死を記憶する女司書
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国木田さんが、「夜道は危ないですから」と用意してくださったタクシーにありがたく乗り込んで、私はひとり帰宅した。降車の際に家の明かりがついているのが見え、諭吉さんが既に帰宅したことを知る。
「ただいま帰りました」
「お帰り。待っていた、夕餉にしよう」
帰宅の挨拶をすると音もなく出迎えてくださった諭吉さん。訊けば諭吉さんは私の帰りを待って、鍋に手をつけなかったらしい。私は慌てて自室へ駆け込み着替えを済ませると、食卓にカセットコンロと鍋を置き、早く温めるためにやや強火にセットした。
「お先に召し上がってくだされば良かったのに。お腹、空きましたでしょう?」
「否、私もそう帰る時間は変わらなかったからな」
またそんなことを言って。その言葉を飲み込む代わりに、諭吉さんのお猪口に酌をする。
「人喰い虎の捕獲に同行したらしいが、大事なかったか」
「捕獲に直接関わったのは太宰さんだけでしたので、怪我人は誰ひとりいませんでした。もちろん私も」
「そうか」
今日の報告をしつつお酌を幾度か繰り返していると、すっかり鍋が温まった。ぐつぐつと音を立てて牛肉のいい香りが鼻を擽る。具の偏りがないよう気をつけてお椀に盛り、諭吉さんの前に置いた。
「どうぞ、お召し上がりください。遅い夕食になってしまいすみません」
「気にするな。私が勝手にしたことだ」
そう言いながら諭吉さんはお猪口を置いて晩酌を終える。箸を取ると、綺麗に手を合わせて「頂きます」と挨拶を言い置いて食べ始めた。
「『自らを尊しと思わぬものは奴隷なり』」
鍋の中身も半分ほど消えた頃、ふと中島さんを思い出してこぼれた言葉。黙々と咀嚼していた諭吉さんがそれを嚥下して口を開く。
「如何した」
脈絡のない私の言葉を訝しんだのだろう。けれど吐き出した言葉をしまうことなんてできず、困ったように笑ってごまかした。
「中島さん……人食い虎と言われた男の子のことを思い出して、つい」
「……詳しく云って見ろ」
どうやら今回は見逃してくださりそうにない。目を伏せて仕方なしに白状する。
「中島さんは自分の価値を見出すことができないようでした。このままでは、彼は施設の幻影に囚われ続け、一生、忘却の許されない苦役を強いられることでしょう。自分を愛することをできなければ、自分の生さえも愛することはできません。それは生きていく上でとても、つらいものです」
いわれのない咎 を背負いながら生きていくことほど酷なことはない。けれど私に、それを彼に言える資格はない。そしてその意気地も。
「……小娘の生意気な妄言です。忘れてください」
取り繕うようにして笑えば、諭吉さんはそれ以上は何も言わなかった。
「ただいま帰りました」
「お帰り。待っていた、夕餉にしよう」
帰宅の挨拶をすると音もなく出迎えてくださった諭吉さん。訊けば諭吉さんは私の帰りを待って、鍋に手をつけなかったらしい。私は慌てて自室へ駆け込み着替えを済ませると、食卓にカセットコンロと鍋を置き、早く温めるためにやや強火にセットした。
「お先に召し上がってくだされば良かったのに。お腹、空きましたでしょう?」
「否、私もそう帰る時間は変わらなかったからな」
またそんなことを言って。その言葉を飲み込む代わりに、諭吉さんのお猪口に酌をする。
「人喰い虎の捕獲に同行したらしいが、大事なかったか」
「捕獲に直接関わったのは太宰さんだけでしたので、怪我人は誰ひとりいませんでした。もちろん私も」
「そうか」
今日の報告をしつつお酌を幾度か繰り返していると、すっかり鍋が温まった。ぐつぐつと音を立てて牛肉のいい香りが鼻を擽る。具の偏りがないよう気をつけてお椀に盛り、諭吉さんの前に置いた。
「どうぞ、お召し上がりください。遅い夕食になってしまいすみません」
「気にするな。私が勝手にしたことだ」
そう言いながら諭吉さんはお猪口を置いて晩酌を終える。箸を取ると、綺麗に手を合わせて「頂きます」と挨拶を言い置いて食べ始めた。
「『自らを尊しと思わぬものは奴隷なり』」
鍋の中身も半分ほど消えた頃、ふと中島さんを思い出してこぼれた言葉。黙々と咀嚼していた諭吉さんがそれを嚥下して口を開く。
「如何した」
脈絡のない私の言葉を訝しんだのだろう。けれど吐き出した言葉をしまうことなんてできず、困ったように笑ってごまかした。
「中島さん……人食い虎と言われた男の子のことを思い出して、つい」
「……詳しく云って見ろ」
どうやら今回は見逃してくださりそうにない。目を伏せて仕方なしに白状する。
「中島さんは自分の価値を見出すことができないようでした。このままでは、彼は施設の幻影に囚われ続け、一生、忘却の許されない苦役を強いられることでしょう。自分を愛することをできなければ、自分の生さえも愛することはできません。それは生きていく上でとても、つらいものです」
いわれのない
「……小娘の生意気な妄言です。忘れてください」
取り繕うようにして笑えば、諭吉さんはそれ以上は何も言わなかった。