死を記憶する女司書
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ぬかるみに浸かったような重たい眠気が霧散した。ゆっくりと何度か瞬けば、次第に網膜がはっきりとした像を結ぶ。
つんとした消毒薬の匂いが漂うここは、どこかの病室だろうか。誰か親切なひとが救急車を呼んでくれて運ばれた? その割には病院によくあるナースコールのようなものはないけれど。個人で営まれた診療所の可能性もあるだろうか。まさかそんな所で私のあの大怪我を処置できるはずはないけれど。
身体に掛けられた布団の重みを感じつつゆっくりと起き上がる。恐らく、いや、確実に、この目が再び何かを見るなんてことは思っていなかったのに。身体は軽く、私の薄れていた意識を酷く苛んだ痛みもない。
「傷が……ない?」
まさか。どうして。清潔な寝巻きの下の肌には怪我どころかかすり傷ひとつ、失われた血の痕も残っていなかった。恐る恐る身体を撫でてみても、なめらかな質感が続いている。手術痕さえも残っておらず、事故はただの悪い夢だったようにさえ思えた。
「起きたかい? 此処、開けるよ」
「は、はいっ」
カーテン越しに声を掛けられ肩が跳ねる。私の返答を聞いて迷いなく開けられたカーテンの向こうから現れたのは、ショートボブがよく似合う、白衣を着た綺麗な女性だった。
「安心しな。妾 は医者で、此処は妾の働く職場だ。身体の具合は如何だい?」
「え、ええと……少しだるいくらいで……でも、怪我は……どうして……?」
どうやらあの事故は夢ではなかったらしい。先ほどの疑問を口にすると、私の手首を取って脈拍を測っていた女性がきょとんと目を見開く。そしてどこか合点がいったように「あァ」と相槌を打った。
「“異能力”を見たことがないンだね。アンタの怪我は妾の異能力で治したのさ」
「いのうりょく……?」
私が舌足らずのように言うと、彼女はにまりと妖しく笑う。妖艶なその笑みは彼女の婀娜っぽい雰囲気によく似合っていた。同性だと理解しつつ胸がどきりと音を立てる。
「凡 ゆる外傷を治癒する異能力 。其れが妾の“君死給勿”だよ」
「“きみしにたまふことなかれ”……与謝野 晶子……?」
「おや、妾の名を知ってるのかい?」
「えっ?」
得意げな表情から少し驚いたようなそれへ変わった彼女――ヨサノさんに、私は思わず声を上げる。
『君死にたまふこと勿れ』。それは女流歌人である与謝野晶子が、日露戦争へ赴いた弟へ贈った、どうか死んでくれるなと祈った反戦の詩 。それがなぜ、“いのうりょく”なるものになっているのだろう。そして彼女の名がなぜ、その作者と同姓同名なのだろう。
考えても私の考えは纏まらない。処理能力を上回る事態に頭痛が波のように襲ってくる。
仮に彼女が与謝野晶子であったとして、彼女は後世まで残された写真とは到底、似ても似つかぬ容姿をしていた。それに与謝野晶子に医者の経歴なんてなかったはず。あり得ないとは思うが、まさか同姓同名の別人であるというのだろうか。
「……取り敢えず、アンタを助けた社長を呼ぶよ」
「しゃちょう?」
「武装探偵社 の社長、福沢諭吉さんだ」
頭痛がまた酷くなった気がした。
つんとした消毒薬の匂いが漂うここは、どこかの病室だろうか。誰か親切なひとが救急車を呼んでくれて運ばれた? その割には病院によくあるナースコールのようなものはないけれど。個人で営まれた診療所の可能性もあるだろうか。まさかそんな所で私のあの大怪我を処置できるはずはないけれど。
身体に掛けられた布団の重みを感じつつゆっくりと起き上がる。恐らく、いや、確実に、この目が再び何かを見るなんてことは思っていなかったのに。身体は軽く、私の薄れていた意識を酷く苛んだ痛みもない。
「傷が……ない?」
まさか。どうして。清潔な寝巻きの下の肌には怪我どころかかすり傷ひとつ、失われた血の痕も残っていなかった。恐る恐る身体を撫でてみても、なめらかな質感が続いている。手術痕さえも残っておらず、事故はただの悪い夢だったようにさえ思えた。
「起きたかい? 此処、開けるよ」
「は、はいっ」
カーテン越しに声を掛けられ肩が跳ねる。私の返答を聞いて迷いなく開けられたカーテンの向こうから現れたのは、ショートボブがよく似合う、白衣を着た綺麗な女性だった。
「安心しな。
「え、ええと……少しだるいくらいで……でも、怪我は……どうして……?」
どうやらあの事故は夢ではなかったらしい。先ほどの疑問を口にすると、私の手首を取って脈拍を測っていた女性がきょとんと目を見開く。そしてどこか合点がいったように「あァ」と相槌を打った。
「“異能力”を見たことがないンだね。アンタの怪我は妾の異能力で治したのさ」
「いのうりょく……?」
私が舌足らずのように言うと、彼女はにまりと妖しく笑う。妖艶なその笑みは彼女の婀娜っぽい雰囲気によく似合っていた。同性だと理解しつつ胸がどきりと音を立てる。
「
「“きみしにたまふことなかれ”……与謝野 晶子……?」
「おや、妾の名を知ってるのかい?」
「えっ?」
得意げな表情から少し驚いたようなそれへ変わった彼女――ヨサノさんに、私は思わず声を上げる。
『君死にたまふこと勿れ』。それは女流歌人である与謝野晶子が、日露戦争へ赴いた弟へ贈った、どうか死んでくれるなと祈った反戦の
考えても私の考えは纏まらない。処理能力を上回る事態に頭痛が波のように襲ってくる。
仮に彼女が与謝野晶子であったとして、彼女は後世まで残された写真とは到底、似ても似つかぬ容姿をしていた。それに与謝野晶子に医者の経歴なんてなかったはず。あり得ないとは思うが、まさか同姓同名の別人であるというのだろうか。
「……取り敢えず、アンタを助けた社長を呼ぶよ」
「しゃちょう?」
「
頭痛がまた酷くなった気がした。