【迅ヒュ】定められた運命に抗って

 人工的な『狩る者』である迅の主な仕事は、ISDFに所属するA級、S級の戦闘員のサポートである。
 魔物相手に闘うことは滅多にない。専ら、傷ついた戦闘員の治療ばかりだ。
 今日は新宿で魔物が大量に発生したため、三十人規模の隊を編成して対応に当たっていた。
 迅は後方で怪我や、状態異常を負った隊員を癒すだけ。
 物足りない。自分を出してくれれば、一瞬でカタがつくのに……
 なぜ、前線に出られないのかは自分が一番よくわかっている。
『ドラゴンがでた! 帝竜クラスだ。A級に負傷者多数。S級が押されてる! 迅! どこにいる』
 無線から一本の連絡が入る。戦力の温存は終わりだ。帝竜クラス以上のドラゴンを殺せるのは狩る者だけ。
「はーい! こちら実力派エリート、場所は?」
「西新宿方面。嵐山達が抑えてる。早く来てくれ!」
 西新宿方面。ここから走って5分ほどの場所だ。
「了解」
 迅は周りを見渡す。今いる怪我や状態異常で苦しむ戦闘員の数は五、六人といった所だ。皆、不安そうに迅を見つめている。大方このまま放置されるとでも思っているのだろう。
 サポートの仕事も完璧にこなしてこそ、実力派エリートだ。
 負傷者全員を視界に入れ、くるりとサイズ回し、地面を打つ。
「ユグドラシルの風」
 呪文と共に迅の背中から薄っすらと白い妖精の羽が生える。美しいその羽がばさりと開くと、場を清め、傷ついた戦闘員達をたちどころに癒していった。
「ありがとう! 迅」
「いえいえ〜じゃあ、東の方頼んだよ!」
 迅はそのまま嵐山達が戦闘を行っているという西新宿方面へと走っていった。

「すまん! 待たせた!!」
 嵐山達に合流した時、帝竜は片腕を失い手負いであった。どうやら嵐山達が連携して落としたらしい。
「迅! 助かった!」
 銃を持つ嵐山は大怪我を負っていた。が、さすがS級だ。タフである。まだ大丈夫そうだった。迅は嵐山達のチームを視界に入れ、時間経過で回復するサポート魔法をすぐに使う。『ユグドラシルの風』ほどでは無いが、元々持っている自己治癒力を高める魔法だ。S級であれば数秒で全快するだろう。
「ありがとう!」
「お礼言うの早いよ! 手伝って、嵐山」
「了解だ!」
 戦闘技能向上のサポート魔法を自分を含めて全員にかけ、迅は飛び出す。
 そこからはあっという間だった。
 嵐山達のサポートは的確で、あっという間に帝竜を始末する事ができた。たいした怪我もしていない。
「お疲れ〜」
「あぁ!! 迅もな」
 嵐山と拳を合わせて笑い合う。
「ケガは? 大丈夫?」
「お前のおかげでもう全快だ!ありがとう!」
 相変わらず眩しいイケメンスマイルだ。嵐山のこういう純粋な部分に救われている気がした。

 迅は嵐山筆頭にS級の人間達とは気があった。人工的な『狩る者』である迅は、いわばISDFが開発した対ドラゴン用の生物兵器である。そのため、日本支部上層部とS級以外の人間は迅を避けられている。そのくせ、怪我や状態異常になれば真っ先に頼ってくるのだから都合がいい。
 対して嵐山達S級異能者の人間は、人外だと言われても仕方がないほどのポテンシャルがある。あんがい同じ人外同士なにも感じないだけなのかもしれない。

「さて……仕事、仕事!」
 迅は倒したばかりの帝竜に近づき、持っていた小型ナイフで皮膚の一部を切り取った。
「迅……お前また……」
 嵐山が心配そうに声をかけてくる。
 やはり、彼は優しい。自分をこんなにも気にかけてくれている。
「アメリカ本部からの命令だから……今も耳元で煩くなんか言ってるよ。無線切りたいくらい」
 へらりと笑って耳元の無線機を叩く。
「だが、Dインストールの頻度が高すぎる! 迅が持たない! 無茶な改造をせずとも迅は強いぞ」
「んーでも、ISDF的にはそうは言ってらんないよ。本物の『狩る者』が民間企業のゲーム会社にかっさわれちゃったからね〜大損失でしょ」
 帝竜の検体を保存キッドに納めて、迅は他の戦闘員に日本支部へと運ぶよう指示を出す。
「そうは言っても……見抜けるわけがない。聞けば、つい先日まで普通の中学生だったんだろう?」
「そう、本当に普通の子だったよ。武器も握った事ないし、生物を殺したこともない少年と少女です。いきなり『狩る者』ですー戦ってくださいーって言われてて可哀想だったよ」
「……大丈夫なのかその会社? ブラック企業なのでは」
 まだ見ぬ狩る者達の心配をする嵐山は本当に優しい。
「大丈夫、大丈夫。どんどん強くなってるし……この間は未来からやってきた少年を仲間にして、また強くなってたから!」
「そのタイムトラベルの装置とやらもISDFの悩みのタネのひとつだったな」
「うん、あれはISDFじゃあ使えないからね。積極的に真竜を狩るってなるとあの装置がいるけど……まぁ、待ちかなぁ」
「やはり、東京に来るのか? 真竜は……」
「……来るでしょ。狩る者が現れたのが証拠」
「真竜が現れたら、迅は……戦うのか? 無茶な改造をしてでも」
「うん、戦うよ。戦わないとおれの存在価値ゼロじゃん。だって、真竜を殺すために作られた生物兵器なんだから」
 そう口にしたら、嵐山がとても悲しそうな顔をした。
「そんな悲しそうな顔しないで……それに、現れた本物の狩る者の後輩にもいい顔したいんだ。先輩の意地ってやつ。いい子達なんだ。力になりたい」
「そっちが本音なら、止めない。だが迅、無茶はやめてくれ」
「迅、了解」
 へらりと笑って引き上げる。嵐山は最後まで心配そうな顔をしていた。
 大丈夫だ。
 自分の身体のことは自分が一番よくわかっている。
「こちら迅。帝竜の検体が取れましたので、Dインストールの準備をお願いします」
 日本支部にそう連絡を入れたら、城戸司令の嫌そうな「了解」の声が聞けた。
 あぁ、おれは本当に恵まれている。
 人間扱いしてくれる人がこんなにもいるのだから……


 Dインストールの直後は体調が優れない。風邪の引き始めのような気だるさ。頭痛と吐き気。それらに耐えながら、迅は有明にあるノーデンス社へ向かっていた。
 どうやら本物の『狩る者』修達が帰ってきたらしい。彼らのナビを務める宇佐美からの連絡なので確実だ。
 宇佐美の話によると、新しい仲間ができたので紹介と、頼みたいことがあるとの事だった。修が自分に頼みごととは珍しく協力したくなった。ついでに、今回の遠征結果を聞きつつ、どんなやつか見てこようというのが今回の来訪の目的である。
 ノーデンス社の受付で13班に会いたいと告げるとあっさりと入館証をくれた。
 どうやら先に手続きをしておいてくれたらしい。流石は修だ。
 彼らの部屋についてノックをすると「はーい」という可愛らしい声がした。きっと千佳だ。
「迅さん、こんにちは」
 入口から顔出した千佳を見て迅も挨拶をする。なにやら揉めているようで部屋の中がうるさい。
「こんにちは〜千佳ちゃん。メガネくんに呼ばれたんだけど」
「とても、お待ちしていました。どうぞ……」
 彼女はとても疲れきった様子で迅を中へ通す。
 部屋の中では押し問答する修とエルフ耳の青年、それを仲裁するユーマがいた。
「みんな! 迅さん来たよ」
 やや大きめな声で千佳が三人に声をかけた。
「迅さん! お待ちしていました!」
 救世主とばかりに修が迅の元へ一目散でかけてくる。その様子はやはり疲れきっているようだった
「え、えぇっと……どうしたの?メガネくん」
「お願いがあるんです!! ヒュースの面倒を見てもらえませんか!! このままじゃ僕、会議に出られなくって!!」
 ものすごく剣幕で捲し立ててくる修に恐怖を感じ、迅は一歩後ろに下がった。
「えーっとそのヒュース……くん?っていうのはそこのエルフ耳の……」
「だからなんだそれは!! オレはルシェ族だ!! エルフとかいう、わけのわからんヤツらとは違う!!」
 こちらもものすごい剣幕で噛み付いてきた。エルフ耳の青年は綺麗な顔を歪め、怒りを露わにしていた。
「なぁなぁ……迅さん困ってるから、先にじこしょーかいしようぜ。オサムも、頼み事はその後だろ」
 ひとり冷静なユーマが仲裁に入り、ひとまず停戦となった。いや、そもそも言い合いだったのかすら迅にはわからなかったが……

「改めて、こちら、一万二千年前のアトランティス王国から来たヒュースです」
 修に紹介されて、ふんと鼻を鳴らしそっぽを向く綺麗な顔をした青年。件のヒュースは随分と物語の中でしか見たことのないような出で立ちだった。
 青い民族衣装のような変わった形のVネックシャツに白いタイトなスラックス。軽そうな素材でできた防具で腕と足を覆っている。色白でイケメン。おまけにエルフ耳だ。
 第一印象は、ファンタジー小説に出てきそうなエルフの王子様といった感じだった。
 ユーマの時にも思ったが、過去の世界も相当ファンタジーらしい。
「ISDF所属の迅悠一です……よろしく。ヒュースくん」
「迅か……覚えた」
 そして随分と横柄らしい。ちらりと視線を合わせたかと思えばすぐにそっぽを向いた。エルフ耳と言われたことが相当、腹に据えかねているらしい。
「えっと……メガネくんのお願いはヒュースくんの面倒をおれが見ること?」
「はい……あの、ヒュースはこっちに来たばかりで知らないことが多くて……なのにぼくが会議ばかりで、面倒を見れなくて……ヒュースの外見目立つでしょう。まだ社内周知もだしてないのに動き回ろうとするから……」
 ユーマは大人しかったのに……
 そう零した修の発言で大体の事情は察知した。どうやらこの太古からきたヒュースとやらは、現代に興味津々らしい。
「別に遠くへ行こうとしている訳じゃないのに大袈裟な……」
 むくれるヒュースに修が噛み付く。
「頼むから服をこっちのものに交換して、帽子を被ってくれ!! 後、武器は置くんだ。話はそれから」
「オサムは細かい」
「悪目立ちは嫌だろう。それにそのまま外に出たら警察に捕まる」
「まぁまぁ、落ち着いて……わかった。おれが面倒をみるよ」
「ありがとうございます!」
 キラキラとした瞳で修は迅の手を取った。
 正直、頼られるのは嬉しい。
 だが、ちらりと見たヒュースはとても不機嫌だった。とてもこちらの言う事を素直に聞くとは思えなかった。


「おい、迅。これはなんだ?」
 ノーデンスの外に出たヒュースは近くにあった、たい焼き屋を指さして迅に尋ねる。
「魚の形をしている……」
「あぁ、それはたい焼きだよ。食べる?甘くて美味しいよ」
「食べる」
 表情は変わらないものの、周りに小さな花でも浮いているのではないかというくらい浮かれている。
 現代のものになんでも興味を示すヒュースを見ていると、つい買い与えてみたくなった。
 ヒュースを説得して着替えさせ、帽子を被らせるのはかなり大変で骨の折れる作業だったが……
 それでも、連れ出してよかったと思った。
 今のヒュースは黒いパーカーにニット帽、薄茶色のスラックスという、こちら人間らしい年相応な格好をしている。
「はい、どうぞ……」
 屋台で買ったたい焼きを手渡すと、ヒュースは興味深そうにそれを観察していた。
「温かい……」
「出来たてだからね〜冷める前に食べた方が美味いよ」
 そう言って迅はたい焼きを頭から食べ始めた。それを見ていたヒュースは少し驚きながら辺りを見渡す。
 なかなか口にしないのが気になって、迅はヒュースに声をかけた。
「ヒュースくん? 食べないの」
「食べる……そうじゃなくて、頭と尾、どちらから食えばいい?」
 真剣な顔で悩んでいるので、迅は面食らう。
 たい焼きの食べ方など考えたことがなかったからだ。
「貴様は頭から食べているが、尾から食べているやつもいる。どっちが正解なんだ」
「えぇーっと……食べ方にマナーとかないから、ヒュースくんの好きな方でいいと思うよ」
「そうか」
 彼はそう言って思い切り横から食らいついた。
 その様子に思わず吹き出してしまい、またヒュースの顔が歪む。
「なにがおかしい……」
「いや、だってっ……ふふ、あたまか、しっぽかで悩んでたのにっ……あははっ! おなかって、あははっ!!」
「貴様がマナーとかはないと言ったのだろう!」
「いや、第三の選択肢でくると思わなかったから……あははっ! はーお腹痛い」
「魚にかぶりつくなら腹からだと思っただけだ。失礼なやつめ」
 もぐもぐと口を動かしながらたい焼きを咀嚼するヒュースを見ているとなんだか元気が出てくる。気持ちのいいくらいの食べっぷりだった。
 Dインストール直後で少しだけ体調が優れなかったが、ヒュースのおかげで元気が出た。
「美味いな。これ……アトランティスにはない味だ」
「ヒュースくんもS級異能者なら、滅茶苦茶食べるんでしょう? ねぇ、このままおれと食べ歩きしない?」
 ごくんと最後のひとくちを飲み込んだヒュースに誘いをかける。このまま彼と夕方のひと時を過ごすのもいいと思った。余程のことがなければ、Dインストール直後は大事をとって非番になるし。帝竜クラスのドラゴンなど一日に連続して現れる事などないのだから。
「いいぞ。ただオサムが六時には帰ってこいと言っていた」
「了解。そしたら、有明から台場まで歩こうか」
「途中、海は見えるか?」
「見えるけど……どうして?」
「未来の世界の海がどうなっているのか、知りたい」
「ヒュースくんは海が好きなの?」
「好きとか嫌いとかでは無い。アトランティスは海の国だ。未来がどうなっているのか知りたいだけだ」
 つまり、外に出たがっていたのは海を見たかったからか。
「ホームシックってこと?」
「そんなんじゃない。地上がこんなにも発達しているから不安になる。一万年経つと故郷がどうなるのか、気になるだけだ」
「……確かに、地上の文明は発達しているかもしれないけど、今でも地球の七割は海だよ」
 迅はヒュースの手取って走り出す。目指すのは海が見える橋だ。走ったからか、目的の場所にはすぐに着いた。
 強い海風が二人を打ち付ける。ヒュースは目を輝かせて橋から身を乗り出した。
「海だ……汚いが……」
「この辺工業地帯だからね……あんまり綺麗じゃないんだよ。でも、綺麗なところもあるよ」
「どっちでもいい。海は海だ」
 変わらないものに安心したのか、赤く照らされた海を見て、ヒュースは深く深呼吸をしているようだった。
「安心した?」
「あぁ……」
「じゃあもう、メガネくんを困らせないようにね」
「わかった。迅」
「なぁに?」
「オレに敬称は不要だ。呼び捨てで呼べ」
 夕日に照らされた彼の綺麗な横顔に心臓が跳ねた。
 どうしてかわからないが、どきどきする。
 なにかがおかしい。
「わかった。ねぇ、ヒュース、行こう。時間無くなっちゃう」
「あぁ、次は何を食わせてくれるんだ?」
「なにがいいかな〜お前、食わせがいありそう」
 身体の事は、後でISDFの研究室で見てもらえば大丈夫だろう。
 そう考え、迅はヒュースとともに歩き出した。
1/1ページ
    スキ