死を記憶する女司書
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江戸川さんと晶子と三人で和やかにお茶を楽しんでいたら、今日は欠勤だとばかり思っていた方から電話が入った。聞けば店まで来いという呼び出しである。行くなと駄々をこねる江戸川さんを何とかなだめて指定された場所へと赴いた。
のれんをくぐると木の温かみを感じる内装の店内に見知った2人の男性が隣り合って席についていた。いたずらが成功したと言わんばかりに微笑む片割れの男性に向けて窘めるような声が出る。
「急な呼び出しはやめてくださいと何度も言ったでしょう、太宰さん」
「それは失礼。何せ華がなかったものだから、是非とも凛子さんと云う麗しい華を欲してしまったのですよ」
「またお前は勝手なことを……金沢さんはお前専用の事務員じゃないんだぞ! 彼女には何時も仕事で――」
「国木田さん、声……」
いつものきざな台詞を吐く何故かずぶ濡れの太宰さんと、私を呼びつけた彼に憤慨する国木田さん。生真面目な性質を持った彼からすると奔放な太宰さんの行動は目に余るのだろう。けれどお店の中では少し騒がしいので、しーっとジェスチャーをすれば、国木田さんはバツが悪そうに言葉尻を濁した。
ちらと席を見ると、積まれた中身が空っぽの丼と、それを食べたであろう色素の薄い髪と不思議なグラデーションが掛かった綺麗な瞳が印象的な男の子が座っている。
「失礼ですが、その方は?」
「あ、ぼ、僕は中島敦です! は、初めまして、えーと、」
「ご丁寧にありがとうございます中島さん。初めまして、金沢凛子と申します」
「か、金沢凛子さん……」
私たちの自己紹介を尻目に、太宰さんは「其れでは、凛子さんは此方へ」と自身の膝を指して言う。彼はかねてより私をからかうきらいがある。昔はそれに困ることがよくあったが、今ではそれをいなすぐらいの余裕ができたのだから慣れとは怖い。
「あまりからかわないで下さい。中島さん、お隣失礼しますね」
「は、はいっ」
つれない人だとむくれる彼に話の本題を促せば、あっさりと簡潔に事の次第は語られた。どうやら中島さんは施設の出だったものの、のっぴきならない事情でそこからも捨てられてしまったらしい。不運な境遇の中島さんに思わず哀れみの目を向けると、あははと乾いた苦笑いを返される。
「――それで、彼が巷を騒がせる“人食い虎”を知っているそうなんですよ」
「虎……ですか」
私の考えに間違いがなければ恐らくそれは中島さんだ。
小説家中島敦の代表的な作品に『山月記』がある。豊頰の美青年、稀代の秀才と謳われていた主人公李徴が、自身が抱える“臆病な自尊心”と“尊大な羞恥心”によって虎へと変わってしまう哀しい物語。それが中島さんの異能力なのだろう。
けれどひとつ腑に落ちないことがある。私がここへ呼び出された理由だ。
「あの……私がここに呼ばれた理由は何でしょうか?」
「そりゃあ凛子さんにも来てもらう為ですよ」
「何だと?!」
私が声を上げるより前に、国木田さんが再び声を荒らげた。
「お前は分かっているのか! 金沢さんは武装探偵社の事務員とは云え一般人だ。そんな彼女を危険に晒すなど、社長が許す筈――!」
「凛子さんは傷つけさせないよ。私が守れば可い話なンだからね」
あまりにも冷静に。あまりにも明瞭に。それは、嘘というにはあまりにも曇りがなくて。太宰さんの言葉に国木田さんは口を閉ざす。そして気遣わしげに私を見た。きっと私の希望を訊きたいのだろう。
「……分かりました。私も武装探偵社の一員として、僭越ながら同行させていただきます」
太宰さんの目を見て静かに頷けば、彼は満足そうに笑った。
のれんをくぐると木の温かみを感じる内装の店内に見知った2人の男性が隣り合って席についていた。いたずらが成功したと言わんばかりに微笑む片割れの男性に向けて窘めるような声が出る。
「急な呼び出しはやめてくださいと何度も言ったでしょう、太宰さん」
「それは失礼。何せ華がなかったものだから、是非とも凛子さんと云う麗しい華を欲してしまったのですよ」
「またお前は勝手なことを……金沢さんはお前専用の事務員じゃないんだぞ! 彼女には何時も仕事で――」
「国木田さん、声……」
いつものきざな台詞を吐く何故かずぶ濡れの太宰さんと、私を呼びつけた彼に憤慨する国木田さん。生真面目な性質を持った彼からすると奔放な太宰さんの行動は目に余るのだろう。けれどお店の中では少し騒がしいので、しーっとジェスチャーをすれば、国木田さんはバツが悪そうに言葉尻を濁した。
ちらと席を見ると、積まれた中身が空っぽの丼と、それを食べたであろう色素の薄い髪と不思議なグラデーションが掛かった綺麗な瞳が印象的な男の子が座っている。
「失礼ですが、その方は?」
「あ、ぼ、僕は中島敦です! は、初めまして、えーと、」
「ご丁寧にありがとうございます中島さん。初めまして、金沢凛子と申します」
「か、金沢凛子さん……」
私たちの自己紹介を尻目に、太宰さんは「其れでは、凛子さんは此方へ」と自身の膝を指して言う。彼はかねてより私をからかうきらいがある。昔はそれに困ることがよくあったが、今ではそれをいなすぐらいの余裕ができたのだから慣れとは怖い。
「あまりからかわないで下さい。中島さん、お隣失礼しますね」
「は、はいっ」
つれない人だとむくれる彼に話の本題を促せば、あっさりと簡潔に事の次第は語られた。どうやら中島さんは施設の出だったものの、のっぴきならない事情でそこからも捨てられてしまったらしい。不運な境遇の中島さんに思わず哀れみの目を向けると、あははと乾いた苦笑いを返される。
「――それで、彼が巷を騒がせる“人食い虎”を知っているそうなんですよ」
「虎……ですか」
私の考えに間違いがなければ恐らくそれは中島さんだ。
小説家中島敦の代表的な作品に『山月記』がある。豊頰の美青年、稀代の秀才と謳われていた主人公李徴が、自身が抱える“臆病な自尊心”と“尊大な羞恥心”によって虎へと変わってしまう哀しい物語。それが中島さんの異能力なのだろう。
けれどひとつ腑に落ちないことがある。私がここへ呼び出された理由だ。
「あの……私がここに呼ばれた理由は何でしょうか?」
「そりゃあ凛子さんにも来てもらう為ですよ」
「何だと?!」
私が声を上げるより前に、国木田さんが再び声を荒らげた。
「お前は分かっているのか! 金沢さんは武装探偵社の事務員とは云え一般人だ。そんな彼女を危険に晒すなど、社長が許す筈――!」
「凛子さんは傷つけさせないよ。私が守れば可い話なンだからね」
あまりにも冷静に。あまりにも明瞭に。それは、嘘というにはあまりにも曇りがなくて。太宰さんの言葉に国木田さんは口を閉ざす。そして気遣わしげに私を見た。きっと私の希望を訊きたいのだろう。
「……分かりました。私も武装探偵社の一員として、僭越ながら同行させていただきます」
太宰さんの目を見て静かに頷けば、彼は満足そうに笑った。