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短編

電伝虫は死んでしまった

朝家を出るときには100パーセントだったはずのスマートフォンの充電が、昼前にはもう30パーセントになっていた。
これがもう数日間続いているから、きっとバッテリーの寿命というやつだろう。
かなり長く酷使した自覚があるから仕方ないとすんなり諦めはつく。
だが問題は今日これからの予定だ。
エースから連絡が入っていた。
――今日帰国する。サボ今どこ?
――おれも今帰ってきてる
互いにメッセージのやり取りは簡素だ。
エースはカメラ片手に飛行機で、サボは客船の乗組員として世界を飛び回っている。
会えるのはお互いが地元に戻っている年間の何日かで、その間は必ずと言っていいほど予定を合わせて一緒に過ごす。言葉にした訳ではないが何となく決まりごとのようになっている。
だから今日は滅多にないエースとの待ち合わせの日だ。それも、ついさっき決めたばかり。
留守の間に溜まった用事を片付けようと家からは離れてしまっていて、バッテリー残量はこのペースではとてもじゃないがエースの示した帰国時間まで保ちそうにない。
どうしよう、とらしくもなく焦る。
このままじゃエースに会えない。
“また”会えないままになってしまうのは嫌だ。
考えても頭は働かず、反対に焦燥ばかりが募っていく。
会いたい。
エースに会いたい。
小さな機械の不具合ひとつでこんなに不安になる自分が嫌だ。
でも、確かなだと信じていたものがどれほど脆いかということも知っている。
電波ひとつで繋がる関係。
常に危うさを孕みながら蓄積されていく記憶。
炎のように強い熱を持った人の生命。
絶対なんて、この世界にない。
だからサボはエースを探す。
細い一本の糸を手繰り寄せるように。
世界のどこにいても、いつも存在を信じられるように。

目が覚めると、見慣れた自室の天井が見えた。
自分が誰なのか、一瞬分からなくなって咄嗟に記憶の切れ端を掴む。
革命軍参謀総長。エースとルフィの兄弟。
自分に貼り付けられたラベルをひとつずつ確認していって、ようやくほっと息を吐いた。
嫌な夢を見たとき特有の、心臓がばくばく鳴る音が体じゅうに響いている。
ふらふらと起き上がり、サイドテーブルに置いたままの水差しからグラスに注いだ水を一気に煽る。
体の真ん中を伝い落ちる冷たさで幾分頭をすっきりさせ、エースに連絡を取ろうとした。
声を聞いたら、夢に浮かされたふわふわとした不安を拭い去れるのではないかと、そう期待して。
けれど、いつも懐に連れて歩いている電伝虫はなぜか一向に目を開けてはくれなかった。
心なしか体が一回り小さくなっている。
はっとして咄嗟に触れる。
小さな体はぴくりとも動かない。
――死んでしまったのだ。
サボが悪夢を見ている間に、この小さな相棒はその生命を終えてしまった。
それは何の前触れもない別れで、サボにはかえって実感が伴わない。
最期の時、こいつは何を思っていたんだろう。
暗い部屋で、サボにすら気付かれずに。
他の電伝虫と話をしたかったのか、それとも、そんなことすら考えないのか。

――突然、ドアが開いた。
「エース……」
驚いて顔を上げるとよく知った男が立っている。
兄弟で恋人で、でも所属が違うから時々しか会えない奴。
「サボ」
と、エースは短く名前を呼んだ。
「どうした?」
訊くと、
「それはこっちの台詞だ」
と返ってくる。
よくよく見れば、エースは息を切らせて汗までかいている。いかにも、慌ててここまでやってきたような。
「真夜中にいきなり連絡きたら驚くだろうが」
「連絡?」
「あんな一言で、しかもかけ直しても繋がらねーし、心配したんだからな」
「え、連絡って、おれが?」
「お前が。覚えてねェの?」
「覚えてねェっつーか、昨日はさっさと寝ちまってたし」
「え?」
全く覚えがないと言うと、エースは首を傾げた。
「でも、確かにサボからだった。『会いたい』って」
はっとして、手のひらに乗った電伝虫に目を落とす。
もうすっかり魂が去ってしまった小さな亡骸。
――もしかして、こいつが?
視線を追って、エースもそれに気付いたらしい。
サボが亡骸をテーブルの上にそっと戻すと、エースは自分の電伝虫をそばに置いた。
ゆっくりと亡骸に寄り添うようにじっとしている。
死を悼んでいるのか、念波で何かを訴えているのか。
おれたちがそうあって欲しいと願っているだけで、当の本人にしたら全然違うことを考えているのかもしれない。考えていないのかもしれないけれど。

しばらくそうしてから、おれたちは外に出て小さな亡骸を土に埋めた。
エースの電伝虫はずっとそれを見ていた、はずだ。
土に還る小さな体が最期に発した短い言葉。不安定な世界だからこそ起こり得た小さな奇跡をサボはエースと共有した。
ゆっくりと肩口にかおを埋めるとエースがくしゃりと髪を撫でた。
触れる手は温かかった。
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