【連作】えさぼ♀←モブ
2
初めて出会ったときから、どこか浮世離れした奴だと思っていた。
記憶はなくて、やたら強くて、物怖じしなくて、いつも笑っている。アンバランスなようでいて、それがらしさでもある。そういう人間だ。
サボは今、甲板に立って随分長いこと話し込んでいる。隣にはエキゾチックな美女、今は革命軍の客人であるニコ・ロビンがいた。
様子を窺うと、口を動かしているのはもっぱらロビンの方で、サボはそれにしきりと相槌を打ったり、楽しそうに笑ったり。ロビンと合流してから、サボはロビンと一緒にいることが多い。懐いているのかと言えばそうでもないらしく、敬愛に近い勢いでロビンに懐いているのはむしろコアラの方だ。じゃあサボとロビンはと言えば、共通する知り合いがいるというので会話に花が咲くのだった。
その共通の知り合いが誰か、この船の皆が知っている。世界を騒然とさせた人物であり、なおかつ、革命軍とも無縁ではない人物だからだ。今は消息を絶っているが、ロビンもサボもその男の無事を疑ってはいない。それぞれが再会を心待ちにしている分、交わす言葉の調子も弾むというものだ。
「サボくーん」
船内からコアラに呼ばれると、サボはロビンに手を振ってその場を離れる。気安い様子にお互いの信頼が見て取れるやり取りだ。何とはなしにその様子を目で追っていると、ロビンと視線が合った。ずっと見ていたことがばれて気まずい思いをするが、不快に思ったようでないのがありがたい。あるいは、客人という立場上、この船中から浴びせられる視線に慣れているのかもしれなかった。この船に、革命軍にとって彼女は重要な人物だ。四六時中誰かしらが彼女に目を配っている。
無論俺もその一人で、けれど印象的な瞳に近くから見つめられるといつでもどぎまぎしてしまう。
ロビンは俺の近くまで来ると意味深に笑った。強さだけでない、生きるためにあくどいことにも手を染めてきた人間の凄みのある笑みだ。見据えられると囚われたように動けなくなる。
「……気になる?」
訊くまでもない。こくこくと頷くと、今度は少女のような無邪気さでくすりと笑う。俺たちが畏れ多いと思うのとは対照的に、素の彼女はそう気取らない人間だ。人の恋愛事情を勘ぐるほどには俗っぽい感情も持ち合わせている。
「あなた、ずっと彼女のことを目で追ってる」
自覚があるとはいえ、改めて指摘されると気まずい。目を泳がせるとロビンはふふっと小さく笑った。
「ごめんなさい、責めているんじゃないのよ」
「……サボとはどんな話をしてるんだ?」
予想がついていながらあえてそう訊ねたのは、そうでもなければ間が持たないと思ったからだ。ロビンは唇に刻んだ弧のかたちを深くした。
「私の、船長の話よ」
船長と呼ぶ声に深い親愛が込められているのが分かった。
現在は革命軍預かりとなっているロビンの本当の船長は、ドラゴンさんの息子でサボの義弟だ。どれほど深い縁で結ばれているのだろう。世界を動かすほどの力を持った人間というのは、おのずと引き寄せ合うのだろうか。それとも、力を受け継ぐが故に世界を動かすのか。
「へェ、どんな――」
盗み聞きをしていない訳でもないが、知らん顔をして次の問いを口にしかけたとき、前触れもなくバタン、と音を立てて船室の扉が開いた。
「サボ?」
「どうしたの?」
出てきたのはコアラに呼ばれて引っ込んだばかりのサボだ。さっきまでロビンと談笑していたのとは打って変わって真剣な表情。殺気すら感じる参謀総長の様子に何かあったのかと周囲にも緊張感が走る。
「ちょっと出てくる」
それだけ言うと、サボは船に積まれていた小型艇を海面に下ろした。
「ちょっと、サボくん!」
その行動は迅速で迷いがない。慌てた様子でコアラが出てくる頃にはサボはもう小型艇に乗り移っていた。
「ねぇ待って、ちゃんとこっちで準備するから!」
「待てねェ」
こうなったサボを止められる人間は少なくともこの船にはいない。誰もが分かっているから、サボを止められない。ただ一人コアラだけが叫んでいる。けれど喉を枯らすほどの懇願もむなしく、あっという間にサボの姿は水平線の彼方に消えた。
「コアラ、どうしたんだ」
ようやく呼吸を整えたところで訊くと、コアラは疲れた様子で肩をすくめた。
「白ひげ海賊団の生き残りが潜伏している場所が分かったの。それから、お墓の場所も」
「お墓、ってだれの」
俺が訊くと、ロビンがそれを引き継いだ。
「エースの、ね?」
質問というより確認の意味合いだ。コアラはうなだれつつ頷いた。
「タイミング間違っちゃったかな。こんなに急に飛び出していくとは思わなかった」
「急ぎの任務はないんでしょう? だったらいいんじゃないかしら」
「そう、なんだけど……でも、何か心配になっちゃう。ちゃんと帰ってくるかなって」
コアラの心配は俺にも理解できた。
記憶を取り戻して、サボは変わった。表向きの飄々とした態度を見る限り思うところはないのだが、彼女の過去――特に義兄弟に関することには度々人が変わったような振る舞いを見せる。無論サボにとってそれほど重要な過去だということだ。一度失って取り戻したからこそ一層強くそれを大切に思うのかもしれない。
だからこそかえって、今のサボが身を置く革命軍の人間は微かな不安を覚えるのだ。元々、ふらっといなくなりそうな所がある奴だから余計に。
ロビンだけが分からない、という様子で首を傾げた。
「でも、革命軍は辞めないと言ってるんでしょう?」
「うん……」
「だったら大丈夫よ」
ロビンは励ますようにコアラの肩に手を置いた。
「話していて分かるわ。ルフィやエースを思うのと同じくらい、あなたたちのことも大切に思っているもの」
革命軍ではなく、客人という立場だからこそ見える部分もあるのかもしれない。それは単純な慰めでなく、確信を持った言葉だった。そうでなくともロビンの言葉には説得力がある。眉をハの字にしていたコアラが表情を明るくした。
「……うん。うん、ロビンさんが言うならきっとそうだよね」
ロビンとコアラはサボが消えていった水平線の向こうを見つめた。天気は快晴。海の色に溶けるような青空が広がっている。
初めて出会ったときから、どこか浮世離れした奴だと思っていた。
記憶はなくて、やたら強くて、物怖じしなくて、いつも笑っている。アンバランスなようでいて、それがらしさでもある。そういう人間だ。
サボは今、甲板に立って随分長いこと話し込んでいる。隣にはエキゾチックな美女、今は革命軍の客人であるニコ・ロビンがいた。
様子を窺うと、口を動かしているのはもっぱらロビンの方で、サボはそれにしきりと相槌を打ったり、楽しそうに笑ったり。ロビンと合流してから、サボはロビンと一緒にいることが多い。懐いているのかと言えばそうでもないらしく、敬愛に近い勢いでロビンに懐いているのはむしろコアラの方だ。じゃあサボとロビンはと言えば、共通する知り合いがいるというので会話に花が咲くのだった。
その共通の知り合いが誰か、この船の皆が知っている。世界を騒然とさせた人物であり、なおかつ、革命軍とも無縁ではない人物だからだ。今は消息を絶っているが、ロビンもサボもその男の無事を疑ってはいない。それぞれが再会を心待ちにしている分、交わす言葉の調子も弾むというものだ。
「サボくーん」
船内からコアラに呼ばれると、サボはロビンに手を振ってその場を離れる。気安い様子にお互いの信頼が見て取れるやり取りだ。何とはなしにその様子を目で追っていると、ロビンと視線が合った。ずっと見ていたことがばれて気まずい思いをするが、不快に思ったようでないのがありがたい。あるいは、客人という立場上、この船中から浴びせられる視線に慣れているのかもしれなかった。この船に、革命軍にとって彼女は重要な人物だ。四六時中誰かしらが彼女に目を配っている。
無論俺もその一人で、けれど印象的な瞳に近くから見つめられるといつでもどぎまぎしてしまう。
ロビンは俺の近くまで来ると意味深に笑った。強さだけでない、生きるためにあくどいことにも手を染めてきた人間の凄みのある笑みだ。見据えられると囚われたように動けなくなる。
「……気になる?」
訊くまでもない。こくこくと頷くと、今度は少女のような無邪気さでくすりと笑う。俺たちが畏れ多いと思うのとは対照的に、素の彼女はそう気取らない人間だ。人の恋愛事情を勘ぐるほどには俗っぽい感情も持ち合わせている。
「あなた、ずっと彼女のことを目で追ってる」
自覚があるとはいえ、改めて指摘されると気まずい。目を泳がせるとロビンはふふっと小さく笑った。
「ごめんなさい、責めているんじゃないのよ」
「……サボとはどんな話をしてるんだ?」
予想がついていながらあえてそう訊ねたのは、そうでもなければ間が持たないと思ったからだ。ロビンは唇に刻んだ弧のかたちを深くした。
「私の、船長の話よ」
船長と呼ぶ声に深い親愛が込められているのが分かった。
現在は革命軍預かりとなっているロビンの本当の船長は、ドラゴンさんの息子でサボの義弟だ。どれほど深い縁で結ばれているのだろう。世界を動かすほどの力を持った人間というのは、おのずと引き寄せ合うのだろうか。それとも、力を受け継ぐが故に世界を動かすのか。
「へェ、どんな――」
盗み聞きをしていない訳でもないが、知らん顔をして次の問いを口にしかけたとき、前触れもなくバタン、と音を立てて船室の扉が開いた。
「サボ?」
「どうしたの?」
出てきたのはコアラに呼ばれて引っ込んだばかりのサボだ。さっきまでロビンと談笑していたのとは打って変わって真剣な表情。殺気すら感じる参謀総長の様子に何かあったのかと周囲にも緊張感が走る。
「ちょっと出てくる」
それだけ言うと、サボは船に積まれていた小型艇を海面に下ろした。
「ちょっと、サボくん!」
その行動は迅速で迷いがない。慌てた様子でコアラが出てくる頃にはサボはもう小型艇に乗り移っていた。
「ねぇ待って、ちゃんとこっちで準備するから!」
「待てねェ」
こうなったサボを止められる人間は少なくともこの船にはいない。誰もが分かっているから、サボを止められない。ただ一人コアラだけが叫んでいる。けれど喉を枯らすほどの懇願もむなしく、あっという間にサボの姿は水平線の彼方に消えた。
「コアラ、どうしたんだ」
ようやく呼吸を整えたところで訊くと、コアラは疲れた様子で肩をすくめた。
「白ひげ海賊団の生き残りが潜伏している場所が分かったの。それから、お墓の場所も」
「お墓、ってだれの」
俺が訊くと、ロビンがそれを引き継いだ。
「エースの、ね?」
質問というより確認の意味合いだ。コアラはうなだれつつ頷いた。
「タイミング間違っちゃったかな。こんなに急に飛び出していくとは思わなかった」
「急ぎの任務はないんでしょう? だったらいいんじゃないかしら」
「そう、なんだけど……でも、何か心配になっちゃう。ちゃんと帰ってくるかなって」
コアラの心配は俺にも理解できた。
記憶を取り戻して、サボは変わった。表向きの飄々とした態度を見る限り思うところはないのだが、彼女の過去――特に義兄弟に関することには度々人が変わったような振る舞いを見せる。無論サボにとってそれほど重要な過去だということだ。一度失って取り戻したからこそ一層強くそれを大切に思うのかもしれない。
だからこそかえって、今のサボが身を置く革命軍の人間は微かな不安を覚えるのだ。元々、ふらっといなくなりそうな所がある奴だから余計に。
ロビンだけが分からない、という様子で首を傾げた。
「でも、革命軍は辞めないと言ってるんでしょう?」
「うん……」
「だったら大丈夫よ」
ロビンは励ますようにコアラの肩に手を置いた。
「話していて分かるわ。ルフィやエースを思うのと同じくらい、あなたたちのことも大切に思っているもの」
革命軍ではなく、客人という立場だからこそ見える部分もあるのかもしれない。それは単純な慰めでなく、確信を持った言葉だった。そうでなくともロビンの言葉には説得力がある。眉をハの字にしていたコアラが表情を明るくした。
「……うん。うん、ロビンさんが言うならきっとそうだよね」
ロビンとコアラはサボが消えていった水平線の向こうを見つめた。天気は快晴。海の色に溶けるような青空が広がっている。