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夕焼け

夕焼け(弟視点)

弟っていうのは色々と損だ、とルフィは思う。
ルフィには二人の兄がいて、三つ年齢が離れている。
兄二人は同い年。
この三歳差というのがやっかいで、どうがんばっても追いつけない。
例えばルフィが中学生になったとき――それは待ちに待った瞬間だったのだけど――二人の兄はちょうど中学を卒業して高校生になってしまった。真新しい学ランを見せに行ったルフィを満面の笑顔で似合ってる、と口々に褒めた兄たちは、ルフィとは違う揃いのブレザーを着ていた。兄たちと中学に通うことを楽しみにしていたルフィはそれはもうがっかりした。
ルフィが高校に上がったときも同じだ。ルフィにしては珍しくがんばって勉強して高校の合格を勝ち取った次の週、兄たちは胸にピンク色のコサージュをつけて卒業証書の筒を手に帰ってきた。
ただそのときには三年前とひとつ違うことがあった。彼らの高校卒業後の進路はそれぞれ違っていた。エースは就職。サボは進学。
そのとき初めてルフィは兄たちの後を追っていれば自動で人生が進んでいく訳ではないことを知った。
違う進路を選んでもルフィの目に映るエースとサボは変わらず仲が良かったし、ルフィには優しかった。

変化があったのはその次の年だった。
エースとサボが揃って家を出ることになった。本人たちが強く希望してガープも既に許可したというのだから、それがルフィの耳に届いたときにはそれはもう決まったことだった。
拗ねて口を尖らせたルフィを前にしてエースとサボは大いに慌て、いつでも遊びに来いと銀色の鍵をひとつ、ルフィの手のなかに落として行った。


家の鍵と、エースとサボが住むアパートの鍵がポケットのなかでちゃりちゃりと音を立てている。
「あんたすぐ落とすでしょ」とナミがチェーンにくくりつけてくれたそれをルフィは肌身離さず持っている。
高校からの帰り道、珍しく一人だった。
テストの点が悪かったせいで補習を受けるはめになり、みんな先に帰ってしまったのだ。
冬の空は五時前だというのにもう薄暗い。ガープの帰りは遅いはずだった。
まっすぐ帰るのがつまらなくて、ちょっと考えてから思いつきで行き先を変える。
エースとサボの家。
いつでも遊びに来ていいと言っていた。
引っ越しを終えてさほど経っていないというのにずいぶん顔を見ていないような気がする。

足取りは軽く、それからこっそりと。
特に理由なんてなくて、突然顔を見せたら驚いてくれるんじゃないかというちょっとしたいたずら心だった。
鍵も持っていたけれど、軽くノブをひねると玄関のドアは簡単に開いてしまった。
鍵もかけないなんて、ブヨージンだってしからなきゃな、そんなことを考えながら靴を脱いでそっと上がり込む。
玄関は暗かったが見慣れた靴が二人分並んでいて、奥からは部屋の明かりが漏れている。
いいにおいがする。夕飯の準備をしているのかもしれない。
わくわくしながら半開きのドア越しに部屋の中を覗き込んで――思わず自分の両手で口を塞いだ。そうしなければ、うっかり声を上げてしまいそうだったから。
期待通り部屋の中にエースもサボもいて、けれどそれはルフィの知るいつもの二人とは様子が違っていた。
小さいテーブルの横にサボがいて、エースはそのサボに体重をかけるみたいにのしかかっている。
サボは静かに目を閉じて、エースに顔を寄せている。
――キス、
それが何であるのか、何を意味しているのかはルフィにも分かる。
その光景を目にしても不思議と疎外感や怒りはなかった。今まではあんやに仲間外れが嫌だったのに。
代わりにああそうなのか、とすとんと心に納得が落ちる。
優しい光景だった。
お互いに大切に触れているのが分かる感じ。
すごく優しくていいものを与えあっている感じ。

来たとき以上に音を立てないように気をつけて靴を履き、玄関を出る。
冬の空はもう真っ暗で、代わりに月と星がきれいだった。
ケータイを取り出して電話をかける。
「あ、トラ男? おれ。今からメシ食いに行こうぜ!」
アホかまだ診療中だ、という友達の言葉にシシシと笑って電話を切る。しばらく待っていれば病院も閉まるだろう。
なんとなく軽い足取りで、ルフィは来た道を帰っていった。
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