妹よ
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俺は突然現れた太宰に、自宅であるマンションから近くの港へと連れ出された。埠頭から臨む海は月灯りを闇の中にひらめき潮風の香りが俺たちを押し包む。太宰は上機嫌に鼻を鳴らして其の匂いを楽しんでいた。
「今夜は快い夜じゃないか。月は篝火の如く街を照らし、太陽から逃げ惑う星々が夜空を巡り其の闇を照らしている」
「おい、無駄話は其処迄だ――何で手前が彼処で出しゃばりやがった」
ぎらりと睨み上げようが、太宰は意に介さねえと云わんばかりに朗らかに笑う。
「昼間、街で美しい男女に出逢った。孤児院の出だと云う彼は立派に身を立て、さる劇団の女優である彼女と恋仲になったらしい。
彼女との将来を真剣に考える彼は、彼女の唯一の肉親である兄君に結婚の許しを請うのだと云う。然し私は其の兄が実妹である彼女を愛していることを知っていた。
孤児を守らねばならない私は、虫の知らせで彼にこっそり“御守り”を付けておいたのさ」
厭でも“御守り”とやらが何かを察し、大きく舌を鳴らしたが、太宰は露ほどにも気にしちゃいねえ。何時もの摑みどころのないヘラヘラとした微笑いで俺を見据える。
「其れで何故、彼を殺そうとした? 凛子ちゃんの目の前で」だが目は笑っちゃいなかった。溜息を吐き、宵の空とひとつに溶け合う水平線を遠く見る。
「――俺は、凛子が二度と泣くことがねえように、傷つくことがねえように、側に居てやるって約束したンだ」
此の世界は残酷だ。身寄りのない餓鬼を愛してはくれない。護ってはくれない。だが俺は、そんな哀れな、俺の世界の凡てである妹をそれでも愛そうと、護ろうと決めた。
初めて人間を殺した日にゃ碌な死に方はしねェとも思った。今でも偶に悪夢として死んだ奴らの顔が浮かんで来る。
だが、其の過去に後悔しているかと訊かれれば、迷わず否と答えるだろう。凛子の為なら此の手を何れだけ血に染めようが構いやしなかった。死屍累々の山を築き、其の上で凛子が幸せで在るならば、悪魔にだって喜んで魂を差し出した。
「今迄も此れからも凛子には俺だけだと信じて疑わず、他の男に手前の心を投げ与えるなんざ夢にも思っちゃいなかった」
俺の命よりも大切な女。ずっと俺だけのモンだと思っていた。だが其れも虚しく、凛子は他の男の妻 になる。
「俺の約束は如何なる? 俺が彼奴に捧げたモンは? 今や凡て無に還る」
じっと太宰の目を見据える。其の眼は暗く底が見えない。永遠にも思える沈黙が、俺たちの間に横たわる。
「……私はね、中也。君は莫迦でも愚か者だとは思っていなかったよ。だが今の君はまさに、此の世で最も嘲りを受けるべき愚者に成り下がった」
「何だと……?」
分かったような口を聞きやがって。そう言わんとしたが、見透かしていたかのように太宰は言葉を重ねる。
「“約束”は、交わした相手を縛る為にするものじゃない。己が己たらしめる為に交わすものだ。だが君の云う約束は、凛子ちゃんを縛り、そして自分に隷属させる為にしているんだよ」
其の言葉に、俺は言葉を失った。
「今夜は快い夜じゃないか。月は篝火の如く街を照らし、太陽から逃げ惑う星々が夜空を巡り其の闇を照らしている」
「おい、無駄話は其処迄だ――何で手前が彼処で出しゃばりやがった」
ぎらりと睨み上げようが、太宰は意に介さねえと云わんばかりに朗らかに笑う。
「昼間、街で美しい男女に出逢った。孤児院の出だと云う彼は立派に身を立て、さる劇団の女優である彼女と恋仲になったらしい。
彼女との将来を真剣に考える彼は、彼女の唯一の肉親である兄君に結婚の許しを請うのだと云う。然し私は其の兄が実妹である彼女を愛していることを知っていた。
孤児を守らねばならない私は、虫の知らせで彼にこっそり“御守り”を付けておいたのさ」
厭でも“御守り”とやらが何かを察し、大きく舌を鳴らしたが、太宰は露ほどにも気にしちゃいねえ。何時もの摑みどころのないヘラヘラとした微笑いで俺を見据える。
「其れで何故、彼を殺そうとした? 凛子ちゃんの目の前で」だが目は笑っちゃいなかった。溜息を吐き、宵の空とひとつに溶け合う水平線を遠く見る。
「――俺は、凛子が二度と泣くことがねえように、傷つくことがねえように、側に居てやるって約束したンだ」
此の世界は残酷だ。身寄りのない餓鬼を愛してはくれない。護ってはくれない。だが俺は、そんな哀れな、俺の世界の凡てである妹をそれでも愛そうと、護ろうと決めた。
初めて人間を殺した日にゃ碌な死に方はしねェとも思った。今でも偶に悪夢として死んだ奴らの顔が浮かんで来る。
だが、其の過去に後悔しているかと訊かれれば、迷わず否と答えるだろう。凛子の為なら此の手を何れだけ血に染めようが構いやしなかった。死屍累々の山を築き、其の上で凛子が幸せで在るならば、悪魔にだって喜んで魂を差し出した。
「今迄も此れからも凛子には俺だけだと信じて疑わず、他の男に手前の心を投げ与えるなんざ夢にも思っちゃいなかった」
俺の命よりも大切な女。ずっと俺だけのモンだと思っていた。だが其れも虚しく、凛子は他の男の
「俺の約束は如何なる? 俺が彼奴に捧げたモンは? 今や凡て無に還る」
じっと太宰の目を見据える。其の眼は暗く底が見えない。永遠にも思える沈黙が、俺たちの間に横たわる。
「……私はね、中也。君は莫迦でも愚か者だとは思っていなかったよ。だが今の君はまさに、此の世で最も嘲りを受けるべき愚者に成り下がった」
「何だと……?」
分かったような口を聞きやがって。そう言わんとしたが、見透かしていたかのように太宰は言葉を重ねる。
「“約束”は、交わした相手を縛る為にするものじゃない。己が己たらしめる為に交わすものだ。だが君の云う約束は、凛子ちゃんを縛り、そして自分に隷属させる為にしているんだよ」
其の言葉に、俺は言葉を失った。