死を記憶する女司書
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夜の帷が深く下り、時計は床に就く時刻を回ろうとしていた。凛子に寝みの挨拶をしようとするがどの部屋を覗いても彼女は居ない。家中を粗方見て廻ると遂に庭で其の姿を認める。挨拶をする為に声を掛けようとした刹那、言葉を思わず呑み込んでしまった。
平生はひとつに纏められている長い髪は湯浴みを済ませた今、上等な反物のように背中に垂れ、双眸は春の望月に向けられている。朧な月光に照らし出されている彼女は、宛 らなよ竹の輝夜 を思わせた。
美しい手弱女 に年甲斐もなく見惚れるものの、あの薄い寝巻では湯冷めをしてしまうと我に返る。庭へ降り、着ていた羽織を凛子の肩に掛けてやれば、彼女はやっと此方を見た。
「諭吉さん……どうしてこちらに?」
「其の侭では身体を冷やす」
すると凛子は其の言葉を聞いて、心得たように微笑んだ。我ながら不器用だと呆れるような気遣いを汲んでくれたようだった。
「お気遣いありがとうございます。満月が綺麗に見えていたので、つい」
「……故郷が懐かしいか?」
私の問いに凛子は静かに目を伏せる。睫毛が白磁の肌に淡い影を落とし、其の淑やかな愁いは匂い立つような女の艶を含んでいた。
「……はい」
予想していた筈の答に、何処か失望にも似た利己的な感情を抱く。彼女が嘗て生きた世界への未練を棄ててはいないかと、己も知らずに望んでいたのだ。其のようなことは有り得ないと判っていながら。
「『運命は偶然よりも必然である』」
聞き慣れぬ格言であった。凛子は小説を好んでいるようで私の知らぬ嘗ての世界で見た言葉をよく云う。恐らく此れも又、其の世界でのものなのだろう。
「私がこうしてこの世界で生きるようになったことは必然だったのかもしれません。けれどもし偶然がありえて、こうなることがなかったら、なんて、不毛なことを考えてしまって……。だめですね、諦めたはずなのに。月を見たせいで帰りたくなったのかもしれません」
凛子は再び夜空を仰ぐ。白い月光に生える顔は余りに果敢 なく今にも消えてしまいそうだった。思わず彼女の肩を抱いて月の光から隠すように縁側へ上げれば、不思議そうに見詰められる。
「……寝んだ方が善いだろう」
「あ……、もうこんな時間でしたか。そうですね、おやすみなさいませ」
「お休み」
他人から奪ってばかりであった私が云うのは烏滸 がましいのは百も承知だ。けれどどうか、彼女だけは奪ってくれるなと望月に願う。
平生はひとつに纏められている長い髪は湯浴みを済ませた今、上等な反物のように背中に垂れ、双眸は春の望月に向けられている。朧な月光に照らし出されている彼女は、
美しい
「諭吉さん……どうしてこちらに?」
「其の侭では身体を冷やす」
すると凛子は其の言葉を聞いて、心得たように微笑んだ。我ながら不器用だと呆れるような気遣いを汲んでくれたようだった。
「お気遣いありがとうございます。満月が綺麗に見えていたので、つい」
「……故郷が懐かしいか?」
私の問いに凛子は静かに目を伏せる。睫毛が白磁の肌に淡い影を落とし、其の淑やかな愁いは匂い立つような女の艶を含んでいた。
「……はい」
予想していた筈の答に、何処か失望にも似た利己的な感情を抱く。彼女が嘗て生きた世界への未練を棄ててはいないかと、己も知らずに望んでいたのだ。其のようなことは有り得ないと判っていながら。
「『運命は偶然よりも必然である』」
聞き慣れぬ格言であった。凛子は小説を好んでいるようで私の知らぬ嘗ての世界で見た言葉をよく云う。恐らく此れも又、其の世界でのものなのだろう。
「私がこうしてこの世界で生きるようになったことは必然だったのかもしれません。けれどもし偶然がありえて、こうなることがなかったら、なんて、不毛なことを考えてしまって……。だめですね、諦めたはずなのに。月を見たせいで帰りたくなったのかもしれません」
凛子は再び夜空を仰ぐ。白い月光に生える顔は余りに
「……寝んだ方が善いだろう」
「あ……、もうこんな時間でしたか。そうですね、おやすみなさいませ」
「お休み」
他人から奪ってばかりであった私が云うのは