死を記憶する女司書
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時計が18時を指した。
エントランスホールに控えている守衛さんに別れの挨拶をして図書館 を出ると、爽やかな初夏の薫りを纏った夕風が頬を撫でる。始めて数ヶ月経つ仕事に身体は疲労を感じていたらしく、重い溜息が唇からこぼれた。ああ、今日もよく働いた。
私は今年の春から司書としてとある図書館に勤めている。子どもの頃から親しんだ本に囲まれた仕事にはやり甲斐を感じているし、来館した方々に勧めた本を返却する際に、「面白かった」と言ってもらえることは何よりも嬉しい。
赤信号を示す交差点で立ち止まる。そこで同僚から傷んだ資料があると聞いたことをふいに思い出した。明日はその修繕をしなければと脳内に描いた予定に組み込む。まずは状態を確認しなければ。
青信号に切り替わった横断歩道を渡り始める。今夜の夕ごはんは何を作ろうかと考えていると、近くからトラックの重い走行音が響いた。それがあまりにも近くて、ふと右に首を向ける。
「あ――?」
重たい嫌な音がした。身体が硬い鉄の塊に撥ねられ、空 に吹き飛ぶ。重力に従って受け身も取れずに落ちれば、人形のようにコンクリートの道路を跳ねて転げ回り、ガードレールに衝突してやっと止まった。身体をめちゃくちゃにされたような衝撃を受けながら不思議と痛みは感じない。
耳の中で音が不自然にこもり、通行人たちから上がる悲鳴もよく聞こえない。けれどごぼり、ごぼりと体内から血が噴き出す音だけがいやにはっきりと聞こえた。それ以外の音は全く聞こえなくて、世界の全てが消えたような錯覚さえ起きる。
目前のアスファルトが私の身体から垂れ流される鮮血によって深紅に染まっていた。ゆっくりと広がるそれは、視界をすっかり塗り替える。指一本まともに動かせないのに、ああ、きれいだな、なんて。目元が霞み、鮮烈な血の赤さえも朧いで、とろけるような眠気に一瞬だけ浸かった。
「確 りしろ」
耳元で男性の深みのある声が聴こえる。こもった音が弾けるように消え、ただただ、穏やかな声が耳に入った。父を思わせるようなそれに安心を覚える。
その呼び声に吸い寄せられるように意識が引き上げられ、瞼が少しだけ持ち上がった。白んだ光が網膜を焼く。きっと私はこのまま眠るように死ぬのだろう。
ふわり。鉛のように重いと思っていた身体があまりにも簡単に持ち上げられたようだった。というのも、もうわたしの目は、なにものも映さなくなっていたから、たしかでなくて、よくわかって、いない。
「社長、何そのひと! 血みどろじゃないか!」
「これ以上はもたない。与謝野に診せた方が善い。急ぐぞ乱歩」
よさの? ああ、そう、だった……よさ、の、あき、この、つ、きよ、よみ、かえそうと、おも、て――
エントランスホールに控えている守衛さんに別れの挨拶をして
私は今年の春から司書としてとある図書館に勤めている。子どもの頃から親しんだ本に囲まれた仕事にはやり甲斐を感じているし、来館した方々に勧めた本を返却する際に、「面白かった」と言ってもらえることは何よりも嬉しい。
赤信号を示す交差点で立ち止まる。そこで同僚から傷んだ資料があると聞いたことをふいに思い出した。明日はその修繕をしなければと脳内に描いた予定に組み込む。まずは状態を確認しなければ。
青信号に切り替わった横断歩道を渡り始める。今夜の夕ごはんは何を作ろうかと考えていると、近くからトラックの重い走行音が響いた。それがあまりにも近くて、ふと右に首を向ける。
「あ――?」
重たい嫌な音がした。身体が硬い鉄の塊に撥ねられ、
耳の中で音が不自然にこもり、通行人たちから上がる悲鳴もよく聞こえない。けれどごぼり、ごぼりと体内から血が噴き出す音だけがいやにはっきりと聞こえた。それ以外の音は全く聞こえなくて、世界の全てが消えたような錯覚さえ起きる。
目前のアスファルトが私の身体から垂れ流される鮮血によって深紅に染まっていた。ゆっくりと広がるそれは、視界をすっかり塗り替える。指一本まともに動かせないのに、ああ、きれいだな、なんて。目元が霞み、鮮烈な血の赤さえも朧いで、とろけるような眠気に一瞬だけ浸かった。
「
耳元で男性の深みのある声が聴こえる。こもった音が弾けるように消え、ただただ、穏やかな声が耳に入った。父を思わせるようなそれに安心を覚える。
その呼び声に吸い寄せられるように意識が引き上げられ、瞼が少しだけ持ち上がった。白んだ光が網膜を焼く。きっと私はこのまま眠るように死ぬのだろう。
ふわり。鉛のように重いと思っていた身体があまりにも簡単に持ち上げられたようだった。というのも、もうわたしの目は、なにものも映さなくなっていたから、たしかでなくて、よくわかって、いない。
「社長、何そのひと! 血みどろじゃないか!」
「これ以上はもたない。与謝野に診せた方が善い。急ぐぞ乱歩」
よさの? ああ、そう、だった……よさ、の、あき、この、つ、きよ、よみ、かえそうと、おも、て――