その後の話
「犬ぅ〜?」
悠仁は玉ねぎを片手に歯を見せて困ったように笑った。
セーフハウスは至る所にある。
ここもその一つだけれど、ちょっと長居してしまっている感は否めない。
「母さんが、ウチで引き取ろうかと言い出してしまったから他の言い訳を考えないといけない」
長居してしまった理由は、ひき肉の封を開けているこの、10歳前後に見えて実際はもうすぐ中学生になる悠仁の元兄に要因がある。
ひき肉を開けてボウルに移した少年は、捨て犬に構う口実で元弟に会いに来るのに、その嘘が母親に通用しなくなりそうなのが最近の最大の悩みなのだ。
彼がもう少し大きく、せめてあの時の自分くらいになるまで成長を見守りたいと頭のどこかで思っていたけれど。
悠仁は玉ねぎと生姜をまな板に並べ、少年に見ててと言った。次の瞬間、手も触れずに玉ねぎも生姜もみじん切りになった。
少年は年齢に似合わず、訳知り顔で頷いた。
「流石だ」
「そこはもっと凄ーいとか驚いてよ」
「悠仁は凄いな」
お前がもう少し大きくなったら、もっと凄いの見せてやるよ。きっとそっちの方が喜ぶし驚くだろうな。
悠仁は、明日にはここを出て北にでも向かおうと考える。そろそろあの街が銀世界になる。彼には何時でも会いに来れる。悠仁がその気になれば。
「覚えておいてよ」
「何を?」
「俺はさ、やっぱり誰かを守ったりする為に自分の力を使いたいわけよ」
「知っている」
「そう。あとはさ、大好きな人と美味いもん食う為」
「……次はニンニクとトマトだ」
「次ね〜……」
「悠仁」
「犬はどっか行っちゃったって言えよ」
「悠仁」
「トマトパスタだろ、約束する」
「悠仁……」
玉ねぎも刻んでいないのに、少年の目から涙が零れた。そんな少年を悠仁は、泣き虫だなと笑いながら二人で肉団子入りの鍋を作った。
少年を彼の家まで送り届ける。家の灯りが見える距離で悠仁はフードを被ったまま手を振った。今の自分なら何があっても何処にいても彼を守ってやれるだろう。彼がそうしてくれたように。
少年は、悠仁に手を振って、「今度こそ独りにさせないからな、待っていてくれ」そう言って振り返らずに家へと帰って行った。
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