CPなし小説
好きなものを公にするということには結構なリスクが付きまとう、と白石万浬は考える。
「好きなもの」というものは往々にして心の柔い部分に直結しているもので、つまり急所にもなり得る部分である。そこをさらけ出すには、どうしたって危険が伴う。
例えば好きなものを誰かに否定されたとしたら。馬鹿にされたとしたら。心の柔い部分だからこそ、突き立てられた刃は深くまで刺さる。
幼いころからお金が好きだった。
浪費なんて絶対許せなかったし、金勘定には誰よりもシビアだった。そんな自分の言動は、周りからあまりいい顔はされなかった。ケチだとからかわれたこともあれば、実家の酪農場の経営難を持ち出されてわざとらしく同情されたこともある。
悔しくなかったと言えば嘘になる。けれど、お金の大切さは誰より分かっているつもりだったし、お金が好きな気持ちも紛れもない事実だ。だから公言し続けた。誰にどんな顔をされたって。
だからこそ、あの子がくれたあの言葉が、ひどく嬉しかったのだ。
「面白かったね、万浬!」
頬を上気させた蓮が興奮した様子で声を上げる。万浬も「うん!」と大きく頷いた。
映画館特有の暗い通路にいても分かるくらいに蓮の瞳はきらきらと輝いている。チラチラと点在する小さな白いライトが赤く染まった頬を照らし出している。映画を見る前に買ったパンフレットをしっかりと両手で抱きしめていることからも彼の興奮が伝わってくるようだ。万浬はふふっと口元を緩めた。
前に一緒に見に行こうと約束した特撮ヒーローの映画を、二人は見に来ていた。
「あの怪人をやっつける直前のシーンで……」
饒舌に語りだした蓮はまさにマシンガントークというもので、止まる気配もない。肺活量があるぶん息継ぎなしでどこまででもしゃべり続けていられるから、いっそ気迫とも呼べそうなほどの熱量が感じられる。輝く瞳も、興奮の滲む口調も、まるで子どもみたいだ。日曜日の朝に特撮アニメを見ているときの弟たちもこんな感じだっけ。はしゃぐ弟たちの姿を思い浮かべながら、万浬は蓮の語りに相槌をうつ。
映画館を出てからも、蓮はまだまだ話し足りない様子だ。苦笑しつつ、万浬は近くのカフェを指さした。
「蓮くん、いっぱい話したら喉渇いたでしょ。何か飲んでこうよ」
「うん! ありがとう万浬」
にっこりと笑顔を向けられる。これがあるから、蓮にはついつい世話を焼いてしまうのだ。万浬は小さく頬をかいた。
ランチタイムもおやつ時も外した時間帯だからか、カフェは空いていた。落ち着いた空気と心地よい音楽が店の中を満たしていて、なかなかに寛げる場所だ。メニューとにらめっこの末、蓮はコーヒー、万浬はさすがに牛乳はなかったのでミルクティーを注文する。
運ばれてきたティーカップにそれぞれ口を付けながら、再び映画の感想の話に花を咲かせる。おちゃらけキャラだったイエローの抱えていた重い過去や、仲間を裏切ったかのように見えたグリーンが実は仲間のために孤軍奮闘していたことなど、話したいネタはお互いたくさんある。カップの底が見えてきた頃になって、ようやく一頻り語ることができた。
「ああ、楽しかった! 弟たちとはこういう話はできないからねー」
カチャ、とカップをテーブルに置きながら、万浬は正面に座る蓮に笑顔を向けた。蓮も同じように笑顔を浮かべる。
「ううん、僕の方こそ。万浬とたくさん話ができて嬉しい」
「またヒーローごっこもしようね」
「うん! 本当に、万浬に特撮ヒーローが好きなこと話してよかった」
ふわりと綻ぶように、蓮が口元を緩める。窓から射し込む陽光が、微笑む彼を淡い白色に縁どっていた。
万浬は大きく頷いてみせた。
「俺も、蓮くんの好きなもの知れてよかったよ」
ゆっくりと噛みしめるように告げる。そんな万浬の脳裡には、蓮に好きなものを尋ねたあの日のことが蘇っていた。
あのとき、蓮の答えが何であろうと——例えば電車や深海魚など、万浬の興味の範疇から外れたものであろうと——万浬は絶対に馬鹿にしたりからかったりするつもりなどなかった。「好きなものは好きなのだから仕方ない」というポリシーに則るのはもちろんだが、何より、自分の好きなものを否定しないでくれた蓮に応えたかったのだ。
『万浬の好きなお金は誰かのためのお金でしょ。全然恥ずかしくないよ、むしろかっこいい』
自明のことのように言い切った蓮の声は、今でも心の奥深くに響いている。
万浬が大金を稼ぎたいのは、ひとえに実家の再建のため。
父と母が大切に護ってきた酪農場は、万浬にとっても決して失いたくない大切な場所である。それを護るためにも、『家のためのお金』が必要なのだ。
それに、これ以上お金に困るようになれば、弟たちを進学させてやれなくなってしまう。三人いる弟たちのそれぞれの夢を諦めさせることだけは、絶対にしたくなかった。大学に通うためのお金を工面してくれた兄に報いるためにも。
自分が今大学に通えているのは、兄が必死で用意した『万浬のためのお金』があるから。そのおかげで大学に入ることができて、そしてArgonavisと出会えたのだ。感謝の思いは尽きることがないし、それがあるからこそより一層お金を大切にしようと思えるようになった。
あのときの蓮の言葉は、『家のためのお金』を稼ぎたい万浬はもちろん、『万浬のためのお金』を必死で用意してくれた兄をも肯定してくれる言葉だった。万浬の好きなもの、大切なものすべてを、明るく照らしてくれる言葉だったのだ。
だからこそ、蓮がさらけ出してくれた好きなものを、絶対に否定したくなかった。
特撮ヒーローもカラオケも歌も、全部一緒に楽しんで、大切にしたいと思ったのだ。
「ね、今度のライブ、さっきの映画のオープニング曲のカバーとかやってみない?」
ずい、とテーブルに身を乗り出しながら提案すると、案の定蓮はきらきらと瞳を輝かせた。
「それすごくいい! やりたい!」
「明日の練習のときにみんなに話してみようか」
「うん!」
楽しみだなぁ、と声を弾ませる蓮は、今すぐにでも歌いだしてしまいそうだ。はしゃぐ姿を眺めているうちに、万浬の胸もどきどきと高鳴ってくる。なんだか今すぐドラムを叩きたくなってしまった。
次のライブで、蓮の好きな歌をArgonavisのみんなで奏でられるのが楽しみだ。
「好きなもの」というものは往々にして心の柔い部分に直結しているもので、つまり急所にもなり得る部分である。そこをさらけ出すには、どうしたって危険が伴う。
例えば好きなものを誰かに否定されたとしたら。馬鹿にされたとしたら。心の柔い部分だからこそ、突き立てられた刃は深くまで刺さる。
幼いころからお金が好きだった。
浪費なんて絶対許せなかったし、金勘定には誰よりもシビアだった。そんな自分の言動は、周りからあまりいい顔はされなかった。ケチだとからかわれたこともあれば、実家の酪農場の経営難を持ち出されてわざとらしく同情されたこともある。
悔しくなかったと言えば嘘になる。けれど、お金の大切さは誰より分かっているつもりだったし、お金が好きな気持ちも紛れもない事実だ。だから公言し続けた。誰にどんな顔をされたって。
だからこそ、あの子がくれたあの言葉が、ひどく嬉しかったのだ。
「面白かったね、万浬!」
頬を上気させた蓮が興奮した様子で声を上げる。万浬も「うん!」と大きく頷いた。
映画館特有の暗い通路にいても分かるくらいに蓮の瞳はきらきらと輝いている。チラチラと点在する小さな白いライトが赤く染まった頬を照らし出している。映画を見る前に買ったパンフレットをしっかりと両手で抱きしめていることからも彼の興奮が伝わってくるようだ。万浬はふふっと口元を緩めた。
前に一緒に見に行こうと約束した特撮ヒーローの映画を、二人は見に来ていた。
「あの怪人をやっつける直前のシーンで……」
饒舌に語りだした蓮はまさにマシンガントークというもので、止まる気配もない。肺活量があるぶん息継ぎなしでどこまででもしゃべり続けていられるから、いっそ気迫とも呼べそうなほどの熱量が感じられる。輝く瞳も、興奮の滲む口調も、まるで子どもみたいだ。日曜日の朝に特撮アニメを見ているときの弟たちもこんな感じだっけ。はしゃぐ弟たちの姿を思い浮かべながら、万浬は蓮の語りに相槌をうつ。
映画館を出てからも、蓮はまだまだ話し足りない様子だ。苦笑しつつ、万浬は近くのカフェを指さした。
「蓮くん、いっぱい話したら喉渇いたでしょ。何か飲んでこうよ」
「うん! ありがとう万浬」
にっこりと笑顔を向けられる。これがあるから、蓮にはついつい世話を焼いてしまうのだ。万浬は小さく頬をかいた。
ランチタイムもおやつ時も外した時間帯だからか、カフェは空いていた。落ち着いた空気と心地よい音楽が店の中を満たしていて、なかなかに寛げる場所だ。メニューとにらめっこの末、蓮はコーヒー、万浬はさすがに牛乳はなかったのでミルクティーを注文する。
運ばれてきたティーカップにそれぞれ口を付けながら、再び映画の感想の話に花を咲かせる。おちゃらけキャラだったイエローの抱えていた重い過去や、仲間を裏切ったかのように見えたグリーンが実は仲間のために孤軍奮闘していたことなど、話したいネタはお互いたくさんある。カップの底が見えてきた頃になって、ようやく一頻り語ることができた。
「ああ、楽しかった! 弟たちとはこういう話はできないからねー」
カチャ、とカップをテーブルに置きながら、万浬は正面に座る蓮に笑顔を向けた。蓮も同じように笑顔を浮かべる。
「ううん、僕の方こそ。万浬とたくさん話ができて嬉しい」
「またヒーローごっこもしようね」
「うん! 本当に、万浬に特撮ヒーローが好きなこと話してよかった」
ふわりと綻ぶように、蓮が口元を緩める。窓から射し込む陽光が、微笑む彼を淡い白色に縁どっていた。
万浬は大きく頷いてみせた。
「俺も、蓮くんの好きなもの知れてよかったよ」
ゆっくりと噛みしめるように告げる。そんな万浬の脳裡には、蓮に好きなものを尋ねたあの日のことが蘇っていた。
あのとき、蓮の答えが何であろうと——例えば電車や深海魚など、万浬の興味の範疇から外れたものであろうと——万浬は絶対に馬鹿にしたりからかったりするつもりなどなかった。「好きなものは好きなのだから仕方ない」というポリシーに則るのはもちろんだが、何より、自分の好きなものを否定しないでくれた蓮に応えたかったのだ。
『万浬の好きなお金は誰かのためのお金でしょ。全然恥ずかしくないよ、むしろかっこいい』
自明のことのように言い切った蓮の声は、今でも心の奥深くに響いている。
万浬が大金を稼ぎたいのは、ひとえに実家の再建のため。
父と母が大切に護ってきた酪農場は、万浬にとっても決して失いたくない大切な場所である。それを護るためにも、『家のためのお金』が必要なのだ。
それに、これ以上お金に困るようになれば、弟たちを進学させてやれなくなってしまう。三人いる弟たちのそれぞれの夢を諦めさせることだけは、絶対にしたくなかった。大学に通うためのお金を工面してくれた兄に報いるためにも。
自分が今大学に通えているのは、兄が必死で用意した『万浬のためのお金』があるから。そのおかげで大学に入ることができて、そしてArgonavisと出会えたのだ。感謝の思いは尽きることがないし、それがあるからこそより一層お金を大切にしようと思えるようになった。
あのときの蓮の言葉は、『家のためのお金』を稼ぎたい万浬はもちろん、『万浬のためのお金』を必死で用意してくれた兄をも肯定してくれる言葉だった。万浬の好きなもの、大切なものすべてを、明るく照らしてくれる言葉だったのだ。
だからこそ、蓮がさらけ出してくれた好きなものを、絶対に否定したくなかった。
特撮ヒーローもカラオケも歌も、全部一緒に楽しんで、大切にしたいと思ったのだ。
「ね、今度のライブ、さっきの映画のオープニング曲のカバーとかやってみない?」
ずい、とテーブルに身を乗り出しながら提案すると、案の定蓮はきらきらと瞳を輝かせた。
「それすごくいい! やりたい!」
「明日の練習のときにみんなに話してみようか」
「うん!」
楽しみだなぁ、と声を弾ませる蓮は、今すぐにでも歌いだしてしまいそうだ。はしゃぐ姿を眺めているうちに、万浬の胸もどきどきと高鳴ってくる。なんだか今すぐドラムを叩きたくなってしまった。
次のライブで、蓮の好きな歌をArgonavisのみんなで奏でられるのが楽しみだ。