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刻んだ名前と燻る炎

燻る炎

人と人が愛し合うことを、ひとつになる、と表現するらしい。
情緒的にも、即物的にも思えるその言いまわし。
だったらあの果実を飲み込んだとき、おれはお前とそういうふうに繋がることができたんだろうか。


花街は行き交う男女で華やいでいた。
およそ縁のない場所を歩かざるを得ないのは、非合法な薬の製造と売買が行われていると聞いたからだ。
サボとコアラが年頃的にも性別的にも並んで歩いて自然だと判断されて潜入捜査を任された。
当然コアラとはそんな仲ではないが、それらしく振る舞うことに抵抗はない。サボの腕に添えられたコアラの手は、遠慮もなければ艶めいた色もなかった。それでも傍目にはまあまあそれらしい二人に見えているはずだ。

金で買ったり買われたりの男女もいるのだろうが、純粋な恋人同士も多いようにみえる。皆幸せそうな表情だ。
そういう、誰かを特別に思う感情に共感できるようになったのはつい最近のことだ。記憶を取り戻す前の自分はもっと乾いた人間だった気がする。特別な誰か、替えの利かない無二の人、そういう存在が幼い頃に傍にいたのだと思い出して、少し変わった。元に戻ったのかもしれない。

今は、それからまた少し変わったような気がする。数日前にエースが遺した悪魔の実を口にしてから、ずっと体の奥で熱が燻っている。
メラメラの実の炎を宿したせいかと思ったが、そういう物理的な熱とも違う。もっと感情的で、不安定な熱さだ。
経験のないそれを、サボは自分でうまく分析できない。言葉にするのも難しいから、誰に何を訊ねようもなかった。
浮かれた人々の雰囲気とは反対に、サボもコアラも周囲に気を配って歩く。煌びやかな街の下で、不穏な気配が渦巻いているのは確かだった。ドレスローザから取って返して立ち寄った場所だと言って、気を抜くことはできない。
けれど、思わず足を止めてしまった。
街灯の届かない通りの奥、細い路地で二つの影が重なっている。
人目から逃れるようにしているつもりだろうが、抱き合ってくちづけを交わしているのは明白だった。
扇情的で、官能的な光景。
それを見た瞬間、サボは己の中に燻る熱の正体を自覚した。
今までのサボにとってはただの生理現象にしか過ぎず、感情を伴う類のものではなかった。ばらばらだった気持ちが生身の体に結びつく感覚。
触れたい、ひとつになりたい。
人間にとって当たり前で、けれどサボには縁遠かったそれは、きっと恋とか愛とか呼ばれるものだ。その想いの先には、再会すら叶わず逝ってしまったエースがいる。
ずっといたのに、サボは気付かなかった。体の中に灯ったエースの炎が教えてくれるまで。
じわ、と耳が熱くなった。
「サボ君?」
コアラがサボを見上げる。
相手の方が年上だということも忘れて、とっさにその両目を右手で覆った。サボが見たものを、考えたことを相棒に気付かれるのはどうしたって気恥ずかしい。
「ちょっと、何?」
「……何でもねェ」
重なる影が視界から消えたところで手を放すと、コアラはしきりに後ろを振り向いた。けれど、その姿はもう見えないはずだ。
気づいたばかりの想いをぶつける相手はもういない。
熱は他の誰も知らないまま、この体のなかで燻り続ける。
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