死を記憶する女司書
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今朝は昨晩のことが嘘のように感じるほど、凛子は穏やかだった。生意気だったと淋しげに笑う、久しく見せなかった感情的な言葉を吐く姿の影も見せぬ程に。
「――社長?」
我に返ると太宰が立って居た。つい昨晩に捕獲した人喰い虎の入社の是非についての話は纏まった筈。未だ目の前に立つ男に訝しげな視線を注ぐ。
「如何した、未だ何か話さねばならぬことがあったか」
「否……そう云えば凛子さんは、確か社長に拾われたんですよね」
「そうだ。其れが如何かしたのか?」
「只の興味ですよ」
うふふと何時もの摑みどころのない笑い声をこぼした男は、此の部屋から出て行く気はないように見えた。
「彼女は異能力者でもない一般人です。慎ましやかで、勤勉で、善良な。副業としている司書の仕事ひとつでも生活は出来るでしょうに、何故、彼女を拾うことになったのですか?」
太宰の云うことは尤 もである。凛子は羊のように穏やかで、荒事を領分とする探偵社には向かない女だ。けれど彼女は“本当の”一般人ではないから、こうした結果に落ち着いたことを此の男は知らない。
「凛子は死に掛けて倒れていたところを私が拾った。行く場所も帰る場所もないと云い、身寄りもなかった。探偵社も丁度設立したばかりであった為、事務員として雇っただけのこと」
此れは本当の話だ。伏せられている部分が多分にあるだけで。けれど其れを明かす訳にはいかぬ。
「成る程……」
澱のように底の見えぬ色をした双眸。光さえも呑み込むその色に私は思わず身構える。
「――初めて凛子さんと逢った日。あの日から凛子さんは、私の“唯一”であり“全て”です。喩え彼女が闇に生きていようと、彼女こそが私の道標です」
「理由は如何であれ、凛子を害するのであれば、」
「まさか。間違えても其れは起き得ませんよ。云ったでしょう。『彼女こそが私の道標』だと」
扉に手を掛けた刹那、思い付いたように振り向いた。
「社長が凛子さんを護ろうとする理由は、父のような慈愛に依ってですか? 其れとも、ひとりの男としての愛ですか?」
訊いたにも関わらず太宰は其の答を待つことなく部屋を辞する。否、恐らく答を判ってい乍らも奴は態と訊いたのだ。
「……知らぬ振りが、出来ていたならばな」
自覚しつつある、ゆっくりと確実に変わりゆく感情を。だが其れは私を父のように慕ってくれている凛子への裏切りであることを知っている。
だからせめて、彼女が本当の幸福を摑む其の日迄、隣で護ることを赦してほしい。
「――社長?」
我に返ると太宰が立って居た。つい昨晩に捕獲した人喰い虎の入社の是非についての話は纏まった筈。未だ目の前に立つ男に訝しげな視線を注ぐ。
「如何した、未だ何か話さねばならぬことがあったか」
「否……そう云えば凛子さんは、確か社長に拾われたんですよね」
「そうだ。其れが如何かしたのか?」
「只の興味ですよ」
うふふと何時もの摑みどころのない笑い声をこぼした男は、此の部屋から出て行く気はないように見えた。
「彼女は異能力者でもない一般人です。慎ましやかで、勤勉で、善良な。副業としている司書の仕事ひとつでも生活は出来るでしょうに、何故、彼女を拾うことになったのですか?」
太宰の云うことは
「凛子は死に掛けて倒れていたところを私が拾った。行く場所も帰る場所もないと云い、身寄りもなかった。探偵社も丁度設立したばかりであった為、事務員として雇っただけのこと」
此れは本当の話だ。伏せられている部分が多分にあるだけで。けれど其れを明かす訳にはいかぬ。
「成る程……」
澱のように底の見えぬ色をした双眸。光さえも呑み込むその色に私は思わず身構える。
「――初めて凛子さんと逢った日。あの日から凛子さんは、私の“唯一”であり“全て”です。喩え彼女が闇に生きていようと、彼女こそが私の道標です」
「理由は如何であれ、凛子を害するのであれば、」
「まさか。間違えても其れは起き得ませんよ。云ったでしょう。『彼女こそが私の道標』だと」
扉に手を掛けた刹那、思い付いたように振り向いた。
「社長が凛子さんを護ろうとする理由は、父のような慈愛に依ってですか? 其れとも、ひとりの男としての愛ですか?」
訊いたにも関わらず太宰は其の答を待つことなく部屋を辞する。否、恐らく答を判ってい乍らも奴は態と訊いたのだ。
「……知らぬ振りが、出来ていたならばな」
自覚しつつある、ゆっくりと確実に変わりゆく感情を。だが其れは私を父のように慕ってくれている凛子への裏切りであることを知っている。
だからせめて、彼女が本当の幸福を摑む其の日迄、隣で護ることを赦してほしい。