死を記憶する女司書
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うっかりしていた。コーヒーはお茶の残りには気を配っているつもりだったのに。気がついたらストックを切らしてしまっていた。
ついでにといくつかの備品も確認すると、買い足した方が良いであろうものがいくつかある。必要なものをメモに書きつけると、財布とハンカチを小さな手提げ袋に入れて外出の準備を済ませる。
「凛子さん、何方 へ行かれるのですか?」
声を掛けられ振り向くと、掃除機を手にした国木田さんが佇んでいた。これからお掃除を始めるのかもしれない。
「お買い物に行こうかと。色々とストックが切れてしまっているようなので」
そう言えば彼は心得たように「ありがとうございます」と礼を言って私に軽くお辞儀する。事務員として当たり前のことをしているのにお礼を言われてしまい少し困った。
「いえ、そんな……ところで太宰さんはどうしたんですか?」
「嗚呼、あの様にずっと音楽を聴いていまして。買い物の荷物持ちにでも駆り出せたら良いのですが……」
国木田さんが目を眇めた方を見る。太宰さんがソファに悠々とひとり寝そべり、ヘッドフォンをつけながら調子外れな歌を歌っていた。どうやら今日はとてもご機嫌なよう。
「重い荷物はありませんし、お気になさらないでください。では行って参ります」
「お気をつけて」
国木田さんの見送りを受けて事務所を出ると、暖かな日差しが出迎える。中島さんたちはもう依頼 に行かれたようだった。帰って来たら美味しいお菓子と一緒にお茶をお出ししようと考える。
「きゃ……!」
考え事をしながら歩いていたせいで、向かいから歩いていた男性にぶつかってしまった。少しよろけた体勢を立て直しつつ声を掛ける。
「す、すみません」
「可い、放って置け……」
男性は身体をくの字に曲げ、口元を手で押さえて咳き込んでいた。咳の具合からすると肺を患っているのかもしれない。黒いコートに包まれている背中を思わずさすった。
「本当にすみませんでした。大丈夫ですか?」
「……放って置けと……云うているに!」
男性は激しく咳をしながら私の手を振り払う。ちらと見えた顔は病的に生白く、ぎょろりと大きな目は生気がない。腕は折れてしまいそうなほどに細く華奢なのに、見た目に反して力が強く驚いた。
「……なら、せめてこれを持って行って下さいませんか? 捨てて頂いても構いません」
小さな手提げ袋からハンカチを差し出せば、予想外にも素直に受け取ってくれる。引ったくるようにして男性の手に取られたそれは彼の口元にあてがわれた。
「貴様、名は何だ」
止まらない咳の間で問われたのは私の名前。条件反射のように「金沢です」と言えば、しばしの沈黙の末に「金沢、助かった」と礼を言われた。足早に立ち去る彼を見届け、はっとする。
「お名前、訊けてなかった」
「凛子さん、
声を掛けられ振り向くと、掃除機を手にした国木田さんが佇んでいた。これからお掃除を始めるのかもしれない。
「お買い物に行こうかと。色々とストックが切れてしまっているようなので」
そう言えば彼は心得たように「ありがとうございます」と礼を言って私に軽くお辞儀する。事務員として当たり前のことをしているのにお礼を言われてしまい少し困った。
「いえ、そんな……ところで太宰さんはどうしたんですか?」
「嗚呼、あの様にずっと音楽を聴いていまして。買い物の荷物持ちにでも駆り出せたら良いのですが……」
国木田さんが目を眇めた方を見る。太宰さんがソファに悠々とひとり寝そべり、ヘッドフォンをつけながら調子外れな歌を歌っていた。どうやら今日はとてもご機嫌なよう。
「重い荷物はありませんし、お気になさらないでください。では行って参ります」
「お気をつけて」
国木田さんの見送りを受けて事務所を出ると、暖かな日差しが出迎える。中島さんたちはもう
「きゃ……!」
考え事をしながら歩いていたせいで、向かいから歩いていた男性にぶつかってしまった。少しよろけた体勢を立て直しつつ声を掛ける。
「す、すみません」
「可い、放って置け……」
男性は身体をくの字に曲げ、口元を手で押さえて咳き込んでいた。咳の具合からすると肺を患っているのかもしれない。黒いコートに包まれている背中を思わずさすった。
「本当にすみませんでした。大丈夫ですか?」
「……放って置けと……云うているに!」
男性は激しく咳をしながら私の手を振り払う。ちらと見えた顔は病的に生白く、ぎょろりと大きな目は生気がない。腕は折れてしまいそうなほどに細く華奢なのに、見た目に反して力が強く驚いた。
「……なら、せめてこれを持って行って下さいませんか? 捨てて頂いても構いません」
小さな手提げ袋からハンカチを差し出せば、予想外にも素直に受け取ってくれる。引ったくるようにして男性の手に取られたそれは彼の口元にあてがわれた。
「貴様、名は何だ」
止まらない咳の間で問われたのは私の名前。条件反射のように「金沢です」と言えば、しばしの沈黙の末に「金沢、助かった」と礼を言われた。足早に立ち去る彼を見届け、はっとする。
「お名前、訊けてなかった」