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金色の灯、赤の契り

赤の契り1

「じゃあ、3日経ったら迎えにくるね。大人しく過ごしててね」
船から下りたところで、甲板の上のコアラが眉を寄せた。
心配しすぎだ、と言ったところで前科があるでしょ、とすげなく返される。
「休暇を取ったはずが政府を転覆させちゃったのは誰だっけ?」
「……おれだな」
「でしょ?」
サボをここまで運んできた船は、そのまま停泊する間もなく沖へ向かって行く。
単独行動は珍しいことじゃない。今回の目的は戦闘や捜査ではないから危険もない。
だというのに、遠くなっていくコアラはじっとサボを見つめ続けた。
あまりにその視線が真っ直ぐで思わず目を反らしてしまった。
気負っているつもりはない。けれど、四六時中行動を共にしている彼女には伝わってしまうものがあるのかもしれなかった。
「サボ君!」
遠くなった船の上からコアラが叫ぶ。
「ちゃんと、ここに戻ってくるんだよ!」
そんなに心配なのか。
安心させるように大きく頷くと、ほっとコアラの肩の力が抜けるのが分かった。
そのまま船が見えなくなるまで見送って、サボは島の中心へと足を向けた。


二年ぶりだ。
グランドラインを行き来していても同じ場所を何度も通るとは限らない。だが、どうしてもこの場所にもう一度来たかった。
まがりなりにも革命軍参謀総長の肩書きを背負っている。
この時期に穴を開けるのは褒められた行為ではないのは承知している。
けれど、今でなくてはだめだと思った。
これから、より大きな世界のうねりがやってくる。
それを導く役目の一端は革命軍が担っている。
命を懸けてそれを成す。
その前に自分の想いの有り処を確かめたい。
エースの炎がこの身に宿った、この時に。




昼は静かで、夜は幻想的に活気付く不思議な島。
世界の喧騒などどこ吹く風とばかりに、島の雰囲気は時間が経っても変わっていない。
記憶を頼りに歩みを進めて島の中心部へ出ると、二年前と同じ宿屋に入った。
受付には若い女が座っていた。記憶が確かなら、以前にも給仕として働いていたはずだ。よく見ると、腹部が膨らんでいるのが分かった。妊娠しているらしい。
「いらっしゃい」
サボに気付くと女は顔を上げた。
三日ほど厄介になりたい旨を告げると、女は台帳を確かめた。
「空きがありますよ。でも、二人部屋だわ。ちょうどお祭りの時期で、他はいっぱいなんだけど……」
構わない、と頷くと、それなら、と部屋の鍵を渡される。
「祭り?」
「広場でやってるんです。一年の中でも特にたくさんの人が帰ってくる時期だから、賑やかにしましょうって」
相変わらずこの島の人間は不思議なことを何でもないことのように言う。よく分かっているから、サボも当たり前のように頷いた。
「へェ、そりゃいいな。前にここで受付をやっていたばあちゃんは?」
前に来たときには受け付けに老婆が座っていた。それを思い出すと、女は顔を綻ばせ、それから視線を落とした。
「前にも来てくれたんですね。おばあちゃん、去年亡くなったのよ。お祭りが好きだったから、きっと今夜帰ってくるわ」
ね、と女は腹を撫でた。
死んだ者、生きている者、これから生まれてくる者。
この島ではその全部が存在することが当たり前に受け入れられている。
それを見ると、何度も繰り返した問いかけをまた繰り返してしまう。返事はないというのに。
エース、おまえは今、どこにいる?



陽が落ちてから街に出ると、確かにそこは二年前の記憶にあるよりずっと多くの人で賑わっていた。
ランタンの静かな灯りが点々と行く道を照らし、やがて広場へと導く。
一人でいる者、二人で連れ立って歩く者、賑やかに酒を酌み交わす者。
一般的な祭りという言葉の響きよりはずっと厳かな雰囲気ではあるが、誰もがどこかそわそわしたような、受かれたような気配を纏っている。
すれ違う人がこの世の者なのかそうでないのか、サボには見分けがつかない。
死者なんているわけないとも、本当にこの世に還ってきているのだとも、どちらを言われても信じてしまいそうな幻想的で曖昧な空間だ。
前にこの島に来たときのことを思い出す。
あの時は、任務の合間でたまたまこの島に立ち寄ったのだった。
己が誰なのかも、ここで会ったのが盃を交わした兄弟だとも知らず、けれど惹かれた。
エースはきっと、死んだ兄弟が一夜戻ってきたのだと思ったのだろう。
サボのことをあれこれとは訊ねてこなかった。
訊かれても、記憶を失っていた自分が話せることはいくらもなかった。
まだ革命軍としても表立った名乗りは上げておらず、エースが噂に聞く"火拳"だと結び付いてもいなかった。
そういう距離感だからこそ成り立った、不思議な関係だったのだと思う。
何度出会ってもきっとエースに惹かれる、おれたちはきっとそういうふうにできている。

「お兄さん、ランタンはお持ちですか」
気付けば足元に少女が立っていて、あの夜エースが持っていたのと同じランタンを提げていた。
「いやまだだ、ありがとう」
跪いて視線合わせ礼と引き換えにそれを受け取ると、少女は頬を紅潮させてこくこくと頷いた。指先に起こした炎で灯りをともす。
まだ繊細なコントロールが利かないサボの炎は、瞬間、大きくその赤をひらめかせてからランタンの中に収まる。
わあ、と少女が感嘆の声を上げた。
「お兄さんの炎、すごくきれい。会えるといいね」
メラメラの実の能力に特別驚く様子もなく、にこやかにそう笑って去っていく。
この島ではランタンの灯りが死者の魂を導くのだという。
サボのランタンの中で揺らめいているのは、サボが受け継いだエースの炎。
この火は、エースの道しるべになるだろうか。

ランタンを提げたまま、近くの屋台に足を向けた。
強い酒と、腹に溜まりそうな料理をいくつか頼んで晩酌をする。
飯は旨い。だが、上手く喉を通らないような気がして酒で流し込んだ。
久しぶりの休暇をいいことに、ペースも考えずに酒の瓶を空けていく。
強い酒だ。呷った分だけ酔いが回っていく自覚があった。もしここにコアラかハックがいたらいい加減にしろと止められていたはずだ。
けれど、酔わなければこの時間をうまく過ごせる気がしなかった。
そわそわして落ち着かない。
待つのは苦手だ。
それが約束すらしていない、現実味のない一方的なものだから尚更。
確証のない夢物語のようなこの島の言い伝えに縋っている。
二年前会えたのは、サボもエースも生きていたからだ。
本当に死んだ者が訪れるなんてこと、あるのだろうか。
分からないのに、割り切って思い出巡りのひとつだったと立ち去ることもできない。
幾重にも重なった未練がサボの足を掴んで放さない。
そうしてそのまま、最初の夜は静かに更けていった。
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