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金色の灯、赤の契り

金色の灯2



懐かしい夢をみていた。
おれとルフィと、それからサボで悪さをしてまわっていた頃の。
お前はいつも笑っていた。
おれの事情を知っていても、余計なことを気にしなくて。
どれだけおれが救われたか、それを伝える前にいなくなってしまった。



目を覚ましたのは知らない天井の部屋だった。
屋台で飯を食っていたところまでは覚えている。
その後誰かがここまで連れてきてくれたということだ。
その誰かが誰なのかはすぐに分かった。
「お、起きた」
エースの顔をのぞき込んだのは昨日一緒に飲んだ男だ。
「びっくりしたぞ。飯食ってたら突然倒れるんだもんな」
「あーそれは悪ぃ、癖みたいなもんでよ」
「厄介な癖だな」
堪えきれない笑いがふは、と溢れる。
昨日もそうだったが随分よく笑う男だ。そういうふうに笑う男に不思議な既視感を覚えるが、それは記憶の糸を手繰り寄せるより早く頭の中から散ってしまった。
そういえば、昨晩寝落ちる前も何かを考えていたような。
「ここ、どこだ?」
「俺が泊ってる宿の部屋。お前もどっかに宿取ってるんだろうとは思ったけど、お前どんだけ揺さぶっても起きないからさ。連れ込んじまった」
わざとらしくにやりと悪い顔をして見せる。
「……何もしてねえだろうな」
「するも何も、お前金もろくに持ってないじゃねえか。よくあれだけ食ったよな」
すると、昨夜の支払いもすべてこの男がしてくれたのか。
よく見るとエースはベッドの上に寝ていた。
エースが寝ている間どうしていたのかと訊ねたら、広めのベッドだったから半分ずつ陣地を分け合っていたという。
少なくとも部屋の主を一晩床に転がしてしまっていた訳ではないらしい。
安堵したものの、ずいぶんと至れり尽くせりだ。
昨晩あったばかりの男に何故そこまでしてくれるのか。
訊ねると「何か放っておけなかったんだよなあ」とまた笑う。
「そんないい奴で人生苦労しねぇ?」
「誰にでもって訳じゃないぞ。強いて言うなら、お前が気に入ったってところだな 」
ともかくエースは一泊分の宿代を無駄にしてしまったわけだ。
一度宿に戻った方がいいだろうと部屋を出てきょろきょろと見回すと、見覚えのある景色が広がっている。エースが部屋を取った宿と同じ。多分階も。
「何だ、同じ宿だったのか」
大きくはない島だ。宿屋もそう何軒も連なっていないとなれば不自然なことではない。
一晩ベッドを貸してくれた男に礼を言い、一度部屋に戻ったが、思い立ってすぐに踵を返す。
扉をノックすると、すぐに男が顔を出した。
「どうした、忘れ物か?」
「いや、そうじゃねぇけど……」
エースが言葉に詰まると男は首を傾げた。
何か言いたいことがある。それなのに、エースはそれが何なのか思い出せない。多分、寝る前の夢うつつに考えていたことだ。
うんうん唸っていると、「それなら」と男の方から声がかかる。
「お前、今ヒマ?」
一も二もなく肯いた。先を急ぐ旅ではあるが、ログが貯まるまではどうにも身動きが取れない。
「おれもヒマなんだよ。飯、行かないか」
飯と言われて素直な腹がぐぅと音を立てた。随分長く寝こけていたらしく、もう朝食とも昼食ともつかない時間だ。
そんなに無防備なのもどうかとは自分でも思うが、この男は不思議なほどエースに警戒を抱かせない。
飄々として隙がないのに、こっちが隙を見せたところでどうともならないことを確信できるような、根拠のない信頼感。


この島は昼よりも夜の方が賑わっているらしい。
外に出ようとしたら、受付のばあさんに「まだ店なんて空いちゃいないよ」と止められて、宿の一階の食堂で昼飯をとることにした。
大して広くはない食堂に、今はエースたちの他に誰もいない。
給仕の娘に訊ねると、「まだ皆さん寝てるんでしょうねえ」とのんびりと返された。
「この島が賑わうのは夜ですよ。会いたい方たちがやって来るのは夜ですから」
夜にランタンを灯してもう会えないはずの会いたい人を迎える。一晩を過ごして、エースにもその意味がようやく分かってきた。
「この島に来る奴はみんなそれを目的にしてるのか?」
「ええ。忘れられない思いを抱いてここに来る人はたくさんいます。もちろん、旅の途中でたまたまって人もいますけど……でも、そういう人たちにだって会いたい人はいるでしょう?」
それはそうだ。
この海を渡り歩いていて何一つ失ったことのない人間、そんな奴を探す方が難しい。
「お兄さんたち、今晩も広場へ行くなら少しお昼寝しておいたらどうですか?」
それがこの島の生活のリズムだということらしい。
話をしながらてきぱきと料理を並べると、娘は奥へ引っ込んでしまった。
「おもしれぇ島だな」
料理を口に運びながら差し向かいに座った男が言う。
「お前は知ってて立ち寄ったんじゃねえのか」
「いいや、ちょっとした用事のついでに立ち寄ったんだが……そういうお前は? 昨日ランタンを持ってたな」
「おれもたまたまだ。ランタンだって、話の流れでもらっただけで」
「でも、会いたい奴はいるんだな」
「まあな。お前はいないのか?」
立ち入ったことを訊いてしまったかと思ったが、男は気を悪くする様子もなく、むしろ真剣に「そうだな」と考え込んだ。
「強いて言うなら……おれ自身」
「お前自身?」
「そう。10歳までの記憶がねぇんだ」
あっけらかんとしているが、そんなにさらっと言っていいことなのか。
「それは……」
「いいんだ。今のおれもおれだから、どうしても知りたいとかそんなんじゃない」
かける言葉を探す間に、あっさりとそう言う。
「ただ……」
「ただ?」
「おれはどんな奴だったんだろうと思うことはある。何を考えて、どうやって生きてたのか」
そんな人間として生きる上で当たり前に蓄積されていくはずのものがない。
それは、どんな思いだろう。
エースの人生だっていいことばかりじゃなかった。けれど、嫌なことも悲しいことも含めて、それを手放したらなんて想像がつかない。
一方で、そうして食事と会話を重ねながら、エースも思い出すことがあった。
昨晩、自分が何を考えていたのか。


この男は似ているのだ。
金の髪、大きな目。青がよく似合う容姿。
幼い頃喪った兄弟に。
何気なく語られた記憶を失ったという事実とその年齢。
10歳というのは彼が出航して天竜人に撃ち落とされた、まさにその年ではないか。


偶然というにはあまりにも出来過ぎた話だ。
ならばこれは偶然ではないのか。
会いたい人に会える。それは、本当に死んだ人間に会えるということなのか。
目の前にいるこの男は、自分の思いが呼び寄せた彼なのか。


けれど、悠長に考え込む時間は与えられなかった。
パズルのピースが嵌まるより先に、外で大きな音がしたせいだ。
ガシャン、とガラスが割れるようなその音は、あまり平和的な状況で発生するものには思えない。
同時に、この時間帯は静かなはずの島に喧騒が持ち込まれた気配。
不調法者が流れついたのか。
まずは確認だ、と反射的に立ち上がると、向かいの男もエースと同じことを考えていたようで、二人連れ立って宿を出ることになった。


果たして、そこにいたのは海賊らしい風体の男たちだった。
ざっと二十人というところか。
大きな体に粗野な振る舞い。
『おう、しみったれた所だな。お宝ひとつなさそうじゃねえか』
『食糧の調達くらいはできるんじゃねえか?』
今時三下でもしなさそうな、あきれ果てた会話が聞こえてくる。
これで雑魚だということはほぼ確定。
それでも、大刀をぶら下げた男たちは平和に暮らす島の人たちにとっては恐ろしい蛮族に違いない。
既に家内を荒らされたらしい親子が、身を寄せ合って震えている。
奴らに出来ることはたかが知れているが、放っておくとそれなりの被害にはなるだろう。
ならば、さっさと止めてしまえばいい。
「……なあお前、強いか?」
拳を鳴らしたエースに男が訊く。
「まあ、それなりに?」
上には上がいることをもう知っている。だが、弱いと謙遜するほど弱くもない。
素直に答えると、男は唇の端を吊り上げた。
「じゃあ、勝負だな。どっちが多く倒せるか」
「おう、いいねェ。勝った方が今日の呑み代奢りだな」
「……言っとくが、昨日の呑み代はおれが立て替えてるからな」
そうだった。食い逃げはエースの十八番だが、ここでそれを持ち出すのも男が廃る。
「……じゃあ、それも込みってことで」


そう言って始めた喧嘩だったが、勝負というより共闘と呼ぶ方がしっくりくるような一戦だった。
互いに互いがどう動くのか、手に取るように分かる。
エースにとって、それはとても懐かしい戦い方だった。
自分の動きの隙を埋めるように、男が攻撃を仕掛ける。逆も然り。
炎を使うまでもない相手だ。
エースが拳で敵をのしていく間に、男は背に差していたパイプを振り回す。
準備運動にも満たないほどの短時間で元・荒くれ者たちの山が出来上がってしまった。
「何人やった?」
「十人だな」
「残念、おれも同じだ」
軽口を交わしていると、その隙をついて海賊たちはこそこそと逃げていく。
追いかけるのは簡単だったが、懸賞首だとしても大したことはないだろう。
それよりもエースには確認したいことがある。
それは目の前の男も同じだったようで、腹ごなし程度の戦闘よりもずっと真剣にエースを見据えていた。
「おれは、お前と一緒に戦ったことがあるか?」
緊張と恐れが多分に含まれた声だ。
その感情を、エースも共有している。
恐れ、申し訳なさ。けれど、それを上回ってしまう喜び。
喉の震えを押し殺して、エースは殊更にゆっくりとその言葉を肯定した。




「ああそうだ。おれはお前を知っている。


――――サボ」


その名前を呼ぶのは、一体何年ぶりだろう。
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