金色の灯、赤の契り
赤の契り3
微睡みを感じるのは珍しかった。
寝るのは好きだし良く眠るけれど、短時間で熟睡するかいつでも動けるように浅く眠るかのどちらかだ。
こんなふうに半分覚醒していながら、もう少し、と眠りの淵に縋りつくようなことは珍しい。
けれど、傍らの体温はそれほどに心地よかった。
「サボ」
エースの声が聞こえる。
その声でサボが起きなくても別に構わない。そんな静かで優しい声だ。
どんな顔で、そうやっておれを呼ぶのか。
知りたくてゆっくりと目を開けた。
朝だ。窓の向こうから淡い光が入り込んで、エースの輪郭を白く縁取っている。
エースは上半身を起こしていた。サボは横になったまま手を伸ばして、光を受けた輪郭をなぞるようにその髪に、顔に触れる。
「まだいる……」
朝になったらいなくなってしまうのかと思っていた。ほっとした声には子供じみた幼さが滲んでしまう。
「おう、いるぞ」
エースの手が枕に広がった金髪を梳く。
「でも、もう時間みたいだな」
「そうか……」
一度だけと願っていたのに、その一度が叶ってしまえば今度は手放したくなくなる。
人間の欲には限りがない。
サボが眉を寄せると、エースはサボの前髪をくしゃりと撫でた。
「んな顔すんなって」
「だって」
きっと、今度こそ永遠の別れだ。それを受け入れるのは堪え難かった。
「サボ」
名前を呼ぶエースの声はどこまでも優しい。それが辛い。
エースはサボに起き上がるよう促すと、正面からぎゅうと抱きしめた。
隙間なく触れ合った肌の間に、炎を感じる。
エースの炎だ。
全てを燃やし尽くすはずのそれに焦がすような痛みは感じない。サボも同じ炎を体に宿している。
体の真ん中から溶け合うように、ひとつになる感覚。
「別れじゃねェよ」
自分と相手との境界も曖昧になる。その中でエースが言った。
「お前といる」
突拍子のない言葉に、瞬きをするとエースが言葉を継ぎ足した。
「お前が“実”を食ってなかったらさすがに難しかったけどな。分かるか? 今、おれたちは同じものになってる」
サボは頷いた。
交わる炎は、エースのものであり、同時にサボのものでもある。
そうして、本能で理解した。
おれたちにはもう、体すらいらない。
それは寂しくもあったけれど、抗い難い誘惑だった。
「おれも連れて行ってくれ。お前が願う世界の行く末と、ルフィの夢の果てが見たい」
「ずっと一緒にいられるのか?」
「ああ。お前といる。お前の命が尽きるまで」
全部終わったら、また環る輪廻の中で巡り会おう。
返事の代わりに強く抱きしめ返すと、エースは「いてェ」と笑った。
それから、少しだけ意地悪い声になってサボに囁く。
「浮気するなよ。燃やしちまうからな」
「おっかねぇな」
おれと浮気相手、どっちをだ。
けれど、それよりエースがそんなことを言い出すことの方がサボには嬉しい。
「言わないんだな」
「何を?」
「おれのことは忘れていい恋しろよ、とか」
「言うかよ」
思うよりずっと真剣にエースはそれを否定した。
「もう一回会わなければそう思えたかもしれねェけど、こうやって会っちまったらだめだな。……嫌か?」
サボは首を振った。そんなはずない。
「いいよ。もしおれがお前を裏切ったらおれを燃やしてくれ」
痺れるほどの束縛だ。運命より強くて毒のように甘い。
それほどの強さで繋がっているのは世界中探したっておれとお前だけ。
「約束だ」
絡めた小指と小指が炎になって混ざり合う。
叶うはずのなかった最初で最後の恋だ。
飽きることなくキスを交わす。
エースの輪郭が、次第に揺らめいていく。
炎が見せる陽炎のように。
消えるのではなかった。
サボの中に入ってくる。ひとつになる。
それは、どろりとした果実の汁を飲み込む感覚によく似ていた。
――エース。
声にならない声で呼びかけると、炎がふっと笑う。
――愛してる。
それが、交わした言葉の最後だった。
次に気がつくと、太陽が空の真ん中に差し掛かろうとしていた。
約束の時間が近い。
行かなければとのろのろとベッドから下りて、脱ぎ散らかした服を纏っていく。
ふと違和感を覚えて、胸元に視線を落とすと、左胸、心臓にほど近い場所が赤くなっている。
よく見るとそれは、炎をかたどった赤い痣だった。
ほんの小さな、でも確かに刻まれたそれはきっと消えることはないのだろう。
「……心臓、掴まれちまったな」
目に焼き付けてから、シャツのボタンを留める。
誰にも言わない。誰も知らない。
けれどそれは炎のほかにもう一つ、エースが残してくれた存在の証だ。
この先の道は、お前も一緒に連れて行く。
微睡みを感じるのは珍しかった。
寝るのは好きだし良く眠るけれど、短時間で熟睡するかいつでも動けるように浅く眠るかのどちらかだ。
こんなふうに半分覚醒していながら、もう少し、と眠りの淵に縋りつくようなことは珍しい。
けれど、傍らの体温はそれほどに心地よかった。
「サボ」
エースの声が聞こえる。
その声でサボが起きなくても別に構わない。そんな静かで優しい声だ。
どんな顔で、そうやっておれを呼ぶのか。
知りたくてゆっくりと目を開けた。
朝だ。窓の向こうから淡い光が入り込んで、エースの輪郭を白く縁取っている。
エースは上半身を起こしていた。サボは横になったまま手を伸ばして、光を受けた輪郭をなぞるようにその髪に、顔に触れる。
「まだいる……」
朝になったらいなくなってしまうのかと思っていた。ほっとした声には子供じみた幼さが滲んでしまう。
「おう、いるぞ」
エースの手が枕に広がった金髪を梳く。
「でも、もう時間みたいだな」
「そうか……」
一度だけと願っていたのに、その一度が叶ってしまえば今度は手放したくなくなる。
人間の欲には限りがない。
サボが眉を寄せると、エースはサボの前髪をくしゃりと撫でた。
「んな顔すんなって」
「だって」
きっと、今度こそ永遠の別れだ。それを受け入れるのは堪え難かった。
「サボ」
名前を呼ぶエースの声はどこまでも優しい。それが辛い。
エースはサボに起き上がるよう促すと、正面からぎゅうと抱きしめた。
隙間なく触れ合った肌の間に、炎を感じる。
エースの炎だ。
全てを燃やし尽くすはずのそれに焦がすような痛みは感じない。サボも同じ炎を体に宿している。
体の真ん中から溶け合うように、ひとつになる感覚。
「別れじゃねェよ」
自分と相手との境界も曖昧になる。その中でエースが言った。
「お前といる」
突拍子のない言葉に、瞬きをするとエースが言葉を継ぎ足した。
「お前が“実”を食ってなかったらさすがに難しかったけどな。分かるか? 今、おれたちは同じものになってる」
サボは頷いた。
交わる炎は、エースのものであり、同時にサボのものでもある。
そうして、本能で理解した。
おれたちにはもう、体すらいらない。
それは寂しくもあったけれど、抗い難い誘惑だった。
「おれも連れて行ってくれ。お前が願う世界の行く末と、ルフィの夢の果てが見たい」
「ずっと一緒にいられるのか?」
「ああ。お前といる。お前の命が尽きるまで」
全部終わったら、また環る輪廻の中で巡り会おう。
返事の代わりに強く抱きしめ返すと、エースは「いてェ」と笑った。
それから、少しだけ意地悪い声になってサボに囁く。
「浮気するなよ。燃やしちまうからな」
「おっかねぇな」
おれと浮気相手、どっちをだ。
けれど、それよりエースがそんなことを言い出すことの方がサボには嬉しい。
「言わないんだな」
「何を?」
「おれのことは忘れていい恋しろよ、とか」
「言うかよ」
思うよりずっと真剣にエースはそれを否定した。
「もう一回会わなければそう思えたかもしれねェけど、こうやって会っちまったらだめだな。……嫌か?」
サボは首を振った。そんなはずない。
「いいよ。もしおれがお前を裏切ったらおれを燃やしてくれ」
痺れるほどの束縛だ。運命より強くて毒のように甘い。
それほどの強さで繋がっているのは世界中探したっておれとお前だけ。
「約束だ」
絡めた小指と小指が炎になって混ざり合う。
叶うはずのなかった最初で最後の恋だ。
飽きることなくキスを交わす。
エースの輪郭が、次第に揺らめいていく。
炎が見せる陽炎のように。
消えるのではなかった。
サボの中に入ってくる。ひとつになる。
それは、どろりとした果実の汁を飲み込む感覚によく似ていた。
――エース。
声にならない声で呼びかけると、炎がふっと笑う。
――愛してる。
それが、交わした言葉の最後だった。
次に気がつくと、太陽が空の真ん中に差し掛かろうとしていた。
約束の時間が近い。
行かなければとのろのろとベッドから下りて、脱ぎ散らかした服を纏っていく。
ふと違和感を覚えて、胸元に視線を落とすと、左胸、心臓にほど近い場所が赤くなっている。
よく見るとそれは、炎をかたどった赤い痣だった。
ほんの小さな、でも確かに刻まれたそれはきっと消えることはないのだろう。
「……心臓、掴まれちまったな」
目に焼き付けてから、シャツのボタンを留める。
誰にも言わない。誰も知らない。
けれどそれは炎のほかにもう一つ、エースが残してくれた存在の証だ。
この先の道は、お前も一緒に連れて行く。