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短編

届かない手紙のはなし

 返ってくるはずのない手紙を待っている。最初の一通は向こうから送ってきたくせに、それ以降は何の音沙汰もなく、こっちから送る一方だ。
 尤も、こっちだって宛先は知らない。仕方がないから紙片を折り畳んで瓶に詰めて、海に流す。最初は東の片隅から、やがて海に出てグランドライン、新世界に入ってからもその不規則な習慣は続いた。他愛のない内容ばかりだったけれど、読まれる当てもないその手紙を書くことでなぜか心が落ち着いた。向こうが送った最初の一通は、何度も何度も読み返して、もう隅から隅まで文面を暗記してしまった。
 その日も、また紙片に短い手紙を書いた。酒の空き瓶に詰めようとしたところで仲間に声をかけられた。珍しいものを手に入れたから、どうせなら使うといいと。球体のどこか見覚えのある色かたちをしたそれは、聞けばシャボンディ諸島で作られたものだという。そこらの瓶よりよほど丈夫で、且つきれいなそれは贈り物に人気らしい。ありがたく受け取って手紙を入れると、海に浮かべた。やがて水平線の向こうに見えなくなるまでずっと見送る。
 返事が返ってくることはないと知っていても、行く宛のない手紙を繰り返し書くのだ。
 
 
 * * *
 
 
 ――サボへ
 
 四つに折り畳まれた紙片の表に、そう宛名書きされたシャボンが届いたことで、革命軍はちょっとした騒ぎになった。参謀総長宛のそれは、もしかしたら、どこかで異変が起きていて、誰かが救助を求めたものではないか。けれど当のサボが駆けつけたときには、そうでないことが判明していた。
「ごめんね」
 先に目を通しちゃった、とコアラが申し訳なさそうに紙片を差し出す。何のことだ、と首をひねりながら受け取った紙を開いて、すぐにその意味を知る。
「悪い、ちょっと」
 それだけ言い残して人のいる場を離れた。紙を掴んだ手が震える。誰も来ない場所を探し出して、震える手のまま慎重に紙を開いた。
 
「…………エース」
 
 綴られていたのは、白ひげ海賊団の他愛ない日々だった。それが、エースにとってはもう死んだ人間であるはずのサボに向けて不器用な筆致で綴られている。どうして、と思いながら何度も繰り返し文面を追った。
 エースが確かに生きていた日々が確かにそこに綴られている。やがてその文字が歪んで見えなくなると、ぐいと目元をぬぐって、紙を元の通り丁寧に折り畳んだ。
 手紙を書こうと思った。エースへの二度目の手紙を。それがもう決して彼に読まれることはないと知っていても。
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