CPあり小説
「うわ、それどうしたの?」
リビングに入ってきた桔梗におかえりを言うのも忘れて、航海は目を丸くした。視線は帰ってきたばかりの彼の腕の中のものに釘付けだ。
「ただいま、的場」
律儀に挨拶した桔梗は、それから「これか」と少し困ったような表情をした。彼の涼やかな瞳が、腕の中のものを見下ろす。
彼が持っているのは、真っ赤な薔薇の花束だ。それも、腕一回りぶんくらいの、とても大きなもの。
「さっきの撮影の人に貰ったんだ。撮影で使ったのが余っていたらしい」
「そうなんだ……」
今日はLRフェス出場バンドの作曲担当を特集する雑誌の撮影があり、それに桔梗は出かけていたのだ。ということは、今頃ほかのバンドのシェアハウスでも同じような会話がされているのかもしれない。ジャイロとイプシは別として。
「さっそく飾る準備をしよう」と花束をテーブルに置く彼に、航海は「手伝うよ」と声をかける。鋏を持ってきた桔梗が「ありがとう」と言いながら航海の隣に腰掛けた。
束ねていたリボンとゴムを外されてバラバラになってもなお存在感を放つ花たちを、航海はまじまじと見つめる。ところどころに小さな霞草があしらわれているのが可愛らしく、光沢のある純白のラッピングペーパーに包まれているのがゴージャスだ。深紅の花弁がいくつも重なった大輪はまさしく華麗と言うにふさわしい。
「まさか薔薇の花束なんてもらう日がくるとはな」
薔薇を一本一本取り上げて茎の端をななめに切っていく桔梗が苦笑まじりに呟く。それを五、六本ずつの束にしながら航海はふふ、と笑みをこぼした。
「こんな大きな花束、たしかになかなかお目にかかれないよね。ドラマや小説にしかないものかと思ってた」
「ああ、高級車の助手席に積んであって、乗り込んできた恋人にプレゼントする──みたいなやつか」
「そうそう。ランボルギーニとかね」
「意外と知らない人も多いが、ランボルギーニというのは車種名じゃなくて自動車メーカーの社名だ。正確にはヌオーヴァ・アウトモービリ・フェルッチオ──」
「はいはい、もういいから。さすが桔梗よく知ってますね」
「なんせ俺は天才だからな」
「それ、もはや自分でもちょっとネタにしてるでしょ」
突っ込みつつ、航海はため息をこぼしてみせる。彼の博識ぶりには素直に舌を巻いてしまうが、それがなんだか癪でもある。彼があからさまに得意げな顔をしていればなおさらだ。
「それにしても、物語の中にしかないと思っていたものがこんなに簡単に手に入るなんて、不思議な気分だな」
鮮麗な深紅の花を見つめて、桔梗がぽつりと呟く。
「そうだね。でもそういうのって案外ちょっとしたきっかけで手の中に舞い込んでくるものなのかも」
航海が言うと、少し航海の目を見た凛生がそっと「そうかもしれないな」と笑った。その瞳の色があまりに優しくて、なんだか少しだけむずむずした落ち着かない気分になってしまう。
「でもさ、これを持って電車に乗るの、恥ずかしかったでしょ」
わざと話を逸らすように尋ねると、桔梗が小さく苦笑した。
「そうだな。場所をとるし匂いもあるし、迷惑になっていないか気が気じゃなかったな。それにやけに視線を感じて、居た堪れなかった」
「だろうね。桔梗、似合うから」
容姿の整った彼が豪華な薔薇の花束を抱えていたら、そりゃ道行く人も電車の乗客もみな彼に釘付けになるだろう。クールで涼やかな見た目だから真っ赤な薔薇とのギャップが際立ち、まるで小説のワンシーンのように見えたはずだ。ただでさえ人目を惹く男なのに、花束なんか持っていたら鬼に金棒だ。桔梗に花束だ。
そんなことを考えていると、ふいに桔梗がくすりと笑った。
「俺は的場にこそ似合うと思ったけどな」
「は?」
思いもよらない言葉に、航海はぽかんと口を開いた。顔を上げて、まじまじと桔梗を見つめる。
「髪色にも映えるし、それに深紅の薔薇の花言葉は『情熱』だ。お前にぴったりだろう?」
思わず薔薇を取り分けていた手が止まる。
ほんの少し、少しだけ頬のあたりが熱をおびていくのがわかった。なのに、当の彼はいつもの通りの涼しい顔をしている。相変わらずこの男は、平気な顔でちょっとすごいことを言ってのけてしまう。
だったら、やっぱりおまえがいちばん似合うだろ。
胸に浮かんだその言葉は、なんだかやっぱり癪なので胸の内に秘めておこう。
お題:小説の中の薔薇
必須要素:ランボルギーニ
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