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金色の灯、赤の契り

金色の灯1

「この島はこの世とあの世が繋がる場所。あなたが願うならば、もう二度と会えないと思っていた人に会うことも、あるいは……」



ログを貯めるために立ち寄った島で宿を取ると、受付に腰掛けていた嗄れた声の老婆が静かにそう言った。
「あるいは?」
先を促しても、あとは無害そうににこにこと微笑むばかりである。
つまり、死んだ 人間にもう一度会うことができるという、そういうことなのだろうか。
気になるが、根掘り葉掘り聞いたところでこれ以上有益な返事が返ってくるとは思えない。
仕方なく、エースは皺の刻まれた小さな手から部屋の鍵を受け取ると、指定された部屋への階段を上った。

初めて立ち寄った島だが、悪い場所ではなさそうだ。
とにかく静かな島だなというのが第一印象。
まったく人がいないわけではないのだが、中央街に差しかかるまですれ違ったのはほんの数人ほどだった。
島全体を霧が覆っているらしいというのはストライカーでぐるりと海岸を一周して確認済みだ。

値段の割にいい宿だ、と部屋をみてすぐに分かった。
大きな街だと小さくてぼろいベッドがあるだけの部屋でもそれなりに値が張るものだが(仕方がないので食い逃げして野宿する)、ここはその半値以下で腕を広げられそうなほど大きい寝台が備えつけられている。

特にこれと言ってすることもないが、ログが貯まるまでは動くこともできないので久しぶりの柔らかいベッドを存分に味わおうとぼすんと音を立てて寝転がる。
ベッドで寝ないからといって問題があるわけではないが、たまの贅沢はそれだけでいいものだ。
ベッドの横には薄いカーテンが引かれた窓があって、外で街の明かりがゆらゆらしているのが見える。
穏やかないい夜だ。
目を凝らすと、明かりのひとつひとつが小さく揺らめいているのが分かる。ランタンだろうか。
たまにはゆっくり、と思っていたが、気になるとじっとしていられなくなった。生まれ持った性分はどうしようもない。
窓を開けると、ひやりとした空気が部屋に流れ込んできて、それが尚更ぼんやりとした意識を覚醒させるのに一役買ってしまった。
霧の向こうに確かな人のざわめきを感じて唇の端を吊り上げると、エースはそのまま窓の桟を蹴って外へ出た。


広場には多くの人が集まっているようだった。
この島にこんなにも人がいたのかと驚くほどだ。
「祭りか?」
訊くと、屋台を切り盛りしている女は「いいえ」と笑って首を緩く振った。穏やかな仕草のいい女だった。
「この島は毎夜こうして灯りを灯すんですよ。ここを目指してやってくる方々が迷うことのないように」
「やってくる? 誰が?」
「誰かの会いたいどなたか、です」
ふふ、と笑う女の言葉はまるで謎かけだ。
首を傾げると「お兄さん、この島へは初めて?」と訊かれて頷いた。
「だったらお酒の前にランタンをもらってくるといいですよ。会いたい人のことを思って、火を灯すんです」
会いたい人? 宿のばあさんもそんなことを言っていたような。
「ランタン?」
「ええ、あっちの屋台に」
女は一際人の多い一角を指で示した。
「ランタンで腹は膨れねぇからなぁ」
第一、エースにとって照明は無用の長物だ。
けれど、女は意外な押しの強さでそれを勧めた。
ランタンに灯りをともして戻ってくるまで、一口ぶんの酒も与えてくれるつもりはないらしい。
しぶしぶ立ち上がって人だかりへ向かうと、今度は少年がすぐに駆けよってきた。
静かな島の第一印象に反して、意外と人好きのする人間が多いらしい。
「ランタン? どうぞ!」
答える間もなく押し付けられたそれは本当に小さなランタンだった。窓の外で揺らめいていたのはこれに違いない。
一緒に渡されたマッチを断って、指先でろうそくの先に火を灯す。
手品のように見えたのだろう。少年がわぁ、と歓声を上げる。
赤い炎は薄いガラスの箱の中に収まるとエースの意思を離れて静かにろうそくの先で揺らめき始めた。
攻撃性のない小さな火は、赤というより淡い金色にみえる。
「へェ、きれいなもんだな」
「それを一晩持っていて。会いたい人の目印になるから」
そういうと少年はあわただしく走り去ってしまった。
「会いたい人、ねぇ」
これで三度目だ。
少なくともぼけたばあさんの与太話ではないことは確かになった。
この島の人間は多かれ少なかれ、ここに導かれてくる誰かとやらの存在を信じているらしい。
それは、死んだ人間ということなのだろうか。



会いたい人間ならいくらでもいる。
顔も覚えていない母親、死んでしまった仲間。それから、兄弟。
――生みの父親だけは死んでもごめんだ。
ランタンをぶら下げて最初の屋台へ戻ると、今度は快く席を勧めてもらえた。
案内された席に座ると、隣の席にはすでに人がいた。
エースが出ている間にやってきたらしい。
「隣いいか」
声をかけると、金髪の男がエースを見上げた。
ちょっと驚いたような顔をしてから、大きな目を笑みのかたちに変えて「どうぞ」と言う。
もしかしたら懸賞首であるエースのことを知っているのかもしれない、そう思ったが敵意は感じられない。そして、相手に敵意がなければエースもここでわざわざ騒ぐ必要もないので、ぶら下げてきたランタンを卓上に置いて椅子に座った。


酒と料理がすぐに運ばれてきたので、隣の男と乾杯をする。
自分もそうだが相手もかなりの健啖家なようで目の前に積まれた料理がどんどん口に運ばれていく。
咀嚼する勢いでゆるく波打つ前髪がふわりと浮くと、左目をまたぐように大きな傷の後があるのが見えた。
平和に生きてる奴ではない。
それは、身のこなしから見ても明らかだった。ただただ飯を食らっているだけだが、例えば今この場でエースが攻撃を仕掛けたらあっさりとかわすだろう。とにかく隙がない。
それにーー。
「あんま警戒すんなって」
エースの思考を見透かしたように金髪の男がこちらを見た。
強い酒をぐいと煽り、肉ののった皿を差し出す。
「美味いぞ」
「いや、警戒してるっつーか……確かに美味いな」
差し出されるがままにもぐもぐと肉を頬張ると、相手はにっと笑った。
「だろ?」
自身も食べ物を口に運ぶ手は休めることはない。その様子を見ていると、不思議な気分になった。宴のように楽しくて嬉しくて、けれど日常を過ごしているように安心する。
敵に回さなければいい奴に違いない。そういう人間をエースはたくさん知っている。
「ほら、もっと飲めよ」
警戒の必要がないと判断すれば、エースがその誘いを断る理由はなかった。
たらふく食い、同じだけ飲み、他愛のない話で笑い騒ぐ。
互いに事情を明かすことはなかったが、旅の成り行きでここにいることは分かったのでかえって気楽だったのもあるだろう。
エースが置いたランタンの灯りが男の頬を濡らすように照らす。金髪が反射してきらきら光った。
そうだ、前にもこんな光景を見たことがある。

焚き火のもとで毎夜過ごした相手がいた。
そいつの髪も金色で、この男ほど長くはなかったけど炎を反射して飴を溶かしたような色で光っていた。

それは、誰との思い出だったのか。
酔いがまわった頭では考えも散漫になる。
それから、突然やってくる抗いがたい眠気。
別に変な薬を混ぜられたとかではなくて、これはもう癖みたいなものだ。
脳はほんの一部しか動いていなくて、それでも大事なことだけは掴まなければともがいている。


なんだっけ。
いや、なんだっけじゃねえよ。
一番大事なことじゃねえか。
こいつは似ている。死んでしまったはずのあいつに。
この島の奴らが言っていたのは、どうやら本当のことだったらしい。
死んでしまった人間に会えるというこの島の言い伝え。
会いたいと願えば、ランタンの灯りを辿ってやってきてくれるという。
ぐらりと体が傾いた。
「え、おい、ちょっと……!」
男の焦ったような声が聞こえるがそれさえ遠い。
あーだめだ、寝る。
でも寝ちまったらこいつはここからいなくなるかもしれない。
それは嫌だ、せっかく会えたのに。
「……サボ……」
呼んだ声は届いたかどうか。
それを確認する間さえなく睡魔に誘われて、エースは顔面から食いかけの皿の中に突っ込んだ。
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