汝の愛よ我が胸に還れ
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俺が悪かった。相手が女であるにも関わらず、気心の知れた奴だからとついノックを忘れてドアを開けちまった。だがしかし、其れに罪悪感を持ってさっさと部屋を退散しようなんて考えは毛頭なかった。
俺より背がデカい癖に華奢な躰つきをした凛子が、ソファにゆったりと身を預け無防備に眠っていた。胸に抱いている本は革張りで、日本語ではない外国の言葉が綴られている。
「ん……如何したの? 中也」
俺を呼ぶ寝起き特有の掠れた声に、どきりと胸が跳ね上がる。凛子は寝惚け眼を擦ってゆっくりと起き上がり、ソファに腰掛けた。
「いや、夕飯でも誘おうと思ってな……其れより手前、本読んでたのか?」
膝に置き直された洋書を指差すと、凛子が「嗚呼」と其れを掲げて見せる。
「ドイツの本。首領 がくださったの」
独逸。凛子が生まれ育った祖国 だ。流暢な日本語を喋っている為に忘れがちだが、此奴は独逸人だった。
「未だ独逸語読めるンだな」
「当たり前でしょう。私が生まれ育った国の言葉よ。私のお兄さまたちが話していた言葉。絶対に、忘れたりなんかしないわ」
何処か哀しげな凛子を見て、言及することは憚られる。マフィア に居る人間なんざ、俺も含めて決して幸せな生い立ちはしちゃいねェ。凛子も何処かで深い傷を負っている。俺の知らない、癒えることのない、決して触れられたくないであろう傷を。
「……なあ。お前の家族って、どんなモンだった」
だが。そうだと判っていても。知りたいと、教えて欲しいと。そう思っちまった。凛子は僅かに目を瞠る。
「余計な詮索はするなって、初めて私と会ったとき、貴方が言ったんじゃない」
「うっせえよ。ただ知りたくなっただけだ」
言い訳がましい俺の言葉に、凛子は今度こそくすくすと肩を揺らして笑った。嗚呼、何たって俺は此奴の掌で踊らされにゃなんねェんだか。
「そうね、可いわ。貴方には特別に少しだけ教えてあげる」一頻 きり笑った凛子は、息を静かに吐いてソファの背凭れに身を預けた。瞼を閉じて、在りし日に想いを馳せ乍ら。
「厳格なお父さまと、貞淑なお母さま。そして6人のお兄さまたちと私。歳の離れた一番上の兄とその下の兄は特に私を可愛がってくれた。それこそお姫さまのように。本当に、本当に素敵な日々だった。私の生涯で一等に幸せだった頃の話よ」
本の表紙を撫で乍ら懐古する凛子を、俺は黙って見詰めていた。
俺より背がデカい癖に華奢な躰つきをした凛子が、ソファにゆったりと身を預け無防備に眠っていた。胸に抱いている本は革張りで、日本語ではない外国の言葉が綴られている。
「ん……如何したの? 中也」
俺を呼ぶ寝起き特有の掠れた声に、どきりと胸が跳ね上がる。凛子は寝惚け眼を擦ってゆっくりと起き上がり、ソファに腰掛けた。
「いや、夕飯でも誘おうと思ってな……其れより手前、本読んでたのか?」
膝に置き直された洋書を指差すと、凛子が「嗚呼」と其れを掲げて見せる。
「ドイツの本。
独逸。凛子が生まれ育った
「未だ独逸語読めるンだな」
「当たり前でしょう。私が生まれ育った国の言葉よ。私のお兄さまたちが話していた言葉。絶対に、忘れたりなんかしないわ」
何処か哀しげな凛子を見て、言及することは憚られる。
「……なあ。お前の家族って、どんなモンだった」
だが。そうだと判っていても。知りたいと、教えて欲しいと。そう思っちまった。凛子は僅かに目を瞠る。
「余計な詮索はするなって、初めて私と会ったとき、貴方が言ったんじゃない」
「うっせえよ。ただ知りたくなっただけだ」
言い訳がましい俺の言葉に、凛子は今度こそくすくすと肩を揺らして笑った。嗚呼、何たって俺は此奴の掌で踊らされにゃなんねェんだか。
「そうね、可いわ。貴方には特別に少しだけ教えてあげる」
「厳格なお父さまと、貞淑なお母さま。そして6人のお兄さまたちと私。歳の離れた一番上の兄とその下の兄は特に私を可愛がってくれた。それこそお姫さまのように。本当に、本当に素敵な日々だった。私の生涯で一等に幸せだった頃の話よ」
本の表紙を撫で乍ら懐古する凛子を、俺は黙って見詰めていた。