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短編

2020エース誕

窓ガラスを一枚隔てた外では海軍兵が物々しく行き来している。
そっとそれを覗き見ていたルージュは腹の痛みに小さくうめいてカーテンを閉じた。最近はベッドで横になっている時間が随分増えてしまった。主治医は頻繁に訪れてその度に早く産んだ方がいい、そうでなければあなたの身がもたないからと真剣な口調で言い含めていく。
「命なんて惜しくないわ」
私のは。守りたいのは、生まれてくるこの子だけ。あの人はもうこの世にはいないのに、繋がる命がここにある。絶対にこの子を守らなければいけない。

もうすぐ年が変わる。あの人が亡くなってから季節は一回りした。年が変われば海軍がここから引き上げていくはずだった。
あと少し。少しだけ。
痛む腹を抱えてうめきたくなる声を殺す。
赤ちゃんが内側からとんとんと蹴ってくる。普通の母親の倍の時間を一緒に過ごしているからか、何となくこの子の考えることが分かる気がする。
はやく、外の世界を見たい。
あまりにもあの人の子らしい活発さと好奇心。生まれてきたら元気すぎて手を焼いてしまうかもしれない。
それでも、生まれて来てほしいという願いに変わりはない。
はやく生んであげたい。外の世界を見せてあげたい。
でももう少しだけ待って。
あなたが自由に生きられるように、そういう世界を私が見せてあげられるように。
膨らんだ腹をそっと撫でる。
ごめんね、もう少しだけ。

世界が新しい年を迎えた日の夜明けの頃、その島の片隅で、ひとりの男の子が生まれた。
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