死を記憶する女司書
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「っくしゅん」
ふたりしかいない小さな図書館にくしゃみが響いた。隣に座り込んでいた女の子が私を見上げる。
「凛子、カゼ引いたの?」
綺麗な空色の瞳が、じいっと私を映していた。安心させるように笑って首を振る。
「大丈夫ですよ。いつも通り元気です」
「ふーん……もしカゼ引いても、リンタロウが治してくれるからね!」
だからほら、早くつづき読んで。そう言って機嫌良く絵本の続きをせがむ女の子――エリスちゃんを微笑ましく思い、また再び絵本を読み聞かせる。
彼女が図書館へ初めて来たのは一年ほど前だった。彼女は私によく懐いてくれて、月に二、三回ほど私がいる日に遊びに来るようになった。することといえば絵本の読み聞かせや、エリスちゃんの絶えぬおしゃべりを聞くこと。ただそれだけなのに彼女は楽しそうにはしゃぎ、たまに作ったお菓子をお裾分けすれば飛び跳ねて喜んでくれる。
司書としての仕事といえばささやかな蔵書の整理や修繕ばかりで、来館者はほとんど見えなかった。それが前の世界の職場に比べていささか味気なかったけれど、この小さな来館者のお陰で楽しくなったことを感謝している。
「――そうしてかぐや姫は月へと還っていきました。おしまい」
「ふうん……?」
いつもなら楽しそうに感想を話し出すエリスちゃんが、どこか煮え切らない声をこぼす。私は慌てて彼女の顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい、面白くなかったですか?」
しかし私の考えは外れていたよう。彼女の瞳は純粋な疑問の色を浮かべているだけだった。
「ねえ凛子、かぐや姫はどうして帰っちゃったの? おじいさんたちがスキなら、ずっといればいいのに」
真剣な顔をして悩むエリスちゃんが可愛らしく、私は彼女の前髪をかき上げるようにして撫でる。指の間からさらさらとこぼれ落ちる髪は金糸のように豪華で柔らかい。
「そうですね……かぐや姫が罰としておじいさんたちのいる世界へ降ろされたのであれば、そこで見つけたおじいさんたちと離れさせられたこともまた罰だったのかもしれません」
愛するものとの離別。それはどんな罰よりも重く、何よりも苦しめるのだから。まだ幼いエリスちゃんに難しい話をしてしまっただろうか。そう思ったけれど、彼女の言葉でそうではなかったと気づく。
「凛子はスキな人と離ればなれにされたことがあるの?」
心臓が跳ねた。音が隣にいる彼女に聴こえるのではないかと思うほど。好きな人というわけではない。ただ私はかつて生きた世界――懐かしく、愛すべきであった世界から離されてしまった。それにどこか、かぐや姫を重ねていたのだ。
否定するわけでもなくエリスちゃんの言葉を笑いながら煙に巻くと、革靴が床を叩く硬質な音が響いた
ふたりしかいない小さな図書館にくしゃみが響いた。隣に座り込んでいた女の子が私を見上げる。
「凛子、カゼ引いたの?」
綺麗な空色の瞳が、じいっと私を映していた。安心させるように笑って首を振る。
「大丈夫ですよ。いつも通り元気です」
「ふーん……もしカゼ引いても、リンタロウが治してくれるからね!」
だからほら、早くつづき読んで。そう言って機嫌良く絵本の続きをせがむ女の子――エリスちゃんを微笑ましく思い、また再び絵本を読み聞かせる。
彼女が図書館へ初めて来たのは一年ほど前だった。彼女は私によく懐いてくれて、月に二、三回ほど私がいる日に遊びに来るようになった。することといえば絵本の読み聞かせや、エリスちゃんの絶えぬおしゃべりを聞くこと。ただそれだけなのに彼女は楽しそうにはしゃぎ、たまに作ったお菓子をお裾分けすれば飛び跳ねて喜んでくれる。
司書としての仕事といえばささやかな蔵書の整理や修繕ばかりで、来館者はほとんど見えなかった。それが前の世界の職場に比べていささか味気なかったけれど、この小さな来館者のお陰で楽しくなったことを感謝している。
「――そうしてかぐや姫は月へと還っていきました。おしまい」
「ふうん……?」
いつもなら楽しそうに感想を話し出すエリスちゃんが、どこか煮え切らない声をこぼす。私は慌てて彼女の顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい、面白くなかったですか?」
しかし私の考えは外れていたよう。彼女の瞳は純粋な疑問の色を浮かべているだけだった。
「ねえ凛子、かぐや姫はどうして帰っちゃったの? おじいさんたちがスキなら、ずっといればいいのに」
真剣な顔をして悩むエリスちゃんが可愛らしく、私は彼女の前髪をかき上げるようにして撫でる。指の間からさらさらとこぼれ落ちる髪は金糸のように豪華で柔らかい。
「そうですね……かぐや姫が罰としておじいさんたちのいる世界へ降ろされたのであれば、そこで見つけたおじいさんたちと離れさせられたこともまた罰だったのかもしれません」
愛するものとの離別。それはどんな罰よりも重く、何よりも苦しめるのだから。まだ幼いエリスちゃんに難しい話をしてしまっただろうか。そう思ったけれど、彼女の言葉でそうではなかったと気づく。
「凛子はスキな人と離ればなれにされたことがあるの?」
心臓が跳ねた。音が隣にいる彼女に聴こえるのではないかと思うほど。好きな人というわけではない。ただ私はかつて生きた世界――懐かしく、愛すべきであった世界から離されてしまった。それにどこか、かぐや姫を重ねていたのだ。
否定するわけでもなくエリスちゃんの言葉を笑いながら煙に巻くと、革靴が床を叩く硬質な音が響いた