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【ハガレン】ロイエド【全年齢】

 イーストシティの街中で恋人ロイを見た。女の人の腰を抱いてジュエリーショップに入って行くところを……
 思わず目を見開いてジュエリーショップの入口を凝視してしまった。足が止まる。街中の騒音が遠のいて、呼吸が浅くなる。
 なんで? どうして、女の人とそんなところはいるの?
 ヒュ、ヒュと短い自分の呼吸音だけしか聞こえない。心臓が痛いくらい鳴って、あまりの苦しさに胸元の服を掴んだ。視界が歪んでじわりと目元が濡れる。
「——さん、兄さん!」
 アルフォンスの声でハッと我に返る。ゆっくりと斜め上を見て、弟の顔を見た。
「アル……」
「兄さん、酷い顔色だよ。大丈夫?」
「あ、あぁ……多分」
 アルフォンスに背中を支えられながら、のろのろと歩き出す。頭の中は先ほどの光景でいっぱいだった。どうやってホテルまで移動したのか覚えていないほどだ。
 気がついたらホテルのベッドの上で座っていた。
「兄さん、ちゃんと休んで。きっとなにかの間違えだよ。明日大佐に聞こう」
 アルフォンスにそう言われて。
 ベッドに押し込まれて横になったが、一向に寝れる気がしなかった。頭の中にはロイと女性の後ろ姿。
 明日、彼と外で会う約束をしている。久しぶりの逢瀬のはずだった。けれど今は、会いたくない。
 明後日にはまたイーストシティを出てしばらくは帰らないつもりだった。
 また、会えなくなるのに、ロイに会いたくない。
 いつの間にかまた目尻に涙が溜まって、閉じた瞬間こぼれ落ちた。
 
 憂鬱だ。
 十三時、噴水のある公園で待ち合わせ。約束をすっぽかせばよかったが、約束は約束である。破ったら次に司令部で報告書を提出した際、なにを言われるかわかったものではない。そのため約束通り、公園の噴水前に立つ。周りを見れば待ち合わせのカップルか親子しかいない。余計に憂鬱な気分だ。浮気をしている恋人にこれから会うのだから。
 浮気男のために時間を使い、十分前には到着して待っているのだから褒めてほしいくらいだ。そう考えると悲しい気持ちよりも、怒りの気持ちの方が強くなってきた。
 ガツンと一発、右で殴ってふざけるなと言った方がいいかもしれない。
「鋼の!」
 十三時丁度にロイは現れた。少し額に汗をかいている。きっと、司令部を出るのがギリギリになったのだろう。軍服に黒いコート。見慣れた姿で現れた。
「今日、休みだって言ってなかった?」
 ロイから視線をすぐに外して、エドワードは問う。
「すまない……午前中に急に仕事が入ってね。処理してきたところだ。本当は着替えたかったのだがね」
 苦笑して言うロイはごく自然にエドワードの腰を抱いて引き寄せる。
 あぁ、その手つき。嫌だな。
「行こうか、鋼の。近くのカフェに美味しいパンシチューを出す店があるんだ」
「ふーん」
 昨日もこうやって女の人の腰を抱いていた。
「どうした? 鋼の」
 一歩も動かないエドワードを心配してロイが声をかける。俯いたまま動かないエドワードの顔をロイが覗き込んだ。瞬間、エドワードの右手の拳がロイの頬に綺麗に入った。
 ロイの体が綺麗な放物線をかいて飛んでいった。どさりと地面に叩きつけられたロイを見下ろして、エドワードは冷たい声で言い放つ。
「昨日の女の人、誰?」
 エドワード自身も驚くほど冷たい声が出た。感情に任せた怒りではない。淡々としたただの問いだ。自分でも不思議だが、いつもの沸騰するような怒りではない。静かな内で燃えるような怒りだ。
「き、昨日の……女性?」
 急に殴られ困惑しているのだろう。ロイは倒れたまま頬に手を当て、瞬きを繰り返している。
「ジュエリーショップ。言っとくけど、アルもアンタが女の人と入るところ、見てっからな」
「ジュエリー、ショップ……」
 呟くようにそう言ってロイはハッとした表情をした。
 ようやく、自覚したらしい。
「違う! 誤解だ、鋼の!」
「なにが誤解なんだよ。言ってみろよ。あ゛ぁ゛?」
「君に贈るものを、彼女に相談していたんだ! 彼女はあそこの店の店員なんだよ」
「店員!? んなわけあるかよ! 腰抱いてエスコートしてたくせに!!」
「私が無理を言って、商品をいくつか外に持ってきて貰っていたんだ! それでも気にいるものがなくて……一緒に店に」
 というか、恋人でなくとも女性をエスコートするのは当たり前だと騒ぐロイの胸ぐらを掴んだ。
「言い訳はそれだけか」
「全て本当なのだよ。嘘などついていない。嘘をついたとするならば、午前中の仕事は昨日、店に行ったツケだ」
 黒い瞳が真っ直ぐにエドワードを射抜く。真剣な表情がとても嘘をついているようには思えなかった。徐々に眉間から力が抜けていく。
「わかった……今は信じる」
 パッとロイを離して、後ろを向く。俯いてコートを掴む。
 嘘はついていないと思うが、それでも……
「鋼の……」
 銘を呼ばれるのと同時に、後ろから首になにかをかけられる。ぴたりと首に添うように付けられたそれを左手の指先でなぞった。コツンと指先に石が当たる。ベロアの生地でできた紐に、小ぶりの石がついているようだ。石だけを触ると艶のある丸みを帯びている。
「付けていてくれると嬉しい。私の君への気持ちだ」
「これ、選んでくれたってやつ?」
「そうだよ……こちらを向いてくれ。鋼の」
 くるりと強制的に向き合わされて、エドワードは顔をロイから背けた。
「エド。こっちを見て」
 今度は優しい声で名前を呼ばれて唇を噛む。いつまでも意地を張るべきではないだろうが、殴った手前なんだかまともにロイの顔を見られなかった。
「君には、嫌なものを見せたな……申し訳がなかった。今後は気をつける」
 はっきりとそう言ったロイは、少し屈んで続きの言葉をエドワードの耳元で囁いた。
「けれど、これだけは信じてくれたまえ。私には君だけだ」
 低く甘い声にぶわりと耳から熱くなる。心臓が昨日とは違う意味でバクバクと音を立てて煩い。
 エドワードはゆっくりと顔を動かしてロイを見る。彼は幸せそうに微笑んでこちらを見ていた。
「あぁ、青もよく似合っているよ。エド」
 そう言って額にキスを落とされる。慌てて額を手で覆った。
「大佐っ!?」
「君が可愛かったからつい……」
 くつくつと笑う彼を置いて、エドワードは歩き出した。
「鋼の、待ってくれ」
「パンシチュー! 食べにいくんだろ」
 くるりと振り返って、エドワードはロイに言った。
 エドワードの着ているジャケットの隙間から、ロイの贈ったチョーカーがちらりと見えた。
 真珠のついた青いチョーカーを見てロイがほくそ笑んだことを、エドワードは知らない。
 真珠のついたチョーカーの意味をエドワードが知るのはだいぶ先のことである。
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