現パロ高校生
形勢逆転
ジジィがまた子供を拾ってきた。
“また”の前の一人目はおれ。
あっちこっちでケンカに明け暮れ、補導されていたところを見かねてこの家に叩き込まれた。
今度やって来たのは金髪の、有名私立高校の制服を着たおれと同い年の男だ。
名前はサボ。
グリーンのブレザーにネクタイをきっちり締めて、おれとは正反対の真面目で朗らかな優等生に見えた。
――いけ好かない。
それが、第一印象。
おれと、ジジィの孫であるルフィに引き合わされたサボは「よろしく」と言ってにこりと笑った。
何でこんな、なんでも持ってて何にも不自由してなさそうなやつがジジィの世話になる必要があるんだ。
疑問と不満が顔に出ていたらしい。
サボはおれの方を見て、困ったように眉を寄せた。
それから数日。
おれとサボとルフィは可もなく不可もない共同生活を営み始めた。
ルフィはやってきたその日のうちにサボに懐いたらしい。サボもルフィを受け入れたみたいで、時折楽しそうな話し声が聞こえてくる。
そういうとき、おれは大抵二階の自室に籠もっていた。
ルフィはともかく突然現れた同い年のやつとなんか、どう話したらいいのか分からない。
顔を合わせるのは最低限に。
食事はできるだけ家族揃って、というのがこの家のルールだったから、サボと向かい合うのは実質食事の時間くらいなものだった。
サボは気を遣ってかおれに色々と話しかけてきたが、「ああ」とか「うん」とか、適当な返事でかわした。
サボはおれがおざなりな返答をするたびに最初に見せたのと同じ困ったような表情を浮かべ、ルフィはそういうおれたちを見比べて、「エースは照れ屋だなあ」と開けっ広げに笑う。
くやしいことに、今回ばかりはルフィが正しかった。
サボと一緒に暮らすようになって半月ほど経った頃だろうか。
学校の帰り道に、他校のやつらに呼び出しを受けた。前にケンカでこてんぱんに伸したやつがいるグループだ。ジジィのところに厄介になってからなるべくケンカをするのは避けていたのだが、集団でお迎えが来ては、穏便に断る方が面倒だった。
帰ってからの説教がめんどくせぇなぁ。
ガタイのいい連中に囲まれながら、ジジィへの言い訳を考えつつ言われた通りに歩く。
連れて行かれた先は、悪ガキが溜まり場にしている川原の橋の下だった。
お前らみたいなやつって、どうしてこう川原が好きなの?
常々疑問に思っているが、やっぱり口に出すと面倒くささが増しそうなので黙っている。
連れて行かれた先には、思った通りの知った顔が偉そうに腕組みをしていた。
ちょっと前におれにボコボコにされたのをもう忘れているらしい。
いや違うな。恨んでいるから呼び出されたのか。
今度はお前が痛い目に遭う番だ、何だその生意気な顔は。
そう言われたって、数が多いだけで勝ちを確信できる方が不思議で仕方ない。
ケガくらいはするかもしれないが、そう簡単に負けてやるつもりはない。
拳を鳴らすと、その気になったのが伝わったらしい。
おれを取り囲むやつらがいっせいに身構える。
内心で気合いを入れた。
よし、やるか。
けれど――その瞬間。空から影が降ってきた。
びっくりしたのはおれもやつらも同じで、降ってきたやつただ一人が飄々とそこに立っている。知っている顔だった。
「……サボ?」
思わず名前を呼ぶと、そいつは振り返って「やっぱりエースだった」と破顔する。見上げると、サボが降りてきたと思われる橋の欄干とは五メートル近い高さがある。
え、そこから降りてきたのか?
驚きすぎて訊くタイミングを逃してしまう。
サボはこの殺伐とした川原の景色にちっとも似合わない、いつも通りの高そうな私立の制服姿だった。
「仲間呼びやがったな!」
「十人以上で一人を囲んでるやつらに言われたくねぇなぁ」
突然の乱入者に動揺するやつらにのんびりと言い放って、サボはおれと背中合わせになるように立った。一見しただけで分かる隙のなさだ。
「お前、ケンカとかできんのか?」
「結構強いよ」
何でもないことのようにさらっと返される。
「自分で言うのかよ」
「だって、強くなきゃエースは手出しさせてくれねぇだろ?」
その通りだった。おれのケンカで関係ないやつにケガをさせるのは嫌だ。どうしてかサボにはそれが分かるらしい。
不思議な感覚だった。
背中合わせでもサボがおれの考えを理解しているのと同じように、おれも何となくサボの呼吸が分かる。サボがどうやってケンカするのか見たこともないのに、どう動いたら互いの動きが活かせるのかが見える。
気のせいではないことは、殴り合いが始まってすぐに分かった。
掴みかかってくる相手をいなすと、背中から襲い掛かろうとするやつをサボが伸していく。サボから先に倒そうとまとまって殴りかかってくるやつの一人をサボがかわして、つんのめったやつをおれが倒す。そういう繰り返し。
あっという間にガタイのいい男の山が出来上がり――そいつらは、辛うじて動けるやつらが動けなくなったやつらを抱えて、追う間もなく去っていった。
「お前、何なの?」
その場に座り込んで、上がった息を整える。サボも制服が汚れるのも構わず土の上に転がった。
「何って?」
「そんなぼっちゃん学校の制服着てるくせにジジィに連れて来られてるし、ケンカ強ぇし……」
「別に、エースと変わらないただの高校生だよ」
「……あ、そう」
笑顔の奥に踏み込ませない意志を感じて、思わず追及を躊躇う。
「でも、ここで助けに入ったらちょっとはエースと仲良くなれるかもって下心はあったな」
「下心って……。つーかお前、おれと仲良くなりてェの?」
そんなこと、今までの人生で言われたことがあっただろうか。
学校でも外でも、素性を知る人間はみんなエースを遠巻きに見るばかりだったのに。
だが、サボは屈託なく頷いた。
「仲良くなりてぇよ、せっかく一緒に暮らしてるんだし。あ、てか名前」
「名前?」
「お前じゃなくて、さっきみたいに呼んでくれよ」
「は?」
「さっき呼んでくれただろ、サボって」
確かに呼んだ。橋からサボが降りてきたときだ。あまりに突然の出来事でつい名前が口を突いて出た気がする。
だが、改めて呼べと言われると照れが先にきた。
普通ねぇだろ、わざわざ名前を呼べとか。
おれの内心を知ってか知らずか、サボはにこにこと笑っておれが口を開くのを待っている。
繊細なそうな見た目に反して、図太い神経の持ち主らしい。
「……さ、サボ……」
折れたのはおれだった。恥ずかしさを押し殺してどうにかその二音を舌に乗せると、サボはぱあっと顔を明るくする。金髪と相まって眩しいほどだ。
「よろしくな、エース!」
差し出された手を握り返す。ぐっと掴まれた手の力は思いの外強くて、そして温かかった。
ジジィがまた子供を拾ってきた。
“また”の前の一人目はおれ。
あっちこっちでケンカに明け暮れ、補導されていたところを見かねてこの家に叩き込まれた。
今度やって来たのは金髪の、有名私立高校の制服を着たおれと同い年の男だ。
名前はサボ。
グリーンのブレザーにネクタイをきっちり締めて、おれとは正反対の真面目で朗らかな優等生に見えた。
――いけ好かない。
それが、第一印象。
おれと、ジジィの孫であるルフィに引き合わされたサボは「よろしく」と言ってにこりと笑った。
何でこんな、なんでも持ってて何にも不自由してなさそうなやつがジジィの世話になる必要があるんだ。
疑問と不満が顔に出ていたらしい。
サボはおれの方を見て、困ったように眉を寄せた。
それから数日。
おれとサボとルフィは可もなく不可もない共同生活を営み始めた。
ルフィはやってきたその日のうちにサボに懐いたらしい。サボもルフィを受け入れたみたいで、時折楽しそうな話し声が聞こえてくる。
そういうとき、おれは大抵二階の自室に籠もっていた。
ルフィはともかく突然現れた同い年のやつとなんか、どう話したらいいのか分からない。
顔を合わせるのは最低限に。
食事はできるだけ家族揃って、というのがこの家のルールだったから、サボと向かい合うのは実質食事の時間くらいなものだった。
サボは気を遣ってかおれに色々と話しかけてきたが、「ああ」とか「うん」とか、適当な返事でかわした。
サボはおれがおざなりな返答をするたびに最初に見せたのと同じ困ったような表情を浮かべ、ルフィはそういうおれたちを見比べて、「エースは照れ屋だなあ」と開けっ広げに笑う。
くやしいことに、今回ばかりはルフィが正しかった。
サボと一緒に暮らすようになって半月ほど経った頃だろうか。
学校の帰り道に、他校のやつらに呼び出しを受けた。前にケンカでこてんぱんに伸したやつがいるグループだ。ジジィのところに厄介になってからなるべくケンカをするのは避けていたのだが、集団でお迎えが来ては、穏便に断る方が面倒だった。
帰ってからの説教がめんどくせぇなぁ。
ガタイのいい連中に囲まれながら、ジジィへの言い訳を考えつつ言われた通りに歩く。
連れて行かれた先は、悪ガキが溜まり場にしている川原の橋の下だった。
お前らみたいなやつって、どうしてこう川原が好きなの?
常々疑問に思っているが、やっぱり口に出すと面倒くささが増しそうなので黙っている。
連れて行かれた先には、思った通りの知った顔が偉そうに腕組みをしていた。
ちょっと前におれにボコボコにされたのをもう忘れているらしい。
いや違うな。恨んでいるから呼び出されたのか。
今度はお前が痛い目に遭う番だ、何だその生意気な顔は。
そう言われたって、数が多いだけで勝ちを確信できる方が不思議で仕方ない。
ケガくらいはするかもしれないが、そう簡単に負けてやるつもりはない。
拳を鳴らすと、その気になったのが伝わったらしい。
おれを取り囲むやつらがいっせいに身構える。
内心で気合いを入れた。
よし、やるか。
けれど――その瞬間。空から影が降ってきた。
びっくりしたのはおれもやつらも同じで、降ってきたやつただ一人が飄々とそこに立っている。知っている顔だった。
「……サボ?」
思わず名前を呼ぶと、そいつは振り返って「やっぱりエースだった」と破顔する。見上げると、サボが降りてきたと思われる橋の欄干とは五メートル近い高さがある。
え、そこから降りてきたのか?
驚きすぎて訊くタイミングを逃してしまう。
サボはこの殺伐とした川原の景色にちっとも似合わない、いつも通りの高そうな私立の制服姿だった。
「仲間呼びやがったな!」
「十人以上で一人を囲んでるやつらに言われたくねぇなぁ」
突然の乱入者に動揺するやつらにのんびりと言い放って、サボはおれと背中合わせになるように立った。一見しただけで分かる隙のなさだ。
「お前、ケンカとかできんのか?」
「結構強いよ」
何でもないことのようにさらっと返される。
「自分で言うのかよ」
「だって、強くなきゃエースは手出しさせてくれねぇだろ?」
その通りだった。おれのケンカで関係ないやつにケガをさせるのは嫌だ。どうしてかサボにはそれが分かるらしい。
不思議な感覚だった。
背中合わせでもサボがおれの考えを理解しているのと同じように、おれも何となくサボの呼吸が分かる。サボがどうやってケンカするのか見たこともないのに、どう動いたら互いの動きが活かせるのかが見える。
気のせいではないことは、殴り合いが始まってすぐに分かった。
掴みかかってくる相手をいなすと、背中から襲い掛かろうとするやつをサボが伸していく。サボから先に倒そうとまとまって殴りかかってくるやつの一人をサボがかわして、つんのめったやつをおれが倒す。そういう繰り返し。
あっという間にガタイのいい男の山が出来上がり――そいつらは、辛うじて動けるやつらが動けなくなったやつらを抱えて、追う間もなく去っていった。
「お前、何なの?」
その場に座り込んで、上がった息を整える。サボも制服が汚れるのも構わず土の上に転がった。
「何って?」
「そんなぼっちゃん学校の制服着てるくせにジジィに連れて来られてるし、ケンカ強ぇし……」
「別に、エースと変わらないただの高校生だよ」
「……あ、そう」
笑顔の奥に踏み込ませない意志を感じて、思わず追及を躊躇う。
「でも、ここで助けに入ったらちょっとはエースと仲良くなれるかもって下心はあったな」
「下心って……。つーかお前、おれと仲良くなりてェの?」
そんなこと、今までの人生で言われたことがあっただろうか。
学校でも外でも、素性を知る人間はみんなエースを遠巻きに見るばかりだったのに。
だが、サボは屈託なく頷いた。
「仲良くなりてぇよ、せっかく一緒に暮らしてるんだし。あ、てか名前」
「名前?」
「お前じゃなくて、さっきみたいに呼んでくれよ」
「は?」
「さっき呼んでくれただろ、サボって」
確かに呼んだ。橋からサボが降りてきたときだ。あまりに突然の出来事でつい名前が口を突いて出た気がする。
だが、改めて呼べと言われると照れが先にきた。
普通ねぇだろ、わざわざ名前を呼べとか。
おれの内心を知ってか知らずか、サボはにこにこと笑っておれが口を開くのを待っている。
繊細なそうな見た目に反して、図太い神経の持ち主らしい。
「……さ、サボ……」
折れたのはおれだった。恥ずかしさを押し殺してどうにかその二音を舌に乗せると、サボはぱあっと顔を明るくする。金髪と相まって眩しいほどだ。
「よろしくな、エース!」
差し出された手を握り返す。ぐっと掴まれた手の力は思いの外強くて、そして温かかった。