バレンタイン、成功セリ

2月14日、バレンタイン。
私は今日、今までのバレンタインで…いや待って、多分生まれてから一番だ。うん、過去一だ。過去一緊張している。
なにせ、今日は憧れの人である北先輩に、チョコレートを渡すと決めてきたから。

なんやかやでもう放課後やけど、ああどうしよ。
どこで、どうやって渡そう…!

売り場を3時間も右往左往してやっと決めたチョコは、小さな紙袋に入れて右手に。
焦りから、その手にググっと力が入る。

私はバレーボールはおろか、スポーツ全般を苦手とする運動音痴の文系陰キャ。
そんな私がなんで北先輩を知り、チョコを渡そうと決心するに至ったかといえば…いや、大仰にいっても仕方ない、めっちゃ些細なことなんです。

とある日、私が図書当番だった時のこと。
調べ物があったらしい2年の先輩方が数人、図書室に来た。
基本静かにはしてくれてたんやたけど、それなりにおしゃべりも多くて。
「どうしよ、注意しなあかんかな…でも3年生やし怖いし…」と内心冷や汗かいてた。
そしたら、

「図書室やで。私語厳禁やろ」

静かな声で、でも有無を言わさぬぴしゃりとした物言いで同級生を注意した先輩がいた。
銀髪?で、毛先だけ黒なんかな?前に校内新聞で見たことある、確か…あ!バレー部の主将の!えっと…
「ごめんて北、おっかない顔やめて。お前のその顔めっちゃ怖いねん」

そう!北先輩!
「そんな怒ってへん。でもほんま静かにしとき。図書委員さんも困るやろ」
「はぁい」

同級生にも物怖じしないし、あんな言い方してもみんなに慕われてるっぽいし、しかもしかも図書委員さん…って私にまで配慮を…!?

極めつけは、退室の時。
「すまんな。騒いでもうて」
そう私に軽く会釈して、颯爽と去っていったんです…!

こんなん完落ちに決まってるやん…!
というわけでまんまと好きに…というより、憧れ。私の最推しの先輩になったんです。

ほんまは、このまま勝手に推させてもらおうと思ってた。
うちの学校のバレー部は強豪で、その部のキャプテンともなるとそれこそ校内新聞とか、何とかのあいさつで朝礼でしゃべってたりとか…接点は少ないけど、意外と顔を見られたり声聞けたりすることは多かった。それで十分って思ってた。

でもうっかりね、うっかりよ。
友だちにちらっと北先輩とのことしゃべったら、「それはあんた意思表明しなあかんやん!」ってぐいぐい背中押してきて…
最初は「無理や~」って全力で流してたのに、なんか気づいたら気持ちがどんどん前のめりに盛り上がってきてもうて…
もうすぐバレンタインやんか!ってなって…
そして今に至ると。そういうわけなんです。
振り返ってみたら、ただの勢いでここまで来てるな…。

舞い上がってるだけ、勢いだけでチョコまで準備したってわかってる。
付き合えるとか、先輩に覚えてもらおうとか、そんなことは微塵も考えてない。
ただ、先輩と何かしらの接点を持ってみたかっただけ。それだけ。
一言だけでも話せたら、そんでちょぉ…っとだけ特別な差し入れっていうことでこのチョコを渡せたら。もうそれだけで、私多分一生頑張れます。
だから、神様仏様!どうか私にチャンスをください!
北先輩にチョコ渡すタイミングをください!

…はぁ、こんな時だけ都合よく神頼みなんて、それこそ北先輩になんや怒られそうや…。
とりあえず帰り支度をして、いつでも渡せるようにチョコの入った紙袋は右手に引っ提げて、そわそわと渡り廊下を歩いてた。
…あれ、こっちそういえば体育館や。
そう思ってふと振り返ったら。

むこうから北先輩歩いてきてる…!?
え!うそ!うそや!うそやない、ほんまや!!
先輩の横にもう一人、色黒の…多分バレー部の先輩と、私と同学年で「双子でバレー部でレギュラー」ってちょっと有名な宮兄弟のどっちか(金髪や、たしか侑くんのほう)も一緒に、楽しそうにしゃべりながら(よく見たら北先輩はほとんどしゃべってないみたいやったけど)あああ歩いてくる…!

どうしよう、渡す?いや今渡さんと絶対もうタイミングない!でも、他の先輩とか宮くんとかおるし、なんやこの場所、先輩のこと待ち伏せしてたみたいやし、ああああ…
そんなこと考えてる間にも、先輩たち3人はどんどんこっちに近づいてくる…!

もう考えてる猶予はない、腹くくらんと…!

「北せんぱ、ぃ」
渾身の勇気を振り絞って、先輩を呼び止めた。
けど!
ううう全然声でえへんし、尻すぼみなるし最悪…!
最初、色黒先輩と宮くんはそのまま通り過ぎようとしてたけど、北先輩だけ私が呼び止めたん気づいてくれて、足を止めてくれた。

「ん?どないした。俺に用?」
今の聞こえてたん?やっぱこの人すごいわ…!

「え、と…こ、これを!」
手に持っていた紙袋をずいっと、先輩の前に差し出した。
「さ、差し入れです!あの、いつも、応援してます!」
ドキドキしすぎて先輩の顔なんて全然みられへん、でも何かは伝えなきゃと、なんとか「応援」という言葉を絞り出した。

しばしの沈黙。

色黒先輩も、宮くんも、北先輩とまだ一緒にいるみたい。でも黙ってる。
堪忍して、はよ体育館行って…!
痛いほどの沈黙のあと、北先輩が口を開いた。

「悪いけど…」
………悪い?

顔を恐る恐る上げると、北先輩がいつもと何ら変わらぬ表情で、私を見ていた。
「そういうのはお断りしてんねん。キリないからな」

え?…オコトワリ…??キリ…ナイ…?

言葉の意味が理解できなくて、その場にそのまま立ち尽くす。多分今、めっちゃぽかんとしたやばい顔してる。

「差し入れやったら監督…黒須先生に渡しといてくれるか。応援はありがとうな」
最後にふっと笑うと、先輩はそのまますたすたと体育館の方へ行ってしまった。
後ろの二人がええええええええ!!??みたいな顔を見合わせた後、そのまま先輩を追いかけていく。何なんその顔…

ともかくも、終わった。終わってしまった。バレンタインが。

私の手元には、いまだチョコの入った紙袋が残っている。
急に廊下が冷えきっていることに気付き、身震いする。なんや知らんけど喉もひりひりする。
頭がまだ全然回らず、しばらく私はそのまま立ち尽くしていた。



友だちに連絡する気にもなれず、帰る気にもなれず。
教室に行こうと思ったけど、他の子たちが楽しそうにしゃべっているのを見たらいよいよ気が滅入ってきて、私はほぼ無意識のまま歩き出し、気づいたら図書室の前まで来ていた。

図書室には、当番の学生以外は誰もいなかった。
顔見知りの、同じ委員の先輩に軽く会釈して、私は窓辺のテーブルに向かった。
椅子を引くときに出るぎぎぎ、という音がやたら耳に痛くて、こらえていた涙がぶわっとあふれてきた。
それからは堰を切ったように次から次に涙があふれ、図書室の隅で、一人で、声を殺してひたすら泣いた。

付き合えるとか、先輩に覚えてもらおうとか、そんなことは思ってなかった。
ただ、先輩と何かしらの接点を持ってみたかっただけだった。
ほら、目的は達成されてるやん。よかったやん。
チョコだけ、断られちゃっただけで…

自分が今日のことに、自分でもびっくりするくらい期待をしていたことに気付いて、泣ける。
断られてしまったことがただただ悲しくて、泣ける。
涙が収まってくれるのを待つけど、一向に引っ込まない。いろんなことが頭をよぎって、そのたびに次々涙があふれて止まらなかった。

ああ、このチョコって帰って私が食べるんかな、なんやバカみたいや。
気づけば、チョコの紙袋をぎゅっとお腹のあたりでくしゃくしゃに抱きかかえていた。

「あの、閉室の時間なんですけど…」
何とか泣き止んだとこまでは覚えてるけど、そのあとどうやらテーブルに突っ伏して眠ってしまっていたらしい。
さっきの図書委員の先輩が、そう声をかけてくれて目が覚めた。
既に窓の外は真っ暗。3秒ほどかけて状況を把握し…え!?閉室って今何時!?

「わっす、すいません!」
慌てて帰り支度をする。
「あの…私の勘違いならいいんやけど、さっき泣いてた?」

そろそろと尋ねる先輩の言葉に、ぴしっと体が固まる。
そっか、私、北先輩にチョコ断られたんやった。そんでここ来て、わんわん泣いてたんや。

「あ、いや、あのー、あっはは」
何を言ったらいいかわからず、言いたくもなくて、笑ってごまかす。
「…元気出してな」
思い切りはぐらかした私を責めもせず、先輩はそう一言いうと、閉室の準備に戻っていった。

はぁ…図書委員ってなんでみんないい人なんや…本沢山読んでるからかな…

「遅くまですいませんでした。それと、ありがとうございます」
カウンターで作業している先輩にそう言って頭を下げ、そのまま玄関へ向かった。

あー…でもこのまままっすぐ帰るの、やっぱりまだ嫌やな。
正門を出て、帰り道と反対方向へ歩き出す。

こっち方面、全然来たことないなぁ。気晴らしになってええかな。
そう思い少し歩いてみたけど、道に迷ったら嫌やな、と足をとめる。うまく考えがまとまらなくて、思い付きの行動ばっかりとってる自分に、思わず苦笑いした。

通りかかったそこは公園で、入り口に車止めなのか、小さい柵があった。
その柵を椅子代わりに腰を下ろし、ふぅ、と一息ついた。息が白い。
右手にはまだ、くしゃくしゃになってしまった紙袋を持っている。もう捨てちゃおうかなとも思ったけど、それすら億劫やった。

なんや凄い一日やったな。
目の前を行きかう人をぼんやり眺めながら、朝から今までを、一つ一つ思い起こしていく

朝は、起きたらもうドキドキしてたな。
学校ついたら友だちと、どうやってチョコを渡すかであーでもないこーでもないって騒いで。
気づいたらもう放課後なってて。
どうしよって思ってたら先輩がちょうど歩いてきて…
記憶を反芻していたら、また胸がつまって、鼻の奥がツンとしてきた。

あかん、また泣きそう。
流石にもう泣くのは嫌やな、疲れたわ、と気持ちをふりきるように思いっきり顔を上げたら、目の前に誰かが立っていた。

暗くてよう見えへんけど、運動部の人がよく持ってる大きいショルダーバッグを肩から下げている。
「あ、やっぱりや」

!?
うそやん!!!

「き、きたせんっ」
先輩の名前を言い切る寸前、視界がひっくり返った。
「おいっ」
一瞬、何が起きたかわからなかった。
…どうやら、驚いた拍子に後ろにひっくり返ったらしい。
背中を強打して、一瞬息がつまる。息を整えたくて、「けほっ」と小さく咳が出る。
「大丈夫か?」
…って近い!北先輩近い!
先輩の顔がとんでもない近距離にあって、無様にひっくり返った私を心配してくれている。
背中とおしりの猛烈な痛みも吹っ飛んだ。

「だだ大丈夫ですっすっすみません!」
恥ずかしくて申し訳なくて、必死に起き上がった。
「危ないなぁ。気ぃ付けや」
先輩は安堵したようにふぅ、と息をついて背中をさすってくれた。

待って、ちょっと待って。今何がどうなってるん??

先輩変わらず距離近いし、あっそういえばマスクしてる、マスクしててもかっこええわ…
あかん、見とれてる場合ちゃうねん。
なんとか立ち上がると、私の横にしゃがんでくれていた先輩も一緒に立ち上がった。

「せ、先輩なぜここに…?」
「何故って部活帰りや。そしたら公園のとこに誰かおって。あれ、さっきの子かな思て」

先輩、覚えててくれてたんや。
なんだかそれだけで感極まってしまいそうなくらい、情緒がぐわんぐわん。

「…すまんかったな」
不意に、先輩が謝った。
「え?な、何がですか」
「あのあと、アランと侑に言われたんや。あの袋って部への差し入れやのうて、俺にくれようとしてたんちゃうかって」
先輩、本気で部への差し入れって思ってたんや…。
断るための方便的なやつかとてっきり思ってた。

「や、えと…私もすいませんでした。『差し入れ』ってややこしい言い方してしまって」
「あ、ほんならやっぱり、あれ俺へのやつやったん?」
「そ、そうです…」

改めて聞かれるとほんとに恥ずかしくて、顔がどんどん熱くなっていくのがわかる。
多分今、顔真っ赤や。それがまた恥ずかしい。

「そっか…ありがとうな」

廊下で言われた「ありがとうな」と全然違う。さらっと言われたあの時と全然違う。
今は、ちゃんと私に向かって真っすぐ言うてくれてる。
恥ずかしすぎて先輩の顔とか全然見られんけど、その言葉だけで、私の今日一日のバタバタも、悲しみも、全部報われていくのがわかった。

ああ、また泣くこんなん…

「はいっ…ありがとうございます」
ここで、私を見つけてくれて、ありがとうございます。
泣いてしまわないように精一杯気を張りながら、お礼を伝えた。

「ふっ、なんで君がお礼言ってるんや」

え、今先輩笑ってくれた…?
そろそろと顔を上げてみたけど、マスクをした先輩の表情は、暗さもあってようわからんかった。

「なぁそれ、さっきくれようとしてたやつやんな?」
先輩は、私の右手に下げられた、くしゃくしゃの紙袋を指さしてそう尋ねた。

「え?は、はい」
「それ、もらってええ?」

絶対ダメ!!

「いや!いやいや…こ、これはもう、ダメです」
「え、なんで」
「もうこんなくっしゃくしゃやし、あと…さっきまで、その、私ぎゅーって持ってたんで、中身絶対溶けてますし…」
「ええってそんなん。欲しいねん」

ええ…こんなくしゃくしゃの…申し訳なさすぎる…
それでも先輩は頑としてゆずらず、とうとう私の右手から、紙袋をそっと奪って行ってしまった。

「帰り道どっち?暗いけど、一人で帰れるか?」
俺こっちやけど…と、先輩が帰る方向を指さしている。もちろん私は反対方向、それにもう胸がいっぱい過ぎて、これ以上先輩と一緒にいたら心臓破裂する。
「帰れます帰れます、全然帰れますっ」
「そうか?…まぁ気ぃ付けて帰りや」
「はいっダイジョブです!…先輩、あと!」
「ん?」
帰路につこうとこちらに背を向けかけていた北先輩が、顔だけこちらに向き直った。

「部活頑張ってください!応援してます!」
「…うん」

顔は良く見えんかったけど、表情が柔らかかった。と、思う。
見えんくても、そんな気がした。
そのまま、振り返らずにまっすぐ歩いていく先輩の背中を見送った。
それから一つ深呼吸すると、私も家に向かって歩き出した。
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