメージはない。

 ある日唐突にそこから出された。痛いし苦しいし怖いしでもうたくさん。
 私は子供のように泣き叫ぶ。
 もうわけわかんない!!

 数日後、私を抱っこした"お母さん"の横で"お父さん"が言った。

「この子の名前は"麻衣"。谷山麻衣だ!」

 ええぇ…………

 ……どうやら私は生まれ変わった模様。夢かなこれ、否、こんなリアルに痛い夢は嫌だ。
 当然ながら前世(?)とは全然違う名前だ……呼ばれたらちゃんと反応できるかなぁ。

 結果から言うとそんなこと心配してる余裕はありませんでした。

 なにこの羞恥プレイ。赤子の身体は筋肉が発達してないからなにもできない。
 着替えも食事も寝返りも入浴も……トイレにも一人ではいけない。オムツ替えは悪夢だ。尊厳の二文字は早々にどっか行った。

 そして喋ることができない。こちらは身体の発達と言うよりは常識の問題である。
 意識……というか人格?はそのままなわけだから言葉はわかる。舌ったらずかもしれんが、頑張れば話せる。
 が、しかし! ここで第三者の目から見てみよう! 普通に会話する新生児。キモすぎる。
 私は異端児になるつもりなんかさらさらなかったので我慢した。ひたすら我慢。約3年くらいは我慢した。かなりのストレスだった。
 ずっと「あー」だとか「うー」だとか母音ばっかり言い続け1年後には単語だけ喋るくらい。2年目で連語をマスターし、3年目で大体普通の会話に……。幼児言葉って難しい。
 "前"は末っ子で下の子はいなかったからよくわからないけど多分これでいいはず!
 両親や近所の人も多少物覚えのいい子くらいにしか思っていないみたいだし! どっかで得た知識に乾杯! 役に立つもんだね!
 そして赤ん坊といえば泣く。でも精神は赤ん坊じゃないもん泣けねーよ。どーしよ。
 なんていう心配は杞憂でした。不快感、空腹、不安、そんなものを覚えると泣き叫びたい衝動に駆られるようになった。
 適度にその衝動に身を任せれば自然と赤ん坊らしい泣き声が出た。……やっぱり恥ずかしいのでたまに衝動を抑えていたので両親にはあまり泣かない子供として認知されてたみたいだけど。
 ちなみに目はばっちり見えました。まぁ、赤ん坊って"見えてない"んじゃなくて"見たものを脳が認識できていない"らしいからね。
 認識できる基礎さえあれば見えるっつーことか。

 その他自分の雑学知識を元にハイハイしまくって歩くための基礎筋肉を鍛えたり意味もなくだーだーおたけんでみたりおよそ赤子に必要だろうことは順調にこなしていった。
 早くまともな生活をしたい!! その一心で。

 苦節5年くらい……私はよく頑張ったと思う。今までを振り返ってそう思う。
 来年は小学校に入学する。今は託児所に預けられるお金がないので近所のおばさんに預けられている。どんだけ貧乏なのウチ……。
別にお金が全てってわけじゃないけどどうせならお金のある家に生まれたかった……。
 ま、家庭は間違いなく幸せだからいいんだけどね。プライスレスですよ。

 今一番悩んでることといえば人間関係。子供同士の。
 近所の子供と一緒になって遊ぶんだけどこう……独特のテンションについていけません。
 みんないい子だから私を仲間はずれにしたりいじめたりはしない。
 けどあまりについていけないとき──主に会話とか──だと私は自然と輪の外から見ているらしく、大人たちは心配するのだ。そんで口を挟んできてややこしく……ほっといてくれ!
 遊んでいるときならそんなことはないのだ。おにごっこ、長縄、かくれんぼ、どれでも本気で駆け回る。木登りだってお手の物だ。
……ただごっこ遊びだけはちょっと恥ずかしかったりするけども。

 そんなこんなで小学校入学後もうまくやっていった。
 授業が簡単すぎて逆に難しかったりもするがそこは何とか時間を潰す。
 ひらがなだけの教科書が読みにくいことはよくわかった。
 テストはパーフェクト。あえて見直しをしないから、たまに問題そのものを見逃して点を落とすが、それもごく稀だ。しかし実際小学生のときもほとんどテストは満点だったから、別に特別凄いことではないと思う。
 レクとか休み時間はかなりの苦痛。先生、輪に入れてないからって気を使って無理やり適当なグループに入れようとしないでください……ほっといてくれ!

 なんとか小学校も2年目……。早く高校まで終わらせたい……と気の早いことを考え始めていた頃、お父さんが死んだ。
 仕事先の事故だって。ああ、こんなこともあるんだなぁ。
 お母さんが泣いていた。私も泣いた。8年間共に過ごした人だ。いなくなってしまったことが寂しくて泣いた。そして、お母さんを哀れんで泣いた。
 彼女は伴侶を亡くして後ろ盾もなく、小学2年生の子供なんてお荷物を抱えて生きていくのだ。ああ、なんて可哀想。

 それから私は一生懸命勉強した。成績が良ければ何かと便利だということは知っていた。
 中学でも常にいい成績をとった。塾に行っている子達と上位を競えた。可哀想なお母さんの慰めになりたかった。高校も、奨学金制度を狙って真剣に探した。
 でも結局、それは全部無駄になった。

 中学三年生の冬。お母さんが死んだ。
 飲酒運転の大型トラックにはねられて即死だったらしい。
 涙が出なかった。私は今度は誰を哀れんだらいいのだろう。だってこんな状況で。一番可哀想なのは私じゃないか。自分を哀れんで泣くなんてことはしたくない。そんなみじめなことは、絶対に。
 慰謝料を貰った。それで葬儀を出した。いろんな人がいろんなことを言って言ったけれどほとんど覚えてはいない。
 大家さんや近所の人の好意で、住んでいた家にしばらく置いてもらえたことはありがたかった。ありがたかったけど、人の好意に縋らないとなにもできない自分はやっぱりみじめだった。

 その後、中学は無事卒業。
 高校はギリギリで進路を変更して就職をしようかとも考えたのだけど先生の勧めで進学することにした。
 そして高校の入学式前日、私は腰まで伸びた髪をばっさり切った。
 まだ肩まではあるけれど、けじめのつもりだ。
 私は高校入学を期に母と暮らした家を出た。今日から一人で生活していく。
 がんばるよ、と両親の遺影代わりのツーショット写真に手を合わせて入学式に向かう。
 桜咲く、始まりの季節に。

1/2ページ
スキ