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忘れたくない/忘れてしまえ

忘れてしまえ

一緒に寝ていると、エースがしばしばうなされているのが分かる。
軽い身じろぎと、小さな呻き。
決して激しくはないが、それがあまりに苦しそうなのでサボはいつも目を覚ましてしまうのだった。
「エース」
深い眠りに落ちいているようで、呼びかけても返事は返ってこない。体を揺さぶってもなかなか目を覚さない。
「あつい……」
うわ言のように繰り返される言葉に胸が締めつけられる。夢の中の“彼”を焼くのが、彼の炎であるはずがなかった。サボと分かち合ったものでない、もっと暴力的で傲慢な、大地の熱。前の生に置いてきたはずの痛みの記憶が、今もエースを苦しめている。
「エース、エース」
何度も名前を繰り返す。
「大丈夫だから。エースを苦しめるものは、もうここにはない」
ぎゅっと抱きしめて背中を摩るといくらか呼吸が深くなったように感じる。あの日、こうやってエースに触れられる距離にいたらどんなに良かっただろう。
いまだエースを解き放つことのない苦しみは、同時にサボの後悔だった。
そうやってしばらく触れたままの呼びかけを繰り返していると、やがてエースがゆるゆると目を開いた。暗闇の中で視線がかち合う。それがサボであると分かると、エースは強張った表情を微かに緩めた。
「サボ、よかった……無事で」
ぎゅうと抱きしめ返される。今ここにいるサボに向けられた言葉ではない。それでもサボは堪えられずくしゃりと顔を歪めた。
前の生で、記憶を取り戻してから何人も生前のエースを知る人間に会った。
サボが兄弟なのだと言えば、みんな口々に「いい奴だった」「仲間想いだった」「優しかった」とエースを褒めた。それが単なる世辞でないことはそれを語る人たちの顔を見れば明らかで、誇らしいと同時に悲しさが増した。
何度輪廻を繰り返しても魂の本質は変わらない。前世の記憶が曖昧でもエースはエースだった。
強くて優しくて傷つきやすい。
忘れてしまえば、変わってしまえればきっと楽になれる。でも、きっとエースはそれを良しとはしない。
だから、今度はずっと隣にいておれが護る。
口に出したら嫌がりそうだから、言わないけれど。
エースがまたうとうとと目を閉じる。もう苦しそうな様子はなかった。サボはずっとその寝顔を見ている。朝がくるまで、エースが目を覚ますまで。エースが再び悪夢にうなされることがないように、ずっと。
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