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短編

Kパロ

エースの赤が好きだ。
だれよりも苛烈で強い、きれいな赤。

エースの体が炎に変わるとき、空にはいつも大きな剣が現れる。
ダモクレスの剣と呼ばれるそれは、王の力の顕現を世界に知らしめる。

サボは、幼い頃に王として覚醒したエースから力を分け与えられた。
それなのにずっと忘れていた。
事故による記憶喪失がサボからエースの記憶を奪っていた。
赤の王の対である青の王の副官を勤めていたサボが忘れていたエースのことを思い出したのは、エースの剣が地に落ちる瞬間。エースの死の瞬間だった。

ダモクレスの剣が落ちると王は死ぬ。
人ならざる力を行使し続けた代償のように、歴代の赤の王は皆若くして死んだ。

エースが死ぬその場面にサボは立ち会っていない。けれど、離れた場所から剣が落ちるその光景を見ていた。鮮やかに美しかった大剣が引き摺り下ろされるように地面に近づいていく。それをみすみすと落としてはならない。
ダモクレスの剣が落ちれば、そこには隕石が落ちるのと同等、あるいはそれ以上の被害が発生する。けれど、落ちる剣の被害を食い止めることができるのは、赤の王と同等の力を持つ者、赤と同じように力を与えられた他の色の名を冠する王だけなのだった。

死にゆく赤の王がいる場所には、サボの上司に当たる青の王がいるはずだった。青の王の配下は皆信じている。自分たちの王が、必ず惨劇を食い止めるはずだと。サボだってそうだ。どんな思いで青の王が赤の王の死に立ち会っているのか知らないわけがない。
赤と青は反目し合いながらもどこかで惹かれ合うようにできている。

だから、サボがそのとき考えていたのは地面に大穴が開くかもしれない危機のことでも、己の王がその責務を全できるかどうかということでもなかった。

ゆっくりと落ちていく剣。
その光景に重なるように、失ったはずの幼い頃の記憶が蘇ってくる。
エースが赤の王に覚醒した日。その日のことをサボは知っている。
エースは苦しんでいた。身を焼く炎。制御しきれない大きすぎる力。炎を身に纏ってもがくその隣にずっとサボは寄り添っていた。
その光景を自然と思い浮かべて、その日の出来事を知っている自分に驚いた。サボが纏う色は青のはずだ。青の王を戴く者の証の色。
けれど、赤はサボにとって敵対するべき色ではなかった。だって、あの日、一番最初にエースの赤を分け与えられたのはサボなのだから。

「エース……」

無意識に名前を呼んでいた。
あそこで死にゆくのは、名前くらいしか知らない敵対するクランの王じゃない。
不安定な力で世界を危機に陥れる危険因子でもない。

エースは、おれの王だ。

「うわあああああああああああああ!!」

「サボ!!」
「サボ君!!」

仲間が呼ぶ声も耳に入らなかった。
ただ分かるのは、かけがえのないものが失われたということ。
どうして忘れていたんだろう。赤の王だろうが、危険因子だろうが、絶対に死なせてはいけない人なのに。

けれど、その死を惜しむ時間すらサボには与えられなかった。
記憶の奔流。それから、目覚め。
体の中で青の力を押し退けるように、長い間眠っていた赤が力を吹き返すのが分かった。
エースの剣が沈んでいく。けれどそれは地面に触れるより早く、青の王の力で光の欠片になって消える。この国は守られて、そして、エースは死んだ。
王が死ねば、分け与えられた力も失われていく。それが理。
けれど、サボの中から赤の力は消えない。それどころか、どこからともなく力が流れ込んでくるのを感じた。
苛烈で優しい、炎の力。
エースの炎だ。
急速に体が書き換えられていく感覚がサボを襲う。
最初は何が起きたのか分からなかった。
けれどやがてサボの中であるひとつの大きな力が形を取って急かすように覚醒を促す。
熱い。体が、焼けるように。苦しい。
サボはこの苦しさを知っている。間近で見たことがある。大きすぎる力に手も足も出せず、ただ見守るしかなかった幼い日の記憶。
人ひとりの身には大きすぎる力がサボという器の中で暴れ回っている。仲間が口々にサボの名を呼んだが、誰も近づけない。青の力は、今サボの身に流れ込んでいる力とは反発する性質のものだ。
やがて力の流入は収まり、炎はサボの中にどうにか収まる方法を見つけたようだった。
ああ、おれは受け継いだんだな。
ぼんやりとそれを自覚する。

「サボ君……」
「そんな、まさか」

茫然として仲間が空を見上げる。サボもゆっくりとその視線の先を辿った。けれど、何が起きているかは見なくても分かる。これはサボの体に起こった変革なのだから。

赤い剣。

空には、先に落ちたばかりのエースの剣と瓜二つの、けれど死に際のエースのそれよりずっと新しく鮮やかな色の赤い剣が出現していた。

ごうっとサボの身を這うように炎がうねる。
その日、青い制服を身に纏ったサボは、エースから赤の王の力を受け継いだ。
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