死を記憶する女司書
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時計の針はお昼を過ぎ、江戸川さんとの約束 の時間を控えている。私は一度作業を切り上げて、給湯室でその準備に取り掛かった。今日のおやつには緑茶よりも紅茶の方が合うだろう。
「おや凛子、美味しそうなパイじゃないか」
「晶子。お仕事お疲れ様です」
「嗚呼、有難うね。ところで其れは凛子が作ったのかい?」
白衣を抱えた晶子がやって来て、テーブルに出されたアップルパイとティーセットを見る。その目はどこかきらきらしていて、私はお皿とティーカップをひと組増やした。
「江戸川さんが食べたいと仰っていたので。晶子も少し休んで召し上がって行きませんか?」
「可いのかい? それじゃご相伴に与ろうじゃないか」
「それなら江戸川さんを呼んで来てください。そろそろ準備が整うので」
すると晶子はぱちぱちと目をしばたたかせる。何かと思い首を傾げた。
「凛子、未だ乱歩さんのことを“江戸川さん”なんて呼んでいたンだねェ。何度も名前で呼べって云われてンだろうに」
何を言い出すかと思えば今朝の話題を蒸し返されてしまい、思わず苦笑する。
「そうですね、今朝もご本人とその話をしましたよ」
「呼んであげたら可いじゃないか。妾 のことだって名前で呼んでいるンだからサ」
「そう、ですね。まだ男性を名前で呼ぶことに慣れないので何とも言えませんが……」
「へェ? その割には社長のことは名前で呼ぶけどねェ。あーあ、乱歩さんも気の毒だよ」
にやにやとした笑い方をする晶子に、思わずぐっと言葉を詰まらせてしまった。私が諭吉さんのことを引き合いに出されることが弱いと分かっているのに、このひとは本当に人が悪い。
「諭吉さんは私を庇護してくださっている方ですよ。変に勘ぐっておかしなことを言わないでください。諭吉さんに失礼です」
「おや、そりゃ失礼したね」
それじゃ妾は乱歩さんを呼んで来るよと出て行かれては、それ以上何も言えない。諦めて溜息を吐いた。
今日のような“そういった”雰囲気の話題を振られることはしばしばある。好きな男性は誰なのか、今日は誰々と出かけていたようだけど何をしていたのか、その他色々。探偵社の男性陣は全員その話題の餌食となり、今日はたまたま江戸川さんと諭吉さんだった。
晶子以外に、同じ事務員の春野さんや谷崎さんの妹さんであるナオミちゃんも色恋の話には関心があるらしく、同じような話題がよく出る。私は昔からそういった話がどうにも苦手だ。話に付き合うことはできるけれど、話題の中心にされることは辞退したい。
「この世界じゃますます、恋愛なんて考えられない……かな」
人並みに恋に夢を見てきた。けれどこの異世界に来てからは、一日を生きることに精一杯だ。恋に恋する余裕はない。それに、私がもしも元の世界に還ることが叶うのであれば、情にがんじがらめにされて決心が鈍ってしまうだろう。だからこそここに大切なものを作るわけにはいかないのだ。
晶子と江戸川さんが来たところを見て、私はぼんやりとした考えを打ち切り、おやつを載せた盆を持ち上げた。
「おや凛子、美味しそうなパイじゃないか」
「晶子。お仕事お疲れ様です」
「嗚呼、有難うね。ところで其れは凛子が作ったのかい?」
白衣を抱えた晶子がやって来て、テーブルに出されたアップルパイとティーセットを見る。その目はどこかきらきらしていて、私はお皿とティーカップをひと組増やした。
「江戸川さんが食べたいと仰っていたので。晶子も少し休んで召し上がって行きませんか?」
「可いのかい? それじゃご相伴に与ろうじゃないか」
「それなら江戸川さんを呼んで来てください。そろそろ準備が整うので」
すると晶子はぱちぱちと目をしばたたかせる。何かと思い首を傾げた。
「凛子、未だ乱歩さんのことを“江戸川さん”なんて呼んでいたンだねェ。何度も名前で呼べって云われてンだろうに」
何を言い出すかと思えば今朝の話題を蒸し返されてしまい、思わず苦笑する。
「そうですね、今朝もご本人とその話をしましたよ」
「呼んであげたら可いじゃないか。
「そう、ですね。まだ男性を名前で呼ぶことに慣れないので何とも言えませんが……」
「へェ? その割には社長のことは名前で呼ぶけどねェ。あーあ、乱歩さんも気の毒だよ」
にやにやとした笑い方をする晶子に、思わずぐっと言葉を詰まらせてしまった。私が諭吉さんのことを引き合いに出されることが弱いと分かっているのに、このひとは本当に人が悪い。
「諭吉さんは私を庇護してくださっている方ですよ。変に勘ぐっておかしなことを言わないでください。諭吉さんに失礼です」
「おや、そりゃ失礼したね」
それじゃ妾は乱歩さんを呼んで来るよと出て行かれては、それ以上何も言えない。諦めて溜息を吐いた。
今日のような“そういった”雰囲気の話題を振られることはしばしばある。好きな男性は誰なのか、今日は誰々と出かけていたようだけど何をしていたのか、その他色々。探偵社の男性陣は全員その話題の餌食となり、今日はたまたま江戸川さんと諭吉さんだった。
晶子以外に、同じ事務員の春野さんや谷崎さんの妹さんであるナオミちゃんも色恋の話には関心があるらしく、同じような話題がよく出る。私は昔からそういった話がどうにも苦手だ。話に付き合うことはできるけれど、話題の中心にされることは辞退したい。
「この世界じゃますます、恋愛なんて考えられない……かな」
人並みに恋に夢を見てきた。けれどこの異世界に来てからは、一日を生きることに精一杯だ。恋に恋する余裕はない。それに、私がもしも元の世界に還ることが叶うのであれば、情にがんじがらめにされて決心が鈍ってしまうだろう。だからこそここに大切なものを作るわけにはいかないのだ。
晶子と江戸川さんが来たところを見て、私はぼんやりとした考えを打ち切り、おやつを載せた盆を持ち上げた。