死を記憶する女司書
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凛子と初めて逢ったあの日から、季節は丁度三度巡る。其れは長いようにも短いようにも感じる時間だが、互いを名前で呼び合う程には、確かに関係を深くさせていた。
早朝から庭で日課の稽古をつけていると何時もの時刻になり、縁側に影が現れる。
「おはようございます、諭吉さん。今日も良いお天気で。じきに朝ごはんができますよ」
「お早う。判った、着替えて来よう」
射干玉 の長い髪を結い上げ、前掛けを身に着けた凛子が朝の挨拶と朝餉の準備を告げる。
差し出された清潔な手拭いで滲んだ汗を拭ってから縁側に上がり、其の儘自室に向かった。其処に置かれている衣桁 には替えの新しい着流しが掛けてある。何時ものことながら凛子の濃 やかな気遣いに感謝した。
凛子がこの世界に突然現れた騒動の後、凛子には戸籍――詳細に関する殆どが空欄の白紙同然の紙切れ――を作って与えた。だが彼女自身が抱える“秘密”が足枷となり、衣食住は私との共同生活によって保証することとなってしまった。其れにも凛子は不満ひとつ漏らすことなく私に善く尽くしてくれている。
仕事に関しては探偵社の事務員の他に副業として司書の口を見つけた。 其れは凛子が嘗て居た世界との繋がりを求めてのことだと理解している為、或る種の気晴らしとして週に一度の其の勤務を許している。
「諭吉さん?」
朝餉の席で、箸を動かす手が止まった私の様子を心配そうに窺う凛子と目が合った。彼女は食事に不都合があったのではないかと小鉢や椀の並ぶ食卓に視線を移す。
「料理、お口に合いませんでしたか?」
「否、そういう訳ではない。何時も通りだ」
私の「何時も通り」が「美味い」であると心得ている凛子は、安心したように笑みをこぼした。其れを見て取り箸を再び動かす。
「今日のお仕事のご予定は?」
「社へは行けぬ。帰りは出来る限り早くするが、先に食べていて構わん。凛子は今日は探偵社の方に行くのか」
「はい。私も遅くなるかもしれませんね」
「……太宰か」
私の言葉に凛子は小さく苦笑した。太宰だけでない、他の社員も凛子を好いている。気立ての良い彼女は最早、事務員という立場以上に武装探偵社に深く関わっていた。殊に太宰と乱歩は凛子をいたく気に入っているようで終業の時刻になっても彼女を中々離そうとせず困らせている。
「あまり遅くなるようであれば太宰に送らせるように」
「いえ、そんな。それは申し訳ないです」
「女人が夜更けに一人歩きをするのは感心しない。頼むことに気後れするのであれば私から直接言っておこう」
「……ありがとうございます」
「気にするな。其れより、乱歩が凛子の作る洋菓子が食べたいとごねていたぞ」
「ああ、一昨日直接ねだられました。簡単なものを昨晩お作りしたので差し入れるつもりです」
「あまりそう甘やかすな。乱歩ももう子供ではいのだから」
そう窘めると何時もの困ったような笑みを浮かべて「気をつけます」と云うが、其れで直ったためしはない。けれど強く叱りつけることが出来ないのだから、私は大概、凛子にも乱歩にも甘いのだろう。
早朝から庭で日課の稽古をつけていると何時もの時刻になり、縁側に影が現れる。
「おはようございます、諭吉さん。今日も良いお天気で。じきに朝ごはんができますよ」
「お早う。判った、着替えて来よう」
差し出された清潔な手拭いで滲んだ汗を拭ってから縁側に上がり、其の儘自室に向かった。其処に置かれている
凛子がこの世界に突然現れた騒動の後、凛子には戸籍――詳細に関する殆どが空欄の白紙同然の紙切れ――を作って与えた。だが彼女自身が抱える“秘密”が足枷となり、衣食住は私との共同生活によって保証することとなってしまった。其れにも凛子は不満ひとつ漏らすことなく私に善く尽くしてくれている。
仕事に関しては探偵社の事務員の他に副業として司書の口を見つけた。 其れは凛子が嘗て居た世界との繋がりを求めてのことだと理解している為、或る種の気晴らしとして週に一度の其の勤務を許している。
「諭吉さん?」
朝餉の席で、箸を動かす手が止まった私の様子を心配そうに窺う凛子と目が合った。彼女は食事に不都合があったのではないかと小鉢や椀の並ぶ食卓に視線を移す。
「料理、お口に合いませんでしたか?」
「否、そういう訳ではない。何時も通りだ」
私の「何時も通り」が「美味い」であると心得ている凛子は、安心したように笑みをこぼした。其れを見て取り箸を再び動かす。
「今日のお仕事のご予定は?」
「社へは行けぬ。帰りは出来る限り早くするが、先に食べていて構わん。凛子は今日は探偵社の方に行くのか」
「はい。私も遅くなるかもしれませんね」
「……太宰か」
私の言葉に凛子は小さく苦笑した。太宰だけでない、他の社員も凛子を好いている。気立ての良い彼女は最早、事務員という立場以上に武装探偵社に深く関わっていた。殊に太宰と乱歩は凛子をいたく気に入っているようで終業の時刻になっても彼女を中々離そうとせず困らせている。
「あまり遅くなるようであれば太宰に送らせるように」
「いえ、そんな。それは申し訳ないです」
「女人が夜更けに一人歩きをするのは感心しない。頼むことに気後れするのであれば私から直接言っておこう」
「……ありがとうございます」
「気にするな。其れより、乱歩が凛子の作る洋菓子が食べたいとごねていたぞ」
「ああ、一昨日直接ねだられました。簡単なものを昨晩お作りしたので差し入れるつもりです」
「あまりそう甘やかすな。乱歩ももう子供ではいのだから」
そう窘めると何時もの困ったような笑みを浮かべて「気をつけます」と云うが、其れで直ったためしはない。けれど強く叱りつけることが出来ないのだから、私は大概、凛子にも乱歩にも甘いのだろう。