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短編

エースにキス魔じゃないのかと指摘したら、そうじゃない、お前に触れるのが好きなだけだとさらりと返された。
ド直球に返す言葉を失ったのは置いておいて、とにかくエースはサボによくキスをする。

ぎしり、並以上の体格の男二人の体重を受け止めた安宿のベッドが悲痛な声を上げるのも構わず、下敷きになったサボの上にエースがのしかかってくる。
久しぶりの再会だった。
ひとしきりはしゃいで飯を食らい酒を飲み、程よく出来上がったところでエースが滞在する宿の部屋に引き上げると、次にやってきたのは性欲だった。
互いに汗をかいた体が吸い寄せ合うように重なる。
元々そう男の欲求が強い方ではなかったはずだが、エースといるとたやすく体が熱を帯びる。
いや女役を務めているのはこちらだから男の、というのが正しいのかどうか。
唇に噛みつくようなキスが落ちてくる。
瞼を伏せるふりだけして、そっとその欲にまみれた顔を盗み見る。
よく喋る男がこうして黙っていると、思うよりも端正な顔立ちをしていることが分かる。
目付きの悪さと派手ななりにごまかされているが見目のいい男であることに間違いなかった。
もっとも、あまり品がいいとは言えない。
しばらくして唇を貪ることに飽きたらしいエースは次にサボの顔中あたり構わず唇で触れたり舐めたりし始めた。
これはセックスというよりじゃれる犬だな、と呑気に構えていられたのは最初だけですぐに息が上がってくる。
興奮を直に知られるのは癪だが、状況はお互い様だ。
だが、その唇が左目の瞼を掠めると僅かな余裕さえも吹き飛ばされてしまった。
左目を覆うような傷跡は、普段は髪を撫で付けて大っぴらに人目に晒すようなことはしない。
だというのにエースはいともたやすく額にかかる髪を払うと瞼に吸い付くように口づけを落とした。
痛みからはとうに解放された古傷だが、薄皮一枚ぶん他より敏感なそこに触れられるとびく、と体が反応してしまう。
誰でもそうなる訳じゃない。
エースだからだ。
けれど、エースだからこそ触れて欲しくない傷跡でもある。
これは代償だ。
浅慮で幼かった過去の自分の。
傷と一緒に喪った記憶は何を置いても手離してはいけないものだった。
死んででも守らなければいけないものだったのに。
くしゃりと顔が歪んだのは無意識だったが、エースはお見通しだというように眉を下げて笑う。
「めんどくせェこと考えてるな」
「……めんどくせェって何だよ」
記憶を喪って、兄弟の危機に何もできなかった。
それを面倒という言葉で済ませることは、どうしてもサボにはできない。
「いいじゃねェか、おれはこうして生きてるんだし。確かに一回は腹に穴も空いたけどな」
何でもないことのように笑うが、それこそ冗談ではない。
肩に一発入れると、「わりィ」とちっとも悪びれない口調で謝られた。
強い力で抱きしめられると肌越しに脈打つ鼓動が伝わってくる。
メラメラの実のせいか元からの体質か、エースの方がサボよりも体温が高い。
「うれしいんだよ、サボが生きてて」
じわ、と自分の体の熱が上がった。
エースの体温が移ったから、それだけじゃない。
顔を見せるのが無性に恥ずかしくなって隠す代わりにエースを抱きしめ返した。回した手のひらに引きつれた肌の感触が伝わる。
頂上戦争で出来た傷だ。これのせいで死んでいてもおかしくなかった。
「んなの、こっちの台詞だ……!」
顔を肩に埋めたせいでくぐもった声になったがエースにはちゃんと伝わったようでぽん、とあやすように背を叩かれる。
クソ、これじゃおれが弟みたいじゃねェか。どっちも長男なのに。
だが、意地を張る意味もない。
どちらかが途中で死んでいたらこの再会はあり得なかった。
幾十、幾万、幾億。
どれほどの偶然と奇跡の果てにこの運命が成り立っているのか、考えれば途方もない。
きりのないことを考えるのは後にして、今夜はただこの熱に溺れてしまえばいい。
ぎゅうと抱き締める手の力を強めると「いてぇって」とエースがまた笑った。
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