CPあり小説
「あっ、那由多くんだ!」
銀色の髪を揺らしながら歩く後ろ姿を見つけた途端、僕は思わず駆けだしてしまった。なんだか急に身体が軽くなって、いつもより速く走れている気分だ。
「おーい、那由多くーん」
ちょっとつまづきかけながらも大きな声で呼びかける。振り返った彼がぎょっとしたように目を見開いた。固まってしまった彼のもとに、僕は一目散に駆けていく。
「こんにちは、那由多くん」
追いついた彼に挨拶をすると、彼は「チッ」といつものように舌打ちをこぼした。怒っているみたいな、それでいてほんのちょっと困っているような顔でかすかに視線をさまよわせる彼を、僕は首を傾けつつ見上げる。
「……お前、ほかの連中はどうした」
しゃがみこんで何かを拾いつつそう訊く那由多くんに、僕はまた深く首を傾げた。
「どういうこと?」
「ひとりでぷらぷら出歩いてんじゃねぇ」
「うん? わかんないけど、わかった!」
元気よく返事をしたのに、那由多くんは「絶対わかってねぇな」とでも言うようにため息をこぼしていた。
でも、僕は知っている。こうやってため息なんかついているけど、那由多くんは絶対に僕を置いていったりしないってことを。あんまりはっきりとは態度に出さないけれど、彼は本当は優しいのだ。
「あ、もしかして今まで歌ってたの? ちょっとスタジオと汗のにおいがするよ」
ふんふんと鼻を鳴らしながら問いかける。那由多くんがちょっと気まずそうな顔になった気もするけど、構わずにおしゃべりを続ける。
「あのね、僕もさっきまで歌ってたんだよ。結人がリビングでギターの練習をしてて、そしたらみんながピアノを合わせたり歌ったりしはじめたから、僕も一緒に歌ったんだ。とっても楽しかった!」
そのときの楽しい気持ちを思い出したら、なんだかまた歌いたくなってしまった。お腹のあたりがうずうずしてきて、僕は思わず歌いだす。
「おい、あまり大きな声を出すんじゃねぇ」
そう言って注意するけれど、那由多くんの足はとんとんと小さくリズムを刻んでいる。まるで僕の歌に合わせてリズムをとってくれているみたいで、胸がぽかぽかする。嬉しくて、思わず歌う声が大きくなってしまった。
那由多くんの名前を聞くと、結人とか航海とかはちょっとへんな顔をすることがある。きっと僕が知らないところでいろんなことがあったんだと思う。それに、たしかに那由多くんの言葉や態度はちょっとわかりにくいところがある。誤解してしまうひともきっと少なくないだろう。『傍若無人な王様』なんて言われているのを聞いたことだってある。
それでも、僕にはわかってしまうのだ。
「ぽんちゃーん!」
後ろから聞こえた声に、僕はしっぽを振りながら振り返る。
大好きな蓮がこっちに向かって走ってきていた。
「だめだよぽんちゃん、勝手に走っていっちゃあ」
ひょいっと僕を抱き上げた彼の頬を、「ごめんね」のかわりにぺろりとなめる。「くすぐったいよ」と蓮が笑った。
「ありがとう那由多くん、ぽんちゃんと一緒にいてくれて」
にっこりと蓮が微笑む。那由多くんはまた舌打ちをこぼした。
「危ないだろうが、ちゃんとリードを握っておけ」
那由多から手渡されたリードを、蓮がしっかりと握りしめた。
「うん、ごめんなさい。那由多くんを見つけた途端に嬉しくなっちゃって、そしたらぽんちゃんがすごい勢いで走りだして手からリードが抜けちゃって……」
しょぼんとした蓮が俯く。蓮は犬じゃないのに、僕と同じようにぺたんと垂れたしっぽが見えそうだ。
「……チッ、今度から気をつけろ」
頭をかきながら那由多くんが言う。
「うん。気をつけるね」
こくんと頷いた蓮は、それからいきなりパッと顔を輝かせた。
「あっ、もしかして那由多くんもさっきまで歌ってた?」
それ、僕も気づいたよ!と蓮に言うと、くりくりと頭を撫でてくれた。やさしい手のひらが気持ちいい。
「……なんでわかるんだ」
「えっと、なんだかそんな感じがしたんだ。実は僕もさっきシェアハウスでみんなと歌ってたんだ! そしたらぽんちゃんも一緒に歌いはじめて、すごく可愛かったんだよ。今度那由多くんにも見せてあげたいな」
「うるせぇ、知らねえよ」
怒っているみたいな言葉なのに、そう言った那由多くんはどこかほんの少しだけ嬉しそうだ。嬉しいひとや楽しいひとには特有の匂いがあるから、態度や表情であらわさなくても僕にはわかってしまうのだ。
那由多くんと会ったら蓮はいつも声や態度ぜんぶで嬉しい!っていうけど、那由多くんはそうじゃない。それでも、いつも少しだけ嬉しそうな匂いをする。その匂いを嗅ぐと僕もなんだか嬉しくなってくる。
だから僕は、蓮が好きな那由多くんが好きだし、蓮を好きな那由多くんが好きなのだ。
お題: 僕の愛する帝王
必須要素:叙述トリック
銀色の髪を揺らしながら歩く後ろ姿を見つけた途端、僕は思わず駆けだしてしまった。なんだか急に身体が軽くなって、いつもより速く走れている気分だ。
「おーい、那由多くーん」
ちょっとつまづきかけながらも大きな声で呼びかける。振り返った彼がぎょっとしたように目を見開いた。固まってしまった彼のもとに、僕は一目散に駆けていく。
「こんにちは、那由多くん」
追いついた彼に挨拶をすると、彼は「チッ」といつものように舌打ちをこぼした。怒っているみたいな、それでいてほんのちょっと困っているような顔でかすかに視線をさまよわせる彼を、僕は首を傾けつつ見上げる。
「……お前、ほかの連中はどうした」
しゃがみこんで何かを拾いつつそう訊く那由多くんに、僕はまた深く首を傾げた。
「どういうこと?」
「ひとりでぷらぷら出歩いてんじゃねぇ」
「うん? わかんないけど、わかった!」
元気よく返事をしたのに、那由多くんは「絶対わかってねぇな」とでも言うようにため息をこぼしていた。
でも、僕は知っている。こうやってため息なんかついているけど、那由多くんは絶対に僕を置いていったりしないってことを。あんまりはっきりとは態度に出さないけれど、彼は本当は優しいのだ。
「あ、もしかして今まで歌ってたの? ちょっとスタジオと汗のにおいがするよ」
ふんふんと鼻を鳴らしながら問いかける。那由多くんがちょっと気まずそうな顔になった気もするけど、構わずにおしゃべりを続ける。
「あのね、僕もさっきまで歌ってたんだよ。結人がリビングでギターの練習をしてて、そしたらみんながピアノを合わせたり歌ったりしはじめたから、僕も一緒に歌ったんだ。とっても楽しかった!」
そのときの楽しい気持ちを思い出したら、なんだかまた歌いたくなってしまった。お腹のあたりがうずうずしてきて、僕は思わず歌いだす。
「おい、あまり大きな声を出すんじゃねぇ」
そう言って注意するけれど、那由多くんの足はとんとんと小さくリズムを刻んでいる。まるで僕の歌に合わせてリズムをとってくれているみたいで、胸がぽかぽかする。嬉しくて、思わず歌う声が大きくなってしまった。
那由多くんの名前を聞くと、結人とか航海とかはちょっとへんな顔をすることがある。きっと僕が知らないところでいろんなことがあったんだと思う。それに、たしかに那由多くんの言葉や態度はちょっとわかりにくいところがある。誤解してしまうひともきっと少なくないだろう。『傍若無人な王様』なんて言われているのを聞いたことだってある。
それでも、僕にはわかってしまうのだ。
「ぽんちゃーん!」
後ろから聞こえた声に、僕はしっぽを振りながら振り返る。
大好きな蓮がこっちに向かって走ってきていた。
「だめだよぽんちゃん、勝手に走っていっちゃあ」
ひょいっと僕を抱き上げた彼の頬を、「ごめんね」のかわりにぺろりとなめる。「くすぐったいよ」と蓮が笑った。
「ありがとう那由多くん、ぽんちゃんと一緒にいてくれて」
にっこりと蓮が微笑む。那由多くんはまた舌打ちをこぼした。
「危ないだろうが、ちゃんとリードを握っておけ」
那由多から手渡されたリードを、蓮がしっかりと握りしめた。
「うん、ごめんなさい。那由多くんを見つけた途端に嬉しくなっちゃって、そしたらぽんちゃんがすごい勢いで走りだして手からリードが抜けちゃって……」
しょぼんとした蓮が俯く。蓮は犬じゃないのに、僕と同じようにぺたんと垂れたしっぽが見えそうだ。
「……チッ、今度から気をつけろ」
頭をかきながら那由多くんが言う。
「うん。気をつけるね」
こくんと頷いた蓮は、それからいきなりパッと顔を輝かせた。
「あっ、もしかして那由多くんもさっきまで歌ってた?」
それ、僕も気づいたよ!と蓮に言うと、くりくりと頭を撫でてくれた。やさしい手のひらが気持ちいい。
「……なんでわかるんだ」
「えっと、なんだかそんな感じがしたんだ。実は僕もさっきシェアハウスでみんなと歌ってたんだ! そしたらぽんちゃんも一緒に歌いはじめて、すごく可愛かったんだよ。今度那由多くんにも見せてあげたいな」
「うるせぇ、知らねえよ」
怒っているみたいな言葉なのに、そう言った那由多くんはどこかほんの少しだけ嬉しそうだ。嬉しいひとや楽しいひとには特有の匂いがあるから、態度や表情であらわさなくても僕にはわかってしまうのだ。
那由多くんと会ったら蓮はいつも声や態度ぜんぶで嬉しい!っていうけど、那由多くんはそうじゃない。それでも、いつも少しだけ嬉しそうな匂いをする。その匂いを嗅ぐと僕もなんだか嬉しくなってくる。
だから僕は、蓮が好きな那由多くんが好きだし、蓮を好きな那由多くんが好きなのだ。
お題: 僕の愛する帝王
必須要素:叙述トリック